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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第五章 聖女様は、正しすぎる
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第77話 悪女令嬢は、立派な看板から疑う

 王国西部、交易都市ラゼル。


 駅前広場には、初めてこの町を訪れた者なら思わず見上げるほど立派な看板が立っていた。


 《王国西部商業振興重点都市――人と物が交わる、新しい西部の玄関口へ》


 金の縁取り。王国紋章。夕方になると魔導灯まで点くらしい。


 その真下で、八百屋が店を畳んでいた。


「今日は早いですね」


 クラリスが声をかけると、店主の老人は半分下ろした木戸から顔を出した。


「早いも何も、お客が来ねえんだよ。明るいうちに閉めりゃ、灯り代が浮くだろ」


「なるほど」


「……あんた、役人か?」


「いいえ」


「商人?」


「それも少し違います」


「じゃあ何だ」


 クラリスは考えた。


 王国から送られてきた依頼状には《西部地域経済特別調査協力者》と書いてあった。長い。名乗っている間に野菜が一つ売れそうである。


「帳尻が合っていないところを見に来ました」


「もっと怪しいな」


 老人は木戸を閉めた。


 隣でルシアンが吹き出した。


「クラリス様、職業を聞かれた時の答え、それでいくんですか?」


「便利ですよ」


「たぶん信用はされません」


「では、あなたは何と?」


「助手です」


「何の?」


「……帳尻が合っていないところを見る人の」


「同じですね」


「感染してる……」


 後ろではセバスが何事もなかったように荷物を下ろしている。ヨルだけは閉まった八百屋の前に座り、最後まで店内を見ていた。


「わふ」


「閉店です」


「わふ」


「野菜ですよ?」


「……」


「肉屋ではありません」


 ヨルは立ち上がった。


「理解が早いですね」


「現金なだけでは?」


 ◇


 ラゼルは、数字だけを見れば衰退している町ではなかった。


 王都から西へ延びる街道と、南の港へ向かう物流路が交差する。人口は約一万八千。周辺農村では麦、葡萄、豆、羊毛が採れ、少し離れた山では良質な木材も出る。


 そして何より、この十年間で王国から投入された商業振興費は相当な額だった。


 駅前広場の整備。街灯の増設。商店街の舗装。観光案内所。共通看板。春祭りへの補助。新規出店者への家賃補助。港へ続く街道の一部拡幅。


 やっている。


 かなり、やっている。


 なのに商店街の空き店舗率は四十八パーセント。


 若年人口は十二年で二割減。


 町の小売売上は九年前を頂点に、ほぼ毎年下がっていた。


「これだけ予算を使って、どうして店が減るんでしょう」


 宿へ着いたルシアンが資料を広げる。


「それを調べに来たのです」


「ですよね」


「分かっているなら聞かないでください」


「リリア様がいないと、クラリス様のツッコミを全部僕が受けるんですね」


「頑張ってください」


「帰ってきて、リリア様」


 クラリスは少し笑った。


 それから、窓の外を見る。


 確かに町は綺麗だった。


 石畳は整っている。魔導街灯も新しい。統一された木製看板は洒落ていて、王都の商店街より景観だけなら上かもしれない。


 しかし、人が歩いていない。


「明日は役所ですか?」


「いいえ」


「商工組合?」


「その前に朝食を食べます」


「……調査ですよね?」


「調査です」


「朝食が?」


「大事ですよ」


 クラリスは当然のように答えた。


「人がいない町でも、人は食べますから」


 ◇


 翌朝。


 クラリスたちは宿の食堂ではなく、駅前から三本裏へ入った小さな店にいた。


 看板には《ミナ婆さんの朝粥》とだけある。


 店内は十二席。


 そして、満席だった。


「混んでる」


 ルシアンが小声で言う。


「ですね」


 駅前商店街には人がいない。


 なのにここには、職人、荷運び人、役人らしい男、子連れの母親までいる。


「はいよ、麦粥二つと豆煮。そっちの坊ちゃんは?」


「僕も同じので」


「狼は?」


「わふ」


「肉の端っこならあるよ」


「わふ!」


「ヨル、交渉成立が早いです」


 出てきた麦粥には刻んだ干し肉と香草が入り、横に豆の煮込み、小さな黒パンが付く。


 値段は安い。


 味は、ちゃんとおいしい。


「この店、繁盛していますね」


「朝だけね」


 店主のミナは六十を少し越えたくらいだろうか。腕まくりしたまま鍋を混ぜる。


「昼は?」


「やってない」


「夜は?」


「やってない」


「もったいなくありません?」


「昔はやってたよ。でも息子が港に働きに出たからね。一人じゃ朝で十分」


「お客さんはいるのに?」


「いるからって、働けるとは限らないだろ」


 クラリスの匙が止まった。


「なるほど」


「何が?」


「いえ。続けてください」


「変な娘だねえ」


 ◇


 午前中、クラリスは商店街を歩いた。


 閉まっている靴屋。


 午後からしか開かない雑貨屋。


 週三日のパン屋。


 店主が病気で休業中の仕立屋。


 そして、一年前に王国の出店補助を使って開業し、補助期間が切れた翌月に撤退した王都資本の菓子店。


「空き店舗が多いから、お客が来ない。お客が来ないから、店が閉まる。典型的な悪循環ですね」


 ルシアンが言う。


「そう見えます」


「違うんですか?」


「まだ分かりません」


 クラリスは、そこで一軒の店に入った。


 木工品店だった。


 椅子、匙、皿、小箱。どれも手仕事で、質はいい。


「この箱はいくらです?」


「銀貨三枚」


「王都なら?」


「六枚でも売れるだろうね」


「なぜ王都で売らないのです?」


 職人は笑った。


「誰が持ってくんだよ」


「商人は?」


「昔は来た」


「今は?」


「大きな荷を扱う商会ばっかりだ。麦だの羊毛だの。こんな小箱を十個二十個じゃ、馬車の場所代にもならん」


 クラリスは小箱を手に取った。


 蓋の合わせ目が綺麗だった。派手ではないが、長く使える。


「買います」


「調査じゃなかったんですか?」


 ルシアンが聞く。


「調査です」


「完全に欲しくなった顔でしたけど」


「調査費です」


「経費にしようとしてる!」


 セバスが静かに言った。


「お嬢様。私物として処理いたします」


「……はい」


「負けた」


 ◇


 昼。


 町役場。


 ようやく役人と会った。


 商業振興担当官のベルトランは四十二歳。痩せ型で、机の上には恐ろしいほど綺麗に書類が積まれていた。


「お待ちしておりました、クラリス様。こちらが過去十年の振興事業実績です」


 分厚い。


 嫌な厚さである。


 ルシアンの目だけが少し輝いた。


「補助事業は二十八件。うち計画どおり完了したものが二十四件、継続中が三件、中止が一件です」


「優秀ですね」


「ありがとうございます」


「目標達成率は?」


「八十五・七パーセントです」


「非常に優秀です」


 ベルトランの表情が少し明るくなる。


「ですが、商店は減っています」


「……はい」


「若者も減っています」


「はい」


「売上も減っています」


「……はい」


 クラリスは責める口調にはしなかった。


「では、この八十五・七パーセントは、何を達成した数字です?」


 ベルトランが黙った。


 ルシアンも資料を見る。


 駅前整備――完了。


 街灯整備――完了。


 共通看板設置――完了。


 祭事支援――実施。


 新規出店補助――交付。


「……事業を、予定どおり実施した割合です」


「そうですね」


「何か問題が?」


「ありません」


 クラリスは答えた。


「ただ、町が元気になった割合ではありません」


 ◇


 ベルトランは悪い役人ではなかった。


 むしろ真面目だった。


 商店街から要望が来れば予算を探し、国の制度があれば申請し、期限を守って報告する。監査でも大きな指摘を受けたことがない。


「私たちも、何とかしたいんです」


 彼は言った。


「だから毎年、商人たちから話を聞いています。街灯が暗いと言われれば増やした。道が悪いと言われれば舗装した。看板がばらばらで印象が悪いと言われれば統一しました」


「その結果は?」


「街は綺麗になりました」


「そうですね」


「でも、人が来ない」


「はい」


「だから今年は、さらに観光客を呼ぶための――」


「少し待ってください」


 クラリスが止めた。


「観光客が足りないのですか?」


「え?」


「この町の問題は、本当に観光客が少ないことですか?」


 ベルトランは答えられなかった。


 ◇


「クラリス様は、何が原因だと思われます?」


「まだ分かりません」


「ですが、朝から町をご覧になったのでしょう?」


「半日見ただけで分かるなら、十年も困っていません」


 それはそうだ。


 ベルトランが少しだけ笑った。


「ただ、一つ気になることがあります」


「何でしょう」


「この町の人たちは、どこで買い物をしています?」


「……商店街では?」


「本当に?」


 ◇


 夕方。


 答えの一部は、町の東側にあった。


 駅前から徒歩二十分。


 広い道。


 馬車置き場。


 そして、大きな市場。


「人いるじゃないですか」


 ルシアンが呆然とした。


 いる。


 ものすごくいる。


 野菜、肉、魚、衣類、日用品、農具、薪。周辺農村から来た荷馬車が並び、子どもまで走り回っている。


 駅前商店街の静けさが嘘のようだった。


「ここ、資料にありました?」


「ありませんでした」


「なぜ?」


「民営だからでしょう」


 クラリスは市場へ入った。


「わふ!」


 ヨルが元気になる。


「まだ何も食べませんよ」


「わふ」


「見るだけです」


「……わふ」


「その顔をしても駄目です」


 十分後。


 ヨルは串焼きを食べていた。


「クラリス様」


「市場調査です」


「また万能語にしてません?」


「味を知らずに市場を語れません」


「ヨルが食べてますけど」


「反応を見ています」


「絶対甘やかしてる」


 ◇


 市場の管理人に話を聞いた。


「駅前?」


 五十代の女性管理人、マダム・エッダは豪快に笑った。


「高いんだよ」


「何がです?」


「家賃」


 駅前は振興地区に指定され、整備された。


 道が綺麗になった。


 街灯が増えた。


 観光案内所ができた。


 土地の評価額が上がった。


 そして。


 家賃も上がった。


「昔からいた店は?」


「自分の建物なら残れる。でも借りてる連中はきつい。こっちは地面なんて土だし、雨が降れば泥だらけ。でも安い」


「お客さんは、綺麗な商店街よりこちらへ?」


「野菜買うのに石畳を見る奴はいないだろ」


 エッダは笑う。


「安くて、新鮮で、知ってる顔がいりゃ来るさ」


 クラリスも笑った。


「確かに」


 ◇


 さらに聞く。


 駅前の新規出店補助。


 補助対象は、店舗改装費と一年間の家賃。


 それで王都から店が来た。


 だが、一年後。


 撤退。


「地元の店は使わなかったんですか?」


「使えない奴が多かった」


「なぜ?」


「新規出店者向けだから」


 クラリスの眉が動いた。


「既存店は?」


「対象外」


「後継者が店を継ぐ場合は?」


「新規じゃないから対象外だったはずだよ」


「……なるほど」


 ◇


 翌朝。


 クラリスは再び役場へ行った。


「ベルトラン様」


「はい」


「新規出店補助の目的を教えてください」


「空き店舗を減らし、新しい商業を呼び込むことです」


「では質問です。三十年続いたパン屋を二十五歳の娘が継ぐ場合と、王都の菓子店が一年だけ出店する場合、どちらを支援します?」


「それは……」


「今の制度なら?」


「後者です」


「なぜ?」


「新規出店だからです」


「目的は?」


「空き店舗を減らすこと」


「町の商業を残すことではなく?」


 ベルトランが黙った。


 クラリスは責めなかった。


「制度としては間違っていません。実績報告も正しい。補助金の不正使用も、今のところ見当たりません」


「では」


「何が間違っているんです?」


「たぶん」


 クラリスは昨日買った木箱を机へ置いた。


「問題設定です」


 ◇


 町が衰えている。


 だから空き店舗を埋める。


 だから新しい店を呼ぶ。


 だから補助金を出す。


 理屈は通っている。


 だが。


「店が閉まった理由を、一軒ずつ調べましたか?」


「一軒ずつ?」


「はい」


「そこまでは……」


「昨日、私たちが確認できただけでも、閉店理由は違いました。客がいない店。店主が高齢の店。後継者がいない店。家賃が高い店。営業時間を維持できない店。物流費で商品を外へ売れない店」


 クラリスは紙へ書いていく。


「全部、《空き店舗》という一つの数字になっています」


「……」


「でも原因は、一つではありません」


 ルシアンが横で頷いた。


「空いてる店を全部同じ病気だと思って、同じ薬を出してた?」


「そういうことです」


「なるほど」


「ルシアン様」


「はい」


「いい表現ですね」


「採用される!?」


 ◇


 クラリスは、その日から補助金を止めなかった。


 これにはベルトランの方が驚いた。


「廃止しないんですか?」


「なぜです?」


「問題があると」


「問題はあります。でも役に立っている部分もあります」


「では、どうするのです?」


「分けます」


 新規出店。


 事業承継。


 既存店改善。


 共同物流。


 短時間営業。


 市場連携。


 それぞれ別の問題として扱う。


「そして、駅前商店街だけを商業地区だと思うのをやめましょう」


「東市場も?」


「当然です。あれだけ人がいるのに、行政資料ではほぼ存在していない」


「民営なので」


「民営でも町です」


 ベルトランは、しばらく黙ったあと笑った。


「耳が痛いですね」


「私もよく言われます」


「誰に?」


「主に、周囲から」


 ◇


 さらに三日後。


 町の商人を集めた会議。


 クラリスは壇上に立たなかった。


 円卓にした。


 役人。


 駅前商店街。


 東市場。


 職人。


 農家。


 荷運び人。


 若者。


 そして、店を閉めた人。


「今日は、町をどう発展させるかを決めません」


 開始早々、クラリスが言った。


「え?」


 ざわつく。


「では何を?」


「なぜ今こうなっているかを、皆さんに教えていただきます」


 商店街組合長が腕を組む。


「そんなもの、客が減ったからだ」


 東市場のエッダが返す。


「うちは増えてるよ」


「お前のところは家賃が安いからだ!」


「じゃあ家賃の話をしようじゃないか」


「駅前は整備費が――」


「整備してくれなんて誰が言った!」


「お前ら商店街が要望したんだろ!」


「十年前の組合長だ!」


「知らないよ!」


 五分。


 荒れた。


 ルシアンがクラリスを見る。


「止めなくていいんですか?」


「まだ」


「リリア様なら?」


「たぶん困った顔をします」


「アレクシア様なら?」


「机を叩きます」


「クラリス様は?」


「記録します」


「一番怖い!」


 ◇


 一時間後。


 不思議なことが起きた。


 喧嘩の中から、情報が出てきた。


 駅前の店は、観光客を求めている。


 東市場は、地元客で十分だと思っている。


 農家は、町へ直接持ち込む手間を減らしたい。


 職人は、王都へ少量の商品を送りたい。


 若者は、商売が嫌なのではなく、朝から晩まで店番する暮らしが嫌だと言った。


「店を継ぎたくない?」


 パン屋の息子、二十二歳。


「店は好きです。でも親父みたいに朝四時から夜七時まで働くのは嫌です」


 父親が怒鳴る。


「商売ってのはそういうもんだ!」


「だから継がないって言ってんだよ!」


 また揉める。


 クラリスは、そこで初めて口を挟んだ。


「営業時間を短くしたら?」


「客が減る!」


「今も減っていますよね」


「……」


「朝だけ営業して繁盛している店もありました」


「ああ、ミナ婆さんか」


「はい」


「でもパンは――」


「では、配達は?」


「誰が?」


 クラリスは東市場の荷運び人を見る。


 荷運び人が、農家を見る。


 農家がパン屋を見る。


 誰も答えない。


 でも。


 誰かが。


「……まとめて運べば?」


 と言った。


 ◇


 クラリスは笑った。


「それです」


「え?」


「今の」


「いや、思いつきだぞ」


「最初は大抵そうです」


 クラリスは黒板へ書いた。


 《共同配送》


 その下。


 《少量でも運べる仕組み》


 さらに。


 《店を長時間開けなくても売れる仕組み》


「道路を造る前に、今ある道で何を運ぶか考えましょう」


 アレクシアなら。


 今頃。


 帝国で。


 同じようなことを考えているだろう。


 ふと。


 クラリスは思った。


 ◇


 その夜。


 宿。


 夕食。


 鶏の煮込み。


 黒パン。


 東市場で買ったチーズ。


 そしてヨル。


 床。


 完全に。


 伸びている。


「今日は疲れましたね」


 ルシアンが言う。


「あなたはほとんど聞いていただけでしょう」


「聞くの疲れますよ!」


「それはそうですね」


「クラリス様は?」


「楽しかったです」


「やっぱり変です」


「褒め言葉として受け取ります」


 ヨルが鼻を鳴らす。


「わふ」


「ヨルも楽しかった?」


「わふ」


「串焼き三本食べたからでは?」


 ヨル。


 目を逸らす。


「四本です」


 セバスが訂正した。


「クラリス様!」


「一本は試食です」


「三本買ったんですね!」


「市場調査です」


「もう誰も信じませんよ、その言葉!」


 ◇


 食後。


 クラリスは帳面を開いた。


 今日の会議。


 出た意見。


 全部。


 整理する。


 その最後に、一行だけ書いた。


 《町を発展させる前に、町が何を失いたくないのかを聞く。》


 少し考え、もう一行。


 《補助金は、答えではない。時間を買う道具である。》


 そして。


 手が止まった。


 リリアなら。


 何を書く。


 アレクシアなら。


 何をする。


 少しだけ。


 静かになった。


「寂しいですか?」


 ルシアン。


「いいえ」


「間がありました」


「気のせいです」


「リリア様なら絶対突っ込んでます」


「……そうですね」


 クラリスは笑った。


 ◇


 同じ夜。


 遠く離れた帝国では。


「道路を広げる予算を、いったん止める!」


 アレクシアの声が宮殿に響いていた。


「殿下!?」


「先に荷車の流れを調べる! 空の荷車が半分も走っているではないか!」


「しかし既に予算は――」


「使える金だから使う、をやめろ! 必要なところに使う!」


 官吏たちが顔を見合わせる。


 誰かが小声で言った。


「……本当に何があったんだ、殿下」


「監査だ!」


「だから何なんですか、それは!」


 ◇


 さらに。


 聖協国。


 光秩院。


 リリアは、十一人の子どもを救った緊急搬出制度の改正案を読んでいた。


 従来三名必要だった承認を、緊急時は一名で仮承認できる。二十四時間以内に事後監査を行う。


「これなら、次から私の名前を使わなくても動けますね」


「はい」


 若い修道士が答えた。


「良かった」


 リリアは本当に嬉しそうだった。


 自分の権威を制度へ戻した。


 それも。


 正しかった。


「では、次の案件を」


「お願いします」


「北部の孤児院からです。食事改善計画について、現地司祭から承認要請が」


「現場の栄養士さんは?」


「賛成しています」


「子どもたちは?」


「……子ども?」


「何を食べたいか」


「聞きました?」


 修道士は目を丸くした。


「必要でしょうか?」


「必要です」


 リリアは笑う。


「食べるの、その子たちですから」


 まだ。


 彼女は。


 聞いていた。


 ちゃんと。


 聞けていた。


 ◇


 三つの国で。


 三人が。


 それぞれ。


 国を良くしていた。


 クラリスは、答えを急がず。


 アレクシアは、動かす前に考えることを覚え。


 リリアは、自分の権威さえ制度へ返そうとしていた。


 世界は。


 確かに。


 良くなっていた。


 だから。


 まだ誰も気づかなかった。


 正しさの暴走は、失敗から始まるとは限らない。


 むしろ。


 うまくいった方法が、何度もうまくいった時の方が、始まりやすい。


 そして翌朝。


 クラリスのもとへ、ラゼルの町長が一枚の計画書を持ってきた。


「クラリス様。ぜひ、ご意見をいただきたい」


 表紙。


 《ラゼル西部大商業施設建設計画》


 総事業費。


 金貨。


 二万八千枚。


 王国補助。


 七割。


 クラリスは一頁目を読み、二頁目を読み、三頁目で止まった。


「町長様」


「はい」


「一つ、質問しても?」


「もちろんです」


「この建物」


 クラリスは窓の外を見た。


 空き店舗。


 四十八パーセント。


 東市場。


 満員。


 若者。


 減少。


「誰が欲しいと言ったのです?」


 町長。


 笑顔のまま。


 止まった。


「……国から」


「補助が出ます」


「それは聞いていません」


 クラリスは計画書を閉じた。


「誰が、欲しいと言ったのです?」


 悪女令嬢の地方商業監査は。


 ようやく。


 本丸に入った。

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