第29話 悪女令嬢は、一人で来いと言われても一人では行かない
一人で来い。
その言葉には、たいてい二つの意味がある。
一つ。
証人を連れてくるな。
二つ。
助けが来ない場所まで歩いてこい。
どちらにしても、従う理由はない。
「つまり、全員で行くのだな」
アレクシアが言った。
時刻は、夜の九時。
帝国中央競技場の地下へ続く管理室。
昼間まで道具倉庫として使われていた部屋には、競技用の槍、折り畳み椅子、魔術演武用の石板が積まれている。
その中央に簡易机を置き、クラリスたちは地下第七導管室の図面を広げていた。
「全員で突入するわけではありません」
クラリスが答える。
「では、私とお前で行く」
「皇女殿下は待機してください」
「なぜだ」
「皇女殿下が正面から現れた時点で、相手が逃げるからです」
「逃げる前に捕まえる」
「地下導管を壊して証拠ごと埋めます」
「壊さん!」
「先ほど、敵を引きずり出すと」
「あれは言葉だ!」
「力の入り方が、言葉だけの方ではありませんでした」
アレクシアの眉間に皺が寄る。
隣でヴィクトルが地図を眺めたまま言った。
「皇女殿下。クラリス嬢の言う通りだ」
「お前まで何だ」
「あなたは隠密行動に向いていない」
「帝国の皇女を何だと思っている」
「目立つ」
アレクシアは言葉を失った。
黒と金の軍装。
腰には魔術剣。
背丈ほどある長槍。
黄金の瞳。
たしかに、地下道へ溶け込む装いではない。
「では、辺境伯はどうなのだ」
「俺も目立つ」
「堂々と言うな」
「だから俺は別の入口を押さえる」
ヴィクトルは地図の東側を指した。
「地下第七導管室には、表向き一つしか入口がない。だが排水経路が西と東に分かれている。人が通れる幅なら、逃走路になる」
「東側は帝国親衛隊に任せる」
アレクシアが即座に言う。
「親衛隊の中に内通者がいた場合は」
クラリスが尋ねる。
「私の親衛隊を疑うのか」
「皇女殿下の印章が使用されました」
アレクシアが黙る。
「疑うことと」
「確認することは別、だろう。もう覚えた」
「ありがとうございます」
「礼を言うな。腹が立つ」
ルシアンは図面の上へ銀杖をかざしていた。
青白い光が細い線となり、地下導管の魔力経路をなぞっていく。
「第七導管室には、まだ弱い魔力反応があります」
「黒陽草ですか」
「それもあります。でも、別の術式が混じっています」
「何の術式でしょう」
「認識阻害です」
ルシアンは、図面の一角を指した。
「この場所。図面では壁ですが、魔力が通っています」
「隠し部屋か」
ヴィクトルが言う。
「可能性があります」
「なら、そこへ相手がいる」
「または、見せたいものだけ置いているか」
クラリスは、招待状を机へ置いた。
『今夜、地下第七導管室へ。
帝国皇女の無実を証明したければ、一人で来い。
帳簿の足りない頁を渡す。』
「文章に違和感があります」
「今度は何だ」
アレクシアが尋ねる。
「皇女殿下の無実を証明したければ、とあります」
「私の無実を証明するために、お前を呼んだのだろう」
「それなら、帳簿の頁は皇女殿下へ渡す方が早い」
室内が静かになる。
「相手の目的は」
ルシアンが聞く。
「頁を渡すことではありません」
クラリスは言った。
「私に、皇女殿下の無実を証明させることです」
「同じでは?」
「違います」
クラリスは黒陽宮の帳簿を開いた。
「皇女殿下の偽造印章が押された支出記録があります。ここへ足りない頁を加えれば、帳簿として一つの物語が完成します」
「どんな物語だ」
アレクシアの声が低くなる。
「現時点では分かりません。ですが、黒陽宮は私が帳簿を読むことを知っている」
「王宮を精算した悪女だからですね」
ルシアンが言う。
「はい」
「つまり、クラリス様の判断を利用して、何かを事実として認めさせたい」
「その可能性があります」
ヴィクトルが腕を組む。
「罠は、殺すためではないのか」
「殺すだけなら、招待状は要りません」
「では何だ」
「署名です」
アレクシアの黄金の目が細くなる。
「お前に、偽の結論へ署名させるつもりか」
「または、署名したように見せる」
クラリスは、招待状の紙を光へ透かした。
「相手は証拠を操ります。皇女殿下の印章を偽造し、支出記録を作り、親善祭の帳簿へ紛れ込ませた」
「次は、お前の筆跡か」
「私の確認印があれば、王国側の調査官が皇女殿下の関与を認めたことになります」
「王国と帝国を揉めさせる気か」
ヴィクトルの声が冷えた。
「その可能性が高いです」
アレクシアが長槍を取った。
「やはり、全員で叩き潰す」
「潰しません」
「言葉だ!」
「言葉でも、ほどほどに」
セバスは皆の会話を聞きながら、黒い外套を一枚ずつ机へ置いていた。
「お嬢様」
「何かしら」
「ご準備が整いました」
用意されたのは、侍女でも貴族でもない、地下整備員の服だった。
灰色の上着。
革手袋。
深く被る帽子。
「こちらを着るのですか」
「目立たない服装でございます」
「皇女殿下の分は」
「ございません」
「なぜだ!」
アレクシアが声を上げた。
「どのような服をお召しになっても、皇女殿下は皇女殿下に見えますので」
「褒めているのか」
「もちろんでございます」
セバスは笑顔だった。
クラリスは灰色の上着へ袖を通す。
黒檀の杖は、整備用の長い工具袋へ隠した。
髪も布で覆う。
「ヨルは」
ルシアンが尋ねる。
ヨルは扉の前に座り、当然のように同行する顔をしている。
「待機です」
ヨルの耳が下がった。
「地下には瘴気があります」
「でも、ヨルなら匂いを追えます」
「だからこそです。先日の戦闘から、まだ完全には回復していません」
ヨルは小さく鼻を鳴らした。
そのままクラリスの裾を前足で押さえる。
「同行許可を求めても、判断は変わりません」
ヨルは裾を離さない。
「ヨル」
離さない。
「……地下入口までです」
ヨルの耳が立った。
セバスが帳面を開く。
「ヨル様、交渉により同行範囲を獲得」
「交渉ではありません」
「結果としては」
「記録しないでください」
「すでに」
地下への階段は、中央競技場の北側にあった。
昼間は観客の歓声と音楽に包まれていた建物も、夜は別の顔を見せる。
石壁に残る灯り。
水滴の音。
足元を走る細い魔力導管。
クラリス、セバス、ルシアンの三人が先行する。
ヴィクトルは東側の排水経路。
アレクシアは親衛隊と共に中央通路の一つ上で待機。
地下第七導管室から異常な魔力が立ち上がれば、すぐに踏み込む手筈だった。
「姉様」
ルシアンが小さく呼んだ。
「公務中です」
「今は、地下整備員ですよ」
「なおさら呼称にご注意ください」
「では、クラリス様」
「何でしょう」
「僕は一人に数えられますか」
「数えられます」
「招待状には、一人で来いと」
「相手の希望です」
「契約ではない?」
「はい」
「やっぱり来てよかったです」
声が少し弾んでいる。
ルシアンは危険な場所でも、クラリスのそばにいることが嬉しいらしい。
その気持ち自体を否定する必要はない。
だが、足元への注意は必要である。
「前を見てください」
「はい」
地下第七導管室の前には、黒い鉄扉があった。
錠は開いている。
扉の下から、かすかに紫色の光が漏れていた。
ヨルが低く唸る。
「ここから先は待機です」
クラリスはヨルの前へ膝をついた。
「異常を感じたら、アレクシア皇女殿下のところへ戻ってください」
ヨルはクラリスを見つめる。
「約束を」
小さな前足が、クラリスの手の甲へ置かれた。
返事のつもりだろう。
「よろしい」
クラリスは立ち上がった。
セバスが鉄扉へ手をかける。
「開けます」
扉の向こうは、広い円形の部屋だった。
中央に石の机。
壁には魔力導管。
天井からは、黒陽草の乾燥束がいくつも吊られている。
石机の上に、一枚の紙。
そして、椅子に座る黒い外套の人物。
顔には白い仮面。
「よく来た」
男とも女とも分からない声だった。
「一人ではないようだが」
「一人で来ることに、同意しておりません」
クラリスが答える。
「招待を理解できなかったか」
「理解した上で、条件を受け入れませんでした」
白い仮面が、わずかに傾く。
「王宮を黙らせた女は、言葉遊びが好きらしい」
「黙らせたのではありません。読ませました」
「噂通りだ」
「足りない頁を」
クラリスは手を差し出した。
「先に話を聞こうとは思わないのか」
「頁を渡すと書いてあります」
「帝国皇女の無実に興味はないのか」
「無実かどうかは、証拠を確認して判断します」
仮面の人物が笑った。
「皇女は無実だ」
「では、なぜ偽造印章を使いましたか」
「帝国を救うためだ」
「説明になっていません」
「アレクシアは強すぎる」
仮面の人物の声から、笑いが消えた。
「国民に愛され、軍に慕われ、皇帝からも信頼されている。あの女が皇位につけば、帝国は変わる」
「よい方向へ、では?」
「強い皇帝は、古い者を切る」
壁の魔力導管が低く鳴った。
「商務官。軍需貴族。薬草研究院。国境商人。何代も帝国を支えてきた者たちを、あの女は腐敗と呼んで排除する」
「実際に腐敗しているのでは?」
ルシアンが言った。
仮面が少年へ向く。
「天才王子。お前には分からない。国は綺麗な帳簿だけでは動かない」
「汚れた帳簿なら、直せばいい」
「子どもの答えだ」
「子どもを危険物として扱わなかった人から教わりました」
ルシアンは銀杖を握る。
「失敗は、記録すれば次の手順になるって」
クラリスは一瞬、彼を見る。
今は感傷に浸る場面ではない。
だが、少しだけ胸が温かくなった。
「足りない頁を」
クラリスはもう一度言った。
「焦るな」
仮面の人物は石机の紙を指した。
「そこにある」
クラリスは近づかない。
「セバス」
「はい」
セバスが細い金属棒を取り出した。
離れた位置から紙の端を引っかけ、ゆっくり手元へ寄せる。
「用心深いな」
「昔からでございます」
セバスが紙を裏返す。
魔術印なし。
針なし。
毒粉なし。
「安全でございます」
クラリスは手袋をつけ、紙を受け取った。
帳簿の四十八頁。
四十七頁に続く皇女府特別支出の内訳。
黒陽草。
魔力導管。
蓄積魔石。
支払承認者。
アレクシア・フォン・グランツ。
その下に、確認者欄がある。
空欄。
「ここへ署名しろ」
仮面の人物が言った。
「何のために」
「その頁が、押収帳簿の一部であると認めるためだ」
「認めません」
即答だった。
「まだ何も確認していない」
「紙質は同じ。通し番号も合う」
「インクの年代、筆跡、断面、頁を切り離した時期を確認していません」
「この場で確認しろ」
「設備が足りません」
「署名すれば、皇女の罪は帳簿に残る」
クラリスは紙を見た。
「先ほど、皇女殿下は無実だと」
「皇女は無実だ。だが、帳簿の上では犯人になる」
「それが目的ですね」
仮面の人物は答えない。
「皇女殿下を失脚させる。王国の調査官である私に、証拠として認めさせる。王国側が帝国皇女の関与を指摘した形にする」
クラリスは紙を石机へ戻した。
「そして、両国の友好を壊す」
「友好など、紙一枚で破れる」
「紙一枚だからこそ、慎重に扱います」
仮面の人物が立ち上がった。
「署名しろ」
「お断りします」
「ならば、お前の署名はこちらで作る」
壁の魔力導管が強く光った。
床へ黒い魔法陣が広がる。
ルシアンが銀杖を突く。
「認識固定術式!」
「何をする術ですか」
「記憶と筆跡を読み取ります!」
「つまり」
「クラリス様の署名を複製する気です!」
魔法陣から黒い鎖が伸びた。
クラリスの腕へ。
その前に、セバスが入る。
銀の短杖が鎖を弾いた。
黒い光が散る。
仮面の人物が、初めて明確に息を呑んだ。
「その構え」
セバスの表情から、微笑みが消えていた。
「まだ生きていたのか」
地下室の空気が変わる。
「《夜帳》の」
仮面の人物が言った。
「帳消しのセバス」
ルシアンがセバスを見る。
クラリスも。
セバスは、ほんの少し首を傾けた。
「懐かしい呼び名でございます」
「王国暗部の後始末役が、なぜ悪女の執事をしている」
「退職いたしましたので」
「人を何人消した」
「数えておりません」
セバスは静かに短杖を構える。
「当時の仕事は、記録を消すことでございました」
白い手袋の下。
古傷のある手。
「ですが現在は」
彼はクラリスの前へ立った。
「お嬢様の記録を、誰にも消させない仕事をしております」
仮面の人物が手を上げる。
天井の黒陽草が一斉に破裂した。
瘴気が降る。
「ルシアン殿下!」
「結界を!」
「はい!」
青白い魔法陣が広がり、瘴気を押し返す。
だが、量が多い。
ルシアンの腕が震える。
「姉様、長くは!」
「公務中です」
「今それを言いますか!」
鉄扉の外で、ヨルが吠えた。
約束を破り、部屋へ飛び込んでくる。
「ヨル!」
黒い子犬の背後に、巨大な影狼が現れた。
瘴気へ噛みつく。
黒紫の煙が一気に薄くなる。
「待機指示は!」
ヨルは聞こえないふりをした。
「あとで記録します!」
クラリスは工具袋から黒檀の杖を抜いた。
仮面の人物が短剣を投げる。
杖で逸らす。
もう一本。
セバスが受ける。
魔法陣の中心へ、クラリスが踏み込んだ。
術式を壊すなら、中心ではない。
力が集まる前。
複数の導線が交わる結び目。
帳簿と同じ。
「ルシアン殿下、右から三本目の導管を凍結!」
「はい!」
「ヨル、左側の瘴気だけを!」
ヨルが吠える。
「セバス、正面をお願いします!」
「お任せください」
仮面の人物が後退する。
その背後。
図面では壁だった場所が、黒く揺れていた。
隠し通路。
「逃げます!」
ルシアンが叫ぶ。
だが、通路の向こうから声が響いた。
「逃がさん」
アレクシアの声。
次の瞬間。
隠し壁が、外側から吹き飛んだ。
石片が地下室へ散る。
深紅の長槍を持った皇女が、煙の中から現れた。
後ろにはヴィクトルと帝国兵。
「皇女殿下」
クラリスが言った。
「壁は証拠の一部です」
「壊すなとは聞いていない!」
「地下施設を壊さないようにと」
「入口だけだ!」
「後ほど修繕費を計上します」
「今する話か!」
仮面の人物が別の通路へ走ろうとする。
ヴィクトルがその先を塞ぐ。
「残念だったな」
剣を抜く。
「逃げ道は兵を置く場所でもある」
仮面の人物が止まった。
前にはセバス。
右にクラリス。
左にルシアンとヨル。
後ろにはアレクシアとヴィクトル。
「終わりだ」
アレクシアが長槍を向ける。
仮面の人物は、ゆっくり笑った。
「終わり?」
白い仮面の奥。
目だけが細くなる。
「黒陽宮には、皇女府にも」
床の魔法陣が、再び光った。
「王宮にも」
帝国皇城の方角を示す紋章。
その隣に、王国王家の紋章。
「すでに根がある」
仮面の人物が自分の胸へ手を置いた。
セバスの顔が変わる。
「自壊術式です!」
クラリスは叫んだ。
「生かして確保を!」
「分かっている!」
アレクシアが槍を投げた。
仮面の人物の胸ではなく。
足元の魔法陣へ。
深紅の穂先が床を貫く。
魔力の流れが止まる。
同時にルシアンの氷が胸元の術式を封じた。
ヴィクトルが腕を取り。
セバスが首筋へ短杖を当てる。
仮面の人物の体から、力が抜けた。
倒れる前に、帝国兵が受け止める。
「生きているか」
アレクシアが尋ねる。
セバスが脈を確認する。
「はい」
「よし」
クラリスは石机へ向かった。
足りない頁。
そして、仮面の人物が持っていた小さな革袋。
中には、複数の偽造印章。
アレクシア皇女。
帝国商務庁。
王宮薬草局。
王妃慈善委員会。
さらに。
クラリス・フォン・アルベルティーナ。
まだ作りかけの確認印。
「私の印まで」
「今夜、完成させる予定だったのでしょう」
クラリスは偽造印章を布へ包む。
「押収時刻を」
アレクシアが呆れた顔をする。
「今すぐか」
「今すぐです」
ルシアンが懐中時計を見る。
「午後十時十八分」
「押収場所」
「地下第七導管室、認識阻害壁奥の隠し区画」
「押収者」
全員が一瞬、顔を見合わせた。
「共同でよいのでは?」
ルシアンが言う。
「押収に直接関与した者を」
アレクシアが槍を抜きながら言った。
「私だ」
「触れる前に、セバスが袋を確認しました」
「ではセバスだ」
「私は皇女殿下の指示に従った形でございます」
「なら私でよいだろう!」
「ヴィクトル様が先に逃走路を封鎖しています」
「面倒だな!」
クラリスは羽根ペンを取った。
「共同押収。立会人全員を記録します」
「最初からそうしろ!」
「確認が必要でした」
アレクシアは、深く息を吐いた。
それから、石机の上にある足りない頁を見た。
「これで、私の無実は証明できるか」
「いいえ」
クラリスは答えた。
「まだなのか」
「この頁が本物か確認していません」
「だが、偽造印章が」
「偽造印章の存在は、皇女殿下の印を偽造できたことを示します。実際にどの記録へ使われたかは、個別に照合が必要です」
「では」
「無実を証明するのではなく、事実を確認します」
アレクシアは少し黙った。
やがて、短く笑った。
「やはり、お前は正確すぎる」
「ありがとうございます」
「褒めている」
「承知しています」
地下室の隅で、ヨルが大きなくしゃみをした。
瘴気を喰いすぎたらしい。
クラリスはすぐにヨルを抱き上げる。
「薬湯です」
ヨルの耳が下がる。
「待機指示違反も記録します」
さらに下がる。
「ただし」
クラリスは黒い頭を一度撫でた。
「救援功績あり」
ヨルの尻尾が、腕の中で小さく動いた。
セバスが帳面へ記す。
ヨル様。
待機指示違反。
ただし、救援功績あり。
処遇。
薬湯。
「それは処遇なのですか」
ルシアンが尋ねる。
「治療です」
「ヨルは納得していません」
「記録と本人の納得は別です」
アレクシアが大きく笑った。
その声が、暗い地下室へ響いた。
罠は失敗した。
足りない頁は回収した。
偽造印章も押収した。
黒陽宮の構成員を一人、生きたまま確保した。
だが。
最後に残した言葉がある。
皇女府にも。
王宮にも。
すでに根がある。
クラリスは、押収品の一覧を作りながら考える。
根は、見えない場所で伸びる。
だから、地上だけを見ても分からない。
水路も。
薬草も。
帳簿も。
人の欲も。
帝国の地下で見つかった根は、国境の向こうへ続いている。
次に開くべき帳簿は。
帝国皇女のものだけではない。
王国の王宮にも、まだ閉じたままの帳簿がある。




