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悪女令嬢は、断罪式のあとで領収書を切る  作者: 海空
第五章 聖女様は、正しすぎる
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第94話 聖女様は、自分の名前を一度だけ貸す

「戻します」


 リリアは給食表を机に置いた。


 向かいに座る町長が、目を丸くした。


「何を、でしょうか」


「野菜です」


「……野菜」


「はい」


 町立学校三校。


 児童四百八十七人。


 その給食から減った、野菜。


 正確には豆、葉物、根菜、それから週一回の果物。


「以前の献立に戻してください」


 町長が困った顔をする。


「しかし、最高導師猊下」


「はい」


「以前の献立は、猊下の生命尊重理念を理由に導入されたものです」


「知っています」


「そして猊下ご自身が、そのような権威の使い方をやめるように、と」


「言いました」


「では……」


「だから今日は」


 リリアは一度、息を吸った。


「私が言います」


 ◇


 部屋の隅で、ルーメンが顔を上げた。


 リリアは続ける。


「最高導師として、給食の栄養基準を一時的に戻すよう要請します」


「要請?」


「命令ではありません」


「しかし、最高導師から要請されれば」


「断れます」


「……実際に?」


「はい」


 町長が黙った。


 リリアも黙った。


 二人とも分かっている。


 断れる。


 法律上は。


 でも、最高導師本人が目の前まで来て「お願いします」と言っている。


 それを普通のお願いと呼んでいいのか。


「断った場合」


 リリアが先に言った。


「理由は求めません」


「はい」


「補助金にも、人事にも、今後の監査にも影響させません」


「はい」


「それを文書にします」


「そこまで?」


「そこまでです」


 ◇


 町長は給食担当者を見る。


 担当者は学校医を見る。


 学校医は栄養士を見る。


 最後。


 栄養士。


 四十代。


 女性。


 口を開いた。


「私は、戻した方がいいと思います」


「理由は?」


 リリアが聞く。


「十二人だけではありません」


 資料。


 出す。


「明確な欠乏までは出ていませんが、家庭の所得が低い層ほど、給食変更後に栄養状態が悪化する傾向があります」


「どのくらい?」


「まだ三か月です。断定できません」


「それでも?」


「はい」


 栄養士は言った。


「学校給食が、一日の中で一番まともな食事という子はいます」


 ◇


 リリア。


 知っている。


 頭では。


 でも。


 言葉。


 聞く。


 違う。


「では」


 町長。


 言う。


「戻しましょう」


 早い。


 あまりに。


 早い。


「待ってください」


「はい?」


「今、何で決めました?」


 町長が固まった。


「栄養士の説明と」


「はい」


「医師の資料と」


「はい」


「最高導師猊下の要請を」


「割合で言うと?」


「割合?」


「三つのうち、どれが一番大きかったです?」


「……」


 町長。


 目。


 逸らす。


「正直に」


「猊下です」


 ◇


 やっぱり。


 リリア。


 胸。


 少し。


 痛い。


 でも。


 同時。


 別の感情。


 あった。


 戻る。


 これで。


 給食。


 戻る。


 子ども。


 食べる。


 救える。


「……分かりました」


 ◇


 帰り。


 馬車。


 ルーメン。


 黙る。


 リリア。


 窓。


 見る。


「何か言ってください」


「何を?」


「その沈黙、嫌です」


「成功したと思います」


「ですよね」


「栄養状態の改善という目的なら」


「ですよね」


「はい」


 リリアは膝の上で指を組んだ。


「じゃあ、いいじゃないですか」


「私は何も言ってません」


「だから嫌なんです」


 ◇


 二週間後。


 給食。


 戻る。


 少女。


 食べる。


 豆。


 嫌い。


 人参。


 普通。


 ほうれん草。


 かなり。


 嫌い。


「残しちゃ駄目?」


「少しならいいよ」


 教師。


 言う。


 少女。


 豆。


 食べる。


 肉。


 食べる。


 パン。


 食べる。


 最後。


 ほうれん草。


 見る。


「……」


 隣。


 男の子。


「いらないならくれ」


「だめ」


「嫌いなんだろ」


「嫌いだけど食べる」


「なんで?」


「聖女様が食べろって」


 ◇


 教師。


 止まる。


「聖女様は、そんなこと言ってないよ」


「でも給食、聖女様が戻したんでしょ?」


「それは……」


「じゃあ食べた方がいいじゃん」


 少女。


 鼻。


 つまむ。


 食べる。


「まずい」


 ◇


 報告。


 リリア。


 届く。


「……」


 ルーメン。


 読む。


「かわいい話では?」


「かわいいですけど」


「はい」


「これです」


「何が?」


「こうやって始まるんです」


 ◇


 リリアは少女へ手紙を書いた。


 短い。


 《ほうれん草が嫌いでも大丈夫です。》


 《食べられるものの中で、いろいろ食べてください。》


 最後。


 迷って。


 《私も苦手な食べ物があります。》


 そこまで書く。


 ルーメン。


「何です?」


「言いません」


「国民のために」


「嫌です」


「最高導師の透明性」


「そこまで監査しなくていいです!」


 ◇


 給食。


 改善。


 した。


 一か月。


 二か月。


 数値。


 戻る。


 医師。


 報告。


「良好です」


「十二人は?」


「全員、改善傾向」


「少女は?」


「問題ありません」


 リリア。


 笑う。


「よかった」


 心から。


 ◇


 その日の夕方。


 別。


 報告。


 来る。


 南部。


 リオル市。


 無料診療所。


 予算。


 不足。


 閉鎖。


 予定。


 対象。


 貧困。


 労働者。


 移民。


 老人。


 年間。


 一万二千件。


 診療。


「理由は?」


「市議会が、新しい中央広場の整備を優先しました」


「診療所より?」


「広場も老朽化しております」


「なるほど」


 ◇


 資料。


 読む。


 広場。


 必要。


 避難場所。


 市場。


 祭り。


 市民。


 使う。


 診療所。


 必要。


 病気。


 怪我。


 薬。


 貧しい人。


 使う。


 予算。


 両方。


 できない。


「市が決めることですね」


「はい」


 ルーメン。


 答える。


 リリア。


 次。


 ページ。


 めくる。


 無料診療所。


 閉鎖。


 場合。


 推計。


 慢性疾患。


 治療。


 中断。


 二百八十。


 から。


 三百四十人。


 ◇


 指。


 止まる。


「……」


「リリア様」


「分かってます」


 市。


 決める。


 こと。


 最高導師。


 介入。


 しない。


 それが。


 地方。


 自治。


 ◇


 翌日。


 リリア。


 リオル市。


 行かない。


 代わり。


 書簡。


 送る。


 《無料診療所の閉鎖について、再検討を要請します。》


 ◇


 三日後。


 市議会。


 再審議。


 診療所。


 存続。


 決定。


 広場。


 改修。


 二年。


 延期。


 ◇


 早い。


 また。


 早い。


「……」


 リリア。


 決定。


 見る。


「私、行ってないですよね」


「はい」


「手紙一枚ですよね」


「はい」


「こんなに?」


「はい」


 ◇


 市議会。


 議事録。


 読む。


 議員。


 発言。


 《最高導師猊下が再検討を求めている以上、閉鎖は困難である。》


 別。


 議員。


 《猊下の意向に反してまで広場を優先する理由を、市民へ説明できない。》


 別。


 《生命を優先するのは当然である。》


 リリア。


 机。


 離れる。


「当然」


 ◇


「広場」


 リリア。


 言う。


「いらなかったの?」


「必要です」


「じゃあ」


「優先順位です」


「誰が決めた?」


「市議会です」


「違う」


 リリア。


 議事録。


 指す。


「私です」


 ◇


 直接。


 命令。


 していない。


 でも。


 実質。


 決めた。


「私」


 リリア。


 小さく。


 言う。


「これ、便利すぎる」


 ◇


 名前。


 貸す。


 救える。


 給食。


 戻る。


 診療所。


 残る。


 たった。


 手紙。


 一枚。


 軍。


 いらない。


 税。


 上げない。


 魔法。


 使わない。


 会議。


 何十回。


 しない。


 人。


 救える。


 ◇


 慈光環。


 必要。


 ない。


 自分。


 名前。


 もう。


 聖具。


 みたい。


 なっている。


 ◇


「次から」


 リリア。


 言う。


「要請書に、欄を作ります」


「何の?」


「《最高導師の要請がなくても、同じ判断をしたか》」


 ルーメン。


 少し。


 考える。


「回答者が正直に書くでしょうか」


「……」


「また難しい顔」


「じゃあ」


 考える。


「要請を出す前に、現地の資料だけで再審議してもらう」


「それでも決まらなければ?」


「その時」


 リリア。


 止まる。


「私の意見を出す」


 ◇


 順番。


 変える。


 まず。


 現場。


 考える。


 次。


 専門家。


 見る。


 その後。


 必要。


 なら。


 最高導師。


 意見。


 言う。


「これなら」


「完璧?」


 ルーメン。


 聞く。


 リリア。


 笑う。


「その言葉、最近嫌いです」


「良い傾向です」


 ◇


 そして。


 問題。


 来る。


 北東部。


 ベネト村。


 子ども。


 七十三人。


 予防接種。


 接種率。


 四十二パーセント。


 周辺。


 感染症。


 発生。


 まだ。


 村。


 入っていない。


 ◇


 以前。


 リリア。


 なら。


 説明。


 する。


 拒否。


 権利。


 守る。


 アクセス。


 改善。


 する。


 実際。


 ミレア。


 そうした。


 ◇


 今回。


 時間。


 ない。


 隣村。


 患者。


 十九人。


 うち。


 子ども。


 十一。


 重症。


 二。


「ワクチンは?」


「有効です」


「副反応」


「軽度が大半。重篤例は非常に稀です」


「接種できない子」


「四人」


「その子たちは?」


「周囲の接種率が上がれば、感染リスクが下がります」


 ◇


 リリア。


 資料。


 見る。


 頭。


 中。


 声。


 する。


 慈光環。


 では。


 ない。


 自分。


 声。


 救える。


 ◇


「説明会を」


「明日、実施予定です」


「医師は?」


「三名」


「質問は全部受ける」


「はい」


「接種しない場合の不利益はなし」


「はい」


「拒否理由も求めない」


「はい」


 以前。


 同じ。


 ◇


 三日後。


 接種率。


 五十八。


「……」


 低い。


 ◇


 一週間。


 六十一。


 隣町。


 患者。


 三十八。


 ◇


 二週間。


 六十三。


 ベネト村。


 最初。


 患者。


 出る。


 九歳。


 少年。


 ◇


 リリア。


 報告。


 読む。


 手。


 冷たい。


「重症?」


「今のところは」


「家族は?」


「未接種です」


「学校?」


「接触者を確認中」


 ◇


 会議。


 始まる。


 医師。


 提案。


「学校への登校について、未接種児童は一時的に制限すべきです」


 教育。


 担当。


「実質的な接種強制になります」


「感染拡大すれば、接種できない児童も危険です」


「オンライン授業などありません」


「教材配布を」


「家庭環境によって学習格差が」


 ◇


 全員。


 正しい。


 また。


 これ。


 ◇


 リリア。


 聞く。


「未接種児童全員が感染源?」


「いいえ」


「接種済みなら感染しない?」


「いいえ」


「では」


「確率です」


 医師。


 言う。


「危険を下げます」


 ◇


「何パーセントまで上がれば?」


「八十五あれば、かなり」


「九十?」


「より安全です」


「百?」


「医学的に接種できない者がいるので不可能です」


 ◇


 リリア。


 思う。


 八十五。


 あと。


 二十二。


 パーセント。


 最高導師。


 自分。


 行く。


 説明。


 する。


 名前。


 使う。


 きっと。


 上がる。


 九十。


 行く。


 かもしれない。


 子ども。


 救える。


 ◇


「行きます」


 ルーメン。


 見る。


「ベネトへ?」


「はい」


 ◇


 村。


 集会所。


 人。


 いっぱい。


 リリア。


 前。


 立つ。


 ざわめき。


 止まる。


 それだけ。


 もう。


 圧力。


 ◇


「今日は」


 リリア。


 言う。


「接種してください、とお願いに来ました」


 ◇


 静か。


 以前。


 なら。


 言わなかった。


 情報。


 伝える。


 選択。


 尊重。


 それで。


 終わった。


 今日は。


 違う。


「接種には副反応があります」


「絶対に安全ではありません」


「接種しても感染することはあります」


「それでも」


 一度。


 止まる。


「今の状況では、私は接種した方がいいと思います」


 ◇


 真正面。


 言う。


「でも」


 続ける。


「私が言ったから、ではなく」


 そこ。


 自分。


 でも。


 苦い。


「医師の説明を聞いて、決めてください」


 ◇


 質問。


 来る。


 母。


「聖女様のお子さんなら、打たせますか?」


 リリア。


 子。


 いない。


「同じ条件なら」


 答える。


「私は、打たせると思います」


 ◇


 空気。


 動く。


 分かる。


 目。


 変わる。


 聖女様が言った。


 ◇


 翌日。


 接種率。


 七十九。


 三日後。


 八十八。


 ◇


 感染。


 広がる。


 それでも。


 重症。


 抑える。


 接種。


 できない。


 四人。


 感染。


 しない。


 少年。


 回復。


 死者。


 ゼロ。


 ◇


 村長。


 泣く。


「ありがとうございました」


 母親。


 泣く。


「来てくださって」


 医師。


「間に合いました」


 ◇


 リリア。


 嬉しい。


 ものすごく。


 嬉しい。


 胸。


 熱い。


 救えた。


 ◇


 そして。


 それが。


 怖い。


 ◇


 帰り。


 馬車。


 リリア。


 窓。


 開ける。


 冷たい。


 風。


 入る。


「ルーメン」


「はい」


「私」


「はい」


「今日」


 言葉。


 探す。


「名前、使いました」


「はい」


「効きました」


「はい」


「人が救われました」


「はい」


「……じゃあ」


 ◇


 言えない。


 でも。


 もう。


 問い。


 形。


 ある。


 使える力を、使わない方が正しいのか。


 ◇


「リリア様」


 ルーメン。


 呼ぶ。


「はい」


「今日、村で一人、接種しなかった方がいます」


「え?」


「最終的に九人です」


「……」


「そのうち一人から、手紙を預かっています」


 ◇


 リリア。


 受け取る。


 封。


 普通。


 紙。


 開く。


 女性。


 三十二歳。


 母。


 書く。


 ◇


 《最高導師様。》


 《私は最後まで接種しませんでした。》


 《あなたの説明は分かりました。医師の話も分かりました。》


 《それでも怖かったからです。》


 次。


 《でも、あなたが村に来た日から、怖いと言えなくなりました。》


 ◇


 リリア。


 指。


 止まる。


 ◇


 《みんなが、“聖女様まで来てくださったのに”と言いました。》


 《誰も私を脅してはいません。》


 《誰も罰していません。》


 《でも、私は三日間、村で買い物に行けませんでした。》


 ◇


 次。


 《接種した人が間違っているとは思いません。》


 《私が正しいとも思いません。》


 《ただ、聖女様が来る前より、断るのがずっと難しくなりました。》


 ◇


 最後。


 《それだけ知っていてほしいです。》


 ◇


 馬車。


 揺れる。


 リリア。


 何も。


 言わない。


 ◇


「ルーメン」


「はい」


「この人」


「はい」


「怒ってる?」


「分かりません」


「私、謝った方が」


「それも、リリア様が決めることです」


 ◇


 リリア。


 もう一度。


 読む。


 怒り。


 ではない。


 責めても。


 いない。


 ただ。


 記録。


 している。


 断りにくくなった。


 ◇


 帰る。


 夜。


 ノート。


 開く。


 左。


 ページ。


 書く。


 《接種率 六十三% → 八十八%》


 《重症化抑制》


 《死者 ゼロ》


 《接種不能者への感染 ゼロ》


 右。


 ページ。


 書く。


 《「怖い」と言いにくくなった人 一人》


 止まる。


 違う。


 消す。


 書き直す。


 《確認できた人 一人》


 ◇


 他。


 いる。


 かもしれない。


 数えられない。


 ◇


 ノート。


 閉じない。


 真ん中。


 大きく。


 書く。


 《救えた人数だけで、自分を正しいと思わない。》


 以前。


 自分。


 書いた。


 言葉。


 戻る。


 ◇


「……危なかった」


 小さく。


 言う。


 でも。


 次。


 思う。


 本当に?


 ◇


 死者。


 ゼロ。


 もし。


 自分。


 行かなかった。


 死者。


 出た。


 かもしれない。


 なら。


 断りにくく。


 した。


 こと。


 と。


 命。


 救った。


 こと。


 どう。


 比べる。


 ◇


 比べて。


 いいのか。


 ◇


 答え。


 出ない。


 その時。


 机。


 端。


 手紙。


 ある。


 クラリス。


 から。


 数日前。


 届いた。


 まだ。


 返事。


 書いていない。


 ◇


 リリア。


 紙。


 出す。


 書き始める。


 《クラリス様。》


 止まる。


 いつも。


 なら。


 相談。


 する。


 どう。


 思いますか。


 私は。


 間違っていますか。


 書く。


 でも。


 今日は。


 やめる。


 ◇


 代わり。


 こう。


 書く。


 《最近、少し難しいことを考えています。》


 《でも、もう少し自分で考えてみます。》


 《答えが出たら、聞いてください。》


 ◇


 封。


 する。


 その時。


 リリアはまだ。


 知らない。


 これは。


 クラリスから。


 離れた。


 のではない。


 自分。


 立つ。


 ため。


 必要。


 距離。


 だった。


 ◇


 ただ。


 同時に。


 これまで。


 迷う。


 たび。


 クラリスへ。


 向いていた。


 問い。


 初めて。


 自分。


 中。


 残った。


 ◇


 そして。


 その問いに。


 答える。


 材料。


 一つ。


 増える。


 翌朝。


 報告。


 届く。


 ベネト村。


 近隣。


 六つ。


 村。


 予防接種率。


 急上昇。


 最高。


 九十五。


「私、行ってませんよね?」


「はい」


「説明会は?」


「各村で実施しました」


「なぜ?」


 担当官。


 少し。


 嬉しそう。


 答える。


「ベネト村での猊下のお言葉が広まったためです」


 ◇


 文書。


 見る。


 そこ。


 書いてある。


 《最高導師猊下は、自らの子であれば接種させると明言された。》


 ◇


 リリア。


 顔。


 上げる。


「私」


「はい」


「子どもいませんよ?」


「仮定のお話です」


「そこだけ切り取られてる!」


 ◇


 さらに。


 次。


 報告。


 別。


 地方。


 学校。


 《最高導師の予防接種推奨を受け、未接種児童の行事参加について再検討》


「待って」


 次。


 《保護者説明会において、聖女様のご意思を尊重するよう――》


「待ってください」


 次。


 《接種を拒否する家庭に対し、個別説得を――》


「止めて」


 ◇


 リリア。


 立つ。


「全部、止めてください」


「しかし」


「私はそんなこと言ってない!」


 声。


 強く。


 なる。


 部屋。


 静まる。


 ◇


 リリア。


 自分。


 声。


 聞く。


 怒った。


 珍しく。


 ◇


「推奨と」


 息。


 整える。


「強制は違います」


「はい」


「説得と圧力も違う」


「はい」


「私が接種すると思うことと」


 文書。


 持つ。


「この家庭も接種すべきだ、は違います」


 ◇


 すぐ。


 通知。


 出す。


 でも。


 書きながら。


 リリア。


 分かる。


 また。


 同じ。


 こと。


 なる。


 《聖女様は強制を禁じた》


 それも。


 新しい。


 正しさ。


 なる。


 ◇


 ペン。


 止まる。


「どう書けばいいの」


 初めて。


 弱い。


 声。


 出る。


 ルーメン。


 答えない。


 ◇


 窓。


 外。


 街。


 朝。


 人。


 歩く。


 パン。


 買う。


 子。


 学校。


 行く。


 馬車。


 走る。


 誰も。


 悪くない。


 みんな。


 少しでも。


 良く。


 したい。


 ◇


 だから。


 広がる。


 ◇


 慈光環。


 地下。


 眠る。


 静か。


 何も。


 していない。


 少なくとも。


 今は。


 ◇


 けれど。


 最高導師リリア・セレスティア。


 その名前は。


 もう。


 彼女の手元だけにはなかった。


 善意。


 期待。


 不安。


 責任回避。


 尊敬。


 救われた。


 記憶。


 全部。


 少しずつ。


 混ざって。


 人から。


 人へ。


 渡る。


 ◇


 命令書。


 ない。


 署名。


 ない。


 印章。


 ない。


 それでも。


 世界。


 動く。


 ◇


 リリアはようやく。


 気づき始めていた。


 権力とは、命令できる力だけではない。


 人が。


 自分から。


 「あの人なら、きっとこう望む」


 と考え始めた時。


 命令する必要すら。


 なくなる。


 ◇


 そして。


 それは。


 恐ろしい。


 はず。


 なのに。


 同じ夜。


 リリアは。


 ベネト村。


 報告書。


 もう一度。


 読む。


 死者。


 ゼロ。


 その文字を見た時だけ。


 どうしても。


 胸の奥で。


 小さく。


 思ってしまった。


 ――それでも、救えた。

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