44 神器による判定
「約定を忘れたか、エリシア? たとえそなたが王妃であろうとも、神に選ばれし巫女であるシェリーヌの方が身分は上。不敬は許さぬと申したはずだ。違えるというのであれば、王太子の件も再考せねばならぬぞ」
『ん? 約定って何? 何か取り交わしているの?』
マリユスの言う「約定」がわからないが、たぶんシェリーヌ姫の立場的なことを王妃サイドと決めていたのだろう。「王太子の件も」とあるので、シェリーヌ姫には王位を継がせない代わりに、巫女として王妃より高い地位を認めろ、とか、そんなところだろう。
そして、その推測はどうやら当たっているらしく、王妃は顔面蒼白になって謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ございません。どうかお許しを」
「謝罪する相手が違うであろう?」
マリユスが突っぱねると、王妃はこちらに視線を移し、悔しさを表情に滲ませながら謝罪してきた。
「ご無礼を致しました。申し訳ございません。お許しくださいませ」
『おぅ、こんなに心の籠っていない謝罪は初めてだよ』
そうは思うが、ここで無視したら間違いなくこっちが悪者に見えてしまう。直接会話をしないというマイルールを破らざるを得ない。ものすごく悔しいが。
「謝罪をお受けします、エリシア様」
敗北感いっぱいにそう返事するしかなかった。
『でも許すとは言わないけどね』
マリユスは、「うむ」と大きく頷いた後、今度は矛先を太陽神殿大神官に向けた。
「それから、パンテリス。太陽神と月神は対なるもの。どちらかお一方が欠けてもこの世界が成り立たぬのは自明の理である。しかるに、先ほどのそなたの月神殿軽視の発言。断じて許されるべきものではないぞ」
国王の怒りに、パンテリスは見るからに狼狽えだした。
「ははっ、誠に、誠に申し訳なく、恥じ入るばかりでございます。……マウリツィオ殿にも、我が思い上がり、どうかお許しくだされ」
マウリツィオはこれ以上問題にする気はないようで、「わかりました」と小さく頷いてことを収めてくれた。
『うん。本当にいい人だ』
「それでは、そろそろ神器による判定を始めてもよろしいでしょうか?」
エクトルが、空気の悪さを払うように、話題を強引に本筋へと戻した。それはありがたいのだが、実はその判定こそが私には大問題なのだ。
集団予防接種の順番待ち中みたいな、不安とドキドキが同居したような気持ちがする。これから絶対嫌なことが起きる、なのに避けては通れない。でも、みんな一緒だからちょっと盛り上がる。そして、その一瞬さえ済めば、後は楽になるのだぁ、みたいな。
……だけど、あの時と今は似ているけど違う。ドキドキはあっても、皆は期待、私だけが不安持ちだ。なんかずるい。しかも失敗したら、その後はどうなる……。
『どうしよう?』
最悪の事態の場合の対処を何も考えつかない。ひとえにマウリツィオ様頼りの他力本願。うまくフォローしてくれるといいのだが。
私が心の中で盛大におたおたしているにも関わらず、目の前では神殿側の従者たちによってサクサクと準備が整えられていく。宰相用の執務机の前に、祭儀用だろうか細長いテーブルが置かれ、金糸で縁に刺繍が施された緑色のベルベットのような光沢のあるクロスがかけられる。そして、その上に太陽神殿月神殿それぞれの神器が入った白と紺色のケースが両端近くに置かれた。
「では、始めます」
テーブルの前にパンテリスとマウリツィオが並んで立ち、それぞれのケースの蓋を開け、中から神器を取り出す。太陽神殿の太陽の宝珠、月神殿の銀月のプレートが、テーブル中央に並んで置かれる。太陽の宝珠は、先端が玉ねぎのように円錐形に尖った球体で、ルチルクオーツのように透明の水晶の中に金色の針のようなものが無数にある。銀月のプレートは縁は透かしの入ったレリーフになっていて、中央には縁ぎりぎりまでいっぱいの大きな銀色の三日月が描かれ、それ以外の箇所は濃紺の夜空の中に小さな星が幾つか銀色に配置されていた。
『すごい。これが神器かぁ』
いかにも由緒正しきお宝ですといった荘厳なオーラを纏っている。しかも、本当にファンタジー要素があるらしく、キーーン、リンリンと、共鳴し合ってもいる。
「では姫様、お手を」
神器に見とれているとパンテリスから声をかけられた。
『しまった。呑気に見とれてる場合じゃなかった』
しかし、ここまできたら覚悟決めてやるしかないよなぁ。中身が別人、しかも異世界人でも、果たしてこの世界の神様は答えてくれるのだろうか?
『お願いします、神様仏様。ほんの少しでいいですから、せめて何か言い訳できるだけの反応をください。巫女と証明されればこの国の為に私の知識を役立てることができますからとか、もしだめだったら本当のシェリーヌ姫の立場を無くしてしまうからとか、そんな建前でお願いしても、どうせ見透かされてしまうと思うので(なんせ神様だから)、本音で言います。勝手に押し付けられてるこの立場のせいで、恥かくのは嫌です。嫌いな人にそれ見たことかって顔をされるのも我慢できません。責められるのはもっと嫌です。だから、もし私がこの世界に来たことに意味があるのなら、いや、この際無くてもいいですから、とにかくなんとかしてください。ほんっとうにお願いします』
内心で、我ながらめちゃくちゃだと思う神頼みをしながら、それでもできる限りの平静を装ってテーブルの前に立つ。
「では」
テーブルの向こう側に立つ両大神官に小さく目で合図をした後、両手をそれぞれの神器へと伸ばした。
次の瞬間、バッとフラッシュのような強い光で視界が真っ白になった。咄嗟に手を引くと、光はスーッとそれぞれの神器の中へと入って行く。そして、完全に外部の光が収まった瞬間、二つの神器がそれまでより大きな共鳴音を出しながら、ふんわりと宙に浮きだした。
唖然として見つめる中、空中で太陽の宝珠が銀月のプレートの上に乗り、次の瞬間ゆっくりと全体が回りだした。そして、回りながらつぼみが花開くように宝珠がふんわりと開いていく。
『これは凄い。確かに神々しいわ』
感動しているうちに、宝珠が開き切り、中から光の欠片のような物が更に上に浮いてくる。その欠片から細い光の帯が伸びてきて、私の額鱗へ届いた。瞬間、温かい物がとか何かのメッセージが流れ込んできてとかいうのはまるでない。何も違和感がない。ただ、それでもこれは変に動いてはいけない。おとなしくこのままでいるべきだとわかる……というか、『怖くて動けないよ、この状況』
じっとしていると、やがて光の帯は両端から縮まっていき、中央で小さな光の塊になった。その光の塊は私の目の前にゆっくりと落ちてくる。反射的に両手を出して手の平で受け止めると、光は消え、代わりに小さな指輪が残った。銀地に金で装飾が施され、花の形の水晶が一つ埋め込まれている。
『えーと、これ、私にくれたんだよね? もらってもいいんだよね?』
確認しようと、ふと周りを見回すと、光の消えた神器がテーブルの元の位置に戻っていて、室内にいた人間は、私を除いた全員が跪き両手を胸で交叉させ頭を垂れていた。




