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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第五章 聖女様は、正しすぎる
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第80話 悪女令嬢は、安売りを名産にしない

 王国西部、フィネル地方。


 馬車の窓から見える景色は、どこまで行っても畑だった。


 麦。


 豆。


 葡萄。


 そして、時々、赤い屋根の農家。


 遠くには低い山が連なり、その手前を細い川が蛇行している。アルネの温泉街から半日ほど下っただけなのに、景色はすっかり変わっていた。


「いいところですね」


 ルシアンが窓の外を見ながら言った。


「そうですね」


「空気もいいし」


「はい」


「静かだし」


「ええ」


「ヨルも楽しそうです」


「わふ!」


 ヨルは窓から顔を出している。


 風を受けて、黒い毛が後ろへ流れていた。


 そこまではよかった。


 問題は。


「クラリス様」


「何でしょう」


「さっきから道端に落ちてる、あの紫色のものって」


「葡萄ですね」


「ですよね」


「はい」


「なんで落ちてるんです?」


 クラリスも、それを見ていた。


 荷車が通った跡。


 潰れた葡萄。


 道端。


 畑の脇。


 収穫されないまま枝に残っている房もある。


「豊作だからでは?」


「豊作なら、いいことですよね?」


「普通なら」


 クラリスは帳面を開いた。


「でも今回の相談は、《葡萄価格の暴落》です」


 ◇


 フィネル地方は、王国でも有数の葡萄産地だった。


 特に《フィネル紫》と呼ばれる品種は、粒が小さく、皮が厚い。


 生食には少し酸っぱい。


 だが香りが強く、干し葡萄や果実酒にすると味が濃くなる。


 十年前までは、それなりに高値で取引されていた。


 ところが近年。


 栽培技術が向上した。


 新しい苗も広まった。


 灌漑設備も整った。


 王国から農業振興補助も出た。


 結果。


 収穫量。


 八年間で一・七倍。


「素晴らしいですね」


 ルシアン。


「ここだけなら」


「またそれだ」


 問題は。


 需要。


 ほぼ。


 増えていなかった。


「作れるようになったから作った」


「はい」


「いっぱいできた」


「はい」


「売れなくなった」


「はい」


「……農業って難しいですね」


「商売は大体そうです」


「作れば売れるわけじゃない?」


「売れるなら、私も帳簿を百冊書いて売ります」


「誰が買うんです?」


「そこです」


 ◇


 村へ着く。


 最初に出迎えたのは、村長ではなかった。


「食え!」


 七十歳くらいの老人。


 葡萄。


 差し出す。


「ありがとうございます」


「もっと食え!」


「一房で十分です」


「持ってけ!」


「こんなに?」


「どうせ余る!」


 籠。


 一つ。


 渡された。


「いや、さすがに」


「わふ!」


「ヨル、葡萄は駄目です」


 ヨル。


 止まる。


「これは食べないでください」


「……わふ」


「お肉じゃないからではありません。あなたには向かない食べ物です」


「わふ」


「聞き分けいいですね」


 老人が笑った。


「賢い犬だな」


「狼です」


「でかい犬だろ」


「わふ!」


「ヨル」


「そこは怒るんですね」


 ◇


 老人の名はガストン。


 葡萄農家。


 四十六年。


 畑。


 三ヘクタール。


「今年はいくらです?」


 クラリスが聞く。


「一籠、銀貨一枚と銅貨四枚」


「去年は?」


「銀貨二枚」


「三年前」


「三枚くらい」


「収穫量は?」


「昔の倍近い」


「収入は?」


「減った」


 ガストンは笑った。


 笑うしかない。


 そんな顔だった。


「作れば作るほど安くなる」


「出荷を減らせば?」


「借金がある」


 灌漑設備。


 新しい苗。


 収穫用の荷車。


 どれも増産するために導入した。


 増産すれば返せる。


 そういう計画だった。


「だから皆、作る」


「作るから、さらに安くなる」


「そういうことだ」


 ルシアンが頭を抱える。


「止まれないんですね」


「止まった奴から借金で潰れる」


 ◇


 クラリスは畑を歩いた。


 葡萄は立派だった。


 むしろ立派すぎるほど実っている。


 農家が怠けたわけではない。


 失敗したわけでもない。


 努力した。


 技術を学んだ。


 設備を入れた。


 収穫量を増やした。


 政策も、それを後押しした。


 全員が。


 かなり正しいことをした。


 その結果。


 全員が苦しくなった。


「……嫌ですね」


 ルシアンが言った。


「何が?」


「悪い人がいない」


「最近、それにも慣れてきました」


「慣れたくないなあ」


 ◇


 集荷場。


 さらに事情が見えた。


 農家が持ち込んだ葡萄を、大手商会がまとめて買う。


 価格は、その日の市場価格。


 農家側に交渉力はほとんどない。


「嫌なら売らなくてもいい」


 商会の買付人は言った。


 嫌味ではない。


 本当にそういう仕組みだった。


「でも葡萄は待ってくれません」


 クラリスが言う。


「ええ。傷みますから」


「つまり農家は、その日の値段で売るしかない」


「そうなります」


「商会が悪い?」


 ルシアンが小声で聞く。


「いいえ」


 クラリスも小声で答えた。


「安く買えるものを高く買う義務はありません」


 買付人も輸送費を負担する。


 保管。


 選別。


 売れ残り。


 価格変動。


 リスクを取っている。


 ここで商会を悪役にすれば、話は簡単だった。


 だが。


 簡単な話ではない。


 ◇


「加工は?」


 クラリスが聞いた。


「一部は果実酒になります」


「干し葡萄は?」


「作っています」


「どれくらい?」


「全収穫量の一割ほど」


「もっと増やせない?」


 ガストンが首を振る。


「干す場所がない」


「酒は?」


「醸造所がいっぱいだ」


「保存できれば、収穫日に全部売らなくてもいい」


「そうだな」


「つまり」


 クラリスは帳面に書く。


「問題の一つは、葡萄そのものではなく、時間ですね」


「時間?」


「今日売らなければ腐るから、今日の値段で売るしかない」


 農家たちが黙る。


「一週間、一か月、一年待てる商品に変えられれば、売る時期を選べます」


 ◇


 翌日。


 村の集会所。


 農家。


 醸造家。


 商会。


 菓子職人。


 宿屋。


 ラゼルの物流業者。


 なぜかアルネからサーラまで来た。


「女将さん?」


「呼んだだろ?」


「来てくださるとは」


「面白そうだからね。それに、うちで使えるものがあるなら買うよ」


「行動が早いですね」


「商売だからね」


 クラリスは少し嬉しくなった。


 地方は。


 地図では別々に見える。


 温泉町。


 農村。


 商業都市。


 でも人と物は、境界線など気にしない。


「今日は葡萄を高く売る方法を考えます」


 クラリスが言うと、農家たちの顔が明るくなった。


「ただし」


 続ける。


「《高級品にしましょう》は禁止です」


「え?」


「《ブランド化しましょう》も一旦禁止します」


 ベルトランが、ラゼルから同行してきた書記に囁いた。


「クラリス様、最近その手の言葉に厳しいな」


「温泉街で何かあったんでしょうか」


「聞こえていますよ」


 二人とも黙った。


 ◇


「なぜ高級品では駄目なんだ?」


 ガストンが聞く。


「駄目ではありません。ただ、値札だけ高くしても売れないからです」


「箱を立派にするとか」


「誰が欲しいのです?」


「王都の金持ち」


「王都の金持ちは、なぜフィネルの葡萄を買うのです?」


「……」


「そこを先に考えましょう」


 クラリスは黒板へ書いた。


 誰が買う。


 何に使う。


 なぜフィネルなのか。


「値段は、その後です」


 ◇


 試食会になった。


 生葡萄。


 干し葡萄。


 果実酒。


 葡萄酢。


 煮詰めた果汁。


 菓子。


 農家の家庭で作られていた葡萄ジャムのような保存食。


「これ」


 サーラが一つに食いついた。


 葡萄を煮詰め、香草と少量の塩を入れた濃いソース。


「肉に合いそうだね」


「肉?」


「鹿肉」


 その場で。


 試した。


 焼いた鹿肉。


 葡萄ソース。


 一口。


 沈黙。


「……」


 クラリス。


 もう一口。


「クラリス様」


「確認です」


「何を?」


「一口では分かりません」


「温泉と同じ理屈使ってる!」


 サーラは即決した。


「これ、うちで使う」


 農家の女性が驚く。


「こんなの、家で余った葡萄を煮てるだけですよ?」


「だから何だい。うちの鹿肉に合う」


 ◇


 次。


 菓子職人。


 酸味の強い葡萄を煮詰めて、焼き菓子へ。


「甘い葡萄より、こっちの方が合いますね」


「生で売るなら、甘い方が高いのに」


 農家が言う。


「用途が違うからです」


 クラリスは答えた。


 安い葡萄。


 品質が悪い。


 とは限らない。


 生食に向かない。


 でも加工には向く。


 見た目が悪い。


 でも煮れば関係ない。


「全部を一番綺麗な葡萄として売ろうとするから、値段で競争するのでは?」


 ◇


 午後。


 黒板。


 埋まる。


 生食。


 果実酒。


 干し葡萄。


 酢。


 肉料理用ソース。


 菓子。


 保存食。


 温泉宿。


 ラゼル。


 王都。


 さらに。


「学校の給食は?」


 誰かが言った。


「葡萄を?」


「干し葡萄なら」


「安定して買ってもらえる」


「子ども食べるか?」


「そこ聞かないと」


 クラリス。


 止まった。


 少し。


 笑う。


「どうした?」


「いえ」


 リリアを。


 思い出しただけだった。


 食べるの、その子たちですから。


「試食してもらいましょう」


 クラリスは言った。


「子どもに?」


「はい」


「大人が決めるんじゃなく?」


「食べるのは、その子たちですから」


 言ってから。


 また。


 少し笑った。


 離れていても。


 人は。


 案外。


 混ざる。


 ◇


 ただし。


 問題。


「加工所がない」


 果実酒は既存醸造所で限界。


 各家庭で少量なら作れる。


 だが商品として大量に作るには、衛生管理も設備も必要だった。


「建てましょう!」


 村の若い役人。


 元気よく言った。


 クラリス。


 見る。


「補助金があります!」


 クラリス。


 さらに見る。


「七割です!」


「……」


 ルシアン。


 顔を伏せる。


 ベルトラン。


 天井を見る。


 サーラ。


 笑い出す。


「な、何ですか?」


 若い役人。


 困惑。


「クラリス様」


 ルシアン。


「お願いします」


「なぜ私が?」


「様式美です」


 クラリスは息を吐いた。


「総事業費は?」


「金貨九千枚です!」


「七割補助?」


「はい!」


「残り三割は?」


「村です!」


「年間維持費は?」


「……」


「加工量は?」


「……」


「誰が働く?」


「……」


「商品は誰が買う?」


「……」


「建物」


 クラリス。


 微笑む。


「誰が欲しいと言ったのです?」


「出た」


 ルシアンが呟いた。


 ◇


 結局。


 新築。


 しない。


 村の端。


 五年前に閉鎖した共同製粉所。


 建物。


 残っていた。


「これを使えません?」


「古いぞ」


「屋根は?」


「去年直した」


「水は?」


「来てる」


「荷車は?」


「入れる」


「では改修費は?」


 試算。


 金貨千六百。


 必要な設備だけなら。


 さらに下げられる。


「また建物を小さくした」


 ルシアン。


「私は建築物の敵ではありません」


「最近の実績だけ見ると敵です」


 ◇


 そしてクラリスは。


 ここで。


 一つ。


 条件をつけた。


「王国に全部出してもらうのはやめましょう」


 村人。


 ざわつく。


「補助金使わないのか?」


「使います」


「使うんだ」


「使えるものは使います」


「そこは現実的!」


「ただし、村も、農家も、商会も、買い手も少しずつ負担する形にしたい」


「なぜ?」


「誰もお金を出さないものは」


 クラリスは言った。


「誰も本気で必要としていない可能性があるからです」


 ◇


 サーラ。


 年間契約。


 葡萄ソース。


 一定量。


 前払い。


 ラゼルの菓子店。


 加工用葡萄。


 契約。


 商会。


 王都への共同配送。


 農家。


 利用量に応じて加工所使用料。


 王国。


 初期設備の一部補助。


「これなら、失敗しても?」


 ガストンが聞く。


「大怪我はしません」


「成功したら?」


「増やせばいい」


「最初から大きくしない?」


「ええ」


 クラリスは笑った。


「小さく失敗できる仕組みにしましょう」


 ◇


 一か月。


 試行。


 葡萄ソース。


 山灯屋。


 鹿肉料理。


 客。


 好評。


 名前。


 《フィネル葡萄の山肉ソース》。


 クラリス。


「普通ですね」


 サーラ。


「分かりやすいだろ」


「もう少し洒落た名前は?」


「お前さん、そういうの気にするんだね」


「一応、令嬢ですので」


 ◇


 干し葡萄。


 学校。


 試食。


 子ども。


 四十七人。


 好き。


 三十一。


 普通。


 十一。


 嫌い。


 五。


「嫌いな子もいる」


 役人。


「当然です」


「五人なら無視しても」


「しません」


 クラリス。


 即答。


「では給食導入は?」


「選べるようにすればいいでしょう」


「干し葡萄を?」


「別の果物と」


「そこまで?」


「五人のために全部やめる必要もないし、三十一人のために五人へ食べさせる必要もありません」


 役人。


 考える。


「面倒ですね」


「人間ですから」


 ◇


 さらに。


 意外なところから。


 注文。


 帝国。


 来た。


「帝国?」


 クラリス。


「はい」


 ベルトラン。


 手紙。


 渡す。


「軍需部から、干し葡萄の見積依頼です」


「なぜ?」


「保存が利く。軽い。行軍中の糖分補給になる、と」


 クラリス。


 手紙。


 見る。


 その下。


 追伸。


 アレクシア。


 字。


 大きい。


 《食った。うまい。兵站にも使える。送れ。》


「……」


 ルシアン。


 覗く。


「殿下ですね」


「殿下ですね」


「監査どこ行ったんでしょう」


「これはこれで、彼女らしいです」


 ◇


 ただし。


 アレクシア。


 ちゃんと。


 その下に。


 もう一枚。


 正式文書。


 付けていた。


 必要量。


 年間見込。


 保存期間。


 輸送費。


 想定購入価格。


 既存軍用保存食との比較。


 そして。


 《初年度は北部二個大隊のみで試験導入。効果確認後、拡大を検討する。》


 クラリス。


 しばらく。


 見る。


「……」


「どうしました?」


「アレクシア様が」


「はい」


「小さく試してる」


「成長しましたね」


「少し寂しいです」


「なんで!?」


「私が言うことが減ります」


 ◇


 帝国。


 その頃。


「殿下!」


「何だ!」


「干し葡萄の試験導入について、軍務省より承認が!」


「よし!」


「ただ、全軍導入ではなく二個大隊で本当によろしいのですか?」


「当たり前だ!」


 アレクシア。


 胸。


 張る。


「食い物は実際に兵に食わせねば分からん!」


「なるほど」


「不評なら?」


「やめる!」


「余った分は?」


「私が食う!」


「そこだけ昔の殿下だ!」


 ◇


 フィネル。


 秋。


 すべての葡萄が。


 高くなったわけではない。


 生食用。


 むしろ価格。


 ほぼ変わらず。


 安い。


 日もある。


 でも。


 農家。


 売り先。


 増えた。


 今日。


 売らなくてもいい葡萄。


 増えた。


 加工用。


 契約価格。


 決まる。


 少し。


 先が読める。


 ガストン。


 今年。


 畑。


 増やさなかった。


「増やさないんですか?」


 クラリス。


「前なら増やしてた」


「なぜ?」


「売れるって分かったから」


「なら、なおさら」


「いや」


 ガストン。


 笑う。


「今ある畑で、ちゃんと作る」


「来年も売れたら?」


「その時考える」


 クラリス。


 笑った。


「いいですね」


 ◇


 収穫祭。


 村。


 小さな広場。


 長机。


 葡萄。


 パン。


 チーズ。


 鹿肉。


 葡萄ソース。


 果実酒。


 干し葡萄。


「ヨル」


「わふ」


「今日はお肉あります」


「わふ!」


「葡萄ソースなしです」


「わふ!」


「理解してます?」


 セバス。


 味付け前の鹿肉。


 皿。


「こちらを」


「わふ!」


「また最強の味方!」


 ◇


 ルシアン。


 果実酒。


 見る。


「飲んでいいですか?」


「駄目です」


「一口」


「駄目です」


「クラリス様は?」


「私は成人です」


「ずるい」


「法律です」


「アレクシア様なら飲ませてくれそう」


「だから今ここにいないのです」


「そういう理由!?」


 ◇


 夜。


 音楽。


 踊り。


 子ども。


 走る。


 農家。


 笑う。


 クラリスは。


 少し離れた。


 木箱。


 座る。


 帳面。


 開く。


 今年。


 収穫量。


 去年と。


 ほぼ同じ。


 価格。


 劇的には。


 上がっていない。


 なのに。


 廃棄。


 減った。


 加工。


 増えた。


 契約販売。


 増えた。


 農家の。


 平均手取り。


 少し。


 上がった。


 少し。


 それでいい。


 町も。


 村も。


 一話で。


 奇跡みたいには。


 変わらない。


「クラリス様」


 ルシアン。


 横。


 座る。


「成功ですか?」


「まだです」


「また?」


「来年も続けば」


「二年目は?」


「三年目も見ます」


「永遠に監査する気です?」


「できれば」


「怖いなあ」


 ◇


 クラリス。


 帳面。


 一行。


 《名産品とは、高く売るものではない。ここで作り続けられるもの。》


 その下。


 もう一行。


 《安く売ることが悪いのではない。安くしか売れない状態を放置しない。》


「今日は二行?」


「はい」


「温泉は三行だったのに」


「温泉は重要ですから」


「やっぱり好きなだけじゃないですか」


 ◇


 その頃。


 聖協国。


 リリア。


 南部。


 共同井戸。


 完成。


 場所。


 変更。


 旧墓地。


 避けた。


 村人。


 喜んだ。


 水。


 出る。


 子ども。


 歓声。


 リリアも。


 泥。


 跳ねる。


「出た!」


「聖女様、服!」


「洗えばいいです!」


 相変わらず。


 泥靴。


 相変わらず。


 現場。


 ◇


 式典。


 村長。


 挨拶。


「聖女リリア様のご英断により、我々の祖先の眠る土地は守られ――」


「待ってください」


 リリア。


 止める。


「私の英断じゃないです」


「え?」


「村の皆さんが」


「ここは嫌だって言ったから」


「ですが、計画変更を認めたのは」


「それは仕事です」


 リリア。


 笑う。


「私を褒めるなら」


「ちゃんと嫌だって言ってくれた人を」


「先に褒めてください」


 村人。


 笑う。


 拍手。


 起きる。


 まだ。


 ちゃんと。


 戻せている。


 自分に集まる。


 正しさを。


 現場へ。


 ◇


 その夜。


 光秩院。


 報告書。


 書かれる。


 《聖女リリア・セレスティアの住民尊重方針に基づき、計画地を変更。住民満足度、高。》


 間違いではない。


 でも。


 また。


 一つ。


 主語が。


 変わった。


 村人。


 から。


 リリア。


 へ。


 ◇


 翌週。


 別の地方。


 役人。


 井戸計画。


 見る。


「墓地が近いな」


「住民から反対は?」


「まだ聞いてません」


「なら場所を変えよう」


「なぜ?」


「聖女様なら」


 役人。


 言う。


「そうするだろう」


 結果。


 墓地。


 守られた。


 誰も。


 困らなかった。


 むしろ。


 良かった。


 だから。


 やはり。


 誰も。


 疑わない。


 ◇


 フィネル。


 翌朝。


 クラリス。


 出発。


 ガストン。


 葡萄。


 籠。


 持ってくる。


「持ってけ」


「昨日もいただきました」


「これは干し葡萄だ」


「では、お代を」


「いらん」


「払います」


「世話になった」


「では今後、商売相手として買います」


「面倒な女だな!」


「よく言われます」


 銀貨。


 払う。


 ガストン。


 受け取る。


 少し。


 笑う。


「また来い」


「事後監査に」


「遊びでもいい」


「……考えておきます」


「今、遊びって言われたら弱かったですね」


 ルシアン。


「聞こえていましたか」


「はい」


 ◇


 馬車。


 走る。


 ヨル。


 寝る。


 ルシアン。


 資料。


 読む。


 セバス。


 次の依頼。


 確認。


「お嬢様」


「はい」


「王都より、至急の書状が」


「何でしょう」


「西部の地方振興について、王宮が正式にお嬢様へ継続支援を依頼したいとのことです」


「継続?」


「はい」


「何地域?」


「現在」


 セバス。


 紙。


 見る。


「二十七」


「……」


 クラリス。


 黙る。


「二十七?」


「二十七です」


「町?」


「町、村、港湾地域を含めて」


「クラリス様」


 ルシアン。


 笑う。


「人気者ですね」


「嫌な人気です」


「地方発展の専門家だと思われ始めてるんじゃ?」


「困ります」


「なぜ?」


 クラリス。


 窓。


 外。


 見る。


「私のやり方を」


「正解にされたくありません」


 ルシアン。


 少し。


 黙る。


「リリア様みたいなこと言いますね」


「……」


 クラリス。


 彼を見る。


「そうですね」


 ◇


 三人。


 離れた。


 それぞれ。


 成功している。


 クラリスの。


 小さく試す。


 現場に聞く。


 数字を疑う。


 その方法も。


 王国で。


 少しずつ。


 名前を持ち始めていた。


 《クラリス式地方再生》


 本人が。


 一度も。


 そう呼んでいないのに。


 ◇


 帝国では。


 《アレクシア式兵站内政》


 聖協国では。


 《リリア式救済》


 三人とも。


 まだ。


 知らない。


 人は。


 優れた方法を見つけると。


 その中身より先に。


 名前を覚える。


 そして。


 名前が十分に強くなれば。


 いつか。


 中身を確認せず。


 こう言うようになる。


 ――あの人のやり方だから、正しい。


 クラリスの馬車は。


 王都へ向かっていた。


 次の帳簿は。


 地方ではなく。


 自分たちの成功そのものに、開かれ始めていた。

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