第83話 聖女様は、市場で普通に買い物がしたい
最高導師候補になって最初の日曜日、リリア・セレスティアは市場へ行った。
理由は、とても重大だった。
「靴下がありません」
朝食の席でそう宣言すると、ルーメンはスープを飲む手を止めた。
「ございますよね?」
「あります」
「では?」
「右が三枚で、左が一枚です」
「なぜです?」
「私が知りたいです」
洗濯係へ出したはずなのだが、いつの間にか左右の数が合わなくなったらしい。
ちなみにリリアの靴下は左右で形が違うわけではない。
本人が勝手に決めている。
「こっちが右です」
「同じに見えます」
「縫い目の感じが違います」
「同じです」
「違います」
「では、右を左に履けばよろしいのでは?」
「ルーメンさんには情緒がない」
「靴下に情緒を求めないでください」
最高導師候補。
推薦署名、三万超。
朝からやっていることは、靴下の左右についての議論だった。
平和である。
◇
「それなら備品係に頼めば、新しいものを用意します」
「自分で買います」
「なぜ?」
「市場に行きたいから」
「そちらが本音ですね」
「あと、蜂蜜も買いたいです」
「さらに本音が出ましたね」
リリアは白い外套を羽織った。
礼装ではない。
いつもの服。
いつもの鞄。
いつもの靴。
最高導師候補になってから、周囲は新しい衣装を用意したがった。
リリアは全部断った。
「これ、まだ着られますから」
その結果。
《泥靴の聖女》。
最高導師候補になっても、泥靴。
新聞記者には非常に評判がよかった。
本人には不評だった。
「もっとこう、《白銀の聖女》とかないんですかね」
「泥靴の方が覚えやすいです」
「嫌です」
「国民には好評です」
「なお嫌です」
◇
光秩院本部から歩いて十五分。
旧市街の市場は、休日ということもあって混んでいた。
野菜。
果物。
魚。
干し肉。
パン。
布。
陶器。
石鹸。
香辛料。
屋台からは焼いた腸詰めの匂いが漂っている。
「これです」
リリアは嬉しそうに息を吸った。
「何がです?」
「休日」
「まだ市場へ着いただけですが」
「誰も書類を持ってこない」
「私は持っています」
「出さないでくださいね」
「緊急時だけです」
「絶対ですよ」
五歩。
歩いた。
「あ」
八百屋の女性がリリアに気づいた。
「聖女様!」
終わった。
◇
「聖女様だ!」
「本当だ!」
「最高導師候補の!」
「泥靴の!」
「最後いらないです!」
リリアの休日は、およそ四十秒で終了した。
人が集まる。
握手。
お礼。
相談。
子ども。
老人。
なぜか赤ん坊を抱かされる。
「かわいいですねえ」
赤ん坊。
リリアの髪。
掴む。
「痛い痛い痛い!」
母親が慌てる。
「申し訳ありません!」
「大丈夫です。元気ですね」
「ほら、離しなさい!」
「無理に引っ張らないで! 私の頭皮が負けます!」
最高導師候補。
赤ん坊に敗北。
◇
ようやく解放され、靴下屋へ向かう。
途中。
パン屋。
「聖女様、これ持ってって!」
丸パン。
六個。
「お金払います」
「いらないよ!」
「払います」
「いつも助けてもらってるから!」
「それは仕事です」
「いいから!」
「駄目です!」
押す。
戻す。
押す。
戻す。
パンを挟んだ攻防。
最終的に。
「じゃあ半額!」
「定価!」
「半額!」
「定価!」
「七割!」
「値上がってる!」
店主が笑った。
「じゃあ定価でいいよ」
「最初からそうしてください」
リリアは銅貨を渡す。
店主も受け取る。
ただし。
袋。
妙に重い。
リリア。
開ける。
七個。
「一個増えてます!」
「おまけだ!」
「だから!」
「全員にやってる!」
後ろの客が言った。
「俺、もらったことないぞ」
「今日からだ!」
「制度を今作らないでください!」
◇
「……クラリス様の気持ちが分かってきました」
歩きながらリリアが言った。
「何がです?」
「お金を払わせてもらえない」
「クラリス様も?」
「昔から、何かしてあげた人に《いらない》って言われると、すごく面倒な顔してました」
「想像できます」
「それで最終的に《では次から商売相手として買います》って」
「言いそうですね」
「私も使おうかな」
「影響されていますね」
離れてから。
半年以上。
それでも時々。
クラリスの言葉が出る。
リリアは、それを少し嬉しく思っていた。
◇
靴下屋へ着いた。
「二足ください」
「聖女様なら十足でも!」
「二足です」
「最高級品を!」
「普通ので」
「絹は?」
「泥だらけになります」
「では白絹に金糸で光秩院の紋章を――」
「靴下ですよ?」
「最高導師候補ですから」
「靴の中ですよ?」
「最高導師候補ですから」
「誰にも見えませんよ?」
「聖女様ご自身が見ます」
「普通のください」
最終的に。
羊毛。
二足。
買った。
リリア。
満足。
「これで左右二枚ずつです」
「四枚ずつでは?」
「……」
「今お持ちの分がありますから」
「……」
「リリア様?」
「蜂蜜買いましょう」
「計算から逃げないでください」
◇
蜂蜜屋へ向かう途中だった。
市場の中央。
人だかり。
「何でしょう?」
近づく。
荷車。
倒れていた。
袋。
散乱。
豆が石畳いっぱいに転がっている。
若い商人が青い顔で拾っていた。
「すみません! すぐ片づけます!」
どうやら車輪が外れたらしい。
通路。
半分。
塞がっている。
市場管理官が来た。
「ここは荷車の停車禁止区域だぞ」
「すみません」
「規則では罰金だ」
「はい……」
商人は抵抗しなかった。
自分が悪い。
そういう顔だった。
リリアは荷車を見る。
「止めてたんですか?」
「いえ」
商人が答える。
「通っていたら、急に車輪が」
「では停車じゃなくて故障ですね」
管理官が困る。
「しかし、結果として通行を妨げていますので」
「それはそうですね」
リリアは豆を一つ拾った。
「じゃあ、まず片づけません?」
「聖女様が!?」
「話してる間にも邪魔なので」
しゃがむ。
「袋あります?」
「リリア様」
ルーメン。
「はい?」
「外套」
「洗えばいいです」
「予想していました」
ルーメンもしゃがんだ。
◇
すると。
一人。
二人。
市場の客も拾い始めた。
「聖女様に拾わせるわけにいかん」
「俺もやる」
「籠持ってくるよ」
十分。
ほぼ片づいた。
荷車は修理屋が運んでいった。
商人は何度も頭を下げた。
「ありがとうございます」
「私は豆拾っただけです」
管理官が罰金台帳を開く。
少し迷って。
閉じた。
「今回は、事故ということで」
リリアが彼を見る。
「罰金じゃないんですか?」
「え?」
「規則では?」
「しかし聖女様が」
「私が何です?」
管理官が詰まった。
リリアは責めるつもりはなかった。
ただ。
確認したかった。
「この人が普通の商人でも、事故なら罰金なしですか?」
「……規則上は、故意または過失による停車が対象です。整備不良なら過失になりますが、車輪を見る限り、軸の内部破損です」
「じゃあ?」
「不可抗力と判断できます」
「よかった」
リリアは笑った。
「それなら私がいなくても、同じですね」
管理官は。
一瞬だけ。
黙った。
「……はい」
◇
市場を歩き出してから、ルーメンが言った。
「気づきました?」
「何に?」
「あの管理官、最初は罰金を取るつもりでした」
「はい」
「あなたがいたから、やめた」
「でも最後は規則を確認したでしょう?」
「そうですね」
「ならいいです」
リリアは蜂蜜の瓶を眺めながら答えた。
ルーメンは、それ以上言わなかった。
確かに。
結果は正しい。
事故で困っている商人から、規則を誤って適用して罰金を取らずに済んだ。
何も悪くない。
むしろ。
良かった。
ただ。
もし。
リリアがいなかったら。
管理官は。
規則を開いただろうか。
◇
蜂蜜。
三種類。
「味見できますよ」
「三種類とも?」
「もちろん!」
リリア。
一つ。
「おいしい」
二つ目。
「これもおいしい」
三つ目。
「これも」
ルーメン。
「感想が役に立ちませんね」
「全部おいしいんだから仕方ないじゃないですか」
「違いは?」
「一番目は花っぽいです」
「蜂蜜ですから」
「二番目は、こう……蜂蜜っぽい」
「蜂蜜です」
「三番目は」
「はい」
「濃い」
「語彙を救済してください」
「聖女にも無理なものがあります」
店主が腹を抱えて笑った。
結局。
三つ目。
購入。
理由。
「パンに塗ったら一番おいしそうだから」
極めて実務的だった。
◇
昼。
市場の端にある食堂。
豆の煮込み。
焼いた腸詰め。
黒パン。
酢漬け野菜。
リリアは幸福そうだった。
「これですよ」
「何が?」
「休日」
「午前中だけで相談を十一件受けています」
「数えないでください」
「赤ん坊に髪を引かれました」
「休日です」
「荷車事故を処理しました」
「豆を拾っただけです」
「市場管理規則まで確認しました」
「……休日です」
「強情ですね」
◇
隣の席。
二人の女性が話していた。
「東の配給所、場所変わるんだって」
「え、遠くなるじゃない」
「でも新しい方が広いらしいよ」
「広くてもねえ。うちのお婆ちゃん、歩けないし」
リリア。
耳。
動く。
ルーメン。
パン。
差し出す。
「食べてください」
「聞こえました?」
「聞こえていません」
「絶対聞こえてましたよね」
「休日です」
「でも」
「食べてください」
リリア。
一口。
食べる。
もぐもぐ。
「……配給所」
「飲み込んでから話してください」
ごくん。
「配給所の移転って、私たちの管轄ですよね?」
「一部関係します」
「資料あります?」
「今日は持ってきていません」
「さっき緊急書類持ってるって」
「あれは緊急用です」
「じゃあ帰ったら」
「月曜日にしてください」
「でも」
そこで。
隣の女性が。
リリアに気づいた。
「あ……」
目。
合う。
「聖女様」
「こんにちは」
女性。
顔色。
変わる。
「すみません、今の話」
「はい?」
「別に反対ってわけじゃないんです」
リリアの表情が止まった。
「広い方がいいと思いますし。皆さんが決めたことなら、それで」
「……でも、お婆さまが?」
「大丈夫です」
「歩けないって」
「何とかしますから」
女性は笑った。
さっきまでの。
不満そうな顔ではなかった。
「聖女様たちが考えたなら、きっとその方がいいんですよね」
リリアは。
返事が。
少し遅れた。
「……私」
「はい?」
「その計画、知りません」
女性が驚く。
「え?」
「本当に。今、初めて聞きました」
◇
月曜日。
リリアは東地区配給所の資料を机に広げた。
旧配給所。
狭い。
老朽化。
新配給所。
広い。
衛生設備。
良好。
荷車も入れる。
費用。
妥当。
計画としては。
良い。
「移転理由は分かります」
担当官が頷く。
「ありがとうございます」
「利用者には?」
「説明会を開きました」
「反対は?」
「ほとんどありませんでした」
「ほとんど?」
「九十四パーセントが賛成です」
リリアは。
数字。
見る。
以前なら。
かなり安心した数字だった。
でも。
「残り六パーセントは?」
「高齢者や歩行困難者を中心に、距離への懸念が」
「対応は?」
「今後検討します」
「移転決定後に?」
「はい」
リリアは昨日の女性を思い出した。
――聖女様たちが考えたなら。
「説明会で」
リリアが聞く。
「私の名前、出しました?」
担当官。
少し誇らしそうに。
「もちろんです」
「何て?」
「《光秩院が進める救済施設再編の一環であり、聖女リリア様の掲げる、より安全で公平な配給体制の実現を目指すものです》と」
「……私、この計画知らなかったんですけど」
「ですが、方針としてはリリア様の理念と合致しております」
確かに。
合っていた。
安全。
公平。
衛生。
効率。
全部。
リリアが大切にしてきたことだ。
「その説明をしたあとで、意見を聞いたんですか?」
「はい」
「……」
リリアは椅子にもたれた。
少し。
天井を見る。
それから言った。
「もう一回、聞いてください」
「しかし、九十四パーセントが賛成しています」
「今度は」
リリアは担当官を見る。
「私の名前を出さないで」
◇
二回目。
説明会。
冒頭。
担当官は言った。
「本計画はまだ調整可能です。今日は移転の是非を含め、皆さんの生活上の問題を確認します」
聖女の名前。
出さない。
結果。
賛成。
七十一パーセント。
条件付き賛成。
十七パーセント。
反対。
十二パーセント。
前回。
反対相当。
六パーセント。
倍になった。
でも。
話を聞くと。
単純な反対ではなかった。
「遠い」
「冬が危ない」
「坂がある」
「荷物を持って帰れない」
「老人はどうする」
「子どもを連れて歩けない」
そして。
意見を集めた結果。
新しい案。
できた。
配給所そのものは移転。
ただし。
旧配給所。
週二日。
小規模受取所として残す。
高齢者。
歩行困難者。
乳幼児世帯。
利用可能。
さらに。
地域の荷車組合。
週一回。
配達。
費用。
当初計画より。
少し増えた。
でも。
新施設の利点も。
残った。
◇
「よくなりましたね」
担当官が言った。
「はい」
「最初の計画も、悪くはなかったんですが」
「悪くないですよ」
「では、なぜ最初は意見が出なかったんでしょう」
リリアは。
少し考えた。
「たぶん」
答える。
「私の名前が、説明の代わりになっちゃったんです」
担当官は黙った。
「私の名前を出すと安心してもらえる。それは嬉しいです」
本当に。
嬉しい。
信用されたかった。
役に立ちたかった。
誰かに。
この人なら大丈夫。
そう思ってもらえる人になりたかった。
「でも」
リリアは続けた。
「安心すると、人って質問しなくなるんですね」
◇
その夜。
リリアは。
久しぶりに。
古いノートを開いた。
まだ。
特別救済監になる前。
泥だらけで。
クラリスに採点されていた頃のもの。
頁をめくる。
自分の字。
《断る権利は、断った後まで守られて初めて権利になる。》
次。
《正しいと思っている組織ほど、自分では見えない場所がある。》
そして。
空いているところに。
今日。
一行。
追加した。
《信用されると、反対されにくくなる。》
考える。
もう一行。
《だから、信用されている人ほど、先に自分の名前を外して聞く。》
「……よし」
少し。
安心した。
まだ。
気づけている。
まだ。
戻せる。
◇
その時。
扉。
ノック。
「どうぞ」
ルーメン。
入る。
紙袋。
持っている。
「何です?」
「届きました」
「何が?」
紙袋。
開く。
肉。
大量。
「……」
「帝国皇女アレクシア殿下より」
手紙。
《偉くなっても肉を食え。》
「なんで!?」
「愛情では?」
「雑すぎません!?」
「干し肉、腸詰め、燻製肉、それと高級牛肉です」
「高級牛肉!?」
リリア。
食いつく。
ルーメン。
見る。
「……」
「何です?」
「いえ」
「私、聖女ですよ」
「何も言っていません」
「聖女だって肉食べますからね」
「はい」
「野菜も食べます」
「はい」
「蜂蜜も」
「今日買いましたね」
「パンも」
「七個あります」
「一個は勝手に増えたんです!」
◇
その夜。
光秩院の小さな厨房。
高級牛肉。
焼く。
リリア。
ルーメン。
エレノア。
三人。
「最高導師がこんなところで肉焼いてていいんですか?」
「休日ですから」
「私が市場行くと怒るのに」
「私は赤ん坊に髪を引っ張られません」
「そこ?」
肉。
焼ける。
塩。
少し。
食べる。
リリア。
目。
閉じる。
「……アレクシア様」
「はい」
「内政もできるし、お肉も送ってくれる」
「はい」
「ものすごく良い皇女なのでは?」
「今さらですか?」
「最初、脳筋だと思ってました」
「本人の前では言わないように」
「言ったことあります」
「あるんですか」
◇
エレノアは食後。
リリアのノートを見た。
今日の二行。
《信用されると、反対されにくくなる。》
《だから、信用されている人ほど、先に自分の名前を外して聞く。》
「良いですね」
「ですよね」
「覚えておいてください」
「もちろんです」
「特に」
エレノアは言った。
「皆があなたの名前を外したがらなくなった時に」
リリア。
笑う。
「その時は、もっと強く言います」
――私の名前を使わないで。
そう言えば。
済むと思っていた。
◇
数週間後。
光秩院地方局。
新しい通達。
出る。
《住民意見聴取時、特定の高位聖職者の名を用いて賛同を誘導しないこと。》
良い制度だった。
現場でも。
評判が良かった。
「聖女様らしい」
「ちゃんと反対意見を聞けってことだな」
「いい方針だ」
「さすがリリア様だ」
そして。
ある地方の説明会。
役人。
住民へ言う。
「今回は、聖女リリア様のご方針により」
資料。
開く。
「聖女様のお名前に遠慮せず、自由にご意見ください。」
住民たち。
頷く。
「さすが聖女様だねえ」
「そこまで考えてくださってるんだ」
「ありがたいね」
反対意見。
いくつか。
出た。
以前より。
出た。
だから。
制度は。
ちゃんと。
機能していた。
ただ。
誰も。
気づかなかった。
《リリアの名前を使わない》という方針まで。
《リリアの方針》として広まっていることに。
◇
王国。
同じ頃。
クラリスは。
次の町へ向かう馬車の中で。
地方振興局から届いた報告を読んでいた。
「質問帳、評判いいみたいですよ」
ルシアンが言う。
「そうですか」
「《クラリス様は答えを与えず、問いを与える》って新聞に」
「……」
「かっこいいですね」
「嫌な予感しかしません」
「どうして?」
「そのうち」
クラリス。
報告書。
閉じる。
「《クラリス様なら、まず質問する》と言って、質問すること自体が正解になります。」
「……そこまでいきます?」
「人は便利なものが好きですから」
足元。
ヨル。
寝ている。
「わふ」
「あなたも便利な場所が好きですね」
ヨル。
クラリスの足。
枕。
「重いです」
「わふ」
「退いてください」
「わふ」
「……」
「クラリス様」
「何です?」
「退かさないんですか?」
「寝ていますから」
「ヨルには甘いですよね」
「黙ってください」
◇
聖女は。
まだ。
間違っていなかった。
むしろ。
以前より。
よく考えていた。
反対意見を守った。
自分の名前の危険にも気づいた。
制度まで作った。
そして。
その制度も。
ちゃんと。
人を救った。
だから。
難しかった。
悪い制度なら。
捨てればいい。
失敗した方法なら。
やめればいい。
横暴な聖女なら。
反対すればいい。
でも。
よく考え。
間違えば戻り。
反対意見を聞き。
自分を監査しようとする聖女を。
人々は。
ますます。
信じた。
リリア・セレスティアが最高導師候補になって。
三か月。
支持。
八十二パーセント。
反対。
九パーセント。
未定。
九パーセント。
そして。
反対九パーセントの人々にも。
まだ。
何も起きていなかった。
職を失わない。
悪口も言われない。
救済も受けられる。
リリア本人も。
それを望んでいた。
だから。
この時点では。
本当に。
何も。
壊れていなかった。
ただ。
市場で。
一人の女性が。
聖女を前にして。
自分から言った。
――別に反対ってわけじゃないんです。
その小さな一言だけが。
まだ名前のない。
未来の入口だった。




