45 頼るなら、やっぱり父親?
『えっ? うわぁぁ、あわわ、どうしようこの状況? 皆、私に向かって跪いてるんですけど』
私だけ突っ立ってるのも不遜だし、かといって、同じように跪いてもなんだか間抜けな感じになるし……。
とにかく、このまま崇め奉られるような存在にはなりたくない。いや、なれない。だって、中身はただ人、私なんだぞ。絶対にまずい。どうする?
『慌てるな、まず落ち着け私。こういう時は確か円周率を数えて……3.141592……って、これ以上覚えてないわ。てか、なんで円周率? 素数でしょうが、素数!』
いや、文系の私に向いてるのは数字より有名人の長い名前とかの方かも知れない。
『うーん。ラファイエット将軍の名前……じゃ簡単すぎるし、ピカソの名前はさすがに長すぎておぼえきれなかったし。いっそ地名では? バンコクは確かクルンテープマハナコーン・アーモンラッタナ……だめ、無理、これ以上思い出せない。って、あれ? ちょっと落ち着いたかも』
思考をぐるぐるさせている間に、どうにか少々我に返ったようだ。
『あれ? 長い名前なら定番の「寿限無」があったじゃん。何故思いつかなかった私? あれなら長久命の長助まで全部言えたのに』
軽く後悔を残しながらも、ともかく少し落ち着いたところで……。さて、どうするか? 当初の予定通り困った時のマウリツィオ様頼りでと、まずは、味方認定の月神殿大神官に目をやる。だが、声をかけるのはためらわれた。ここで最初に月神殿に声をかけたら、それこそ月神殿を太陽神殿より上に見ていると誤解されかねない。パンテリスが盛大にいじけそうだ。両神殿の面目とか、勢力図とか、下手に刺激してはだめだな。
『かといって、誰に……』
適当な人物を探して室内を見回し、ふと至極簡単なことに気が付く。
『あれ? こんな時こそ、シェリーヌ姫に一番甘そうな人間に頼ればいいんじゃない?』
幸いなことにあの溺愛親父はこの国の最高権力者、国王だ。巫女でなく、娘として頼れば、このやばい状況をなんとかしてくれるのでは?
「お、お父様ぁ~」
私ができる精一杯の甘ったれた声で、マリユスに声をかけた。
『うっ、むず痒い!』
効果は覿面だった!
名を呼ばれた瞬間、マリユスはそれまで敬虔に垂れていた顔をあげると、スクッと立ち上がり、満面の笑みを浮かべ両手を大きく広げ、駆けてもいないのにあっという間に目の前までやってきて、ふんわりと親鳥がその翼で雛を守るかのように抱いてきた。
一瞬『怖っ!』と思ったが、強く抱きしめないあたり、あくまで父親としての庇護のようだ。
「大丈夫だよ、シェリーヌ。何も心配いらないよ」
優しく励ましてくるマリユスの声に、これまでのことは偏見だったのかもと申し訳なく思った。
「こうして主神の恩寵が証明された今、おまえを縛るものは何もないんだよ。おまえが言っていた神の啓示を受けるに必要な自由は、この国の王として私が保障しよう。断じて神殿になど入る必要はない」
「ありがとうございます、お父様」
『はい、その一言が欲しかったんです』
「うんうん。『伝説の姫巫女』であるとはいえ、おまえは私の愛おしい娘に変わりはない。神殿にも入れない、意に添わぬ政略結婚などもさせないから安心おし。いつまでもいつまでも、ずっとずっと一生私の傍にいていいんだからね」
『おい!』
見直した途端これだよ。娘を行き遅れにしたいのかと突っ込みたいところだが、今はそれより本題を進めるべきだろう。とりあえずここはスルーして。
「お父様、これ」
手のひらの上の指輪を示し、首を傾げた。質問の意図を察したようで、マリユスは顔を引き締め大きく頷いて口調を改めた。
「それは、主神が巫女のそなたに与えたもうた神器。謹んでお受けするがよい。指輪という形態をとられたのは、やはり神殿ではなく、そなた自身のみをご所望ということであろう。さあ、左手の中指に嵌めてみなさい。我が国では神との契約の指輪はその指に嵌めることになっているのだ」
言われて両大神官に目をやり、手元を見ると、確かに左手の中指に指輪が見える。いわゆるビショップ・リングというものだろう。
「はい」
頷いて右手で指輪を摘み上げる。
『あれ? 結構大きいんじゃ? 親指でも緩そう』
中指に嵌め、『やっぱり大きい。気をつけないとすぐにすっぽ抜けそうだな』と眺めていると、一瞬で指輪が縮まりフィットした。
『うわっ! 縮まる金属って怖すぎ!』
慌てて引き抜こうとしたが、ぴったりと合って回りさえしない。かといって、締め付けて痛いわけでもない。本当に丁度いいサイズになったようだ。なんとなく薄気味悪いが、神様からの頂き物が人間に悪いはずはないだろう。ここは素直にその神秘に感動し、ありがたく受け入れることとしよう。なんとしても。
『あ、そういえば』
「お父様、前は何を頂いたのでしょうか?」
ふと前回の判定時の事が気になって尋ねてみた。
「いや、神器から別の神器が現れたのは今回が初めてだ。むしろ、神器にあのような事象が起こった事自体初めて、神殿の記録にも全く記されてはいないのだ」
「えっ? あの、前回の判定の時は? パンテリス様は『神々しい輝き』とおっしゃっていましたが」
「ああ、あの時も神器は光ったが、どちらかといえば神聖な淡い光に包まれたという印象だったな。それすらも初めての現象で、立ち会った者達全てが感動に打ち震えたものだったよ」
『あれぇ、そんな程度のものだったの?』
どうやらこの世界、身近でバンバン不思議が起こるようなファンタジーな世界でもないらしい。となると、今回のことは前代未聞、まさに桁違いの奇跡となるようだ。
『もしかして私が泣きついたから神様が大サービスしてくれたとか? ……はは、まさかね』
何も起こらなくて大恥掻いて責め立てられたりしなかったのは助かったが、本当に助かったが……これはこれでやりすぎな気がする。
『絶対今後巫女としてとんでもない期待をかけられてしまうよなぁ。でもそれに応えるだけの能力ないぞ、私には。うーん、どうしよう?』
困惑しながら指輪を見つめていると、突然父親のクラルティ公爵に泣きつく王妃の声が室内に響いた。
「どうしましょう、お父様。私はどうしたら? お父様、お父様」




