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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第五章 聖女様は、正しすぎる
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82/123

第76話 悪女令嬢は、三人分の帰り道を精算する

手紙は。


三通。


朝食の。


パン籠の横に。


並んでいた。


「嫌です」


 リリア。


 まだ。


 誰も。


 読んでいない。


「何がです?」


 クラリス。


「三通ある」


「ありますね」


「こういう時」


「だいたい」


「ろくなことになりません」


「経験則ですか?」


「この旅で学びました」


「成長しましたね」


「嬉しくない!」


 ヨル。


 パン籠。


 見る。


「わふ」


「あなたは」


「手紙よりパンですね」


「わふ」


「一枚だけですよ」


「わふ!」


「返事がいい」


 ◇


 一通目。


 王国。


 クラリス宛。


 王国西部。


 商業圏。


 四都市。


 七農村。


 二港。


 人口。


 約十二万。


 問題。


 税収。


 減少。


 若者。


 流出。


 空き店舗。


 増加。


 港湾取扱量。


 十二年間で。


 三割減。


 なのに。


 国から。


 振興予算。


 毎年。


 増えている。


「……」


 クラリス。


 読む。


「帳尻が」


「合いませんね」


「クラリス様」


 リリア。


「嬉しそう」


「気のせいです」


「絶対嬉しい」


 ルシアン。


 横から。


 覗く。


「補助金が増えて」


「売上が減ってる?」


「はい」


「面白いですね」


「ルシアンまで!」


「クラリス様といると」


「こうなります」


「責任を感じます」


「顔が感じてません!」


 ◇


 王国からの。


 依頼。


 簡単に言えば。


 こう。


 《一度、見てくれ。》


「雑ですね」


 リリア。


「王国らしくて」


「よろしいのでは」


「いいんです?」


「現場を見なければ」


「何も分かりませんから」


「行くんですか?」


「ええ」


 クラリス。


 即答。


 リリアの。


 手。


 止まった。


「……そっか」


 ◇


 二通目。


 帝国。


 アレクシア宛。


「読まん」


「殿下」


「読まんぞ」


「まだ開けてもいませんよ」


「分かる」


「何が?」


「仕事だ」


「皇女ですから」


「なぜ」


「国は」


「私がいない間にも」


「仕事を増やすのだ」


「国だからでは?」


 クラリス。


「正論で刺すな」


 封。


 開ける。


 読む。


 アレクシア。


 顔。


 死ぬ。


「……百八十九」


「何がです?」


「案件」


「増えてる!」


 リリア。


「笑うな聖女!」


「百四十二から」


「増えてる!」


「四十七件しか増えていない!」


「基準がおかしいです!」


 ◇


 ただし。


 今回は。


 少し違った。


 穀倉地帯。


 南部。


 豊作。


 なのに。


 北部。


 穀物価格。


 上昇。


 東部。


 街道。


 整備済み。


 なのに。


 輸送日数。


 変わらない。


 軍用倉庫。


 十分。


 なのに。


 民間の。


 備蓄庫。


 不足。


 帝国宰相から。


 一文。


 《殿下が以前提出された、物流網再編案について直接ご説明願いたい。》


「……」


 クラリス。


 アレクシアを見る。


「物流網再編案?」


「うむ」


「殿下が?」


「うむ」


「ご自分で?」


「うむ!」


「誰にも」


「書かせず?」


「うるさい!」


 ◇


 アレクシア。


 赤くなる。


「お前たちと」


「旅をしていたら」


「思ったのだ」


「何を?」


「軍は」


「兵が強ければ」


「勝てるわけではない」


 珍しく。


 真面目。


「腹が減れば」


「動けん」


「馬が倒れれば」


「運べん」


「橋が落ちれば」


「渡れん」


「薬が届かなければ」


「兵も民も死ぬ」


「だから」


 アレクシア。


 手紙。


 指で叩く。


「国力とは」


「兵の数だけではない」


「必要なものを」


「必要な場所へ」


「必要な時に」


「届けられる力だ」


 沈黙。


 リリア。


「……殿下」


「何だ」


「賢い」


「私は元から賢い!」


「クラリス様」


「監査って」


「脳筋にも効くんですね」


「聖女!」


「褒めてます!」


「どこがだ!」


 ◇


 三通目。


 リリア宛。


 光秩院。


 最高評議会。


 《次期最高導師候補として、中央救済会議への常任出席を求む。》


「……」


「どうしました?」


「仕事が」


「増えました」


「おめでとうございます」


「クラリス様」


「はい」


「帰るのやめません?」


「やめません」


「ですよね」


 ◇


 その日の。


 午後。


 三人。


 地図。


 広げた。


 王国。


 西。


 帝国。


 北東。


 聖協国。


 中央。


「綺麗に」


 リリア。


「バラバラですね」


「そうですね」


「私が帝国へ戻る」


 アレクシア。


「クラリスは王国」


「リリアはここだ」


「はい」


「ヨルは?」


「わふ」


 三人。


 見る。


 ヨル。


 クラリスの。


 椅子。


 横。


 寝ている。


「……」


 リリア。


「クラリス様と?」


「おそらく」


「わふ」


「そっか」


 少しだけ。


 声。


 小さくなった。


 ◇


「ヨル」


 リリア。


 しゃがむ。


「私と」


「残りません?」


「……」


 ヨル。


 見る。


「お肉」


「あります」


 ヨル。


 耳。


 動く。


「毎日」


「それは駄目です」


「わふ」


「今」


「交渉決裂しました?」


「したようですね」


 クラリス。


「ヨル!」


「わふ」


「そこは」


「一回悩んでよ!」


 ◇


 夕方。


 荷造り。


 セバス。


 速い。


「お嬢様」


「王国行きの馬車は」


「明朝六時に」


「ありがとうございます」


「ルシアン様の荷も」


「積載済みです」


「僕も?」


 ルシアン。


「王国へ戻られないので?」


「行きます!」


「今」


「決めましたね」


「西部の商業帳簿」


「見たいです」


「順調ですね」


 クラリス。


「何がです?」


「感染が」


「監査って病気なんですか?」


 ◇


 アレクシア。


 荷物。


 少ない。


 剣。


 槍。


 外套。


 酒。


「殿下」


 リリア。


「最後の」


「必要です?」


「必要だ」


「国力ですか?」


「国力だ」


「違うと思います」


 ◇


 夜。


 最後の。


 夕食。


 豪華。


 ではない。


 宿の。


 食堂。


 鶏。


 香草焼き。


 豆。


 スープ。


 焼いた。


 根菜。


 パン。


「なんか」


 リリア。


「普通ですね」


「最後だからと」


 クラリス。


「毎回宴会していたら」


「旅費が持ちません」


「クラリス様らしい」


「領収書は」


「いただきます」


「もっとらしい」


 ◇


 アレクシア。


 杯。


 上げる。


「では」


「何に?」


 リリア。


「三人の」


「出世に」


「私まだ」


「候補です」


「クラリスは」


「出世してません」


「では」


「国の発展に」


「大きいです」


「面倒だな!」


 アレクシア。


 考える。


「ヨルの」


「食欲に」


「わふ!」


「それが一番」


「反応いい!」


 三人。


 笑う。


 ◇


 食後。


 リリア。


 珍しく。


 静か。


「クラリス様」


「はい」


「私」


「大丈夫ですかね」


 クラリス。


 すぐには。


 答えない。


「何がです?」


「……」


「全部」


「随分」


「便利な言葉ですね」


「便利です」


 ◇


「前は」


 リリア。


「何かあると」


「クラリス様に」


「聞いてました」


「そうですね」


「何をすればいいですか」


「これでいいですか」


「何点ですか」


「聞いてましたね」


「今は?」


「聞かなくなりました」


「……」


「でも」


「クラリス様が」


「近くにいるって」


「思ってたから」


 リリア。


 パン。


 小さく。


 ちぎる。


「間違えても」


「止めてもらえる気がしてた」


 ◇


 クラリス。


 少し。


 考える。


「リリア様」


「はい」


「私が」


「あなたを止めたことは」


「それほどありません」


「え?」


「私は」


「質問しただけです」


「……」


「なぜです?」


「誰のためです?」


「本人は何を望んでいます?」


「他の方法は?」


「そういうことを」


「聞いただけです」


「はい」


「答えを出したのは」


「大抵」


「あなたです」


 リリア。


 黙る。


「だから」


「大丈夫です」


「……」


「本当に?」


「知っています」


 ◇


 その一言。


 リリア。


 目。


 伏せる。


「それ」


「ずるいです」


「何が?」


「嬉しい」


「それは何よりです」


「でも」


「今度会ったら」


「採点してください」


「卒業したのでは?」


「たまには!」


「では」


「百点満点で」


「やった」


「減点方式です」


「嫌だ!」


 ◇


 翌朝。


 三方向。


 馬車。


 並ぶ。


 アレクシア。


 帝国。


 クラリス。


 王国。


 リリア。


 光秩院。


 戻るだけなので。


 馬車。


 いらない。


「なんか」


 リリア。


「私だけ」


「見送り役ですね」


「一番偉くなる人間が」


 アレクシア。


「何を言う」


「まだ候補!」


 ◇


「アレクシア様」


 クラリス。


「はい」


「道路を造る前に」


「利用量を」


「分かっている!」


「橋を造る前に」


「維持費もだ!」


「倉庫を増やす前に」


「在庫回転率!」


「……」


 クラリス。


 止まる。


「何だ」


「少し」


「寂しいですね」


「なぜだ!」


「言うことがなくなりました」


「褒めろ!」


 リリア。


「殿下」


「百点!」


「聖女は」


「採点が甘い!」


 ◇


 そして。


 リリア。


「クラリス様」


「はい」


「私には?」


 クラリス。


 少し。


 考える。


 言う。


「正しいことを」


「疑ってください」


「……」


「間違ったものは」


「誰でも」


「疑います」


「はい」


「でも」


「上手くいっているものを」


「疑う人は」


「少ない」


「……」


「特に」


「自分が」


「上手くいっている時は」


 リリア。


 頷く。


「覚えておきます」


「それから」


「はい」


「ちゃんと食べてください」


「急にお母さん!」


 ◇


「ヨル」


 リリア。


 最後。


 抱きつく。


 黒い。


 毛。


 顔。


 埋める。


「もふ」


「わふ」


「……」


「もふ」


「リリア様」


「出発時刻が」


「あと少し」


「もふ」


「聞いてます?」


「最後なので」


「あと三分」


「具体的ですね」


「二分五十七秒」


「減ってる!」


 ◇


 ヨル。


 離れる。


 数歩。


 クラリス。


 ところへ。


 行く。


 でも。


 途中。


 戻る。


 リリアの。


 手。


 ぺろ。


「……」


「ヨル」


「わふ」


「元気でね」


「わふ」


「太らないでね」


「……」


 ヨル。


 クラリスを見る。


「私を見るのは」


「やめてください」


「わふ」


「クラリス様」


「心当たりあるんです?」


「ありません」


「絶対ある」


 ◇


 馬車。


 出る。


「また!」


 リリア。


 手。


 振る。


「会いましょう!」


 アレクシア。


 窓。


 身。


 乗り出す。


「次は」


「帝国の酒を持ってくる!」


「そこじゃない!」


「名産品だ!」


「外交にするな!」


 ◇


 クラリス。


 窓から。


 見る。


 リリア。


 小さくなる。


 白い。


 服。


 泥。


 ついた。


 長靴。


 片方。


 黒。


 片方。


 茶色。


「……」


「お嬢様」


 セバス。


「はい」


「よろしいので?」


「何がです?」


「聖女様です」


 クラリス。


 少し。


 笑う。


「大丈夫でしょう」


「そう思われますか」


「ええ」


「彼女は」


「もう」


「自分で考えられます」


 ◇


 三人。


 離れた。


 それは。


 終わりではない。


 むしろ。


 三人が。


 初めて。


 それぞれの。


 やり方で。


 国を。


 動かし始めた日だった。


 ◇


 王国。


 西部。


 クラリスが。


 最初に降りた町。


 駅前。


 立派。


 石畳。


 巨大な。


 歓迎看板。


 《王国西部商業振興重点都市》


 その下。


 商店。


 十二軒。


 六軒。


 閉まっている。


「……」


 クラリス。


 看板を見る。


 店を見る。


「ルシアン様」


「はい」


「この看板」


「いくらだと思います?」


「そこからですか?」


「そこからです」


 悪女令嬢の。


 地方商業監査。


 始まる。


 ◇


 一方。


 帝国。


 宮殿。


「殿下!」


「お帰りなさいませ!」


「うむ!」


「早速ですが」


「北部街道拡張計画の」


「決裁を!」


「待て」


 アレクシア。


 書類。


 見る。


「交通量は?」


 官吏。


「……」


「現在の道の」


「一日平均通行台数」


「馬車の内訳」


「維持費」


「冬季閉鎖日数」


「代替路」


「全部」


「持ってこい」


「……殿下?」


「何だ」


「ご旅行中に」


「何が?」


 アレクシア。


 胸。


 張る。


「監査された」


「……は?」


「私がな」


 帝国。


 内政。


 少しだけ。


 強くなる。


 ◇


 そして。


 聖協国。


 リリア。


 光秩院。


 戻る。


「聖女様!」


 廊下。


 若い。


 修道士。


 走る。


「どうしました?」


「西部診療所から」


「緊急です」


 手紙。


 読む。


 薬。


 不足。


 高熱。


 子ども。


 十一人。


 中央倉庫。


 薬。


 ある。


 だが。


 通常なら。


 申請。


 審査。


 搬出。


 三日。


「三日?」


「最短です」


「子どもたちは?」


「医師は」


「今夜が」


「山場だと」


 ◇


 リリア。


 止まる。


「緊急搬出制度は?」


「対象外です」


「なぜ?」


「感染症の」


「確定診断が」


「まだ」


「確定するまで?」


「検体が」


「明朝」


「届きます」


「そこから」


「審査を」


「……」


 リリア。


 目。


 閉じる。


 クラリスの。


 言葉。


 思い出す。


 正しいことを疑ってください。


「規則が」


「間違ってる?」


「いえ」


 修道士。


「誤搬出を防ぐための」


「規則です」


「必要?」


「必要です」


「……」


 正しい。


 理由がある。


 過去。


 薬の。


 横流し。


 あった。


 だから。


 確認する。


 正しい。


 でも。


 十一人。


 今夜。


 ◇


「私が」


「申請します」


「聖女様?」


「特別救済監の」


「緊急裁量で」


「ですが」


「責任者の」


「署名が」


「最高評議会議員」


「三名必要です」


「今から集めたら?」


「早くても」


「明朝です」


「……」


 リリア。


 拳。


 握る。


 廊下。


 向こう。


 職員。


 言う。


「聖女様の」


「ご命令ということなら」


 リリア。


 振り向く。


「命令?」


「はい」


「倉庫側も」


「動くと思います」


「でも」


「規則は?」


「……」


「聖女様が」


「責任を取られるのであれば」


 ◇


 リリア。


 黙る。


 自分の。


 名前。


 八千七百四十一人。


 推薦。


 特別救済監。


 泥靴の聖女。


 その名前。


 使えば。


 規則より。


 速く。


 扉が。


 開く。


「……」


「聖女様?」


 リリア。


 顔。


 上げる。


「分かりました」


 静かに。


 言った。


「私の名前を」


「使ってください」


「リリア・セレスティアの」


「緊急指示です」


「薬を」


「今すぐ」


「出してください」


「責任は」


「私が取ります」


 ◇


 その夜。


 馬。


 走った。


 薬。


 届いた。


 十一人。


 治療。


 始まった。


 翌朝。


 報告。


 《重症児十一名、全員容体安定。》


「……」


 リリア。


 椅子。


 座る。


 力。


 抜ける。


「よかった」


 本当に。


 よかった。


 間違っていなかった。


 彼女の。


 名前が。


 十一人を。


 救った。


 ◇


 午後。


 正式な。


 審査。


 感染症。


 確認。


 薬剤使用。


 適正。


 緊急搬出。


 妥当。


 処分。


 なし。


 むしろ。


 最高評議会。


 判断。


 称賛。


「聖女様の」


「迅速な判断により」


「十一名の命が」


「救われました」


 拍手。


 起こる。


 リリア。


 頭。


 下げる。


「ありがとうございます」


 そして。


 思った。


 次からは。


 こんなことが。


 起きないよう。


 制度を。


 直そう。


 それは。


 正しい。


 完全に。


 正しい。


 ◇


 ただ。


 その日の。


 光秩院。


 倉庫。


 職員。


 新しい。


 引継ぎ帳。


 一行。


 書いた。


 《緊急時、判断に迷う場合は聖女リリア様へ確認。》


 次の職員。


 それを。


 少し。


 短くした。


 《緊急案件――聖女様判断を優先。》


 リリアは。


 知らない。


 まだ。


 何も。


 間違えていない。


 十一人は。


 本当に。


 助かった。


 だからこそ。


 その日。


 誰も。


 その一行を。


 危険だとは。


 思わなかった。

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