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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第四章 悪女令嬢は、帝国と未来を監査する
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78/121

幕間 悪女令嬢は、また白い教室を見る

 白い。


 天井。


 四角い。


 灯り。


 じい。


 という。


 小さな音。


 クラリスは。


 その音を。


 知っている気がした。


 ◇


「じゃあ、多数決でいいよね?」


 女の子の声。


 教室。


 だった。


 長い机。


 椅子。


 黒い板。


 壁には。


 見たことのない文字。


 いや。


 読める。


 なぜか。


 読める。


 二年三組。


 クラリスは。


 そこにいた。


 でも。


 誰も。


 クラリスを見ない。


「文化祭の出し物」


 前に立つ少女が。


 黒い板へ。


 白い棒で文字を書く。


 喫茶店。


 お化け屋敷。


 演劇。


「時間ないし」


「今日決めちゃおう」


「賛成」


「俺、喫茶店」


「私も」


「衣装かわいいの着たい」


「お化け屋敷は準備大変じゃない?」


「演劇とか絶対揉める」


 笑い。


 誰も。


 怒っていない。


 先生も。


 後ろで。


 穏やかに見ている。


「みんなが納得できる形で決めような」


 優しい。


 声だった。


 ◇


 投票。


 紙。


 箱。


 集計。


 二十八。


 三。


 一。


「じゃあ」


「喫茶店に決定!」


 拍手。


 ぱち。


 ぱちぱち。


 楽しそうだった。


 正しい。


 ちゃんと。


 意見を聞いた。


 ちゃんと。


 投票した。


 ちゃんと。


 数えた。


 不正は。


 ない。


 クラリスは。


 なぜか。


 票を。


 数えていた。


 二十八。


 三。


 一。


 合計。


 三十二。


 合っている。


「……」


 なのに。


 気になる。


 三。


 ◇


「別にいいよ」


 窓際。


 少女が。


 笑った。


「私も喫茶店で」


「でも」


 隣の少女が聞く。


「さっき演劇に入れてなかった?」


「うん」


「いいの?」


「多数決だし」


「そっか」


「うん」


 笑う。


 普通に。


 笑っている。


 隣の少女も。


 笑った。


「よかった」


「何が?」


「みんな同じで」


「……」


「せっかくの文化祭だもん」


「クラスまとまってた方がいいじゃん」


「……うん」


 その。


 ほんの少しの。


 間。


 クラリスには。


 聞こえた。


 ◇


 誰も。


 悪くない。


 多数決を提案した少女も。


 先生も。


 賛成した二十八人も。


 反対した三人も。


 誰も。


 命令していない。


 誰も。


 脅していない。


 断っても。


 罰はない。


 なのに。


 少女は。


 もう一度。


 言った。


「別に」


「いいよ」


 クラリスは。


 その言葉を。


 どこかで。


 知っている。


 本当にいい時と。


 もう言わなくていいや、の時がある。


 ◇


 景色が。


 変わる。


 教室。


 放課後。


 机。


 一枚。


 細長い紙。


「……」


 クラリスは。


 手に取った。


 数字。


 品名。


 金額。


 税。


 合計。


 ¥1,284


「また」


 これ。


 領収書。


 いや。


 以前。


 夢で見た時。


 別の呼び方を。


 知った。


「レシート……」


 口から。


 自然に出た。


 ◇


 クラリスは。


 数字を見る。


 合っている。


 商品。


 ある。


 金額。


 ある。


 税。


 ある。


 支払額。


 ある。


 きれいだ。


 これなら。


 監査できる。


 では。


 さっきの。


 あの少女の。


 「別にいいよ」


 は。


 どこに書く?


 ◇


 クラリスは。


 レシートを。


 裏返した。


 白い。


 何もない。


 羽根ペン。


 ない。


 インク。


 ない。


 代わりに。


 机の上。


 細い。


 黒い筆記具。


 クラリスは。


 それを握った。


 そして。


 レシートの裏へ。


 一行。


 書いた。


 《三十二人中、二十八人が賛成。》


 正しい。


 次。


 《反対、三人。》


 正しい。


 次。


 手が。


 止まった。


 何を書けばいい。


 少女は。


 反対した。


 でも。


 決定には従った。


 不利益も。


 受けていない。


 制度上。


 問題はない。


「……」


 クラリスは。


 書いた。


 《一名、笑って「別にいい」と言った。》


「……これでは」


 何も。


 分からない。


 ◇


「変なの」


 声。


 クラリスが。


 顔を上げる。


 さっきの少女。


「何がです?」


「そんなのまで書くの?」


「必要かもしれません」


「何に?」


「……」


 分からない。


 帳簿には。


 利益。


 損失。


 資産。


 負債。


 数量。


 金額。


 日付。


 名前。


 記録できる。


 だが。


 これは。


「あなたは」


 クラリスが聞いた。


「本当に」


「喫茶店でよかったのですか?」


 少女が。


 笑う。


「いいよ」


「……」


「だって」


「みんな楽しそうだし」


「あなたは?」


「え?」


「あなたは」


「楽しみですか?」


 少女の。


 笑顔。


 少しだけ。


 止まった。


 ◇


 じい。


 天井の灯り。


 一度。


 ちらつく。


 ぱち。


 白。


 暗い。


 白。


「私だけ」


 少女が言った。


「面倒くさい人になるの」


「嫌だから」


 クラリスは。


 何も。


 言えなかった。


「別に」


「演劇じゃなくても」


「死なないし」


「喫茶店も」


「やったら楽しいかもしれないし」


「だから」


 笑う。


「これでいいの」


 ◇


 正しい。


 たぶん。


 それも。


 正しい。


 人生は。


 全部。


 自分の希望を。


 通せるわけではない。


 譲る。


 合わせる。


 折り合う。


 それも。


 人が一緒に暮らすためには。


 必要だ。


 では。


 どこから。


 それは。


 「空気」


 になる?


 ◇


 誰も。


 命令していない。


 誰も。


 禁止していない。


 誰も。


 罰していない。


 なのに。


 選べない。


 もし。


 そんなものが。


 あるのなら。


 誰を。


 監査すればいい?


 先生?


 違う。


 クラス委員?


 違う。


 二十八人?


 違う。


 制度?


 多数決は。


 正常に動いた。


「……帳尻が」


 クラリスは。


 レシートを見る。


「合っている」


 だから。


 余計に。


 気持ちが悪い。


 ◇


 教室の扉。


 開く。


「帰ろー」


「腹減った」


「駅前寄る?」


「今日無理」


「既読つけといて!」


「明日ねー」


 少女たちが。


 帰っていく。


 普通の。


 放課後。


 誰も。


 泣いていない。


 事件も。


 起きていない。


 世界も。


 滅びない。


 ただ。


 窓際の少女が。


 鞄を持つ。


 そこに。


 小さな。


 黒い狼。


 飾り。


 揺れた。


「……」


 クラリスが。


 目を見開く。


「ヨル?」


 少女が振り返る。


「え?」


 その瞬間。


 ◇


「――お嬢様」


 目。


 開く。


「……」


 天井。


 違う。


 木。


 帝都の宿。


 朝。


「お嬢様?」


 セバス。


「起床のお時間にございます」


「……」


「珍しいですね」


「何がです?」


「二度寝でございます」


「していません」


「一度」


「起こしました」


「……」


「記録がございます」


「朝から監査しないでください」


「お嬢様がおっしゃいますか」


 ◇


 足元。


 ヨル。


 丸い。


 寝ている。


「ヨル」


「……わふ」


 クラリスは。


 黒い頭を。


 撫でた。


 夢。


 白い教室。


 三十二人。


 二十八。


 三。


 一。


 そして。


 少女の鞄。


「……」


 夢だ。


 ただの。


 夢。


 なのに。


 妙に。


 残っている。


 みんな同じで。


 クラリスは。


 ベッド脇の紙へ。


 書いた。


 《正しい多数決でも、消える声はある。》


 少し考え。


 その下。


 もう一行。


 《誰も悪くない時、何を監査する?》


「お嬢様」


「はい」


「朝食が冷めます」


「今行きます」


「本日の予定ですが」


「何でしょう」


「聖女様が」


「朝六時より」


「救済院へ向かわれました」


「……」


「なぜ?」


「新しい役職の初日だから」


「現場を見たい、と」


 クラリス。


 額へ。


 手を当てた。


「嫌な予感がします」


「奇遇でございます」


 ◇


 同じ頃。


 帝都。


 救済院。


「聖女様!」


「そちらは!」


「待ってください!」


「長靴を!」


「あります!」


「それ左右違います!」


「履ければ一緒です!」


「一緒ではありません!」


 泥。


 ばしゃ。


 リリア。


 走る。


 片方。


 茶色。


 片方。


 黒。


 長靴。


「子どもが一人」


「いないんです!」


「聖女様!」


「本日は!」


「特別救済監就任の!」


「式典が!」


「あと!」


「式典は九時です!」


「現在八時四十七分です!」


「十三分あります!」


「移動に二十分です!」


「……」


 リリア。


 止まった。


「走れば?」


「聖女様!」


 その後ろ。


 黒い狼が。


 いつの間にか。


 ついてきていた。


「ヨル!?」


「わふ!」


「クラリス様は!?」


「わふ!」


「分かりません!」


 新しい。


 朝だった。


 聖女リリア・セレスティア。


 特別救済監。


 就任初日。


 開始十三分前。


 すでに。


 泥だらけ。


 そして。


 式典用の白い法衣は。


 まだ。


 宿にあった。


⸻


幕間 了


次章


第五章 聖女様は、正しすぎる

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