第25話 悪女令嬢へ、一通の招待状
報告書には、不思議な力がある。
人を怒らせることもある。
安心させることもある。
そして、ときどき国を動かす。
クラリスがまとめた中間報告書は、全部で三冊になった。
一冊目は、ローゼン商会の裏帳簿。
二冊目は、薬草畑と瘴気発生の経緯。
三冊目は、戦闘記録。
負傷者数。
被害額。
水路復旧計画。
再発防止案。
最後のページには、一行だけ書かれていた。
『原因を除去しない限り、同様の事象は再発する可能性があります。』
王宮へ送るには十分だった。
ヴィクトルが報告書を閉じる。
「読みやすいな」
「ありがとうございます」
「怖いくらいにな」
「それは褒め言葉でしょうか」
「半分はな」
二人が話している横で、ルシアンは黒い結晶を見つめていた。
結晶はほとんど力を失っている。
だが中心には、まだ《黒陽宮》の紋章が残っていた。
「殿下。」
クラリスが声を掛ける。
「何か分かりましたか。」
「一つだけ。」
ルシアンは静かに答えた。
「この術式。」
「帝国でも、作れる人は数人しかいません。」
「つまり。」
「かなり上位の術者です。」
ヴィクトルが腕を組む。
「国境商人が扱える代物じゃないな。」
「はい。」
「誰かが後ろにいます。」
その一言で、部屋が静かになる。
ローゼン商会。
黒陽宮。
帝国式禁術。
すべてが一本の線でつながり始めていた。
そこへ。
廊下を走る音がした。
「辺境伯様!」
伝令兵だった。
「王都より急使です!」
封蝋には王家の紋章。
ヴィクトルが封を切る。
読み進めるにつれ、その表情が変わっていく。
「どうされました。」
クラリスが尋ねる。
「王妃陛下からだ。」
ヴィクトルは一枚の羊皮紙を差し出した。
クラリスは目を通す。
『調査報告を確認した。
帝国政府より、親善交流会開催の打診が届いている。
予定通り開催する。
貴殿にも同行を願いたい。』
親善交流会。
予定されていた行事だった。
スポーツ。
魔術。
学術。
文化。
両国の若者が交流する祭典。
本来なら平和の象徴。
だが今は違う。
黒陽宮。
帝国資金。
ローゼン商会。
すべてを知った今では。
同じ景色が違って見える。
「断りますか。」
ヴィクトルが聞いた。
クラリスは首を横へ振った。
「行きます。」
「危険だぞ。」
「だからです。」
帳簿は、現場で読むもの。
報告書だけでは足りない。
帝国を見るなら。
帝国へ行くしかない。
ルシアンも小さく頷いた。
「僕も同行します。」
「王宮の許可は。」
「もう出ています。」
羊皮紙には続きがあった。
『王宮代表
ルシアン・レーヴェン王子。
王国代表補佐
クラリス・フォン・アルベルティーナ。
辺境代表
ヴィクトル・グランベル辺境伯。』
そこまで読んで。
クラリスの視線が止まる。
最後の一文。
『帝国皇女アレクシア・フォン・グランツも出席予定。』
ルシアンが苦笑した。
「会いますね。」
「そうですね。」
「かなり強いですよ。」
「武術がですか。」
「全部です。」
文武。
魔術。
政治。
学問。
外交。
「しかも。」
ルシアンは少し笑う。
「負けず嫌いです。」
「困りました。」
「姉様も。」
「負けず嫌いですよね。」
クラリスは少し考えた。
「いいえ。」
「私は。」
「正確でありたいだけです。」
ヴィクトルが笑う。
「それが一番厄介なんだ。」
その頃。
帝国皇城では。
アレクシア皇女も同じ招待状を受け取っていた。
側近が言う。
「王国側代表は、辺境伯ヴィクトル。」
「ほう。」
「ルシアン王子。」
「久しぶりだな。」
「そして。」
側近が少し間を置く。
「クラリス・フォン・アルベルティーナ。」
アレクシアは静かに微笑んだ。
「ようやく会える。」
その笑みは敵意ではない。
期待だった。
「帳簿で国を動かす悪女。」
「面白い。」
彼女は長杖を手に取る。
「なら私は。」
「正面から勝とう。」
帝国最強の皇女。
王国一の実務家。
二人はまだ会っていない。
それでも。
互いの名前だけは、もう知っていた。
国境の向こう。
新しい物語が、静かに始まろうとしていた。




