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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第五章 聖女様は、正しすぎる
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第75話 聖女様は、百九十三人の「いりません」を聞きに行く

「ヨル!」


「……わふ」


「返して!」


「……」


「それ私の長靴!」


 朝。


 宿。


 次期最高導師候補。


 聖女リリア・セレスティア。


 床。


 片足。


 靴下。


 もう片足。


 茶色い長靴。


 そして。


 黒い長靴。


 ヨルの顎の下。


「ヨル」


 クラリスが言う。


「返してください」


「……わふ」


 すっ。


「返した!」


 リリア。


 受け取る。


「なんで!?」


「日頃の行いでしょうか」


「昨日もそれ聞いた気がします!」


「ヨルは」


「話の分かる狼ですから」


「私も話分かります!」


「では」


 クラリス。


 新聞を。


 渡す。


「この百九十三人の話を」


「聞きに行きましょう」


「はい!」


 リリア。


 即答。


 長靴。


 履く。


「……」


「どうしました?」


「左右」


「同じ色です」


「当たり前ですよ!」


 ◇


 聖協国。


 北西部。


 三つの村。


 ルカ。


 ベルネ。


 トット。


 人口。


 合計。


 百九十三人。


 小さい。


 本当に。


 小さい。


 山。


 川。


 畑。


 羊。


 鶏。


 麦。


 冬になると。


 雪。


 深い。


「ここが」


「リリア式救済事業を」


「拒否した村?」


 アレクシア。


「はい」


 ルシアン。


 資料を見る。


「正確には」


「地域包括救済制度への」


「不参加ですね」


「何が違う」


「名前が長いです」


「そこではない」


 ◇


 今回。


 アレクシアも。


 ついてきた。


「暇なんですか?」


 リリア。


「外交視察だ」


「決裁は?」


「終わった」


「全部?」


「終わった!」


「百四十二件?」


「終わった!」


「偉い!」


「皇女だぞ私は!」


 褒められて。


 ちょっと。


 嬉しそうだった。


 ◇


 三村。


 代表。


 ガラン。


 六十六歳。


 大工。


 村長。


 ではない。


「村長さんは?」


 リリアが聞く。


「いない」


「え?」


「三村とも」


「いない」


「じゃあ」


「誰が決めるんです?」


「皆で」


「……」


「面倒ですよ?」


「面倒だ」


「揉めません?」


「揉める」


「時間かかりません?」


「かかる」


「じゃあ」


「村長いた方が」


「楽では?」


「楽だろうな」


「では」


「なぜ?」


 ガラン。


 肩をすくめた。


「昔」


「村長が」


「勝手に決めて」


「えらい目に遭った」


「なるほど」


「だから」


「面倒な方を選んでる」


 リリア。


 少し。


 笑った。


「そういうの」


「嫌いじゃないです」


「聖女様らしくないな」


「よく言われます」


 ◇


「まず」


 リリア。


 村の集会所。


「聞きたいです」


「何を?」


「私たちの制度」


「なんで嫌なんですか?」


 ガラン。


 首を振る。


「嫌じゃない」


「新聞にも」


「そう書いてありました」


「便利だと思う」


「なら」


「なんで使わないんです?」


「いらんから」


「……」


「便利だけど」


「いらない?」


「そうだ」


 リリア。


 困った。


「それ」


「分かりません」


「だろうな」


「教えてください」


 ◇


 地域包括救済制度。


 リリアが。


 直接作った制度ではない。


 これまでの。


 救済事業。


 事例集。


 現場報告。


 それを元に。


 光秩院が。


 新しく作った。


 仕組み。


 登録すると。


 医療。


 食料。


 子育て。


 高齢者。


 災害。


 まとめて。


 相談できる。


 困窮世帯。


 孤児。


 病人。


 高齢者。


 情報を。


 一つの窓口で。


 共有する。


「いい制度ですよね?」


 リリア。


 自分で。


 資料を見る。


「私も」


「いいと思います」


 ガラン。


「じゃあ」


「なぜ?」


「うちでは」


「もうやってる」


「え?」


 ◇


 老人。


 一人暮らし。


 冬。


 薪。


 隣。


 持っていく。


 子ども。


 親。


 病気。


 向かい。


 夕飯。


 食べさせる。


 屋根。


 壊れる。


 大工。


 直す。


 金。


 ない。


「払える時でいい」


 医者。


 いない。


 週一。


 隣町。


 薬師。


 来る。


 馬車。


 壊れる。


 皆で。


 直す。


「……」


 リリア。


 歩く。


 村。


 見る。


 老婆。


 豆。


 剥いている。


 横。


 少年。


 薪。


 積む。


「お孫さん?」


「違うよ」


「じゃあ?」


「向こうの家の子」


「なんで薪を?」


「腰が痛いから」


 老婆。


 少年を指差す。


「代わりに」


「こいつのズボン」


「直してやる」


「破いたの?」


「木登り!」


「昨日も?」


「昨日は川!」


「元気ですね」


「わふ!」


「ヨル」


「参加しない」


 ◇


 昼。


 村。


 共同の。


 炊事場。


 大鍋。


 麦。


 豆。


 鶏。


 根菜。


 煮る。


「これは?」


「今日は」


「ベルネの婆さんが」


「三人風邪」


「だから」


「多めに作る」


「誰が決めたんです?」


「誰も」


「……」


「朝」


「聞いたから」


「じゃあ」


「毎日こういうことを?」


「毎日じゃない」


「必要な時だけ」


 ◇


 リリア。


 黙った。


 制度が。


 ない。


 ように見える。


 でも。


 ある。


 紙に。


 なっていないだけ。


 申請書。


 ない。


 受付。


 ない。


 審査。


 ない。


 担当者。


 いない。


 なのに。


 誰かが。


 困ると。


 誰かが。


 動く。


「これ」


 リリア。


 クラリスを見る。


「制度ですか?」


「どうでしょう」


「答えてくれない」


「リリア様が」


「考えるところです」


「最近それ多くないです?」


「楽なので」


「教育じゃなかった!」


 ◇


 午後。


 ようやく。


 本題。


「登録が」


「嫌なんだ」


 ガラン。


「登録?」


「これだ」


 書類。


 地域包括救済制度。


 申請欄。


 家族構成。


 年齢。


 病歴。


 収入。


 仕事。


 住居。


 支援歴。


 困りごと。


「必要ですよ」


 光秩院から同行した。


 若い官吏。


 ミハイルが言う。


「必要な支援を」


「適切に届けるためです」


「分かってる」


「では」


「なぜ」


「書かん」


「書かなくても」


「知ってるからだ」


「誰が?」


「俺たちが」


 ◇


 ミハイル。


 少し。


 困る。


「ですが」


「例えば」


「一人暮らしの高齢者を」


「見落とす可能性が」


「マーサ婆さん」


「七十八」


「腰痛」


「冬は薪を一日五本」


「三日前から咳」


「……」


「ベルネのトーマス」


「六十九」


「妻を五年前に亡くした」


「酒は一日二杯まで」


「最近三杯」


「……」


「ルカのエリ」


「子ども二人」


「夫は出稼ぎ」


「下の子が卵嫌い」


「……」


 ガラン。


 腕を組む。


「知ってる」


 ◇


「でも」


 リリアが聞く。


「それ」


「村が大きくなったら」


「無理ですよね」


「無理だ」


「災害で」


「百人来たら?」


「無理だな」


「知らない人が」


「移住してきたら?」


「最初は」


「分からん」


「じゃあ」


「制度」


「必要になることも?」


「ある」


「……」


 リリア。


 さらに。


 分からなくなる。


「じゃあ」


「やっぱり」


「入った方が」


「便利じゃないですか?」


 ガラン。


 笑った。


「聖女様」


「はい」


「便利なものは」


「全部」


「使わなきゃいかんのか?」


 ◇


 止まった。


 リリア。


 答えられない。


「便利だ」


 ガラン。


「医者も」


「助かる」


「災害の時も」


「国が俺たちを」


「見つけやすい」


「それは」


「分かってる」


「でも」


「今は」


「いらん」


「……」


「必要になったら」


「頼む」


「それじゃ」


「駄目か?」


 ◇


 リリア。


 資料を見る。


 制度。


 対象。


 目的。


 効果。


 すべて。


 いい。


 問題。


 ない。


「……駄目じゃ」


「ないです」


 小さく。


 言った。


「たぶん」


「駄目じゃない」


 ミハイルが。


 慌てる。


「聖女様」


「しかし」


「加入率が」


「現在」


「八十二パーセントです」


「はい」


「三村が参加すれば」


「この地域は」


「九十パーセントを超えます」


「……」


 リリア。


 ミハイルを見る。


「それ」


「誰が喜ぶ数字です?」


「え?」


「九十パーセント」


「誰が」


「喜ぶんです?」


「それは」


「制度の普及が」


「進んだ証拠で」


「でも」


「この人たちは」


「今」


「困ってない」


「……」


「だったら」


「八十二でも」


「よくないですか?」


 ◇


 クラリス。


 黙って。


 聞いている。


 アレクシアも。


 珍しく。


 口を挟まない。


「ただ」


 リリア。


 ガランを見る。


「一つ」


「約束してください」


「何だ」


「困った時」


「意地張らないでください」


「……」


「制度に入らなかったから」


「助けてって言えない」


「それは」


「なしです」


「……」


「後からでも」


「頼ってください」


 ガラン。


 少し。


 笑う。


「その時は」


「聖女様が」


「来てくれるか?」


「私じゃなくても」


「来られる仕組みにします」


「ほう」


「私が来ないと」


「助からない制度は」


「たぶん」


「駄目です」


 ◇


 その日の。


 夕方。


 問題。


 起きた。


「羊が!」


 少年。


 走ってくる。


「川!」


「落ちた!」


 ガラン。


 立つ。


「何頭!」


「三!」


「行くぞ!」


 村人。


 一斉。


 動く。


 リリアも。


「行きます!」


「聖女様」


 ミハイル。


「これは」


「救済事業では」


「羊です!」


「はい?」


「羊も大事です!」


「制度上は」


「今は制度置いといて!」


 ◇


 川。


 増水。


 昨夜。


 上流。


 雨。


 羊。


 三頭。


 中洲。


「橋!」


「遠い!」


「縄!」


「持ってきた!」


「誰か泳げるか!」


「流れ速いぞ!」


 アレクシア。


 外套。


 脱ぐ。


「私が行く」


「殿下!」


「こういうのは」


「得意だ」


「皇女の得意分野ですか!?」


 ルシアン。


 杖。


「流れを」


「弱めます」


「私」


 リリア。


「障壁張ります!」


「ヨル!」


「わふ!」


「羊」


「怖がらせないで!」


「……わふ」


 ヨル。


 しょんぼり。


「そこは仕方ないです!」


 ◇


 十分後。


 羊。


 三頭。


 無事。


 一頭。


 アレクシアの。


 顔面。


 蹴った。


「……」


「殿下」


「笑った者」


「前へ出ろ」


 全員。


 目。


 逸らす。


 リリア。


 肩。


 震えている。


「聖女」


「笑ってないです」


「顔を見せろ」


「無理です」


「リリア!」


 ◇


 夜。


 三村合同。


 食事。


 助けた羊。


 ではなく。


 別の羊。


「よかった」


 リリア。


「何が?」


「さっきの子」


「食べるのかと」


「食べんよ」


 ガラン。


「繁殖用だ」


「よかった」


 ヨル。


 肉。


 見る。


「わふ」


「あなたは」


「気にしてませんね」


「わふ!」


「いい返事」


 ◇


 酒。


 出る。


 アレクシア。


「これは」


「外交だ」


「便利ですね」


 クラリス。


「外交」


「便利だぞ」


「監査します?」


「やめろ」


 リリア。


 葡萄酒。


 一口。


「苦い」


「まだまだだな」


「聖女に」


「酒の強さ必要です?」


「人生には必要だ」


「殿下基準です」


 ◇


 食後。


 ガラン。


 リリアへ。


 紙。


 渡す。


「何です?」


「三村で」


「話した」


「制度?」


「ああ」


「……」


 リリア。


 読む。


 《現時点では参加しない。》


「変わらない!」


「変わらん」


「わざわざ紙にしたんですか?」


「お前さん」


「記録が好きなんだろ」


「クラリス様と」


「混ざってます!」


 クラリス。


「光栄です」


「喜ぶところ!?」


 ◇


 ただ。


 その下。


 一行。


 増えていた。


 《ただし、災害時及び村内で対応不能となった場合は、支援を要請する。》


「……」


「それで」


「いいか?」


 リリア。


 笑った。


「はい」


「それが」


「いいです」


 ◇


 翌朝。


 出発。


 村人。


 見送る。


「聖女様!」


「はい!」


「また来い!」


「制度に入ったら!」


「それは関係ない!」


「じゃあ来ます!」


「今度は酒飲め!」


「それは殿下に!」


「任せろ!」


「勝手に約束しないでください!」


 馬車。


 動く。


 百九十三人。


 小さくなる。


 ◇


「リリア様」


 クラリス。


「はい」


「どうでした?」


「楽しかったです」


「そこではなく」


「分かってます」


 リリア。


 窓。


 外を見る。


「私」


「勘違いしてました」


「何を?」


「制度を」


「使わない人って」


「制度を嫌ってる人だと」


「……」


「違いました」


「はい」


「いい制度だって」


「分かった上で」


「いらない人もいる」


「いますね」


「難しい」


「ええ」


「でも」


 リリア。


 自分の帳面。


 開く。


「ちょっと」


「面白いです」


「何が?」


「救うって」


「一個じゃない」


 ◇


 書く。


 新しい。


 一行。


 『支援を受けない自由も、支援の中に残しておく。』


 その下。


 もう一つ。


 『参加率は、人の幸福率ではない。』


 クラリス。


 読む。


「良いですね」


「点数」


「言いません」


「もう聞いてません!」


「成長しましたね」


「今ちょっと欲しくなった!」


 ◇


 光秩院。


 帰還。


 報告会。


 ミハイル。


 数字。


 読む。


「北西三村」


「制度加入」


 リリア。


 見る。


「ゼロ」


「はい」


 会議室。


 少し。


 ざわつく。


「つまり」


 司教の一人。


「説得には」


「失敗した?」


「はい」


 リリア。


 笑顔。


「失敗しました」


「……」


「ですが」


「緊急時の」


「支援要請経路を」


「作りました」


「それだけ?」


「それだけです」


「加入を」


「再度促す予定は?」


「ありません」


「なぜです?」


「今」


「いらないそうなので」


 ◇


 別の司教。


 眉を寄せる。


「しかし」


「制度は」


「彼らのために」


「作られたものです」


「はい」


「利用した方が」


「彼らの利益になる」


「かもしれません」


「なら」


「勧めるべきでは?」


 リリア。


 少し。


 考える。


「説明は」


「します」


「でも」


「説明して」


「分かった上で」


「いらないって言ったら」


「そこで」


「終わりです」


「……」


「だって」


 リリア。


 首を傾げる。


「本人たちより」


「私たちの方が」


「本人たちの幸せを知ってるって」


「変じゃないですか?」


 ◇


 会議。


 終わる。


 エレノア。


 一人。


 資料を見る。


 八十二パーセント。


 制度加入率。


 目標。


 九十。


 未達。


 だが。


 報告書。


 最後。


 リリア。


 手書き。


 《未加入三村について、現時点で追加勧奨の必要なし。》


 エレノア。


 笑った。


「本当に」


「面白い子ね」


 ◇


 その頃。


 聖協国。


 別の地域。


 リリア式。


 巡回診療。


 始まる。


「聖女様のところでは」


「これで成功したそうです」


 医師。


 言う。


「なら」


「うちでも」


 ◇


 別の町。


 孤児支援。


「聖女様が」


「推奨している方式です」


「では」


「間違いない」


 ◇


 別の村。


 女性用施設。


「リリア様の」


「事例集に」


「載っています」


「なら」


「反対する理由はないでしょう」


 ◇


 誰も。


 リリアに。


 命令されていない。


 リリア自身は。


 むしろ。


 言っている。


 正解にしないでください。


 その土地で考えてください。


 嫌なら断ってください。


 それでも。


 人は。


 成功したものを。


 真似る。


 信頼できる人の。


 名前を借りる。


 そして。


 少しずつ。


 言葉が。


 変わる。


 《リリア様の事例》


 から。


 《リリア様の方式》


 へ。


 さらに。


 《聖女様なら、こうする》


 へ。


 ◇


 本人は。


 まだ。


 知らない。


 宿。


 床。


「ヨル」


「わふ」


「それ」


「返して」


「……」


 今度は。


 帳面。


 ヨルの。


 前脚の下。


「なんで私の物ばっかり!」


「匂いでは?」


 クラリス。


「私の匂い?」


「安心するのでしょう」


「……」


 リリア。


 止まる。


「それなら」


「まあ」


「いいです」


「甘いですね」


「クラリス様に言われたくないです」


「何のことでしょう」


「昨日」


「ヨルに肉」


「二枚あげてました」


「監査用です」


「何を監査したんです?」


「焼き加減を」


「ヨルの胃で!?」


「わふ!」


 ヨル。


 満足そう。


 尻尾。


 ぱたん。


 ぱたん。


 その夜も。


 聖女は。


 正解を。


 配らなかった。


 ただ。


 世界の方が。


 少しずつ。


 彼女を。


 正解として扱い始めていた。

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