第88話 悪女令嬢は、善意にも使用期限を書く
王国王立文書院の地下には。
だいたい。
ろくでもないものが眠っている。
クラリスは最近、そう思っていた。
「普通の古文書はないのですか?」
「ございます」
司書が答えた。
「どこに?」
「一階です」
「なぜ私たちは毎回地下へ?」
「お嬢様が、普通ではない案件ばかりお持ちになるからでは」
セバス。
即答。
「私のせい?」
「七割ほど」
「残り三割は?」
「世界です」
「なら仕方ありませんね」
「納得するんだ」
ルシアンが呟いた。
足元。
ヨル。
「わふ」
地下書庫。
石壁。
乾いた紙の匂い。
古い革。
埃。
棚。
棚。
棚。
「くしゅん」
ルシアン。
くしゃみ。
「ヨル、埃吸わない?」
「わふ」
「強いなあ」
「比較対象がおかしいです」
◇
光秩院から届いた照会。
古代聖具。
《慈光環》。
初代最高導師が使ったとされる。
使用者の慈悲。
増幅。
救済。
導き。
ただし。
光秩院に残る文書。
欠損。
多い。
そこで。
王国。
帝国。
旧宗教資料。
照合。
始まった。
「ありました」
司書。
一冊。
持つ。
表紙。
擦れている。
《西方大飢饉救済記》
「何年前?」
「二百十三年前です」
クラリス。
開く。
大飢饉。
三年。
不作。
疫病。
戦争。
難民。
その時代。
光秩院。
まだ。
今ほど。
大きくない。
最高導師。
名。
セレナ・アルトリウス。
「女性?」
「はい」
「聖女?」
「そう呼ばれた記録があります」
◇
読む。
セレナ。
各地。
救済。
食糧。
配る。
治癒。
行う。
避難所。
作る。
孤児。
保護。
そして。
慈光環。
使用。
記録。
ある。
《環に触れし後、導師は三日三夜眠らず、民の救済に当たった。》
「……」
クラリス。
止まる。
「美談になっていますね」
ルシアン。
「ええ」
次。
《疲労を知らず、飢えを忘れ、ただ苦しむ者のために働いた。》
「美談?」
クラリス。
言う。
「これ」
「はい?」
「普通に危険では?」
◇
さらに。
読む。
セレナ。
救済。
成功。
死亡者。
大幅。
減る。
避難民。
保護。
疫病。
抑える。
「成果は本物ですね」
「はい」
慈光環。
力。
嘘。
ではない。
使った者。
慈悲。
集中。
迷い。
減る。
恐怖。
薄れる。
自己犠牲。
厭わない。
「……自己犠牲」
クラリス。
嫌な顔。
「どうしました?」
「嫌いな言葉です」
◇
次の年。
記録。
変わる。
《導師セレナ、穀物商への供出命令を発す。》
理由。
飢餓。
民。
救う。
商人。
抵抗。
しかし。
緊急時。
仕方ない。
さらに。
《私有倉庫の備蓄上限を定む。》
さらに。
《余剰食糧の隠匿を罪とす。》
さらに。
《全領民へ救済労働を求む。》
ルシアン。
顔。
変わる。
「だんだん」
「はい」
「強くなってますね」
◇
ただ。
結果。
飢餓。
減る。
死者。
減る。
「だから止めにくい」
クラリス。
言う。
「成果が出ていますから」
◇
さらに。
三年目。
天候。
回復。
収穫。
戻る。
なのに。
緊急制度。
残る。
「なぜ?」
ルシアン。
「救済が必要な人は、まだいたのでしょう」
孤児。
病人。
貧困。
戦争帰還兵。
夫を失った家庭。
飢饉。
終わっても。
苦しむ人。
ゼロ。
には。
ならない。
だから。
セレナ。
制度。
終わらせない。
《一人でも飢える者があるならば、救済を終える理由にはならない。》
「……」
クラリス。
ページ。
指。
止める。
「悪いこと」
「言ってませんね」
「ええ」
それが。
一番。
怖い。
◇
五年目。
反対。
出る。
農民。
商人。
地方領主。
理由。
救済負担。
重い。
備蓄。
自由。
ない。
商売。
制限。
地方。
独自判断。
できない。
セレナ。
回答。
残る。
《自由とは、弱き者を見捨てるための言葉ではない。》
ルシアン。
黙る。
クラリス。
ページ。
閉じない。
最後まで。
読む。
◇
六年目。
セレナ。
倒れる。
死。
ではない。
眠り。
三十七日。
目覚め。
慈光環。
自ら。
封印。
「自分で?」
「そう書かれています」
最後。
本人。
書簡。
残る。
文字。
震えている。
《私は、救うべき者の声を聞きすぎた。》
次。
《いつしか、救われる者の声を聞かなくなった。》
クラリス。
目。
止まる。
さらに。
《私は彼らが何を望むかではなく、何を望むべきかを考えていた。》
そして。
最後。
《慈悲に終わりを決めなければ、慈悲は世界のすべてを自らの仕事にする。》
◇
地下書庫。
静か。
ルシアン。
息。
吐く。
「これ」
「はい」
「リリア様と」
「似ています」
「……」
「ですが」
クラリス。
本。
閉じる。
「同じではありません」
「なぜ?」
「リリア様は、自分で違和感を見つけた」
慈光環。
接触。
禁止。
自分。
決めた。
調査。
始めた。
「まだ」
クラリス。
言う。
「止まれています」
◇
別。
資料。
見つかる。
慈光環。
構造。
魔術。
というより。
精神感応。
使用者。
価値観。
増幅。
「慈悲そのものを入れる?」
「違うようです」
ルシアン。
古代術式。
読む。
「本人が最も大切だと思っている価値へ、認知資源を集中させる」
「簡単に」
「そのことばかり考えるようになる」
「十分怖いですね」
「はい」
「もしアレクシア様が触ったら?」
「……強さ?」
「帝国中で筋力訓練が始まりそうですね」
「怖い」
「わふ」
「ヨルが触ったら?」
二人。
ヨル。
見る。
「肉」
「肉ですね」
「わふ!」
「触らせてはいけません」
「世界中の食肉が危ない」
◇
ただ。
もう一つ。
記録。
あった。
慈光環。
悪意。
作られた。
ものではない。
もっと。
古い。
時代。
疫病。
治癒師。
恐怖。
耐えられず。
逃げた。
そこで。
恐怖。
迷い。
抑え。
救済へ。
集中。
させる。
補助聖具。
作った。
「つまり」
ルシアン。
「本来は緊急時用?」
「おそらく」
「常用するものじゃない」
「でしょうね」
クラリス。
指。
古い記述。
なぞる。
《日没と共に環を箱へ戻すべし。》
「一日?」
「はい」
「セレナは?」
「長期間使った」
「……」
◇
「道具は」
クラリス。
言う。
「悪くない」
「はい」
「使い方も、最初は間違っていなかった」
「はい」
「でも」
慈光環。
なくても。
人。
同じ。
制度。
同じ。
緊急。
作る。
例外。
作る。
成果。
出る。
便利。
だから。
終わらない。
「善意にも」
クラリス。
帳面。
書く。
「使用期限が必要ですね」
◇
その頃。
聖協国。
リリア。
別。
問題。
向き合っていた。
南西部。
ルーデン村。
人口。
八百四十。
山。
酪農。
羊。
乳。
肉。
暮らし。
そこへ。
感染症。
発生。
家畜。
ではない。
人。
咳。
高熱。
感染力。
強い。
死亡率。
高くはない。
ただし。
高齢者。
乳児。
危険。
「隔離?」
リリア。
「医師団は推奨しています」
「村全体?」
「七日間」
「外へ出られない?」
「原則」
「物資は?」
「外から供給」
「仕事は?」
「停止です」
◇
村長。
反対。
「無理です」
会議。
言う。
「七日止めたら、乳が駄目になる」
「家畜の世話は村内で続けられます」
「出荷です」
「はい」
「乳を出さなきゃ、うちは終わる」
商人。
契約。
切られる。
乳。
腐る。
収入。
消える。
「でも」
医師。
「感染が周辺へ広がれば」
「分かってる!」
村長。
声。
荒い。
「分かってるから困ってるんだ!」
◇
リリア。
黙る。
以前なら。
まず。
聞く。
今も。
聞く。
「七日間の損失」
「どのくらい?」
計算。
する。
大きい。
「光秩院で補償?」
担当官。
「可能ですが全額は」
「なぜ?」
「前例が」
「前例は後で」
リリア。
言う。
少し。
強い。
「止めてほしいなら、止めたことで生活が壊れないようにするのが先です」
◇
財務。
呼ぶ。
商人。
呼ぶ。
周辺。
町。
呼ぶ。
乳。
廃棄。
する。
だけ。
ではない。
村内。
加工。
可能。
加熱。
保存。
チーズ。
ただし。
人の移動。
制限。
物資。
消毒。
外。
受け渡し。
「できる?」
「できます」
「なら」
隔離。
七日。
補償。
八割。
残り。
加工品。
買取保証。
家畜飼料。
外部。
供給。
「これなら?」
村長。
長く。
考える。
「……やる」
◇
強制。
しなかった。
合意。
取った。
制度。
作った。
生活。
守った。
感染。
村内。
収束。
周辺。
感染者。
ゼロ。
「成功ですね」
ルーメン。
「はい」
リリア。
笑う。
でも。
報告。
読む。
村民。
一人。
隔離。
二日目。
抜け出そうとした。
理由。
母親。
隣町。
一人暮らし。
薬。
届けたい。
門。
止められた。
「どうしたんです?」
「事情を聞き、光秩院職員が代わりに届けました」
「よかった」
◇
もう一人。
抜け出そうとした。
恋人。
会いたい。
「それは」
リリア。
少し。
困る。
「止めました」
「代わりは?」
「手紙を」
「なるほど」
もう一人。
酒。
買いに。
「……」
「止めました」
「それは止めてください」
「はい」
◇
そして。
四人目。
男。
名。
ハンス。
三十四。
「理由は?」
「隔離そのものに反対」
「感染してる?」
「症状なし」
「検査は?」
「陰性」
「なら」
リリア。
止まる。
「出しても?」
「潜伏期間の可能性があります」
医師。
「陰性でも完全には否定できません」
「本人は?」
「自分は健康だから、拘束される理由がないと」
◇
リリア。
会う。
柵。
向こう。
ハンス。
腕。
組む。
「聖女様」
「最高導師です」
「どっちでもいい」
「ちょっと寂しい」
「俺は病人じゃない」
「はい」
「検査も陰性」
「はい」
「なのに出るな?」
「今は」
「おかしいだろ」
リリア。
答えない。
「俺が感染してる証拠ある?」
「ありません」
「じゃあ出せ」
「……」
「俺の自由だ」
◇
正しい。
一部。
正しい。
「でも」
リリア。
「もし感染していて」
「もし、だろ」
「はい」
「その《もし》で人を閉じ込めるのか?」
リリア。
胸。
少し。
痛む。
「あなたが出て」
「はい」
「誰にも感染させなかったら」
「何も起きません」
「だろ?」
「でも」
老人。
乳児。
免疫。
弱い。
人。
「感染させたら」
「……」
「その人は」
リリア。
言う。
「あなたが選んだ自由の結果を、選んでないです」
◇
ハンス。
黙る。
「だから我慢しろ?」
「……」
リリア。
言いそうになる。
はい。
喉。
そこまで。
来る。
七日。
だけ。
食料。
ある。
仕事。
補償。
生活。
守る。
感染。
可能性。
ある。
出る。
理由。
ただ。
嫌だから。
なら。
七日。
我慢。
して。
当然。
合理的。
正しい。
でも。
古い。
ノート。
頭。
浮かぶ。
《断る権利は、断った後まで守られて初めて権利になる。》
リリア。
息。
吐く。
「……嫌ですよね」
「は?」
「閉じ込められるの」
「当たり前だ」
「私も嫌です」
「なら」
「でも」
リリア。
柵。
見る。
「今日は、出せません」
◇
ハンス。
顔。
変わる。
「結局、強制じゃないか」
「はい」
リリア。
答えた。
逃げなかった。
「今回は」
「強制です」
ルーメン。
横。
少し。
見る。
「理由は?」
ハンス。
聞く。
「あなたを正しくするためではありません」
「……」
「他の人に感染させる可能性を、七日だけ減らすためです」
「俺が嫌だと言っても?」
「はい」
リリア。
胸。
痛い。
「嫌だと言ったことは、記録します」
「記録して何になる」
「少なくとも」
「あなたが納得して従ったことにはしません」
◇
ハンス。
笑う。
乾いた。
「聖女様は優しいな」
「皮肉?」
「半分」
「もう半分は?」
「分からん」
◇
七日。
隔離。
終了。
感染。
収束。
ハンス。
最後まで。
症状。
出なかった。
「ほらな」
門。
開く。
ハンス。
言う。
「俺は感染してなかった」
「はい」
「七日、無駄だった」
リリア。
言い返せない。
「結果だけ見れば」
「そうです」
「謝る?」
「隔離したことを?」
「うん」
リリア。
長く。
考える。
「しません」
ハンス。
眉。
上がる。
「必要だったと、今も思っています」
「じゃあ俺が怒ってるのは?」
「それも」
リリア。
言う。
「正しいと思います」
「両方正しい?」
「たぶん」
「便利だな」
「便利じゃないです」
リリア。
苦笑。
「すごく困ってます」
◇
ハンス。
村。
戻る。
最後。
振り返る。
「次も閉じ込める?」
リリア。
答える。
「同じ条件なら」
少し。
間。
「たぶん」
「そうか」
「でも」
「何だ」
「次は七日じゃなくて済む方法を探します」
「……」
「検査を増やすとか。隔離範囲を小さくするとか」
ハンス。
少し。
笑う。
「それなら」
「まあ」
「考えてくれ」
◇
夜。
リリア。
ノート。
開く。
長く。
書けない。
ようやく。
一行。
《自由は、他人に結果を押しつけるところまで自由なのか。》
次。
《強制が必要な場合はある。》
書く。
手。
止まる。
その文章。
怖い。
だから。
続ける。
《だからこそ、“必要だった”だけで終わらせない。》
次。
《期間。範囲。根拠。代替手段。補償。異議。終了条件。》
さらに。
大きく。
《強制には、出口を書く。》
◇
翌日。
制度。
提案。
感染症。
緊急隔離。
発動。
条件。
明記。
期間。
上限。
延長。
第三者。
承認。
補償。
義務。
異議申立て。
可能。
終了後。
検証。
「かなり厳しいですね」
医師。
「隔離する側に?」
「はい」
「それでいいです」
「なぜ?」
リリア。
答える。
「人を止める力は」
少し。
考える。
「止められる側より、使う側を不便にした方がいいと思うので」
◇
可決。
また。
良い制度。
だった。
感染症対策。
早く。
透明。
なる。
補償。
ある。
だから。
住民。
協力。
増える。
隔離。
必要な時。
短く。
できる。
成果。
出る。
また。
リリア。
正しい。
◇
そして。
その報告。
王国。
クラリス。
読む。
「……」
セバス。
「いかがです?」
「よくできています」
「はい」
「私でも、ほぼ同じ制度にします」
「では」
「問題ありません」
ルシアン。
「安心?」
「制度は」
「制度は?」
クラリス。
リリア。
最後。
書いた。
所見。
見る。
《救える可能性がある時、何もしないこともまた、一つの判断である。》
クラリス。
指。
止まる。
「……」
「何か?」
「いえ」
◇
この文章。
間違っていない。
何もしない。
こと。
結果。
ある。
だから。
考える。
必要。
でも。
クラリス。
古い。
セレナ。
書簡。
横。
置く。
《一人でも飢える者があるならば、救済を終える理由にはならない。》
二つ。
文章。
似ていない。
まだ。
全然。
違う。
それでも。
根。
同じ。
救えるなら。
◇
「セバス」
「はい」
「リリア様へ、資料を全部送ってください」
「慈光環の?」
「はい」
「警告も?」
「全部です」
「一部だけ抜粋せず?」
「それでは監査になりません」
「承知しました」
「それと」
クラリス。
帳面。
破る。
一枚。
手紙。
書く。
◇
数日後。
光秩院。
リリア。
大量。
資料。
届く。
「多い!」
「王国王立文書院からです」
「クラリス様?」
「添書があります」
開く。
短い。
《慈光環は、悪い聖具ではないようです。》
リリア。
「……」
次。
《だからこそ、捨てれば終わりにはできません。》
次。
《過去に多くの命を救っています。》
リリア。
読む。
セレナ。
記録。
成果。
命。
救った。
制度。
作った。
そして。
少しずつ。
救済。
終われなくなった。
最後。
本人。
言葉。
《私は彼らが何を望むかではなく、何を望むべきかを考えていた。》
リリア。
長く。
止まる。
◇
クラリス。
手紙。
最後。
《リリア様。善意にも、使用期限を書きましょう。》
その下。
《終わりのない救済は、いつか世界全部を救済対象にします。》
そして。
小さく。
追伸。
《あと、アレクシア様がそちらへ向かおうとしているそうです。止めましたが、たぶん来ます。》
「え」
◇
廊下。
遠く。
声。
「リリアァァァ!」
リリア。
目。
閉じる。
「来た」
扉。
開く。
「怪しい聖具に触ったと聞いたぞ!」
「もう封印しました!」
「体は!?」
「元気です!」
「飯は食ってるか!」
「食べてます!」
「肉は!?」
「そこ!?」
アレクシア。
袋。
置く。
燻製肉。
大量。
「食え」
「多い!」
「救済には体力がいる!」
「その発想が慈光環とちょっと似てる!」
「何だと!?」
◇
久しぶり。
三人。
ではない。
クラリス。
いない。
でも。
アレクシア。
来た。
リリア。
笑う。
少し。
力。
抜ける。
「アレクシア様」
「何だ」
「私」
「うん」
「少し怖いです」
アレクシア。
すぐ。
ふざける。
やめる。
「何がだ」
「救えるのに救わないっていうのが」
リリア。
言う。
「前より、苦しい」
◇
アレクシア。
考える。
思想。
得意。
ではない。
だから。
しばらく。
黙る。
そして。
「私は」
言う。
「戦で、全員は救えん」
「……」
「救おうとして部隊を戻せば、もっと死ぬ時もある」
「はい」
「だから」
少し。
顔。
しかめる。
「嫌でも選ぶ」
「はい」
「その後」
「はい」
「酒を飲む」
「最後がアレクシア様」
「何だ!」
リリア。
笑う。
久しぶり。
ちゃんと。
笑う。
◇
「でも」
アレクシア。
続ける。
「嫌じゃなくなったら」
リリア。
見る。
「その時は」
「誰かに殴ってもらえ」
「殴るんです?」
「比喩だ!」
「アレクシア様だと分かりづらい」
「お前な!」
◇
リリア。
ノート。
開く。
今日。
最後。
一行。
《強制が必要な時はある。だから、強制を嫌がる自分まで捨てない。》
その下。
もう一つ。
《救えなかったことが苦しいのはいい。救わなかった人を憎み始めたら、止まる。》
閉じる。
◇
慈光環。
封印。
されたまま。
リリア。
触れない。
制度。
健全。
監査。
ある。
友人。
いる。
古いノート。
ある。
まだ。
全部。
残っている。
だから。
まだ。
大丈夫。
◇
ただ。
世界は。
リリアが止まるまで。
待ってはくれなかった。
北部。
凶作。
西部。
難民。
南部。
感染症。
東部。
児童医療。
そして。
各地。
報告。
毎日。
届く。
助けられる。
数字。
増える。
同時に。
助けられない。
数字も。
増える。
最高導師の机。
朝。
一枚。
新しい。
報告。
置かれる。
《北方三州における深刻な食糧不足。》
推定。
影響人口。
二十七万。
リリア。
紙。
持つ。
顔。
上げる。
「備蓄は?」
「足りません」
「輸入は?」
「間に合わない可能性があります」
「死者予測は?」
ルーメン。
一瞬。
答えない。
「最悪の場合」
「はい」
「冬までに」
数字。
言う。
リリア。
目。
閉じる。
その数。
これまでとは。
桁。
違った。
そして。
北方三州。
境界。
向こう。
巨大。
穀倉地帯。
ある。
食糧。
ある。
十分。
ある。
ただし。
そこは。
別の国。
輸出。
禁止。
している。
自国民。
備蓄。
守るため。
合理的。
正当。
彼らにも。
守るべき民。
いる。
誰も。
悪くない。
◇
リリア。
報告書。
見る。
小さく。
言う。
「……救えるのに」
その言葉。
今回は。
誰にも。
聞こえなかった。
冬。
来る。
そして。
初めて。
リリアの正しさは。
他国の「正しい判断」と正面からぶつかることになる。




