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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第四章 悪女令嬢は、帝国と未来を監査する
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第51話 王国から届いた、一通の手紙

 フェルン渡河村を発って五日。


 帝都は、穏やかな朝を迎えていた。


 共同監査委員会の執務室には、相変わらず帳簿の山が築かれている。


「増えましたね。」


 ルシアンが苦笑した。


「減った試しがありません。」


 クラリスは静かに羽根ペンを走らせる。


 第一次監査報告書。


 補足資料。


 改善提言。


 帝国側回答書。


 まだ終わらない。


 その時。


 コンコン。


 扉が叩かれた。


「失礼いたします。」


 若い近衛兵が一礼する。


「王国より急使が到着しております。」


 クラリスは顔を上げた。


「王国から?」


 封蝋を見る。


 アルベルティーナ公爵家。


 ではない。


 王家の紋章だった。


 ルシアンが驚く。


「父上……いえ、国王陛下からですか。」


 クラリスは静かに封を切る。


 短い文だった。


共同監査委員会の働きを高く評価する。


至急、王都へ戻られたし。


 その下に。


 もう一枚。


 小さな紙。


 そこには見慣れた、少し丸い字。


クラリス様。


お久しぶりです。


少しだけ、困っています。


お時間をいただけますでしょうか。


リリア


 クラリスの表情が少し柔らかくなる。


「聖女様ですか?」


 ルシアンが覗き込む。


「ええ。」


「何かあったのでしょうか。」


 クラリスは便箋を丁寧に畳んだ。


「助けを求める方ではありません。」


「だからこそ。」


「何かあったのでしょう。」


 ◇


 その頃。


 王国・王都。


 大聖堂。


 リリアは一人、祭壇を掃除していた。


 誰もいない朝。


 静かな礼拝堂。


 雑巾を洗い。


 床を磨き。


 長椅子を整える。


「聖女様。」


 若い修道女が駆け寄る。


「そんなことまで、ご自分で……。」


 リリアは笑う。


「床は。」


「誰かが磨かなければ汚れますから。」


「でも。」


「侍女がおります。」


「その方にも。」


「休む日が必要でしょう?」


 修道女は少し照れて笑った。


「ありがとうございます。」


 リリアは何も特別なことはしていない。


 ただ。


 目の前のことを、一つずつ。


 昔の泣き虫だった頃とは違う。


 今は、自分で考え。


 自分で動ける。


 その姿を、祭壇の奥から見つめる者がいた。


 白い法衣。


 銀の司教杖。


 初老の司教。


「……素晴らしい。」


 静かに呟く。


「まさに。」


「我らが求めていた聖女。」


 ◇


 帝都。


 共同監査委員会。


 皇帝アルフォンスも手紙を読んでいた。


「王国へ戻るか。」


「はい。」


 クラリスは一礼する。


「聖女様からの相談もございます。」


 皇帝は穏やかに頷いた。


「行くとよい。」


「共同監査委員会は止めぬ。」


「王国でも。」


「帝国でも。」


「仕事は待ってはくれん。」


 アレクシアが笑う。


「安心しろ。」


「帝国側の帳簿は私が見ておく。」


 クラリスが少し驚く。


「本当に?」


「もちろんだ。」


「……。」


「何だ、その顔は。」


「数字が苦手では?」


「うるさい。」


 部屋に笑いが広がる。


 ルシアンが小さく手を挙げた。


「では。」


「僕も王国へ同行します。」


「聖女様にも会いたいので。」


「却下。」


 アレクシアが即答する。


「帝国側の魔術監査は誰がやる。」


「……。」


 ルシアンは肩を落とした。


「確かに。」


 セバスが静かに荷造りを始める。


「お嬢様。」


「馬車の準備が整いました。」


「ありがとうございます。」


 クラリスは最後に執務室を見回した。


 帳簿。


 地図。


 報告書。


 まだ途中の仕事。


 だが。


 もう焦らない。


 共同監査委員会は、一人ではない。


 仲間がいる。


「では。」


 クラリスは静かに微笑んだ。


「少しだけ。」


「王国へ帰りましょう。」


 その頃。


 王都の大聖堂。


 リリアは窓から青空を見上げていた。


「クラリス様。」


 小さく呟く。


「きっと。」


「笑われてしまいますね。」


 困ったように笑う。


 しかし。


 その笑顔の奥には。


 彼女自身も気付いていない、小さな迷いが生まれ始めていた。


 それは。


 やがて世界を揺るがすほど大きくなるとは、まだ誰も知らない。


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