第43話 共同監査委員会、最初の依頼
皇帝との謁見から三日。
帝都には、静かな朝が訪れていた。
迎賓館の応接室では、クラリスたちが帰国の荷をまとめている。
「……お嬢様。」
セバスが封蝋の押された書簡を差し出した。
「陛下よりでございます。」
クラリスが封を切る。
中には、短い一文だけが書かれていた。
本日午前十時、共同監査委員会第一回会議を開く。出席を願う。
その下には、皇帝アルフォンスの署名。
さらに追伸が添えられていた。
追伸 未収金の件、詳しく聞きたい。
クラリスは思わず口元を押さえた。
「……冗談がお好きな方ですね。」
セバスも珍しく笑う。
「親しみやすい名君ほど、国は長続きいたします。」
◇
白金宮・円卓会議室。
玉座の間ではなく、円形の大きな机。
そこには皇帝、老宰相、アレクシア、帝国の財務卿、法務卿、騎士団長。
王国側はクラリス、ヴィクトル、ルシアン、セバス。
「本日は堅苦しい儀礼は抜きだ。」
皇帝が穏やかに言う。
「ここは戦勝会議ではない。」
「未来を作る会議である。」
全員が静かに頷いた。
老宰相が立ち上がる。
「共同監査委員会へ寄せられた、第一号案件をご報告いたします。」
一枚の地図が広げられる。
王国と帝国の国境。
小さな村が赤く印されていた。
「フェルン渡河村。」
「橋が一本しかない交易村です。」
財務卿が続ける。
「ここ半年、関税収入だけが半減しております。」
騎士団長が眉をひそめる。
「盗賊か。」
「その形跡はありません。」
法務卿。
「密輸でしょうか。」
「証拠がございません。」
部屋が静まり返る。
皇帝はクラリスへ視線を向けた。
「どう見る。」
クラリスは地図だけを見つめる。
「帳簿はございますか。」
財務卿が分厚い帳簿を差し出した。
クラリスはページをめくる。
一年分。
二年分。
三年分。
数字を追う。
ふと、指が止まった。
「……面白いですね。」
全員が身を乗り出す。
「何か分かったのか。」
クラリスは首を横に振る。
「まだ仮説です。」
そう前置きしてから続けた。
「関税は減っています。」
「ですが。」
「橋の修繕費は増えています。」
財務卿が帳簿を覗き込む。
「確かに……。」
「毎月のように補修しております。」
クラリスは静かに言う。
「橋は壊れていないのに。」
「修繕だけが増えている。」
アレクシアが腕を組んだ。
「つまり。」
「誰かが金を抜いているのか。」
「可能性の一つです。」
「ですが、それだけではありません。」
クラリスは橋の図面へ目を向ける。
「この橋は一本しかありません。」
「壊れれば交易は止まります。」
「それなのに、補修中でも交易量は落ちていない。」
老宰相が目を見開いた。
「……別の道。」
クラリスは頷く。
「はい。」
「帳簿には存在しない道があるはずです。」
部屋の空気が変わる。
皇帝が静かに笑った。
「まだ現場へ行ってもいない。」
「それで道を見つけるとは。」
クラリスは帳簿を閉じる。
「帳簿は嘘をつきません。」
「ですが。」
「嘘をつく人は、帳簿に必ず跡を残します。」
アレクシアが立ち上がる。
「ならば現地へ行こう。」
「橋も。」
「その見えない道も。」
「私の目で確かめる。」
皇帝は深く頷いた。
「共同監査委員会。」
「初任務を命ずる。」
「フェルン渡河村へ向かえ。」
「王国と帝国。」
「両国の名において、真実を持ち帰れ。」
クラリスは静かに一礼した。
「承りました。」
その声には、もう王国の令嬢だけではない響きがあった。
共同監査委員会は、この日、正式に最初の一歩を踏み出した。




