『悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る』 第91話 聖女様は、自分の名前の領収書を探す
「千二百四十四件」
「はい」
「私が言っていないのに」
「はい」
「私の方針として決まったもの」
「はい」
リリアは机の上に積まれた箱を見た。
四箱。
書類の山は、昨日から一ミリも反省していない。
「……減りませんね」
「見ているだけでは」
「圧をかけたら減りません?」
「書類に?」
「はい」
「最高導師の新しい奇跡として記録しておきます」
「やめてください」
ルーメンが一枚を抜き取った。
「まず、分類結果です」
医療・衛生、三百八十一件。教育、二百七件。救済施設、百八十四件。食生活、百三十二件。安全・防犯、九十六件。地域慣習、八十一件。その他、百六十三件。
「その他が怖い」
「見ます?」
「後で」
「逃げましたね」
「優先順位です」
「成長しました」
「最近それで殴るのやめてもらえます?」
◇
問題は、件数ではなかった。
千二百四十四件のうち、明確に住民から苦情が出ているものは七十六件。
制度として明らかに危険なものは、もっと少ない。
つまり大半は、そこそこ機能していた。
学校の手洗い設備。
診療所の夜間当番。
孤児院の食事改善。
避難路の整備。
井戸の水質検査。
どれも悪くない。
むしろ、良い。
「だから余計に分かりません」
リリアは一枚を持ち上げた。
「これなんて、村の井戸を年二回検査するだけですよ」
「良い制度ですね」
「私の名前、要ります?」
文書には堂々と書かれていた。
《最高導師リリア・セレスティア猊下の生命尊重理念を踏まえ――》
「水を検査するのに、私の生命尊重理念?」
「水は生命に必要ですから」
「そういう連想ゲームじゃないんです」
◇
「行きます」
「どこへ?」
「これを決めた村」
「また現地ですか」
「聞かないと分からないので」
「最高導師になってから、前より出張が増えてません?」
「五日までです」
「今月あと一日です」
「……」
「どうします?」
「一日に三か所」
「そう来ましたか」
◇
最初。
人口千三百人ほどの村、カレン。
井戸。
三つ。
検査。
年二回。
費用。
小さい。
村長はリリアを見るなり、真っ青になった。
「何か問題が!?」
「いえ」
「監査ですか!?」
「半分くらい」
「やっぱり!」
「落ち着いてください」
最高導師本人が来て「落ち着け」と言っても、だいたい落ち着かない。
リリアは最近、それを学んでいる。
「今日は怒りに来たんじゃありません」
「では?」
「どうして井戸の検査に、私の名前を使ったんです?」
村長が固まった。
「……まずかったでしょうか」
「それを聞きに来ました」
「最高導師猊下が、水と衛生を重視されていると」
「重視してます」
「ですから」
「でも私、この村の井戸を知りませんでした」
「はい」
「検査を決めたのは?」
「私どもです」
「必要だと思ったのも?」
「はい」
「予算をつけたのも?」
「村議会です」
「じゃあ」
リリアは首を傾げた。
「皆さんの仕事ですよね?」
◇
村長は、しばらく黙った。
「……通らなかったんです」
「何が?」
「最初の提案が」
二年前。
隣村。
井戸。
汚染。
子ども。
腹痛。
それを見て。
カレン村。
検査。
提案。
した。
だが。
「うちは今まで問題なかった、と」
「はい」
「金を使う必要はない、と」
「はい」
「一度、否決されました」
「それで?」
「翌年」
村長が気まずそうに笑った。
「《聖女様も衛生を重視している》と付けたら」
「通った?」
「通りました」
◇
リリアは井戸を見た。
水。
きれい。
検査。
悪くない。
村長。
悪人。
でもない。
村議会。
馬鹿。
でもない。
限られた予算。
道。
橋。
学校。
農業。
全部。
必要。
その中で。
井戸検査。
後回し。
された。
そこへ。
リリア。
名前。
一つ。
乗せた。
通った。
「私の名前」
リリアが言った。
「便利でした?」
村長。
困った顔。
「……はい」
「正直ですね」
「嘘をついても仕方ないので」
「そうですね」
◇
「次から使わないでください」
「はい」
「でも」
村長が顔を上げる。
「また通らなかったら?」
リリア。
止まる。
そこ。
だった。
名前。
使うな。
簡単。
でも。
名前を外したら。
必要。
だと思うもの。
通らない。
なら。
現場。
また。
借りる。
誰か。
強い名前。
「議会で」
リリアは聞いた。
「なぜ必要か、説明する資料はありました?」
「隣村の事例を」
「他には?」
「……」
「水質検査をしない場合のリスク。費用。検査頻度。異常が出た時の対応。近隣の実施率」
「そこまでは」
「じゃあ」
リリアは笑った。
「次は、私じゃなくて資料を連れていってください」
◇
二か所目。
町立学校。
問題。
菓子。
だった。
学校周辺。
菓子販売。
制限。
午後四時まで。
理由。
児童。
健康。
虫歯。
肥満。
そして。
文書。
《最高導師の生命尊重理念に基づき――》
「また生命尊重」
「便利な言葉になってますね」
「私の生命、ずいぶん守備範囲広いですね」
◇
校長。
五十代。
真面目。
教師歴。
三十一年。
「子どもの健康を考えて」
「はい」
「虫歯が増えていた?」
「はい」
「菓子が原因?」
「医師から可能性を」
「それで販売制限?」
「はい」
「子どもや親には聞きました?」
「……」
「お店には?」
「……」
リリア。
だいたい。
分かった。
◇
学校。
向かい。
小さな。
菓子屋。
店主。
女性。
六十八。
客。
減った。
「四時まで売るなって言われてもね」
「学校から?」
「町から」
「困りました?」
「そりゃ」
でも。
店主。
校長。
嫌い。
ではない。
「先生も大変なんだよ。親から《子どもが菓子買う》って苦情が来てたらしいし」
「なるほど」
「ただね」
「はい」
「うちで買わなくなって、少し先の大きな店で買ってるよ」
「……」
「量も多い袋でね」
◇
ルーメン。
横。
「目的、達成してませんね」
「はい」
しかも。
菓子屋。
子ども。
ただ。
菓子。
買う。
場所。
ではない。
学校帰り。
話。
する。
忘れ物。
預かる。
雨。
降る。
傘。
貸す。
親。
遅い。
待つ。
「……どこかで聞いた話ですね」
ルーメン。
「串屋?」
「クラリス様から手紙で」
「そうでした」
◇
放課後。
子ども。
集める。
聞く。
「お菓子、食べたい?」
「食べたい!」
「即答ですね」
「聖女様も食べる?」
「食べます」
「何好き?」
「蜂蜜のお菓子」
「いっぱい?」
「……そこそこ」
ルーメン。
「かなり」
「そこは黙ってて」
◇
医師。
呼ぶ。
親。
呼ぶ。
店主。
校長。
子ども。
話す。
結果。
販売禁止。
やめる。
代わり。
小袋。
増やす。
甘くないもの。
置く。
学校。
歯磨き。
指導。
定期。
歯科検診。
「菓子を禁止するより面倒ですね」
校長。
「はい」
「費用も」
「少しかかります」
「でも」
リリア。
菓子屋。
見る。
「目的は、お菓子屋さんを困らせることじゃないので」
◇
校長。
少し。
頭。
下げる。
「最高導師様のお名前を出せば、反対する保護者も納得すると思いました」
「納得?」
「……黙る、ですね」
「はい」
「申し訳ありません」
リリア。
怒らない。
「どうして黙らせたかったんです?」
校長。
疲れた。
顔。
する。
「話し合いが」
「はい」
「終わらないからです」
◇
親。
健康。
言う。
店。
商売。
言う。
子ども。
食べたい。
言う。
医師。
量。
言う。
教師。
指導。
言う。
全員。
少しずつ。
正しい。
だから。
終わらない。
「最高導師様の理念です、と言えば」
校長。
言う。
「会議が終わったんです」
リリア。
返事。
できなかった。
◇
三か所目。
救済院。
夜間外出。
制限。
ここ。
少し。
重かった。
十六歳。
以上。
入所者。
夜八時以降。
外出禁止。
理由。
安全。
過去。
事件。
一件。
夜。
若い女性。
酔客。
絡まれた。
怪我。
軽い。
でも。
怖い。
だから。
院。
決めた。
夜。
出ない。
「全員?」
「はい」
「男性も?」
「はい」
「二十歳以上も?」
「はい」
「働いている人も?」
「例外申請を」
「毎回?」
「はい」
◇
入所者。
女性。
二十二。
仕立屋。
仕事。
終わる。
遅い。
友人。
食事。
行く。
にも。
申請。
必要。
「嫌?」
リリア。
聞く。
「嫌です」
「でも安全のためって」
「分かってます」
「事件もあった」
「知ってます」
「じゃあ」
女性。
言う。
「怖い目に遭った人を守るために、私まで毎晩閉じ込めるんですか?」
◇
リリア。
少し前。
ハンス。
思い出す。
感染症。
隔離。
七日。
本人。
陰性。
それでも。
他人。
感染。
可能性。
あった。
今回は。
違う。
外出。
する。
本人。
危険。
増える。
かもしれない。
でも。
他人。
直接。
危険。
に。
する。
わけではない。
「この規則」
リリア。
院長。
見る。
「私の名前を?」
「生命を守る方針として」
「誰の生命?」
「入所者です」
「本人が」
女性。
見る。
「そこまで守ってほしくないと言ったら?」
◇
院長。
困る。
「何かあれば、我々の責任になります」
出た。
リリア。
止まる。
「責任」
「はい」
「入所者を預かっている以上」
「はい」
「事件が起きれば」
「なぜ外出させた、と言われます」
◇
つまり。
安全。
だけ。
ではない。
施設。
責任。
問われる。
怖い。
だから。
止める。
そして。
最高導師。
名前。
使えば。
責任。
少し。
上。
行く。
「……」
リリア。
ようやく。
見え始める。
◇
夜。
宿。
三件。
並べる。
一件目。
井戸。
必要だと思う事業を通すため。
二件目。
菓子。
終わらない話し合いを終わらせるため。
三件目。
外出。
何か起きた時、自分だけが責任を負わないため。
どれも。
少し。
違う。
でも。
共通。
する。
「私の名前」
リリア。
呟く。
「答えとして使われてるんじゃない」
ルーメン。
「では?」
「……終止符」
◇
議論。
終わらせる。
迷い。
終わらせる。
責任。
終わらせる。
自分。
判断。
しなくて済む。
「私が正しいから、使ってるんじゃない」
「そういう場合もあるでしょうが」
「それだけじゃない」
リリア。
紙。
見る。
「自分で決めるのが怖い時に」
指。
三枚。
重ねる。
「《聖女様なら》って言えば、決められるんです」
◇
翌週。
光秩院。
リリア。
千二百四十四件。
全部。
読む。
こと。
やめた。
代わり。
百件。
抽出。
する。
地域。
分野。
規模。
ランダム。
選ぶ。
決めた人。
聞く。
同じ。
質問。
《なぜ、最高導師の名前が必要でしたか?》
答え。
集まる。
◇
「予算を通しやすかった」
「住民が納得するから」
「上司が反対しなくなる」
「前例がなかった」
「責任者が決めてくれなかった」
「事故が起きた時に説明できる」
「善いことだと伝わりやすい」
「反対する人が減る」
「早く決められる」
そして。
多かった。
答え。
《間違えたくなかったから。》
◇
リリア。
その紙。
長く。
見る。
「間違えたくない」
ルーメン。
「普通ですね」
「はい」
誰だって。
そう。
医者。
教師。
役人。
院長。
村長。
間違えたくない。
事故。
起こしたくない。
子ども。
傷つけたくない。
予算。
無駄。
に。
したくない。
叩かれたくない。
だから。
正しい。
人。
名前。
借りる。
「でも」
リリア。
「私だって間違えます」
「知っています」
「もう少し言い方」
「リリア様ご自身が、常々」
「はい」
◇
では。
どうする。
名前。
禁止。
だけ。
では。
足りない。
現場。
自分。
決める。
怖さ。
残る。
「失敗したら」
リリア。
「どうなる?」
担当官。
「内容によります」
「小さい失敗」
「評価が下がります」
「予算は?」
「翌年、厳しくなる場合が」
「責任者は?」
「場合によっては処分」
「成功したら?」
「評価されます」
「挑戦しなかったら?」
「……特には」
◇
「それ」
リリア。
言う。
「誰も決めなくなりません?」
◇
制度。
見る。
成功。
加点。
失敗。
減点。
何もしない。
ゼロ。
なら。
安全。
なのは。
何もしない。
こと。
どうしても。
決める。
なら。
強い人。
名前。
借りる。
◇
「間違えても」
リリア。
言う。
「戻れるようにしましょう」
「具体的には?」
「試行」
「はい」
「三か月だけ。半年だけ。一地区だけ」
「なるほど」
「最初から全国実施にしない」
「はい」
「失敗した時」
リリア。
少し。
考える。
「隠さず止めた人を、評価してください」
「失敗を評価?」
「失敗したことじゃなくて」
「はい」
「早く気づいて、早く止めたこと」
◇
そして。
新しい。
行政指針。
作る。
名前。
リリア。
付けない。
《試行・検証・撤回手続》
地味。
非常に。
地味。
内容。
もっと。
地味。
新制度。
小規模。
試せる。
期限。
書く。
評価日。
先に。
決める。
撤回。
条件。
先に。
書く。
失敗。
報告。
した。
こと。
それだけ。
理由。
処分。
しない。
重大。
過失。
不正。
別。
「人気出なさそうですね」
ルーメン。
「最高です」
「そこ喜ぶんですね」
◇
外出制限。
救済院。
見直す。
一律。
禁止。
撤廃。
代わり。
希望者。
夜間。
送迎。
危険。
区域。
共有。
護衛。
必要。
人。
選べる。
ただし。
本人。
外出。
する。
自由。
残す。
「何かあったら?」
院長。
聞く。
「全部、院長の責任にはしません」
「本当に?」
「はい」
「でも世間は」
「光秩院として」
リリア。
「《外出させたから悪い》とは言わないと決めます」
◇
院長。
長く。
息。
吐く。
「……それなら」
リリア。
気づく。
規則。
変える。
だけ。
では。
なかった。
規則を作らなくても済む安心。
それも。
必要。
だった。
◇
菓子屋。
制限。
解除。
学校。
歯磨き。
始まる。
子ども。
初日。
全員。
真面目。
三日目。
半分。
一週間。
「先生、忘れた!」
「歯ブラシない!」
「水飲んだ!」
「それはいいです!」
校長。
頭。
抱える。
菓子屋。
婆さん。
笑う。
「禁止の方が楽だったろ?」
「……はい」
リリア。
横。
「でも?」
校長。
子ども。
見る。
「こっちの方が、教師の仕事をしてる気はします」
◇
井戸。
検査。
次年度。
最高導師。
名前。
なし。
議会。
通る。
資料。
分厚く。
なる。
村長。
嘆く。
「聖女様の名前、一行で済んだのに」
「資料は十二枚です」
「十二倍以上!」
「でも」
リリア。
笑う。
「村長の提案です」
村長。
紙。
見る。
少し。
照れる。
「……そうですね」
◇
成果。
出る。
また。
リリア。
正しい。
名前。
借りる。
案件。
減る。
半年。
後。
千二百四十四件。
同規模。
換算。
三百八十六件。
「減りました!」
「はい」
「ゼロじゃない」
「はい」
「なぜ?」
「人間なので」
「便利な答え」
「事実です」
◇
リリア。
笑う。
でも。
その三百八十六件。
見る。
少し。
変化。
ある。
以前。
《最高導師の理念に基づき》
今。
《光秩院の試行・検証・撤回手続に基づき》
「……」
「どうしました?」
「私の名前」
「減りましたね」
「代わりに」
制度。
名前。
増えた。
「これ」
リリア。
言う。
「大丈夫?」
◇
ルーメン。
すぐ。
答えない。
「制度ですから」
「制度も」
リリア。
言う。
「権威になりますよね」
「なります」
「じゃあ」
「監査します?」
リリア。
笑う。
「します」
◇
その頃。
王国。
クラリス。
手紙。
受け取る。
リリア。
近況。
長い。
十八枚。
「長いですね」
ルシアン。
「最高導師は暇なのでしょうか」
セバス。
「お嬢様へ送る手紙を書くために睡眠を削っていなければよいのですが」
「やめてください。不安になります」
◇
最後。
読む。
《人は、私が正しいから名前を使っただけではありませんでした。》
《自分で決めて間違えるのが怖かったんです。》
《だから、名前を取り上げるだけでは駄目でした。間違えたあとに戻れる場所を作らないと。》
クラリス。
少し。
笑う。
「どうです?」
ルシアン。
「百点?」
「採点しません」
「本当に卒業した」
「私が?」
「二人とも」
◇
追伸。
ある。
《あと、アレクシア様から肉が届きました。十二キロ。》
次。
《最高導師府は四人家族ではありません。》
次。
《どうしたらいいでしょう。》
クラリス。
考える。
「返事は?」
ルシアン。
「孤児院へ」
「寄付?」
「いいえ」
「じゃあ?」
「一緒に食べなさい、と」
◇
数日後。
聖協国。
孤児院。
庭。
肉。
焼く。
大量。
子ども。
走る。
リリア。
串。
持つ。
「野菜も食べて!」
「聖女様も!」
「食べてます!」
「お肉二本目!」
「これは……」
言い訳。
考える。
「比較です!」
ルーメン。
「誰かに似てきましたね」
「誰?」
「いえ」
◇
食後。
子ども。
一人。
リリア。
袖。
引く。
「聖女様」
「なあに?」
「聖女様って、何でも決めるの?」
リリア。
少し。
驚く。
「決めないよ」
「でも一番偉いんでしょ?」
「一応」
「じゃあ決めればいいじゃん」
「うーん」
リリア。
子ども。
目線。
合わせる。
「自分で決めた方がいいこともあるから」
「間違えたら?」
◇
リリア。
笑う。
「直せばいいよ」
「怒られない?」
「悪いことしたら怒られることもある」
「じゃあ嫌だ」
「分かる」
「聖女様が決めてよ」
「それはもっと嫌」
「なんで?」
リリア。
少し。
考える。
「私が間違えた時」
子ども。
鼻。
ちょん。
「みんな一緒に間違えるから」
◇
子ども。
よく。
分かっていない。
「ふーん」
走る。
肉。
取りに。
行く。
リリア。
その背中。
見る。
ノート。
出す。
一行。
書く。
《正しい人に決めてもらう安心と、自分で決めなくなる危険は、同じ場所にある。》
その下。
もう一行。
《間違えない社会より、間違えたあと戻れる社会。》
◇
その夜。
光秩院。
地下。
慈光環。
封印。
されたまま。
誰も。
触れない。
けれど。
別の場所。
古い。
資料室。
一人。
若い。
聖職者。
書類。
整理。
していた。
最高導師。
過去。
制度。
歴史。
その中。
古い。
文書。
一枚。
見つける。
封。
黒い。
文字。
薄い。
《慈光環・第二観測記録》
青年。
眉。
寄せる。
読む。
そこには。
セレナ。
時代。
さらに。
前。
記録。
あった。
慈光環。
作られた。
目的。
救済。
だけ。
ではない。
最後。
一文。
残る。
《環は慈悲を増幅するのではない。》
次。
《使用者が“慈悲であると信じたもの”を増幅する。》
青年。
息。
止める。
そして。
その下。
もう一つ。
《ゆえに最も危険なのは、悪しき者ではない。》
紙。
震える。
最後。
《自らを疑うことをやめた、善き者である。》
◇
同じ夜。
リリア。
眠る。
今日。
慈光環。
声。
聞こえない。
何も。
ない。
ただ。
夢。
見る。
子ども。
たくさん。
いる。
一人。
聞く。
「聖女様」
「なあに?」
「間違えたら、直せばいいんだよね?」
「うん」
「じゃあ」
子ども。
笑う。
「死んじゃった人は、どうやって直すの?」
◇
リリア。
目。
覚ます。
暗い。
部屋。
胸。
速い。
「……夢」
水。
飲む。
窓。
開ける。
夜風。
冷たい。
しばらく。
立つ。
そして。
小さく。
呟く。
「だから」
誰にも。
聞こえない。
「死なないようにしたいんじゃない」
◇
それは。
間違った願いではなかった。
今も。
間違っていない。
たぶん。
これからも。
願いだけなら。
ずっと。
正しい。
だからこそ。
クラリスがいつか監査することになるのは、リリアの優しさではない。
その優しさに、どこまで世界を変える権限を渡していいのか。
その境界線だった。




