表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第一章 断罪式のあとで、王宮を精算する
PR
4/22

第3話 聖女様、その涙は経費で落ちません


 王宮の朝は、噂で焼ける。


 太陽より早く目を覚ますのは、厨房の火でも、近衛兵の足音でもない。

 噂だ。


 昨夜、大広間で何があったか。


 王太子レオンハルト殿下が、公爵令嬢クラリスとの婚約破棄を宣言した。

 聖女候補リリア・メルクール嬢こそ、真実の愛だと告げた。

 ところが、断罪されるはずだった悪女は泣き崩れるどころか、請求書を取り出した。


 それも、一枚ではない。


 銀のワゴンに積まれた、十年分の記録。


 王太子の失言。

 外交調整。

 公爵家立替金。

 慈善基金。

 そして、聖女候補リリアに関する支出記録。


 夜会に出席していた者たちは、昨夜のうちに各屋敷へ戻り、それぞれの食卓や寝室や馬車の中で同じことを言った。


「あれは、いったい何だったのだ」


 何だったのか。


 クラリスに言わせれば、ただの精算である。


 翌朝。


 王宮東棟、小会議室。


 クラリスは窓際の席に座り、目の前に置かれた資料の山を整えていた。


 大広間ではない。


 夜会でもない。


 白い壁。

 細長い机。

 人数分の椅子。

 入口に立つ書記官。

 湯気の立たない茶。


 物事を正しく揉めるには、華やかな場所より、こういう部屋の方がいい。


 花がない。

 音楽がない。

 余計な拍手もない。


 つまり、逃げ場が少ない。


「お嬢様、第二資料でございます」


 老執事セバスが、革紐で綴じられた資料束を机に置いた。


 表紙には、整った文字でこう記されている。


『リリア・メルクール嬢関連支出および予定変更記録』


 クラリスは表紙を指先でなぞった。


「ありがとう、セバス」


「いえ。昨晩は、なかなか良い夜でございました」


「そうかしら」


「はい。王宮の空気が久しぶりに換気されておりました」


 クラリスは思わず、少しだけ笑った。


 セバスの言い回しは、時々、刃物を布で包んだようになる。


 部屋の扉が開いた。


 最初に入ってきたのは、王国会計院長だった。


 白髪の老官僚。

 痩せた体に、深緑の官服。

 杖をついているが、目だけは若い剣士のように鋭い。


 その後ろに、若手監査官ユリウス。


 ユリウスは、クラリスと目が合うと、小さく頭を下げた。


「クラリス嬢」


 会計院長は椅子に腰を下ろし、深いため息をついた。


「本日も、開くつもりかね」


「はい」


「昨日だけでも、王宮は十分にざわついている」


「隠していたものが揺れただけでございます」


「君は、本当に公爵令嬢にしておくには惜しい」


「悪女だそうですので」


 クラリスは、静かに微笑んだ。


 会計院長は口元だけで笑った。


 次に入ってきたのは、王妃エレノアだった。


 昨日と同じく、完璧な微笑み。

 深青のドレス。

 首元には王家の宝石。


 その後ろに、王太子レオンハルトと、聖女候補リリアが続く。


 レオンハルトの目元には、眠れなかった跡があった。


 リリアは白いドレスではなく、淡い水色の控えめな服を着ていた。

 昨日より化粧は薄い。

 目元は赤い。


 その姿は、よくできていた。


 やつれて見える。

 傷ついて見える。

 守られるべき少女に見える。


 クラリスは、それを否定しない。


 リリアは、おそらく本当に傷ついている。


 だが。


 傷ついた者が、必ずしも何も傷つけていないとは限らない。


「クラリス」


 王妃が席についた。


「本日の確認は、非公開です」


「承知しております」


「昨日のようなことは困ります」


「昨日のようなことになったのは、殿下が公開の場で婚約破棄を宣言なさったためでございます」


 王妃の扇が、静かに閉じた。


「あなたは変わりましたね」


「いいえ」


 クラリスは答えた。


「変わらなかったため、不要になったのだと思っております」


 王妃は、何も言わなかった。


 その沈黙は、少しだけ重かった。


 やがて、会計院長が杖の先で床を一度叩いた。


「では、始めよう」


 小会議室に、紙の音が立った。


 クラリスは第二資料を開く。


「本日の確認事項は、リリア・メルクール嬢が王宮に滞在されるようになって以降、発生した予定変更、支出、業務負担についてです」


「まるで、私が悪いことをしたみたい……」


 リリアが小さく言った。


 声は震えていた。


 隣のレオンハルトが、すぐに反応する。


「リリア、君は悪くない」


 クラリスは、二人を見た。


「悪いかどうかは、後で確認いたします」


「確認、確認と……君はそれしかないのか」


 レオンハルトが睨む。


「人の心は、確認できるものではない」


「はい」


 クラリスは頷いた。


「ですので、本日は心ではなく、支出を確認します」


 会計院長が、咳払いをした。


 笑いかけたのを誤魔化したようにも見えた。


 クラリスは読み上げる。


「第一項目。リリア・メルクール嬢、王宮滞在初日。殿下のご希望により、東棟客室を急きょ改装。壁布、寝具、香炉、花器を交換。理由は、リリア様が『白いお部屋の方が落ち着く』とおっしゃったため」


「それは……」


 リリアの声が小さくなる。


「私は、そんな大げさなことをお願いしたつもりでは」


「はい」


 クラリスは資料を見たまま言った。


「リリア様ご本人の発言は、『白いお部屋の方が落ち着く』のみと記録されています」


 リリアは、ほっとしたような顔をした。


 だが、クラリスは続けた。


「その発言を受け、殿下が侍従長へ『すぐに整えよ』と命じられました。結果、当日夜までに壁布交換のため職人八名、侍女六名、運搬係四名が追加招集。費用は王宮接遇費から支出」


 リリアの顔が、また曇る。


 レオンハルトが机を叩いた。


「私が命じたのだ。リリアには関係ない」


「では、この項目は殿下負担でよろしいですか」


「なっ」


 クラリスは羽根ペンを持つ。


「王宮接遇費から支出されたものを、殿下個人の指示による私的支出として修正いたします。会計院長、ご確認を」


「待て!」


 レオンハルトが叫んだ。


 会計院長は、無表情のまま顎を撫でる。


「理屈としては、成り立ちますな」


「会計院長!」


「殿下。王宮接遇費とは、国賓や公的来訪者への接遇に用いるものです。聖女候補の滞在環境を整えること自体は公務と見なせますが、壁布の趣味まで公費に含めるかは、少々検討が必要です」


 レオンハルトは言葉を詰まらせた。


 リリアは俯く。


「私……そんなつもりじゃ……」


「リリア様」


 クラリスは、静かに言った。


「お気持ちは分かります。ですが、『そんなつもりじゃない』という言葉では、職人の残業代は消えません」


 小会議室の空気が、少し冷えた。


 クラリスは次の頁をめくる。


「第二項目。慈善礼拝前日。リリア様が『貧しい子どもたちには、もっと可愛らしいお菓子を配れたら素敵ですね』と発言。殿下の指示により、配布予定だった黒パンと干し果物を、砂糖菓子入りの小袋へ変更」


 リリアが顔を上げた。


「それは、子どもたちに喜んでほしくて」


「ええ」


 クラリスは頷く。


「喜んでおりました」


「なら……」


「ただし、当初予定より費用は四倍になりました」


 リリアの唇が止まる。


「加えて、砂糖菓子は保存に向かず、翌日までに一部が湿気を含みました。交換対応のため、菓子職人二名が徹夜。配送馬車を二台追加。なお、当初予定の黒パンと干し果物は、孤児院で三日分の朝食に回る予定でした」


 リリアの顔が、青くなる。


「そんな……私は、知らなくて……」


「はい」


 クラリスは、また頷いた。


「知らなかったのだと思います」


 その声は責めていなかった。


 だからこそ、逃げにくかった。


「ですが、知らないまま善意を口にすると、誰かの食事が消えることがあります」


 リリアの目に涙が浮かんだ。


 レオンハルトがすぐに立ち上がる。


「クラリス! 言いすぎだ!」


「殿下」


 クラリスは、レオンハルトを見た。


「黒パンと干し果物の再手配費用は、どなたがお支払いになりましたか」


「それは……王宮が」


「いいえ」


 クラリスは別紙を出した。


「一時的には、私が立て替えました」


 レオンハルトの表情が凍った。


「なぜ君が」


「当日朝、孤児院側から数量不足の連絡がありました。王宮会計の承認を待っていては配布時刻に間に合わなかったため、アルベルティーナ公爵家の名で手配しました」


「聞いていない」


「申し上げました」


「いつだ」


「当日の午後、殿下はリリア様と庭園で詩集を読んでおられました」


 レオンハルトの顔が赤くなる。


「そのようなことまで……」


「記録しております」


 クラリスは淡々と言った。


「婚約者でしたので」


 その言葉が、また部屋に落ちる。


 何度でも同じ言葉だ。


 けれど、言うたびに意味が少しずつ変わる。


 婚約者でしたので。

 だから支えました。

 だから記録しました。

 だから精算します。


 リリアは、とうとう涙をこぼした。


「私、ただ……みんなが笑ってくれたらいいなって……」


 それは、本心なのだろう。


 クラリスはそう思った。


 リリアは、誰かを苦しめようとしていたわけではない。


 たぶん彼女は、可愛らしい善意の中で生きてきた。

 泣けば誰かが布を差し出し、笑えば誰かが道を開けた。

 願えば誰かが叶えてくれた。


 その願いの裏側に、夜中まで働く人間がいることを知らなかった。


 知らないことは、罪ではない。


 だが、知らないまま力を持つことは、時に罪に似る。


「リリア様」


 クラリスは言った。


「子どもたちを笑顔にしたいと思われたこと自体は、悪ではありません」


 リリアが涙の中で顔を上げる。


「ですが、笑顔にかかる費用を、誰が払うのか。誰が手配するのか。誰の予定が変わるのか。そこまで見なければ、善意はただの注文になります」


「注文……」


「はい」


 クラリスは、資料を閉じずに言った。


「聖女様の涙や願いは、美しいのでしょう。けれど、美しさは経費で落ちません」


 会計院長が、今度こそ小さく咳き込んだ。


 ユリウスは必死に俯いている。


 リリアは、何も言えなかった。


 レオンハルトが歯を食いしばる。


「君は、リリアを侮辱している」


「いいえ」


「では何だ」


「教育しております」


 小会議室が凍った。


 王妃エレノアの目が、わずかに細くなる。


 クラリスは続けた。


「リリア様は聖女候補として、今後も多くの人々の前に立たれるのでしょう。ならば、ご自身の言葉がどれほど人を動かすのか、早めに知るべきです」


「君にその資格があるのか」


「少なくとも」


 クラリスは静かに答えた。


「十年間、殿下のお言葉の後始末をしてきた者として、言葉の費用については多少存じております」


 レオンハルトが黙る。


 王妃も黙る。


 会計院長だけが、深く頷いた。


「続けたまえ」


「はい」


 クラリスは、第三項目へ移った。


「王宮庭園茶会。リリア様が体調不良を訴えたため、殿下は予定されていた東方使節との面会を延期。代替日程調整に伴い、通訳二名、護衛四名、料理人三名、馬車係二名が待機延長」


「リリアは本当に具合が悪かった!」


 レオンハルトが叫ぶ。


「それは否定しておりません」


「ならば仕方ないだろう」


「はい。体調不良は仕方ありません」


 クラリスは、そこで一枚の小さな紙を取り出した。


「ですが、茶会前にリリア様が召し上がった蜂蜜菓子は、本来、東方使節への献上品でした」


 リリアの肩が跳ねた。


「それは……殿下が、食べてもいいと」


「はい。殿下が許可されています」


 クラリスはレオンハルトを見た。


「その結果、献上品が不足し、同等品の再手配が必要になりました」


「菓子ひとつで……」


「外交において、菓子ひとつは菓子ひとつではありません」


 クラリスの声が、少しだけ鋭くなった。


「相手国の紋章を模した特注品です。数が合わなければ、軽視と取られます」


 会計院長が補足する。


「東方は贈答品の数に厳しい。奇数と偶数を間違えるだけで、意味が変わることもある」


 レオンハルトは、また黙った。


 リリアは、膝の上で手を握りしめる。


「私、そんなに……悪いことを……?」


 誰もすぐには答えなかった。


 クラリスは、少し考えた。


 ここで「はい」と言えば簡単だ。


 断罪式を返せる。


 涙で人を動かした聖女候補を、泣いたまま追い詰めることもできる。


 だが、それでは同じになる。


 昨夜、王太子がやろうとした断罪と、何も変わらない。


 クラリスは、リリアを見た。


「リリア様。あなたは、ご自身の言葉が誰かを動かしていることに、無自覚でした」


「……はい」


「それは、悪意より厄介です」


 リリアの涙が止まった。


「悪意のある方は、止めれば済みます。けれど無自覚な方は、自分が何をしているか分からないまま、何度でも人を疲れさせます」


 クラリスは、資料の束に手を置いた。


「本日ここで確認しているのは、あなたを悪女にするためではありません」


「では、何のために……」


「あなたが、次に誰かを疲れさせないためです」


 リリアは、初めてクラリスをまっすぐ見た。


 その顔に浮かんだのは、怯えだけではなかった。


 困惑。

 羞恥。

 そして、ほんの少しの理解。


 レオンハルトは、それが気に入らなかったらしい。


「リリア、聞く必要はない。君は優しい。君はただ、皆の幸せを願っただけだ」


 リリアの目が揺れた。


 クラリスは、レオンハルトを見た。


「殿下」


「何だ」


「そのお言葉が、リリア様から学ぶ機会を奪っています」


「奪っている?」


「はい」


 クラリスは言った。


「『君は悪くない』は、時に優しさではなく、成長の妨害です」


 部屋の空気が、さらに張り詰めた。


 レオンハルトは立ち上がった。


「もういい!」


 椅子が床を擦る音が響く。


「私は、こんな茶番に付き合うつもりはない!」


「では、ご退席の前にこちらへ署名を」


 クラリスは、すっと一枚の書面を差し出した。


 レオンハルトの動きが止まる。


「これは何だ」


「本日の確認を途中退席される旨の記録でございます」


「なぜそんなものが用意されている!」


「殿下は、会議の途中で退席なさることが多いので」


 ユリウスが、ついに小さく肩を震わせた。


 会計院長が杖で床を軽く叩く。


「監査官。笑うなら廊下で笑え」


「申し訳ございません」


 ユリウスは真っ赤になって頭を下げた。


 レオンハルトの顔は、怒りで燃えるようだった。


「私は署名などしない!」


「承知いたしました。署名拒否として記録いたします」


「それも記録するのか!」


「はい」


 クラリスは、まっすぐに言った。


「記録しなかった結果が、昨夜の断罪式です」


 その一言に、レオンハルトは言葉を失った。


 王妃エレノアが、静かに口を開く。


「クラリス」


「はい」


「あなたは、王家を敵に回すつもりですか」


 その声は、柔らかかった。


 柔らかい声ほど、時々、硬い刃を隠している。


 クラリスは姿勢を正した。


「いいえ、王妃陛下」


「では、何を望んでいるのです」


「王家が、王家自身の支出を確認することです」


 王妃の目が、少しだけ冷えた。


「それは、あなたが口を出すことではありません」


「昨日までなら、そうでした」


「昨日まで?」


「はい」


 クラリスは、ゆっくりと言った。


「私は昨日、王太子殿下より婚約破棄を告げられました。つまり、今の私は王家の身内ではございません」


 部屋の空気が変わる。


「ですので、遠慮なく申し上げます」


 クラリスは王妃を見た。


「王宮の会計は、少し緩んでおります」


 誰も動かなかった。


 王妃の表情だけが、ほとんど見えないほどわずかに変わった。


 怒りではない。

 動揺でもない。


 痛いところに、正確に針を置かれた顔だった。


 会計院長が、低く言う。


「……クラリス嬢」


「はい」


「少し、ではない」


 小会議室に、重い沈黙が落ちた。


 王妃が会計院長を見る。


「会計院長」


「王妃陛下。昨夜の資料を一部確認いたしました。クラリス嬢の記録は、非常に正確です」


「あなたまで」


「王家を守るためにも、確認は必要です」


 王妃は黙った。


 レオンハルトは母を見る。

 リリアは膝の上で手を握りしめる。

 ユリウスは息を殺している。


 クラリスは、資料を閉じた。


「本日は、ここまでにいたします」


「また、途中で終えるのか」


 レオンハルトが低く言う。


「はい。すべてを一度に確認しては、リリア様が持ちません」


 リリアが驚いたように顔を上げた。


 クラリスは、彼女を責める目では見なかった。


「リリア様。本日の資料は写しをお渡しします。ご自身で確認なさってください」


「私が……?」


「はい」


「でも、難しくて……」


「分からない箇所には印を。次回、説明いたします」


 リリアは、何か言おうとして、やめた。


 その目に、初めて涙以外のものが浮かんでいた。


 恐れ。

 悔しさ。

 そして、ほんの少しの意地。


「……読みます」


 小さな声だった。


 レオンハルトが驚いた顔をする。


「リリア?」


「私、読みます」


 リリアは、まだ震えていた。


 けれど今度は、自分の足で立とうとしている人間の震えだった。


 クラリスは頷いた。


「結構です」


 レオンハルトは不満げだった。


「リリア、君がそんなことをする必要はない」


 リリアは、殿下を見た。


 それから、ゆっくり視線を落とした。


「でも……私のことで、誰かが困ったなら、知らないままは嫌です」


 その言葉に、クラリスは少しだけリリアを見直した。


 泣く子は、弱いとは限らない。


 泣いたあと、自分の涙の跡を見られるかどうかだ。


 そこに、人の分かれ道がある。


 クラリスはセバスに目配せした。


 セバスが資料の写しをリリアの前に置く。


 リリアは、おそるおそるそれに触れた。


 紙は冷たい。


 だが、冷たい紙は人を責めない。


 ただ、そこにある。


 王宮の美しい言葉より、ずっと誠実に。


「次回は」


 会計院長が言った。


「慈善基金の使途確認ですな」


 リリアの手が止まる。


 王妃の扇も止まる。


 レオンハルトが、また顔を強張らせた。


 クラリスは、静かに微笑んだ。


「はい」


 そして、資料の次の束に触れた。


 表紙には、金の文字でこう記されている。


『王宮慈善基金 支出明細および承認経路』


 小会議室の窓の外で、朝の光が白く差し込んでいた。


 光は美しい。


 だが、光に照らされるものが、すべて美しいとは限らない。


 クラリスは思う。


 聖女の涙は、経費で落ちない。


 けれど、その涙の裏でこぼれた誰かの時間は、必ず記録されるべきだ。


 どの世界でも。

 王宮でも、教室でも。


 黙って損をする者を、もう増やさないために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ