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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第五章 聖女様は、正しすぎる
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92/119

第86話 聖女様は、反対票を捨てない

 最高導師選出会議の朝。


 リリア・セレスティアは、靴をなくした。


「ない!」


 光秩院本部。


 夜明け。


 廊下に声が響いた。


「何がです?」


 ルーメンが部屋へ入る。


「靴!」


「履いていらっしゃいますが」


「式典用!」


 リリアはいつもの革靴を履いていた。


 磨いてある。


 ただし、今日の礼装に合わせて用意された白い式典靴が見当たらない。


「昨夜、こちらに」


「置きました」


「確かに?」


「確かに」


「では、なぜ」


「知りません!」


 二人。


 部屋を見る。


 ベッドの下。


 ない。


 机の下。


 ない。


 衣装箱。


 ない。


「誰か入りました?」


「警備上、それは考えにくいです」


「最高導師候補の靴だけ盗む暗殺者?」


「目的が地味すぎます」


 扉の外。


 修道女。


 顔。


 出す。


「あの……」


「はい?」


「厨房の裏で見ました」


「何を?」


「白い靴を」


「なんで!?」


 ◇


 厨房。


 裏口。


 白い式典靴。


 片方。


 泥。


 もう片方。


 さらに泥。


 その隣。


 子犬。


 寝ていた。


「……」


 リリア。


 見る。


 子犬。


 見る。


「あなた?」


「くぅん」


「あなたなの?」


「くぅん」


「怒れない!」


 厨房係が説明した。


「昨夜、雨の中で迷い込んだみたいで。朝になったら靴を咥えてまして」


「なぜ私の」


「匂いがしたのでは?」


「ヨルじゃあるまいし……」


 言ってから。


 少し。


 ヨル。


 思い出す。


 黒い毛。


 腹。


 枕。


「……元気かな」


「リリア様」


「はい?」


「式典、二時間後です」


「洗います」


「間に合いません」


「じゃあ」


 リリア。


 いつもの靴。


 見る。


「これで行きます」


「予想していました」


「何です、その顔」


「《泥靴の最高導師》という見出しが見えます」


「やめて!」


 ◇


 最高導師選出会議。


 光秩院大講堂。


 候補者。


 四名。


 投票権者。


 聖職者。


 地方代表。


 医療関係者。


 救済機関。


 各自治領。


 合計。


 七百二十名。


 一般民の直接投票ではない。


 ただし。


 各候補の支持調査。


 地域推薦。


 公開討論。


 実績。


 すべて。


 材料になる。


 リリア。


 控室。


 手。


 冷たい。


「緊張してます?」


 ルーメン。


「してません」


「手、震えてます」


「寒い」


「暖房入ってます」


「じゃあ緊張です」


「素直ですね」


 ◇


「落ちても」


 リリア。


 小声。


「いいんです」


「はい」


「本当に」


「はい」


「負けたら、現場に戻れるし」


「はい」


「書類減るし」


「はい」


「市場にも普通に行けるし」


「それは難しいかと」


「なんで!」


「既に有名です」


「……」


 リリア。


 頭。


 抱える。


「じゃあ、ちょっとだけ勝ちたい」


「本音が出ましたね」


「だって」


 笑う。


「ここまで来たら」


「はい」


「やりたいこともあります」


 ◇


 投票。


 一回目。


 過半数。


 必要。


 開票。


 会場。


 静か。


 一人。


 読み上げる。


「第一候補、オルフェン・ギルバート。四十二票」


「第二候補、マリア・シュテルン。三十六票」


「第三候補、ヨハネス・ベルク。二十八票」


 そして。


「リリア・セレスティア」


 間。


「六百十四票」


 静か。


 ほんの。


 一瞬。


 その後。


 大きな。


 ざわめき。


 拍手。


 リリア。


 止まる。


「……」


 ルーメン。


 横。


「勝ちました」


「多くない?」


「多いですね」


「八十九パーセントより多い」


「代議員投票ですから」


「六百十四……」


 ◇


 リリアは。


 拍手より先に。


 残り。


 見る。


 百六票。


 自分ではない票。


 無効。


 なし。


「ルーメンさん」


「はい」


「その百六票」


「はい?」


「残してください」


「記録には残ります」


「違う」


 リリア。


 真剣。


「誰が、じゃなくて」


「はい」


「どうして私に入れなかったのか」


 ルーメン。


 少し。


 驚く。


「可能な範囲で」


「聞きたいです」


「選挙直後に?」


「今だから」


 ◇


 壇上。


 現最高導師。


 エレノア。


 立つ。


「リリア・セレスティア」


「はい」


「光秩院最高導師としての選出を、受諾しますか?」


 会場。


 静か。


 リリア。


 一度。


 息。


 吸う。


「条件があります」


 ざわ。


 エレノア。


 笑う。


「あなたらしい」


「選出前に提案した、最高導師権限の見直し」


「はい」


「就任後、最初の議題にしてください」


「他には?」


「現場日数」


「まだ言います?」


「月五日」


「評議会で」


「はい」


「他には?」


 リリア。


 少し。


 会場。


 見る。


「今日」


 言う。


「私に投票しなかった百六人を、悪く言わないでください」


 ◇


 拍手。


 起きそうになる。


 リリア。


 手。


 上げる。


「まだ拍手しないで」


 会場。


 止まる。


「これは格好いいことを言いたいんじゃなくて、本当にお願いです」


 彼女は続けた。


「私に投票しなかった人は、私を嫌いなのかもしれない。能力が足りないと思ったのかもしれない。宗教組織が強くなりすぎると思ったのかもしれない」


 前列。


 候補者たち。


 見る。


「あるいは」


「他の三人の方が、最高導師に向いていると思っただけかもしれません」


 リリア。


 笑う。


「それって」


「悪いことじゃないですよね」


 ◇


「六百十四票もいただきました」


 大きい。


 十分。


 強い。


「だから」


 リリア。


 言う。


「百六票を、小さい数字にしないでください」


 エレノア。


 少し。


 目を細める。


「もし、私がいつか」


 一瞬。


 言葉。


 探す。


「自分に反対する人を」


「《分かっていない人》だと思い始めたら」


 リリア。


 ノート。


 胸。


 触れる。


「この百六票を」


「見せてください」


 今度。


 拍手。


 止めなかった。


 ◇


 就任式。


 午後。


 白い礼装。


 青と金。


 最高導師を示す。


 杖。


 渡される。


「重い」


 第一声。


 小さい。


 でも。


 隣。


 エレノア。


 聞こえる。


「権力ですから」


「物理的にも?」


「象徴は重い方がありがたいでしょう」


「返していいですか」


「駄目です」


 ◇


 正式。


 宣誓。


「私は、光秩院最高導師として」


 声。


 堂内。


 響く。


「救済を、自らの名誉のために用いず」


「制度を、自らの正しさの証明に用いず」


「信仰を、人を黙らせるために用いず」


 リリア。


 一度。


 息。


 置く。


「救われる人だけでなく」


「救済を望まない人の声にも」


「耳を傾けます」


 宣誓文。


 最後。


 本来。


 《光の導きのもと、民を正しき道へ導く》


 そうなっていた。


 リリア。


 昨夜。


 変えた。


 《民と共に、正しき道そのものを問い続ける》


 古参聖職者の一部は。


 少し。


 眉を寄せた。


 でも。


 大多数。


 支持した。


 ◇


 杖。


 掲げる。


 鐘。


 鳴る。


 外。


 群衆。


 歓声。


「最高導師リリア様!」


「聖女様!」


「泥靴の聖女!」


「まだそれ!?」


 宣誓直後。


 素。


 戻った。


 エレノア。


 笑う。


「愛称です」


「白銀とか月光とか、もっとなかったんです?」


「自分で流行らせれば?」


「最高導師が自分の二つ名を流行らせるの嫌すぎる!」


 ◇


 翌朝。


 最高導師。


 執務室。


 リリア。


 机。


 見る。


 書類。


 山。


「……」


 ルーメン。


 入る。


「おはようございます」


「帰ります」


「どこへ?」


「昨日まで」


「時間は戻りません」


「最高導師やめます」


「就任一日目です」


「多い!」


「昨日まで止まっていた案件が集まりました」


「何件?」


「二百七十一」


「……」


 リリア。


 遠い目。


「クラリス様」


「いません」


「助けて」


「いません」


「ヨル」


「いません」


「アレクシア様」


「帝国です」


「肉」


「ありません」


「何もない!」


 ◇


 ただ。


 リリア。


 座る。


「分類しましょう」


「はい」


「自分で全部読みません」


 ルーメン。


 一瞬。


 少し。


 笑う。


「成長しましたね」


「最高導師なので」


「一日目で威張りましたね」


「今だけです」


 ◇


 二百七十一。


 分ける。


 緊急医療。


 二十八。


 食糧。


 三十二。


 孤児・児童。


 二十五。


 災害。


 十九。


 人事。


 四十七。


 施設。


 三十八。


 予算。


 四十二。


 宗教儀礼。


 二十一。


 その他。


 十九。


「その他、多くないですか?」


「人間社会ですから」


「便利ですね、その分類」


「便利すぎる分類は危険です」


「いきなり監査された」


 ◇


 最初。


 最高導師として。


 署名。


 一件。


 北東部。


 洪水。


 仮設住宅。


 追加予算。


「承認」


 署名。


 次。


 南部。


 孤児院。


 屋根。


 修繕。


「専門部署へ」


 次。


 医師。


 派遣。


「地域医療局」


 次。


 ある地方司祭。


 解任要請。


 リリア。


 止まる。


「理由は?」


「最高導師方針への非協力」


「具体的に?」


「救済施設への宗教予算転用に反対」


「なぜ?」


「礼拝堂修繕が必要だと」


「現地確認しました?」


「まだ」


「じゃあ解任しません」


「しかし、新最高導師方針に」


「私の方針って何です?」


「救済優先」


「礼拝堂が崩れそうなら、それも人の安全です」


「……」


「現地見てください」


 書類。


 戻す。


 ◇


 次。


「最高導師就任記念として、中央広場へ像の建立案です」


「却下」


「早い」


「いらないです」


「民間寄付で」


「もっといらない」


「なぜ?」


「私、生きてます」


「歴代最高導師像があります」


「それもどうなんです?」


「伝統です」


「じゃあ私の代からやめましょう」


「反対が」


「出してください」


「本当に?」


「はい」


「建立賛成派から」


「聞きます」


「新聞に《聖女、自分の像を拒否》と」


「書かせてください」


「人気上がりますよ」


「……」


 リリア。


 固まる。


「それも嫌!」


 ◇


 就任。


 一週間。


 最初の。


 最高評議会。


 議題。


 《最高導師権限制限案》


「就任した本人が、最初に自分の権限を削るとは」


 古参司教。


 苦笑。


「変でしょうか」


「珍しい」


「では珍しいだけです」


 提案。


 一。


 緊急予算。


 単独執行。


 上限。


 設定。


 二。


 高位人事。


 複数承認。


 三。


 緊急権限。


 使用後。


 三十日以内。


 外部監査。


 四。


 地方。


 異議申立て。


 最高導師直属ではなく。


 独立窓口。


 五。


 最高導師判断。


 年一回。


 公開検証。


「ここまで必要ですか?」


 一人。


 聞く。


「私がいい人なら、いらないかもしれません」


「なら」


「でも」


 リリア。


 言う。


「次の人が、いい人とは限りません」


 少し。


 会場。


 笑う。


「あと」


 笑わない。


「私がずっと、いい人とも限りません」


 ◇


 沈黙。


 古参司教。


「ご自分を信用していない?」


「信用してます」


「では」


「信用してるから、監査しないは変です」


 リリア。


「クラリス様が」


 言いかける。


 止まる。


「……知り合いが言ってました」


「今、名前を外しましたね」


 ルーメン。


 小声。


「癖で」


 ◇


 結果。


 可決。


 全会一致。


 リリア。


 嫌な顔。


「なんで全員賛成なんです?」


「良案だからでしょう」


「一人くらい反対してくださいよ」


「無茶を言わないでください」


「だって」


 リリア。


 机。


 見る。


「最高導師の権限削る案なのに、全員賛成って」


「政治的には反対しづらいです」


「……」


「あなた自身が提案しましたから」


 リリア。


 黙る。


 また。


 それ。


 ◇


「じゃあ」


 会議。


 終わった後。


 リリア。


 ルーメン。


 エレノア。


 三人。


 小会議室。


「私が提案者の時」


「はい」


「最初に私が席を外す?」


「何のために?」


「皆が話しやすく」


「効果はあるかもしれません」


「やりましょう」


 エレノア。


 微笑む。


「それも、あなたの方針になりますよ」


「……」


 リリア。


 頭。


 抱える。


「何しても私の方針になる!」


「最高導師ですから」


「最高導師って面倒!」


「昨日までなりたかったでしょう」


「ちょっとだけです!」


 ◇


 さらに。


 一か月。


 リリア。


 現場。


 五日。


 勝ち取った。


 最初。


 北部。


 小さな診療所。


 到着。


 以前。


 子ども。


 走ってきた。


 今日は。


 診療所前。


 赤い絨毯。


「……」


 リリア。


 馬車。


 降りない。


「どうしました?」


「帰ろうかな」


「なぜ」


「赤いです」


「絨毯です」


「分かります」


「最高導師ですから」


「診療所ですよ?」


 ◇


 降りる。


 院長。


 礼装。


 職員。


 整列。


「普通にしてくださいって」


「普通です」


「絶対違う!」


 患者。


 緊張。


 している。


 子ども。


 母親。


 服。


 綺麗。


 着せられてる。


 リリア。


 少し。


 困る。


「今日は」


 院長。


「最高導師様へ当院の成果をご覧いただき」


「成果じゃなくて」


「はい?」


「困ってること見に来たんです」


「……」


 院長。


 一瞬。


 黙る。


「困っていること?」


「ないんですか?」


「いえ、その……」


「ある?」


「……」


 周囲。


 見る。


 最高導師。


 目の前。


「大丈夫です」


 院長。


 笑う。


「順調です」


 ◇


 リリア。


 違和感。


 持つ。


 診療所。


 歩く。


 綺麗。


 薬。


 揃う。


 患者。


 多い。


 でも。


 裏。


 洗濯場。


 年配。


 看護師。


 一人。


 大量の布。


 洗う。


「大変ですね」


「いつものことですよ」


「何人で?」


「今日は二人です」


「本来?」


「四人」


「二人は?」


「一人辞めました。もう一人は腰を」


「補充は?」


 看護師。


 周囲。


 見る。


 声。


 小さく。


「申請してます」


「いつから?」


「四か月」


「院長さん、順調って」


「……」


 看護師。


 困る。


「院長先生も悪くないんです」


「はい」


「最高導師様に、困ってるところ見せるのは恥ずかしいって」


 リリア。


 言葉。


 ない。


 ◇


 院長。


 呼ぶ。


 怒らない。


「どうして言わなかったんです?」


「申し訳ありません」


「謝る話じゃ」


「就任後、初の視察です」


「はい」


「ここで問題を申し上げれば」


 院長。


 顔。


 伏せる。


「最高導師様の改革に水を差すのではないかと」


「……私」


 リリア。


 静か。


「そんなこと言いました?」


「いいえ」


「困ってること言うなって」


「いいえ」


「じゃあ」


「なぜ?」


 院長。


 少し。


 笑う。


「皆が、あなたに期待していますから」


 ◇


 それ。


 また。


 リリア。


 答えられない。


 命令。


 してない。


 圧力。


 かけてない。


 でも。


 期待。


 それも。


 人を。


 黙らせる。


「分かりました」


 リリア。


「次から」


「はい」


「視察前の成果報告、いりません」


「え?」


「困ってることを先にください」


「ですが」


「あと」


「院長先生経由だけじゃなく、職員さんから匿名で出せる箱」


「匿名?」


「はい」


「不満箱みたいな」


「名前はもう少し可愛くしましょう」


 看護師。


 横。


「《困ってます箱》?」


 リリア。


「いいですね」


 ルーメン。


「可愛くはありません」


 ◇


 その日の。


 昼。


 診療所。


 庭。


 パン。


 スープ。


 リリア。


 職員。


 患者家族。


 一緒。


 食べる。


 最初。


 緊張。


 でも。


 子ども。


 一人。


 リリアのパン。


 見る。


「それ」


「はい?」


「大きい」


「交換します?」


「いいの?」


「半分なら」


 母親。


「こら!」


「いいですよ」


 パン。


 割る。


 子ども。


 笑う。


 少しずつ。


 空気。


 戻る。


 ◇


「最高導師様」


 年配。


 患者。


 言う。


「はい」


「言っていい?」


「どうぞ」


「このスープ」


「はい」


「薄い」


 リリア。


 一口。


 飲む。


「……薄い」


 厨房。


 職員。


 青ざめる。


「申し訳――」


「塩あります?」


「あります」


「じゃあ足しましょう」


 患者。


 笑う。


「聖女様でも薄いと思うのか」


「思いますよ」


「もっとこう、ありがたく食べるのかと」


「薄いものは薄いです」


 笑い。


 広がる。


 その瞬間。


 院長。


 少しだけ。


 肩。


 下がる。


 ◇


 夜。


 宿。


 リリア。


 ノート。


 書く。


 《命令だけが、人を黙らせるわけではない。》


 次。


 《尊敬。期待。失望させたくない気持ち。》


 さらに。


 《“困っていない顔”を作らせる権威もある。》


 ペン。


 止まる。


 これは。


 制度。


 直せる?


 匿名箱。


 報告形式。


 視察方法。


 直せる。


 でも。


 人の気持ち。


 全部。


 制度には。


 できない。


「……クラリス様なら」


 口。


 出る。


 止める。


「いや」


 自分。


 考える。


 長く。


 考える。


 《最高導師が行くのではなく、普通の聞き手を送る。》


 書く。


「……これかな」


 ◇


 その頃。


 王国。


 クラリス。


 地方振興局。


 資料。


 読む。


「聖協国、最高導師決まりましたね」


 ルシアン。


「ええ」


「リリア様」


「ええ」


「手紙書きます?」


「もう書きました」


「何て?」


「秘密です」


「どうせ採点しません、とか」


「なぜ分かるんです?」


「長い付き合いなので」


 ヨル。


 足元。


「わふ」


「ヨルまで」


 ◇


 手紙。


 聖協国。


 三日後。


 リリア。


 開く。


 《最高導師就任、おめでとうございます。》


 普通。


 次。


 《採点はしません。》


「やっぱり!」


 ルーメン。


「何がです?」


「何でもないです」


 続き。


 《ですが、一つだけ。》


 リリア。


 読む。


 《あなたに反対する人より、あなたに遠慮する人を探してください。》


「……」


 止まる。


 今日。


 院長。


 思い出す。


 看護師。


 薄いスープ。


 正装。


 赤い絨毯。


 最後。


 《反対は見えます。遠慮は、賛成の顔をして近づいてきます。》


 リリア。


 長く。


 その一文。


 見る。


「クラリス様」


 小さく。


 言う。


「やっぱり」


 笑う。


「たまに褒めるより」


「こういうの送ってくるんだから」


 ◇


 最高導師。


 就任。


 一か月。


 リリアは。


 まだ。


 変わらなかった。


 むしろ。


 以前より。


 自分を疑った。


 権限。


 削った。


 匿名。


 窓口。


 増やした。


 反対票。


 残した。


 現場。


 行った。


 遠慮。


 探した。


 だから。


 光秩院。


 支持。


 さらに。


 高まる。


 ◇


 地方。


 ある役所。


「最高導師権限制限案?」


「そうだ」


「自分から?」


「そうらしい」


「すごい人だな」


「やっぱり、あの方なら間違えない」


 ◇


 別の町。


「匿名で意見を出せるようになった」


「聖女様のおかげだね」


「じゃあ安心だ」


 ◇


 診療所。


「困っていることを先に報告しろって」


「最高導師様が?」


「うん」


「じゃあ、ちゃんと書こう」


「でも」


「何?」


「聖女様が困るようなことは」


「少し表現を柔らかくしようか」


「そうだな」


 ◇


 制度。


 良くなる。


 声。


 出る。


 救われる。


 間違い。


 減る。


 同時に。


 リリアへの。


 信頼。


 強くなる。


 矛盾。


 ではなかった。


 むしろ。


 自然だった。


 良い政治家。


 良い聖職者。


 良い最高導師。


 だから。


 信じる。


 ◇


 そして。


 半年後。


 光秩院。


 地下。


 古い。


 宝物庫。


 百年以上。


 開かれていなかった。


 そこへ。


 最高導師就任者だけが。


 一度。


 入る。


 伝統。


 あった。


「今まで行ってませんでしたね」


 ルーメン。


「忙しかったので」


「伝統行事を半年放置する最高導師」


「人は死にません」


「伝統担当が泣いていました」


「ごめんなさい」


 ◇


 地下。


 石。


 階段。


 古い。


 灯り。


 壁。


 聖句。


 最奥。


 扉。


 紋章。


 光。


 秤。


「何があるんです?」


「初代最高導師が使用した聖具だと」


「使う?」


「いえ」


「見るだけ?」


「本来は」


「本来?」


 ルーメン。


 少し。


 言いにくそう。


「新たな最高導師が、聖具へ触れ」


「はい」


「光の祝福を受ける儀礼です」


「……」


 リリア。


 止まる。


「触るんです?」


「はい」


「安全?」


「歴代最高導師が」


「安全性試験は?」


「伝統です」


「伝統を安全性試験にしないでください」


 ◇


 扉。


 開く。


 中央。


 白い。


 細い。


 杖。


 ではない。


 輪。


 冠。


 でもない。


 銀色の。


 小さな。


 円環。


 内側。


 光。


 揺れる。


「これが」


「《慈光環》」


「じこうかん?」


「救済を担う者の心を映し、導きを与える、と」


「怪しい」


「最高導師が言わないでください」


 リリア。


 近づく。


 円環。


 静か。


 光る。


 何か。


 聞こえた。


 気がした。


 ――救いたい。


 リリア。


 止まる。


「……」


「どうしました?」


「今」


「何か」


 光。


 消える。


「いえ」


 リリア。


 首。


 振る。


「気のせいです」


 触れる。


 指先。


 光。


 強く。


 なる。


 ◇


 その瞬間。


 見えた。


 子ども。


 泣く。


 病人。


 苦しむ。


 難民。


 歩く。


 老人。


 一人。


 食卓。


 空。


 吹雪。


 届かない薬。


 戦争。


 飢餓。


 そして。


 無数。


 声。


 ――助けて。


 ――助けられる。


 ――あなたなら。


 ――救える。


 リリア。


 息。


 詰まる。


「リリア様!」


 手。


 離す。


 床。


 一歩。


 下がる。


「大丈夫ですか?」


「……はい」


「何が?」


「分かりません」


 胸。


 速い。


「でも」


 円環。


 見る。


「すごく」


 嫌なものを。


 見た。


 なのに。


 口から。


 出た言葉。


 違った。


「……救わなきゃって」


 ◇


 ルーメン。


 表情。


 変わる。


「儀礼はここまでにしましょう」


「はい」


「聖具への接触記録を」


「残してください」


「もちろん」


「あと」


 リリア。


 扉。


 出る前。


 振り返る。


「次の最高導師」


「はい」


「触らせなくてもいいんじゃないですか?」


「伝統ですが」


「監査しましょう」


 いつもの。


 リリア。


 だった。


「はい」


 ルーメン。


 答える。


 ◇


 ただ。


 階段。


 上がる。


 間。


 リリアの頭。


 まだ。


 声。


 残る。


 救える。


 あなたなら。


 リリア。


 首。


 振る。


「違う」


「何か?」


「いえ」


 小さく。


 言う。


「私一人じゃ」


 これも。


 正しい。


 昔から。


 分かっている。


 奇跡を。


 分業した。


 聖女。


 だから。


 ◇


 その夜。


 ノート。


 開く。


 新しい頁。


 書く。


 《人を救った数だけで、自分を正しいと思わない。》


 昔。


 自分。


 書いた。


 言葉。


 もう一度。


 なぞる。


 その下。


 新しく。


 《救えると思った時ほど、誰が“救われたくない”と言っているか探す。》


 ペン。


 置く。


「大丈夫」


 自分。


 言う。


「覚えてる」


 窓。


 外。


 夜。


 静か。


 ◇


 地下。


 誰もいない。


 宝物庫。


 《慈光環》。


 薄く。


 光る。


 ほんの。


 一瞬。


 円環。


 内側。


 黒い。


 影。


 走る。


 古い。


 記録。


 棚。


 その隅。


 一冊。


 封印。


 された。


 文書。


 表紙。


 古代文字。


 読める者。


 もう。


 ほとんど。


 いない。


 ただ。


 もし。


 読めたなら。


 そこには。


 こう。


 書かれていた。


 《この聖具は、使用者の慈悲を増幅する。》


 そして。


 その下。


 赤い。


 古い。


 警告。


 《慈悲は、限界を失えば、支配と区別できなくなる。》


 最高導師リリア・セレスティア。


 就任。


 半年。


 まだ。


 誰の自由も。


 奪っていない。


 まだ。


 誰かへ。


 正しさを。


 強制していない。


 むしろ。


 彼女は。


 今日も。


 自分を疑っている。


 だから。


 まだ。


 大丈夫だった。


 ただ。


 「救えるのに救わない」という選択だけが。


 以前より。


 ほんの少し。


 苦しくなり始めていた。

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