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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第五章 聖女様は、正しすぎる
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96/119

第90話 悪女令嬢は、赤字の焼き串を二本買う

 王国西部、トルネ村。


 人口二千百三十六人。クラリスは村役場で渡された資料をめくりながら、向かいに座る村長へ尋ねた。


「主要産業は?」


「麦と羊、それから木工です」


「特産品は?」


「……特には」


「観光地」


「ありません」


「温泉」


「出ません」


「城とか、英雄の生家とか」


「ありませんね」


「珍しい魔物」


「出たら観光以前に困ります」


「有名な料理は?」


「……普通に美味しいものならあります」


「つまり?」


 クラリスは資料を閉じた。


「……何もありませんね」


 村長が傷ついた。


「そこまで言います?」


「今、村長が全部答えたのですが」


「質問の仕方に悪意がありました」


「資料にも同じことが書いてあります」


「それは役人が書いたんです」


「村長も確認印を押しています」


「昔の私を殴らないでください」


「三年前です」


「十分昔です」


 横でルシアンが笑いをこらえていた。セバスは無表情を貫き、ヨルだけが床で気持ちよさそうに寝ている。


「わふ……」


 トルネ村から来た依頼は、地方商業活性化計画だった。何もないと言いつつ、役所が作った計画書だけは妙に立派である。


「《地域ブランド創出》《観光交流拠点》《特産品開発》《若者定住促進》……」


 クラリスが一枚めくる。


「《歴史資源再発見》。これは?」


「あります」


 村長が少し胸を張った。


「古い井戸が」


「どれくらい古い?」


「七十年」


「普通ですね」


「普通です」


「何か伝説は?」


「三年前に村の酔っ払いが落ちました」


「それは事故です」


「助かりました」


「よかったですね」


「はい」


 危うく、会議がそこで終わるところだった。


 ◇


「歩きましょう」


 クラリスが立った。


「え?」


「村を」


「資料は?」


「見ました」


「事業計画は?」


「あとで」


 村長。


 困る。


「どこへ?」


「決めてません」


「観光名所なら」


「名所じゃないところへ行きます」


 ◇


 昼前。


 通り。


 人。


 少ない。


 パン屋。


 鍛冶屋。


 雑貨屋。


 酒場。


 小さな宿。


 肉屋。


 薬屋。


 閉まった店。


 いくつか。


 ルシアン。


「静かですね」


「平日だから?」


 村長。


「昔はもう少し」


「いつ頃?」


「十五年前くらいかな」


 若者。


 都市。


 出る。


 人口。


 減る。


 店。


 閉じる。


 よくある。


 地方。


 問題。


「わふ」


 突然。


 ヨル。


 起きた。


「どうしました?」


「わふ」


 鼻。


 動く。


「これは」


 クラリス。


 嫌な予感。


「食べ物ですね」


「わふ!」


 走る。


「ヨル!」


 ◇


 路地。


 曲がる。


 煙。


 立つ。


 小さな。


 屋台。


 老夫婦。


 焼いている。


 串。


 肉。


 玉ねぎ。


 肉。


 茸。


 肉。


「わふ!」


「駄目です」


 ヨル。


 クラリス。


 見る。


「わふ」


「その顔は禁止です」


「わふぅ」


「……一本だけ」


 セバス。


「お嬢様」


「何です」


「三秒でした」


「何が」


「陥落まで」


 ◇


「二本ください」


 クラリス。


 言う。


「一本では?」


「私も食べます」


「なるほど」


 ヨル。


「わふ?」


「あなた一本。私一本」


「わふ」


「なぜ不満そうなのです?」


 ◇


 串。


 一口。


「……」


 クラリス。


 止まる。


「美味しい」


 派手。


 ではない。


 塩。


 少し。


 香草。


 肉。


 柔らかい。


 玉ねぎ。


 甘い。


 茸。


 香る。


「これ」


 村長。


「ああ」


「知ってる?」


「そりゃ知ってますよ」


「有名?」


「村じゃ」


「資料には?」


「載せてません」


「なぜ?」


 村長。


 首。


 傾げる。


「ただの串だから」


 ◇


 クラリス。


 老夫婦。


 見る。


「何年やってます?」


 婆さん。


「四十三年」


「四十三?」


「祭りの日だけなら、その前から爺さんの親父が」


 爺さん。


「俺が子どもの頃からあった」


「じゃあ何年?」


「知らん」


「百年くらい?」


「そこまではいかん」


「八十?」


「たぶん」


 クラリス。


 村長。


 見る。


「古い井戸より古いですね」


「……」


「しかも誰も落ちてません」


「井戸をいじめないでください」


 ◇


 値段。


 安い。


 かなり。


「一本、銅貨三枚?」


「そうだ」


「原価は?」


 爺さん。


 怪訝。


「げんか?」


「肉、玉ねぎ、茸、炭、串」


「ああ」


 計算。


 する。


 クラリス。


 顔。


 変わる。


「赤字では?」


「そうか?」


「一本売るたび、ほぼ利益ありません」


「祭りじゃ儲かる」


「今日は?」


「暇だからな」


「なぜ開けるんです?」


 爺さん。


 当然。


 みたいに。


「昼だから」


 ◇


 答えになっていない。


 でも。


 クラリス。


 少し。


 笑う。


「昼だから?」


「昼に腹減るだろ」


「はい」


「だから焼く」


 ◇


 そこへ。


 木工職人。


 来る。


「二本」


「はいよ」


 食べる。


 立ったまま。


 話。


 する。


 羊飼い。


 来る。


「一本」


 郵便。


 配達。


 来る。


「二本包んで」


 子ども。


 銅貨。


 握る。


「一本!」


「熱いぞ」


 少しずつ。


 人。


 来る。


 ◇


 十分。


 十五分。


 屋台。


 前。


 小さな。


 人だまり。


 できる。


 誰も。


 観光客。


 いない。


 全部。


 村。


 人。


「ここ」


 クラリス。


 言う。


「店じゃないですね」


 村長。


「はい?」


「半分」


 串。


 食べる。


「広場です」


 ◇


 話。


 聞く。


 郵便屋。


 ここ。


 寄る。


 情報。


 置く。


 職人。


 仕事。


 紹介。


 する。


 農家。


 余った野菜。


 婆さん。


 渡す。


 子ども。


 学校帰り。


 寄る。


 老人。


 独り暮らし。


 顔。


 見せる。


 来ない。


 日。


 婆さん。


 気づく。


「三日前、ゲオルグ爺さん来なかったから見に行ったら、熱出してた」


「それで?」


「医者呼んだ」


「……」


 ◇


 資料。


 ない。


 統計。


 ない。


 事業名。


 ない。


 でも。


 ある。


 暮らし。


 ◇


「ここを観光名所にしましょう!」


 村長。


 言った。


 クラリス。


 串。


 止まる。


「なぜそうなるんです?」


「いや、今の話なら」


「駄目です」


「早い!」


「観光客が百人来たら?」


「売れます」


「婆さん?」


「はい?」


「百本焼けます?」


「無理だね」


「爺さん?」


「死ぬ」


「ほら」


「死なないでください」


 ◇


 観光。


 悪い。


 ではない。


 客。


 来る。


 売上。


 増える。


 でも。


 ここ。


 役割。


 変わる。


 行列。


 できる。


 値段。


 上がる。


 地元。


 人。


 寄りにくくなる。


「町の価値を見つけたら」


 クラリス。


 言う。


「すぐ外へ売りたくなるんですね」


「商業活性化なので」


「ええ」


「違います?」


「違わない」


 少し。


 考える。


「でも、全部の商品に値札を付ける必要はありません」


 ◇


 婆さん。


 串。


 焼く。


「難しいことは知らんけど」


「はい」


「来年でやめるよ」


 全員。


 止まる。


「え?」


 村長。


「聞いてないぞ」


「今言った」


「なんで?」


「爺さんの腰」


 爺さん。


「余計なこと言うな」


「曲がってんだろ」


「昔からだ」


「最近もっと曲がった」


「進化だ」


「退化だよ」


 ◇


 八十年。


 続いた。


 屋台。


 来年。


 終わる。


「後継者は?」


「いない」


「子どもは?」


「町にいる」


「戻る予定?」


「ない」


 クラリス。


 聞く。


「残したいですか?」


 婆さん。


 少し。


 考える。


「別に」


 村長。


「ええ!?」


「疲れたし」


「でも村の」


「私の店だよ」


 村長。


 黙る。


 ◇


 クラリス。


 笑った。


「その通りです」


「クラリス様!」


「村長」


「はい」


「残したいのは誰です?」


「私は」


「店主ではなく?」


「……」


 ◇


 夕方。


 会議。


 やり直す。


 地域ブランド。


 観光交流拠点。


 特産品。


 一旦。


 横。


「まず」


 クラリス。


 紙。


 置く。


 《なくなると困るもの》


「名物ではなく?」


「はい」


「観光客が喜ぶものではなく?」


「はい」


「住民が?」


「なくなったら困るもの」


 ◇


 住民。


 集める。


 聞く。


 出る。


 薬屋。


 パン屋。


 冬の除雪。


 学校。


 郵便。


 馬車。


 診療所。


 鍛冶屋。


 井戸。


「井戸!」


 村長。


 嬉しそう。


「飲み水ですから」


「歴史資源として?」


「水道設備として」


「……はい」


 ◇


 そして。


 串屋。


 出る。


 何度も。


「なくなると困る?」


 若い。


 母親。


「困るっていうか」


「はい」


「あそこに行けば誰かいるから」


 老人。


「昼飯」


 職人。


「仕事の話」


 子ども。


「おばちゃんがたまに肉増やしてくれる」


「それは原価が」


「クラリス様」


「はい」


「今はそこじゃないです」


「すみません」


 ◇


 では。


 どうする。


 婆さん。


 爺さん。


 辞めたい。


 尊重。


 する。


 でも。


 場所。


 役割。


 残したい。


「屋台を買い取る?」


「違います」


「後継者募集?」


「それも本人が望むなら」


「では?」


 クラリス。


「屋台が担っていた機能を分けます」


 ◇


 昼。


 人。


 集まる。


 場所。


 必要。


 なら。


 空き店舗。


 一つ。


 共同。


 食堂。


 では。


 重い。


 運営。


 大変。


「休憩所?」


「はい」


 机。


 椅子。


 湯。


 置く。


 店。


 日替わり。


 パン屋。


 肉屋。


 農家。


 簡単。


 食べ物。


 売る。


「串は?」


「婆さんが教えたいなら」


 ◇


 翌日。


 聞く。


「作り方?」


 婆さん。


「別に秘密じゃないよ」


「教えても?」


「いいよ」


「本当に?」


「肉刺して焼くだけだよ」


「香草は?」


「そこは秘密」


「秘密あるじゃないですか」


 ◇


 条件。


 一つ。


「名前は使わないで」


「なぜ?」


「私らの串って名前にされたら、死んだあとまで働いてるみたいで嫌だ」


 クラリス。


 吹き出す。


「分かりました」


「あと」


「はい」


「変に高くすんな」


「観光価格?」


「そういうやつ」


「はい」


「村のガキが買えなくなる」


 ◇


 だから。


 商品化。


 しない。


 ブランド。


 登録。


 しない。


 レシピ。


 独占。


 しない。


 食べたい店。


 覚える。


 少し。


 味。


 違う。


 それで。


 いい。


 ◇


 三か月。


 空き店舗。


 一軒。


 最低限。


 直す。


 豪華。


 にしない。


 名前。


 《ひるどころ》


「普通ですね」


「普通でいいです」


 月曜。


 パン屋。


 火曜。


 肉屋。


 水曜。


 農家。


 木曜。


 若い夫婦。


 金曜。


 婆さん。


「金曜だけ?」


「暇だから」


 まだ。


 焼く。


「辞めるのでは?」


「来年な」


 ◇


 ヨル。


 毎週金曜。


 来る。


「なぜあなたが営業日を覚えているのです?」


「わふ」


「犬だから?」


 ルシアン。


「黒曜餓狼です」


「わふ」


「今は犬です」


 ◇


 売上。


 大きく。


 ない。


 月。


 赤字。


 少し。


 出る。


 村長。


 資料。


 持つ。


「赤字です」


「はい」


「改善します?」


「何の赤字?」


「運営」


「いくら?」


 数字。


 見る。


「これ」


「はい」


「村の広場の清掃費より安いですね」


「はい」


「公園は利益出ます?」


「出ません」


「道は?」


「出ません」


「学校は?」


「出ません」


「じゃあ」


 クラリス。


「なぜ、ここだけ黒字じゃないと駄目なんです?」


 ◇


 村長。


 黙る。


「商業施設だから?」


「半分」


 クラリス。


 答える。


「でも半分は、村の居間です」


 ◇


 補助。


 入れる。


 ただし。


 永久。


 ではない。


 毎年。


 確認。


 する。


 利用。


 人数。


 だけ。


 見ない。


 店。


 売上。


 だけ。


 見ない。


 ここで。


 生まれた。


 仕事。


 相談。


 見守り。


 情報。


 小さな。


 つながり。


 記録。


 できる範囲。


 記録。


 する。


 ただし。


「全部数値化しない」


 クラリス。


「なぜ?」


「八十年続いた串屋の価値を」


 言う。


「私たちは昨日まで一円も計上していなかったでしょう?」


 ◇


 半年後。


 トルネ。


 人口。


 増えない。


 観光客。


 ほぼ。


 増えない。


 特産品。


 ない。


 有名。


 ならない。


 雑誌。


 来ない。


 王都。


 誰も。


 知らない。


 でも。


 空き店舗。


 二軒。


 新しく。


 使われる。


 一つ。


 靴修理。


 一つ。


 菓子。


 若者。


 二人。


 戻る。


 逆に。


 七人。


 出る。


「減ってる!」


 村長。


「人口は?」


「十二人減」


「去年は?」


「三十八人減」


「なら」


「成功?」


「まだ分かりません」


「厳しい!」


 ◇


 祭り。


 秋。


 小さい。


 祭り。


 ある。


 クラリス。


 また。


 来る。


 屋台。


 並ぶ。


 串。


 煙。


 婆さん。


 焼く。


「二本」


「また犬と半分か」


「一本ずつです」


「三本にしな」


「なぜ?」


「犬が二本食いたそうだ」


「わふ!」


「ヨル!」


 ◇


 結局。


 三本。


 買う。


 ヨル。


 二本。


 食べる。


「甘やかしてますね」


 ルシアン。


「今日は祭りです」


「理由になってない」


「祭りとは、そういうものです」


 ◇


 村長。


 来る。


「クラリス様」


「はい」


「観光事業」


「まだやりたい?」


「少し」


「正直ですね」


「でも」


 串。


 買う。


「前とは違います」


「どう?」


「観光客に見せるために、村を作り直すのはやめます」


「はい」


「今ある村を好きな人が」


 周り。


 見る。


「ちょっと寄ってくれたらいいかな、と」


 クラリス。


 頷く。


「それなら」


「相談に乗ります」


 ◇


 祭り。


 派手。


 ではない。


 花火。


 小さい。


 楽団。


 少し。


 音。


 外す。


 子ども。


 走る。


 酔っ払い。


 井戸。


 近づく。


 村長。


「そこは危ない!」


「歴史資源!」


「事故現場です!」


 ◇


 クラリス。


 笑う。


 ヨル。


 足元。


 満腹。


 横。


 なる。


「ヨル」


「わふ」


「歩いてください」


「……わふ」


「その返事は歩かない返事ですね」


 ◇


 仕方ない。


 クラリス。


 隣。


 座る。


 祭り。


 見る。


 何も。


 世界。


 救わない。


 誰も。


 国家。


 動かさない。


 正義。


 議論。


 しない。


 ただ。


 串。


 焼ける。


 子ども。


 笑う。


 老人。


 酒。


 飲む。


 婆さん。


 爺さん。


 喧嘩。


 する。


「焼きすぎ!」


「これくらいがうまい!」


「焦げてんだよ!」


「香ばしいんだ!」


 ◇


 クラリス。


 帳面。


 開く。


 今日。


 数字。


 書かない。


 一行。


 だけ。


 《なくなるものを、全部残す必要はない。》


 少し。


 考える。


 次。


 《でも、なくなる前に、それが何を支えていたかは見ておく。》


 さらに。


 《赤字と、無価値は、同じ意味ではない。》


 ◇


 遠く。


 聖協国。


 リリア。


 同じ頃。


 地方。


 報告。


 読んでいた。


 《学校給食改善事業。肉類を減らし、野菜中心へ。》


「……?」


 リリア。


 止まる。


「これ」


「はい」


「私の方針って書いてあります」


 ルーメン。


 見る。


 確かに。


 《最高導師の生命尊重方針に基づき――》


「私」


 リリア。


 首。


 傾げる。


「そんなこと言いました?」


「少なくとも、肉を減らせとは」


「言ってない」


 ◇


 次。


 《児童の健康のため――》


「健康は大事です」


「はい」


「野菜も大事」


「はい」


「でも肉も食べます」


「はい」


「アレクシア様ほどじゃないけど」


「比較対象が極端です」


 ◇


 さらに。


 報告。


 別。


 救済院。


 安全。


 理由。


 夜間外出。


 制限。


 また。


 《最高導師の生命尊重理念を踏まえ――》


「……」


 リリア。


 顔。


 変わる。


 ようやく。


 気づく。


 自分。


 何も。


 命令。


 していない。


 でも。


 自分の。


 名前。


 理由。


 使われている。


「ルーメン」


「はい」


「これ」


 紙。


 持つ。


「全部集めてください」


「全部?」


「《最高導師の方針》《最高導師の理念》《聖女様なら》」


 指。


 紙。


 叩く。


「私が実際には言ってないのに、私の名前で決めたもの」


 ◇


「かなりあると思います」


「……どのくらい?」


「調べます」


 リリア。


 嫌な。


 予感。


「百件くらい?」


「分かりません」


「二百?」


「調べます」


「五百?」


「リリア様」


「はい」


「今、自分で傷を広げています」


「すみません」


 ◇


 三週間後。


 机。


 箱。


 置かれる。


 一箱。


 二箱。


 三箱。


 四箱。


 リリア。


 見る。


「……」


 ルーメン。


「半年分です」


「何件?」


「千四百二十七件」


 リリア。


 椅子。


 ゆっくり。


 座る。


「私」


「はい」


「千四百二十七回も命令した?」


「いいえ」


「ですよね」


「実際にリリア様が直接指示したものは」


 紙。


 見る。


「百八十三件」


「じゃあ」


 残り。


 千二百四十四件。


 誰か。


 リリア。


 名前。


 借りた。


 ◇


「全部」


 リリア。


 言う。


「見ます」


「無理です」


「見ます」


「千二百四十四件」


「見ます」


「何日寝ないつもりです?」


「……」


「慈光環の記録、覚えてます?」


 リリア。


 止まる。


「三日三夜」


「はい」


「……分類してください」


「成長しましたね」


「悔しい」


 ◇


 分類。


 する。


 本当に。


 良い。


 もの。


 ある。


 医療。


 衛生。


 避難。


 安全。


 弱者支援。


 でも。


 微妙。


 もの。


 ある。


 給食。


 服装。


 外出。


 生活。


 祭り。


 飲酒。


 食事。


 教育。


 家族。


「これ」


 リリア。


 一枚。


 持つ。


 《児童の健全な生活習慣形成のため、菓子販売を学校周辺で制限する。》


「私の理念?」


「そう書いてあります」


「私、お菓子食べます」


「知っています」


「かなり」


「知っています」


「それなのに?」


「理念は本人より健康的に育つ場合があります」


「嫌な育ち方!」


 ◇


 笑う。


 でも。


 笑って。


 終われない。


 リリア。


 分かる。


 これは。


 慈光環。


 ではない。


 聖具。


 関係ない。


 自分。


 触らなくても。


 起きる。


 権威。


 そして。


 もっと。


 厄介。


 なのは。


 決めた人。


 多分。


 悪意。


 ない。


 みんな。


 こう。


 思っている。


 聖女様なら、きっと人を守る方を選ぶ。


 ◇


 リリア。


 ノート。


 開く。


 書く。


 《私の名前は、私がいないところで私より正しくなる。》


 その下。


 少し。


 間。


 《本人のいない善意ほど、訂正する人がいない。》


 ◇


 そして。


 最高導師。


 命令。


 一つ。


 出す。


 ただし。


 内容。


 変。


 だった。


 《最高導師の理念を理由として制度を作ることを禁止する。》


 ルーメン。


 読む。


「これ」


「はい」


「最高導師の命令ですよね」


「はい」


「最高導師の権威を使って、最高導師の権威を使うなと」


「……」


 二人。


 黙る。


「バグってません?」


「バグってます」


 ◇


 リリア。


 頭。


 抱える。


「どうしたらいいの?」


 ルーメン。


 少し。


 笑う。


「クラリス様に聞きます?」


 リリア。


 しばらく。


 考える。


「……いいえ」


「お」


「まず」


 千二百四十四件。


 見る。


「決めた人たちに聞きます」


「何を?」


「なぜ」


 リリア。


 言う。


「私の名前が必要だったのか」


 ◇


 その夜。


 トルネ村。


 クラリス。


 宿。


 眠る。


 隣。


 ヨル。


 腹。


 出す。


「……」


 クラリス。


 見る。


 柔らかい。


 非常に。


 柔らかそう。


「駄目です」


「わふ?」


「私は最高級の寝台を用意していただいています」


「わふ」


「あなたのお腹を枕にする理由はありません」


「わふ」


 ◇


 三分後。


 クラリス。


 ヨル。


 腹。


 枕。


 する。


「……これは」


 誰も。


 いない。


「比較調査です」


 ヨル。


「わふぅ……」


 尻尾。


 クラリス。


 かかる。


「暖かい」


 ◇


 世界。


 その夜。


 何も。


 救われなかった。


 でも。


 串屋。


 明日も。


 開く。


 パン屋。


 朝。


 焼く。


 郵便屋。


 走る。


 子ども。


 学校。


 行く。


 誰か。


 昼。


 ひるどころ。


 座る。


 そういうものは。


 国家の帳簿では。


 たいてい。


 小さい。


 けれど。


 暮らしは。


 たぶん。


 小さいものから先にできている。

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