第5章 まっすぐな視線
ハリーがきてからというもの、僕のペースは完全に乱れた。
なので関わらないようにしたい…のに。
「昼メシ行こうぜ」とか、向こうからやたらと話しかけてくる。
無視なんてしたら部屋まで押しかけてくる。
適当に相手をしようとすると、ムスッと機嫌を損ねてしまう。
まったく……子供かっ…!
だいたい、依頼はどうなったんだ?
そう聞いてみても「時が来るまで待ってるんだ」とか言って話を逸らされる。
初日は、確かに時間がかかりそうなことを怒っていたけれど……
お喋りな割には、そういうところは変にプロ意識があるようで簡単には口を割らないようだ。
その日は昼間、ハリーが珍しく昼メシを誘ってこなかった。
ハリーも基本的にはロッセーリ翁に雑用を頼まれてそれをこなしているだけだ。
納屋の扉を直すのを頼まれて、ぶつくさ文句を言いながら朝からずっと修理していた。
僕が昼飯を食べ終わって階下に下りていくと、納屋ではハリーがまだ何やらやっていた。
気になって覗き込むと、板の長さが合わないとかでイライラしているようだ。
「クソッタレめ!」
激しく言い放ったかと思うと、ハリーが急にこっちを振り向いた。
ジロリと睨まれ、僕は息を呑む。
…僕の気配を感じたのか?
「あ?何だよ」
「いや…まだ終わらないのかなって」
「終わんねーよ!畜生、腹減った~!」
彼はそう言って伸びをした。
昼飯は、と聞くと、既に食べたという。
「育ち盛りなもんで、あんなんじゃ足りねーの。おい、外行こうぜ。メシの追加と、合う板を買ってこねえとダメだ」
「え、ええっ?」
どうして一緒に行くことになるんだ?
戸惑う僕に、ハリーはいつものようにニカッと笑って言った。
「どうせヒマだろ?ついでに写真でも撮りに行こうぜ」
結局…付き合わされる。
そりゃあ用事も無いし、翁には何も頼まれてないからヒマといえばヒマだった。
カメラを持った僕を強引に連れ出し、ハリーはまずサンドイッチを買いに行った。
噴水のある小さな広場に行くと、ベンチにドカッと座りこむ。袋の中からサンドイッチを出した。
立ったままの僕を怪訝そうに見遣り、
「座れよ。メシ、お前の分もあるぜ」
差し出されたサンドイッチをどうすべきか悩んでしまう。
彼よりも僕の方が『育ち盛り』な年頃のはずだけど……
「何だよ、食わねーの?」
「気持ちだけもらうよ」
お腹いっぱいだし、と呟くと、ハリーはじーっと僕の頭の先からつま先まで見た。
「細っせーなあ。ちったあ肉つけろよ」
バクバク食べながら、また言う。
「よくそんなんで戦場で生き残れたもんだ」
「…それ、前にも言われたけど」
僕は少々ムッとして言い返す。
「どうして僕を見てそんなふうに思った?目の奥に戦場が…なんて、今まで誰にも言われたことはないのに」
「そりゃ家族や友達となんかじゃ『戦場』なんて言葉は出ねえだろ」
「それじゃあ何で」
「だから、同じ匂いがするって言ったろ」
「どういうこと?」
「戦場には行ってないけどよ。俺は孤高だから、単身行動が合ってんだ。自分の感覚だけ信じて仕事を淡々とこなす。それがプロってもんだろ」
疑問が少し解けた。
初めは気づかなかったけれど、日に日に鼻につくようになった匂いがある。
ほんのかすかだけど──硝煙の匂いだ。
『依頼』を受けるというのは、やっぱりそういうことなんだろう。
彼は…銃を使って『プロ』の仕事をしている。
ボディガードか、はたまたスナイパーか。この風貌からは俄には信じがたいけれど。
「さーて、食った食った」
あっさり食べ終わり、まだ佇んだままの僕を見上げる。
「座らねえなら、俺を撮ってくれ」
「え?」
「カメラ。そのために持ってきたんだろ?」
僕が胸の前に下げたカメラを指さして笑う。
君を撮るつもりで持ってきたわけではないけれどね、と言いたかった…が、次の言葉で驚かされた。
「お前さ、何で風景ばっか撮ってんだ?人間撮らねーの?」
ハリーは不思議そうに言う。
「……」
……気づかれていたなんて。
唖然としている僕にニヤッと笑いかける。
「撮れよ。第一号になってやる」
………。
質問に答えられない僕を気にすることなく、ハリーは深く座り直し、背もたれに長い両腕をかけた。
ポーズを取ってるつもりなのか、リラックスしてタバコまで吸い始めた。
僕は息をつき、少し離れた所からカメラを彼に向ける。
ファインダーを覗くと、彼はいつものようにこっちを真っ直ぐに見て、歯を見せて笑っていた。
真っ直ぐに……そう、いつもそう。
目を逸らす僕と違い、彼は自信に溢れた顔で真っ直ぐに人を見つめる。
構図を考える振りをして、僕はしばらくうろつく。
なかなかシャッターを切れない僕を、ハリーは急かしたりしなかった。
僕が満足いく位置で、角度で、気に入る一枚を撮るための時間をじっくりくれた。
それなのに……その日シャッターを切ることはできずにいた。
肩を落とす僕に文句も言わず、ハリーは「板、買って帰るぞ」とだけ言い残して先を歩いていった。
ハリーもロッセーリ翁も、ソフィーさんだって僕のオッドアイを気にするそぶりはまったく見せない。
『この国』で怯えることはないはずだ。
あの戦場で、灼熱の砂漠の町でだけ怖がられていた。それを僕はいつまでも引きずっている。
鬼か悪魔のようだと敵兵はおろか、味方にまで恐れられ、僕の銃弾が命中したり僕の振るった剣に新しい血が付着するたびに『呪われたオッドアイだ!』と叫ばれる。
僕は……どうしてもこの眼を好きになれない。




