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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第五章 聖女様は、正しすぎる
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90/119

第84話 悪女令嬢は、選ばれた町を作らない

 王都から北西へ半日。


 クラリスたちが次に向かったのは、ベルクという小さな町だった。


 人口は、およそ六千。


 麦畑と果樹園に囲まれた、どこにでもありそうな地方都市である。


 大きな城はない。


 温泉もない。


 有名な祭りもない。


 特産品と呼べるほどのものも、今のところない。


「つまり」


 馬車の中でルシアンが資料をめくった。


「普通の町ですね」


「普通ですね」


「地方振興の依頼としては、難しくないですか?」


「なぜ?」


「売るものがない」


「人が住んでいます」


「それはそうですけど」


「なら、何かあります」


 クラリスは窓の外を見る。


 畑。


 農家。


 小さな工房。


 川。


 遠くに教会の塔。


 見た目には、確かに地味だった。


「クラリス様」


「はい」


「今回は温泉ないですよ」


「知っています」


「少し残念そうですね」


「気のせいです」


「ヨル」


「わふ」


「クラリス様、残念そう?」


「わふ」


「ヨル」


 クラリスが見る。


 ヨルは窓の外を向いた。


「裏切りましたね」


「わふ」


「干し肉、一本減りますよ」


「わふ!?」


「権力の濫用です」


「黙ってください」


 ◇


 町へ入って最初に気づいたのは。


 妙に。


 看板が多いことだった。


 《クラリス様を歓迎します》


 《地方再生の旗手、クラリス・ローレンス様来町》


 《西部成功三地域に続け!》


 《ベルクを第四の成功例へ》


「……」


 クラリス。


 窓。


 閉めた。


「どうしました?」


「帰りたいです」


「まだ着いてません」


「だから今なら帰れます」


「珍しい弱気」


「これは嫌な予感しかしません」


 町の中央広場。


 さらに。


 大きな横断幕。


 《クラリス様に選ばれる町へ》


 クラリスの眉が動いた。


「止めてください」


「馬車を?」


「違います」


「看板?」


「はい」


「もう見えてますけど」


「見えなかったことにできません?」


「無理です」


 ◇


 町役場の前。


 到着。


 拍手。


 拍手。


 拍手。


「クラリス様!」


「ようこそベルクへ!」


「お待ちしておりました!」


 町長。


 商工会。


 農業組合。


 子どもたち。


 なぜか花束。


 クラリスは馬車から降りた。


 笑顔。


 作る。


 貴族令嬢として。


 そこは。


 できる。


「歓迎いただき、ありがとうございます」


 花束。


 受け取る。


「ですが」


 町長。


 見る。


「一つだけ」


「はい!」


「あの横断幕」


「はい!」


「外してください」


「……はい?」


 ◇


 町長の名はヘルムート。


 四十九歳。


 背が低く。


 よく笑う。


 悪い人ではない。


 たぶん。


「何か失礼がございましたか?」


「《クラリス様に選ばれる町へ》というものです」


「はい」


「私、町を選びません」


「え?」


「今回も王国から依頼を受けて来ただけです」


「ですが、ラゼル、アルネ、フィネルはいずれもクラリス様のご指導で成果を」


「私は指導していません」


「……」


「一緒に考えただけです」


 町長。


 少し。


 困る。


「では、《クラリス様と共に考える町》なら?」


「そういう問題ではありません」


 ルシアンが口元を押さえる。


 笑っている。


「ルシアン様」


「はい?」


「楽しんでません?」


「少し」


「後で帳簿三冊」


「やめます」


 ◇


 会議室。


 ベルクの現状説明。


 町長。


 熱い。


「我が町は、王都への人口流出が続いております。特に十八歳から三十歳までの若年層が減少し、ここ十年で約二十六パーセント減りました」


「大きいですね」


「はい。そこで我々は、ベルクを若者に選ばれる町へ変えたい」


「具体的には?」


「まず、中心部に新しい商業区を整備します」


 クラリス。


 少し。


 目。


 細くなる。


「さらに、起業支援。移住支援。結婚奨励金。子育て支援金。住宅建築補助。そして、文化施設も」


「……」


「クラリス様?」


「いえ」


 クラリスは資料を見る。


 補助。


 補助。


 補助。


 補助。


 また補助。


「全部やるんですか?」


「はい!」


「財源は?」


「王国地方活性化交付金の申請を予定しております」


「採択されなかったら?」


「その場合は規模を縮小します」


「つまり」


 クラリス。


 資料。


 置く。


「国から金が出たらやる?」


「……言い方としては、少し」


「違います?」


「いえ」


「では、その事業のうち、国から一枚も出なくても町のお金だけでやりたいものは?」


 町長。


 止まった。


 役人たち。


 互いを見る。


「……」


 誰も。


 すぐには。


 答えなかった。


 クラリス。


 ため息。


 つかない。


 我慢した。


 ◇


「まず」


 クラリスは言った。


「若い人に聞きました?」


「アンケートを実施しております」


「見せてください」


 回答数。


 二百八十四。


 質問。


 《ベルクにあったら良いと思うもの》


 一位。


 商業施設。


 二位。


 娯楽施設。


 三位。


 仕事。


 四位。


 住宅。


 五位。


 交通。


「なるほど」


 ルシアンが頷く。


「商業施設、必要そうですね」


「そう見えます」


 クラリス。


 次の頁。


「回答者の年齢は?」


「十五歳から七十歳までです」


「若者向け調査では?」


「町民全体の意見も重要ですので」


「では若年層だけの回答は?」


「集計しておりません」


「町外へ出た若者には?」


「……聞いておりません」


「なぜ?」


「もう町民ではないので」


 クラリス。


 しばらく。


 黙る。


「出ていった理由を知りたいのですよね?」


「はい」


「なら」


 静かに。


「出ていった人に聞かないと」


「分からないのでは?」


 ◇


 二日後。


 クラリスは。


 町を出た。


「え?」


 ルシアン。


「視察終わり?」


「始まります」


「町から出るのに?」


「出ていった人に聞きます」


 向かった先。


 ラゼル。


 ベルクから。


 馬車で二時間。


 多くの若者が。


 そこで働いていた。


 倉庫。


 商店。


 工房。


 宿。


 運送。


「ベルク出身?」


「はい」


 二十六歳。


 女性。


 名はアンナ。


 ラゼルの菓子工房勤務。


「帰りたいと思います?」


「たまには」


「住むのは?」


「うーん」


「何が嫌?」


「嫌ってほどじゃ」


 少し。


 考える。


「仕事ですかね」


「ベルクにも仕事はあります」


「ありますけど」


「やりたい仕事がない?」


「というより」


 アンナ。


 笑う。


「女の子は、だいたい農家か店の手伝いか、役場か。選択肢が少ないです」


「商業施設ができたら戻ります?」


「それだけじゃ戻らないかな」


「娯楽施設は?」


「遊びには帰るかも」


「住む?」


「住まないと思います」


 ◇


 別の青年。


 二十九歳。


 運送会社。


「ベルク嫌い?」


「好きですよ」


「戻る予定は?」


「ないです」


「なぜ?」


「親と同居になるから」


「家を借りれば?」


「賃貸少ないんですよ」


「住宅補助があります」


「家建てる前提でしょう?」


「そうですね」


「家建てたら、逃げられなくなるじゃないですか」


 ルシアンが反応した。


「逃げる?」


「仕事変えたい時とか」


「なるほど」


「若いうちに家建てたい奴ばっかじゃないですよ」


 ◇


 さらに。


 女性。


 三十一歳。


 子ども一人。


 ラゼル在住。


「ベルク、子育てにはいいですよ」


「では戻る?」


「戻りません」


「なぜ?」


「病院」


 即答。


「子どもが熱出した時、夜に診てもらえるところがないんです」


「隣町に診療所が」


「馬車で四十分」


「……」


「冬はもっと」


「子育て支援金が増えたら?」


「お金は嬉しいです」


「戻る理由になる?」


「ならないです」


 クラリス。


 帳面。


 書く。


 ◇


 夕方。


 十七人。


 話を聞いた。


 帰りたくない理由。


 ばらばら。


 仕事。


 住宅。


 病院。


 交通。


 親との距離。


 村の人間関係。


 結婚後の役割。


 娯楽。


 教育。


 でも。


 面白いこともあった。


「ベルクで好きなものは?」


 この質問。


 ほぼ全員。


 すぐ答えた。


「川」


「秋祭り」


「パン屋」


「夕焼け」


「果樹園」


「親父の畑」


「教会前の広場」


「隣の婆ちゃん」


「何もないところ」


「……最後は褒めてます?」


 ルシアン。


「たぶん」


 ◇


「嫌いだから出るわけではないんですね」


 帰りの馬車。


 ルシアン。


「そうですね」


「好きだけど、住みにくい」


「その方が近いでしょう」


「じゃあ、町を魅力的にするより」


「住めない理由を減らす方が先かもしれません」


「地味ですね」


「地方政策は、たぶん地味です」


「クラリス様、最近どんどん派手な建物から遠ざかってますね」


「派手な建物に恨みはありません」


「本当に?」


「本当にです」


「噴水は?」


「町長が自費なら」


「まだ言ってる」


 ◇


 ベルク。


 翌日。


 再会議。


 町長。


 資料。


 開く。


「クラリス様、商業施設の予定地についてですが」


「一旦、置きましょう」


「え?」


「昨日、ベルクを出た方々に話を聞きました」


「わざわざ?」


「はい」


「そこまでしなくても、町民アンケートで」


「町を出た人の理由は、町に残っている人だけでは分かりません」


 クラリス。


 聞き取り。


 共有。


 町長。


 役人。


 表情。


 変わる。


「診療所……」


「はい」


「賃貸住宅」


「はい」


「仕事の選択肢」


「はい」


「家族との距離……」


「はい」


「行政で、どうしろと?」


 町長。


 本音。


 出る。


「全部は無理です」


 クラリス。


 即答。


「じゃあ?」


「全部やらなくていいです」


「しかし、人口流出を止めるには」


「止める必要あります?」


 また。


 静かになる。


「クラリス様」


 町長。


「人口減少は、問題でしょう」


「問題です」


「では」


「でも」


 クラリス。


 続ける。


「全員を残す必要はありません」


 ◇


「若い人が王都へ行く」


「はい」


「別の仕事をする」


「はい」


「それ自体は悪いことですか?」


「町としては、人が減ります」


「でも、その人の人生としては?」


 町長。


 答えない。


「外へ出たい人を、町の都合で残すのは違うと思います」


「では、何もしない?」


「違います」


「帰りたい人が、帰れない理由を減らす」


 クラリスは昨日の聞き取りを置いた。


「残りたい人が、出ていかなくて済む理由を増やす」


「それなら」


 町長。


 少し。


 表情。


 変わる。


「できるかもしれない」


「はい」


「全員を救わない?」


「全部を一度にやろうとしない、です」


 ◇


 会議。


 方向。


 変わる。


 大規模商業施設。


 保留。


 代わり。


 夜間診療。


 検討。


 ただし。


 常勤医。


 雇えない。


「では隣町と共同で?」


「週三日ずつ?」


「医師が死にます」


「じゃあ巡回?」


「夜間だけ?」


「救急馬車を?」


 議論。


 続く。


 結果。


 すぐ病院を建てる。


 ではなく。


 夜間。


 隣町診療所まで。


 緊急輸送できる。


 馬車。


 一台。


 共同運用。


 まず三か月。


 試行。


 さらに。


 賃貸住宅。


 町営で。


 新築。


 ではなく。


 空き家。


 調査。


 三百二十一戸。


「そんなに?」


「あります」


「使えない?」


「古いものが多く」


「全部直さなくていいです」


「十戸?」


「まず十戸」


「また小さい」


「小さく始めるんです」


「クラリス式ですね」


 若い役人。


 言う。


 クラリス。


 見る。


「……」


「すみません!」


「反応が早いですね」


 ◇


 そして。


 問題の。


 商業施設。


「若者が欲しいと言ってます」


 町長。


 抵抗。


「町に残っている若者には」


「はい」


「じゃあ無視?」


「しません」


 クラリス。


「でも何が欲しいか聞きましょう」


 再調査。


 十八歳から三十歳。


 回答。


 二百一名。


 商業施設。


 欲しい。


 百四十二。


「ほら!」


 町長。


 嬉しい。


「何を買いたい?」


 質問。


 追加。


 衣料。


 日用品。


 本。


 食事。


 雑貨。


 そして。


「これ」


 ルシアン。


 見る。


「町の既存店で扱えないんですか?」


「……」


 町長。


 止まる。


 若者。


 聞き取り。


「服屋がない」


「本屋、小さい」


「夜飯食うところない」


「雑貨はラゼルまで行く」


「じゃあ」


 クラリス。


「全部入った大きな建物ではなく、空き店舗へ一つずつ入ったら?」


 商店街。


 空き店舗。


 十七。


 新規。


 若者。


 挑戦。


 したい人。


 いる。


 でも。


 家賃。


 怖い。


「一年全額補助?」


 役人。


「駄目です」


「なぜ?」


「補助が切れた瞬間に撤退します」


「ラゼルと同じですね」


「はい」


「じゃあ?」


「最初は安く。少しずつ通常家賃へ」


「段階的?」


「その間に、商売が成り立つか判断できます」


 ◇


 一か月。


 小さな動き。


 始まる。


 空き店舗。


 一軒。


 小さな本屋。


 開く。


 半分。


 本。


 半分。


 喫茶。


 若い夫婦。


 経営。


 もう一軒。


 服。


 王都仕入れ。


 だけでなく。


 仕立屋。


 連携。


 裾直し。


 修理。


 さらに。


 夜だけ開く。


 食堂。


 昼。


 店主。


 農作業。


 夜。


 店。


「兼業?」


 ルシアン。


「地方では普通でしょう」


「店一本じゃない」


「一本で食べられないなら、二本でも三本でもいいんです」


「かっこいい」


「現実的なだけです」


 ◇


 夜間輸送馬車。


 三か月。


 利用。


 十一件。


 そのうち。


 緊急。


 三件。


 子ども。


 一人。


 高齢者。


 二人。


「少ないですね」


 役人。


「無駄だった?」


 町長。


 クラリス。


 見る。


「無駄ですか?」


「一台維持する費用はかかる」


「はい」


「利用十一件」


「はい」


「……でも」


 町長。


 報告書。


 見る。


「三件は、なかったら困った」


「でしょうね」


「一人は重い肺炎」


「はい」


「一人は骨折」


「はい」


「もう一人は心臓」


「はい」


 町長。


 少し。


 考える。


「続ける」


「採算は?」


「悪い」


「では?」


「隣町と共同負担を交渉する」


「いいですね」


 クラリス。


 笑う。


「行政って」


 町長。


 ぼやく。


「儲からないこともやるんだな」


「全部儲かったら、行政はいりません」


「厳しいこと言うなあ」


 ◇


 さらに三か月。


 空き家。


 十戸。


 改修。


 入居。


 七。


 三戸。


 空き。


「失敗?」


 役人。


「なぜ?」


 クラリス。


「全部埋める計画でした」


「でも七世帯は使いました」


「三戸余りました」


「では、なぜ余ったか聞きましょう」


 場所。


 悪い。


 二戸。


 日当たり。


 一戸。


「じゃあ次は?」


「そこを直す」


「簡単ですね」


「答えが分かれば」


「そこまでが大変」


「そうですね」


 ◇


 そして。


 町に。


 少し。


 変な現象。


 起きる。


 王都の新聞。


 記事。


 《クラリス・ローレンス、第四の再生都市ベルクへ》


 さらに。


 《クラリス様が選んだ町として注目》


「選んでません!」


 クラリス。


 朝。


 新聞。


 叩く。


「またですね」


 ルシアン。


「またです」


「でも」


「何です?」


「人、増えてます」


 実際。


 見物客。


 来る。


 王都。


 商人。


 来る。


 投資家。


 来る。


「クラリス様が関わってるなら、伸びる」


「今のうちに店を」


「土地を」


「商売を」


 町。


 ざわつく。


 地価。


 少し。


 上がる。


 空き店舗。


 問い合わせ。


 増える。


 町長。


 喜ぶ。


「クラリス様!」


「はい」


「追い風です!」


「嫌な追い風ですね」


「なぜ!?」


「私がいなくなった後も吹きます?」


 町長。


 止まる。


 ◇


 さらに。


 ある不動産商。


 言う。


「クラリス様認定地区ということで、宣伝を」


「認定してません」


「しかし、実質的には」


「してません」


「《クラリス推奨地域》」


「推奨してません」


「《クラリス注目地域》」


「注目はしています」


「では!」


「駄目です」


「なぜ!」


「売る時だけ私の名前を使って、失敗した時に誰が責任取るんです?」


 不動産商。


 黙る。


「あなたが売るなら、あなたの名前で売ってください」


「信用が」


「信用は借りるものではなく」


 クラリス。


 少し。


 言葉。


 止める。


 セバス。


 見る。


 昔。


 言った。


 信頼。


 監査。


 履歴。


「……積むものです」


 ◇


 その夜。


 町長。


 クラリス。


 話す。


「正直に言えば」


 ヘルムート。


 杯。


 持つ。


 酒。


 入っている。


「クラリス様の名前、使いたい」


「知っています」


「本当に便利だ」


「でしょうね」


「王国も見る。商人も来る。新聞も書く。町民も期待する」


「はい」


「悪いか?」


 クラリス。


 すぐには。


 答えない。


「悪くはありません」


「なら」


「でも、私が来たこと自体を町の価値にすると」


「はい」


「私が帰った瞬間から、価値が減ります」


 町長。


 黙る。


「町長様」


「うん」


「私、ベルクの何が好きか、昨日聞きました」


「誰に?」


「町を出た人たちに」


 川。


 祭り。


 パン屋。


 夕焼け。


 果樹園。


 何もないところ。


「誰も」


 クラリス。


 笑う。


「《クラリス様が来る町》とは言いませんでした」


「そりゃ、まだ来てなかったからな」


「そういう問題です?」


 町長。


 笑う。


 ◇


 翌週。


 横断幕。


 変わる。


 《クラリス様に選ばれる町へ》


 外す。


 代わり。


 町の若者。


 考えた。


 新しい言葉。


 《出てもいい。戻ってもいい。残ってもいい。》


「……」


 クラリス。


 見る。


「どうです?」


 町長。


「少し長いですね」


「そこ!?」


「でも」


 クラリス。


 笑う。


「好きです」


 ◇


 ベルク。


 劇的には。


 変わらない。


 半年後。


 人口。


 まだ。


 減っている。


 マイナス。


 〇・四パーセント。


「失敗?」


 ルシアン。


「去年は?」


「一・九パーセント減」


「なら」


「減少は小さくなっています」


 戻った世帯。


 十三。


 出ていった世帯。


 二十一。


 それでも。


 十三。


 戻った。


「全員は」


 ルシアン。


「戻らないんですね」


「戻る必要もありません」


「クラリス様、そこ変わりませんね」


「ええ」


 ◇


 町。


 最後の日。


 クラリス。


 朝。


 本屋。


 入る。


 本。


 一冊。


 買う。


「領収書お願いします」


「はい!」


 若い店主。


 出す。


「クラリス様」


「何でしょう」


「この店」


「はい」


「あなたが来なかったら、やってなかったと思います」


 クラリス。


 少し。


 困る。


「では」


「はい」


「次の一年は」


 領収書。


 受け取る。


「私がいなくても続けてください」


 店主。


 笑う。


「そのつもりです」


「なら」


「安心しました」


 ◇


 馬車。


 出発。


 ベルク。


 小さくなる。


 ルシアン。


 窓。


 見る。


「いい町でしたね」


「そうですね」


「何もないけど」


「それ、本人たちの前で言わないでください」


「クラリス様も思ってるでしょ」


「思ってません」


「間がありました」


「黙ってください」


 ヨル。


 膝。


 顎。


「重いです」


「わふ」


「今日だけですよ」


「わふ」


「毎回言ってますよね」


「ルシアン様」


「はい」


「それ以上言うと、質問帳五冊写経です」


「黙ります」


 ◇


 同じ頃。


 聖協国。


 リリア。


 地方視察。


 村。


 到着。


 以前なら。


 子ども。


 走ってくる。


 お婆さん。


 声。


 かける。


 犬。


 吠える。


 それでよかった。


 今日は。


 違う。


 村の入口。


 道。


 掃除。


 済み。


 花。


 並ぶ。


 村人。


 二列。


 全員。


 正装。


「……」


 リリア。


 馬車。


 降りる。


「こんにちは」


 村長。


 深々。


 頭。


 下げる。


「ようこそお越しくださいました、聖女様」


「……」


 リリア。


 周囲。


 見る。


「今日」


「はい」


「お祭りでした?」


「いえ」


「結婚式?」


「いえ」


「じゃあ」


「私?」


「はい」


 ◇


 リリア。


 困る。


「普通でよかったのに」


「最高導師候補をお迎えするのです」


「でも」


 子ども。


 見る。


 直立。


 している。


「遊んでていいですよ?」


 子ども。


 親。


 見る。


 親。


 笑顔。


「聖女様の前ですから」


「……」


 リリア。


 少し。


 胸。


 ざわつく。


 ◇


 視察。


 水路。


 修繕。


 目的。


 村。


 希望。


 聖協国。


 補助。


 計画。


 悪くない。


「ここ」


 リリア。


 地図。


 見る。


「畑を通ります?」


「はい」


「誰の畑?」


「マルク家です」


「聞きました?」


「了承済みです」


「本人は?」


「もちろん」


 マルク。


 呼ぶ。


 五十代。


 男。


「大丈夫です」


「本当に?」


「はい」


「畑、少し減りますよ?」


「聖女様の計画ですから」


 リリア。


 止まる。


「私の計画じゃないです」


「え?」


「村と技師さんで作った計画ですよね」


「でも」


「聖女様も」


「いいと思ってる?」


「……まだ見てる途中です」


 マルク。


 困る。


「じゃあ」


 リリア。


 少し。


 笑う。


「嫌なら嫌って言ってください」


「嫌では」


「減るのは?」


「まあ」


「どのくらい?」


「……葡萄二列」


「大丈夫?」


 長い。


 沈黙。


「……できれば」


「はい」


「一本ずらしてもらえると」


 ◇


 技師。


 見る。


「ずらせます?」


「可能です。ただし工費が少し」


「いくら?」


「金貨十五枚ほど」


「村負担?」


「はい」


 村長。


 すぐ。


「その程度なら」


 言う。


「変更しましょう」


 マルク。


 驚く。


「いいのか?」


「いいだろ」


「でも」


 村長。


 リリア。


 見る。


「聖女様も、そうお考えでしょう?」


「……」


 また。


 それ。


 リリア。


 笑えない。


 少し。


 ◇


 夜。


 宿。


 リリア。


 古いノート。


 開く。


 書く。


 《歓迎されすぎると、聞きにくくなる。》


 さらに。


 《相手が遠慮している時、“自由に言ってください”だけでは足りない。》


 ペン。


 止まる。


「……」


 もう一行。


 書こうとする。


 でも。


 書けない。


 ノック。


「どうぞ」


 ルーメン。


 入る。


「夕食です」


「あとで」


「今です」


「一行だけ」


「今です」


「厳しい」


「最高導師候補ですから」


「それ関係あります?」


「偉くなるほど食事管理が必要です」


「アレクシア様と同じこと言ってる」


「肉を送ってきた方ですか」


「はい」


「では今日は野菜です」


「なんで!?」


 ◇


 リリア。


 食堂。


 行く。


 夕食。


 野菜。


 スープ。


 パン。


 豆。


「本当に野菜!」


「昼に肉を食べました」


「把握されてる!」


 少し。


 笑う。


 また。


 いつもの。


 リリア。


 戻る。


 ◇


 ただ。


 翌朝。


 村人。


 また。


 二列。


 並ぶ。


 リリア。


 昨日より。


 少し。


 困った。


「並ばなくていいですよ」


「ですが」


「普通にしてください」


「聖女様に失礼が」


「失礼じゃないです」


「でも」


 村長。


 答える。


「皆、あなたを尊敬しているんです」


 リリア。


 何も。


 言えなかった。


 尊敬。


 悪くない。


 嬉しい。


 本当に。


 嬉しい。


 だからこそ。


 難しい。


 ◇


 王国。


 ベルクを離れたクラリス。


 帳面。


 最後。


 一行。


 《選ばれた町を作ると、選ばれなかった町ができる。》


 次。


 《人の名前を地域の価値にしない。》


 そして。


 少し考えて。


 もう一つ。


 《町の魅力は、外から与えるものではなく、住んでいる人が既に知っていることがある。》


 閉じる。


 ヨル。


 寝る。


 平和。


 だった。


 ◇


 聖協国。


 リリア。


 古いノート。


 昨夜。


 書けなかった。


 一行。


 朝。


 書く。


 《私が来ることで本音が消えるなら、来ない方がいい場所もある。》


 書いて。


 止まる。


 それは。


 救済監だった頃なら。


 簡単だった。


 自分が行かなければいい。


 でも。


 最高導師候補。


 今。


 国中。


 名前。


 広がる。


 リリアが。


 行かなくても。


 名前だけ。


 先に着く。


 《聖女様なら、こうする》


 《聖女様も、そうお考えでしょう》


 《聖女様の方針ですから》


 本人。


 いない。


 なのに。


 いる。


 ◇


 その夜。


 リリアは。


 初めて。


 思った。


 自分の名前を。


 外すだけでは。


 もう。


 足りないのかもしれない。


 そして。


 同じ頃。


 王国では。


 クラリスの名前を外した。


 《地方事業を始める前の質問帳》が。


 別の呼ばれ方をされ始めていた。


 《クラリスの質問帳》


 誰も。


 悪意はない。


 誰も。


 命令されていない。


 ただ。


 便利だから。


 分かりやすいから。


 信用できるから。


 名前が。


 戻ってくる。


 何度。


 剥がしても。


 戻ってくる。


 成功した人の名前は。


 本人の所有物では。


 なくなり始めていた。

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