第47話 燃え残った帳簿は、嘘をつかない
火は、証拠を消す。
だが。
すべてを消せるとは限らない。
村役場へ駆け込むと、地下から黒い煙が立ち上っていた。
「遅かったか!」
アレクシアが駆け下りる。
石造りの地下倉庫。
積み上げられた帳簿へ火が放たれ、炎は天井近くまで伸びている。
「ルシアン!」
「はい!」
銀の杖が青白く輝いた。
「《氷霧展開》!」
一瞬で室内が白い霧に包まれる。
炎は弱まる。
しかし完全には消えない。
「魔法火です!」
「普通の水では消えません!」
クラリスは周囲を見渡した。
燃えている。
だが。
全部ではない。
「セバス。」
「はい。」
「入口付近の棚を。」
「承知しました。」
二人で棚を引き倒す。
火がまだ届いていない一角。
そこへ残された帳簿が十数冊。
クラリスは素早く抱え上げた。
「ヴィクトル様!」
「こちらだ!」
ヴィクトルは燃える棚を剣で押し倒し、避難路を作る。
「アレクシア!」
「任せろ!」
長槍で梁を支え、天井の崩落を防ぐ。
役割が自然と決まる。
誰も指示を待たない。
それぞれが、自分の仕事をしていた。
◇
十分後。
地下室の火はようやく消し止められた。
外では村人たちが不安そうに見守っている。
村長の姿だけが見えない。
「逃げましたね。」
セバスが静かに言う。
「はい。」
クラリスは焼け焦げた机を見つめた。
「ですが。」
「慌てていました。」
「だから。」
抱えてきた帳簿を机へ並べる。
「残しました。」
ルシアンが一冊を開く。
「これは税台帳。」
もう一冊。
「こちらは橋の修繕費。」
三冊目。
「村会計。」
四冊目。
そこで全員の手が止まった。
表紙には。
『寄付金受領簿』
「寄付?」
アレクシアが首を傾げる。
「こんな村に。」
クラリスがページをめくる。
一年前。
二年前。
三年前。
定期的に同じ金額。
同じ印。
送り主は。
《白翼慈善会》
ルシアンが青ざめた。
「また違う名前です。」
「ですが。」
クラリスは静かに言う。
「紋章をご覧ください。」
表紙の隅。
白い翼。
そして。
小さな天秤。
セバスが目を細めた。
「天秤院の関連組織。」
「表向きは慈善団体ですね。」
ページを追う。
孤児院寄付。
橋修繕。
学校建設。
診療所支援。
どれも善意に見える。
「悪いことは書いてありません。」
ルシアンが呟く。
「その通りです。」
クラリスも頷く。
「だからこそ。」
「危険です。」
アレクシアが腕を組む。
「どういう意味だ。」
「お金の流れです。」
クラリスは数字を指差した。
「寄付金は毎月入っています。」
「ですが。」
「工事は一度も終わっていません。」
「橋も。」
「診療所も。」
「学校も。」
「完成予定のままです。」
ヴィクトルが低く呟く。
「終わらせない方が儲かる。」
「はい。」
クラリスは一行を書き留める。
『善意を継続収益化している可能性。』
部屋が静まり返る。
アレクシアが初めて苦い顔をした。
「……胸が悪い。」
「困っている村を助けるふりをして。」
「永遠に困らせ続けるのか。」
クラリスは静かに帳簿を閉じた。
「支援ではありません。」
「依存です。」
◇
その時。
外が騒がしくなった。
「先生!」
「先生が来た!」
白い法衣。
荷車いっぱいの薬草。
村人たちが一斉に頭を下げる。
「助かった……。」
「今月もありがとうございます。」
若い修道士だった。
二十代半ばほど。
優しそうな笑顔。
子どもたちへ薬を配っている。
アレクシアが小声で言う。
「敵には見えん。」
「ええ。」
クラリスも頷く。
「善人でしょう。」
「では。」
「問題は。」
クラリスは法衣の胸元を見る。
そこには。
小さな白い翼。
そして。
天秤。
修道士はクラリスたちへ微笑んだ。
「旅のお方ですね。」
「私は白翼慈善会のアーベルと申します。」
丁寧なお辞儀。
物腰も柔らかい。
「村で火事があったと聞きました。」
「皆さん、お怪我はありませんか。」
クラリスは一礼を返した。
「共同監査委員会のクラリスと申します。」
「そうでしたか。」
アーベルは本当に安心したように笑う。
「監査の方なら安心です。」
「困っている村を。」
「どうか助けてあげてください。」
その笑顔に。
嘘は見えなかった。
クラリスは心の中で一つ書き加える。
『末端構成員は、自分が利用されていることを知らない可能性。』
この組織は。
悪人だけで動いているわけではない。
本当に人を助けたい人たちもいる。
だから。
崩すのは簡単ではない。
クラリスはアーベルへ微笑み返した。
「もちろんです。」
「ですが。」
「その前に。」
帳簿を一冊抱える。
「少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか。」
アーベルは迷いなく頷いた。
「喜んで。」
その笑顔は。
あまりにも真っ直ぐだった。
だからこそ。
クラリスは確信した。
本当の敵は。
まだ一度も姿を見せていない。




