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43  王妃の功績

『おっ、黙っていて正解だったのか。では、その方向で』

スッと王妃から顔を背け、エクトルに向き直る。そして、さも王妃の発言などなかったかのように続きを求めた。

「『ですが』なんですの? 続きをどうぞ」


「まっ」

予想以上に煽ってしまったようで、痛いほどの怒りの視線を感じるが。

『うん、気力で無視!』


エクトルはちらっと王妃の方を横目で見た後、苦笑しながら、口を開いた。

「はい、では。まずは、昨日姫様が太陽神様月神様より上位におわす主神様からの啓示をお受けになられた。それが真実であるかどうか、大神官様にはどうしてもご自身の目でお確かめなさりたいそうで、こうしてお見えになっていらっしゃるのです」


「まぁ、私の言葉をお疑いですの?」

不快げに片眉をあげてみせる。


「いえ、実際目の前で啓示による新たな作物の発見がいくつも同時になされておりますので、私自身全く疑念を持ってはおりませんが」

確かにエクトルは、グランドーニ博士邸での発見、特にビートから含蜜糖が作れるってことに結構興奮していた。起死回生の国家事業計画を、実物見る前に言い出すあたり信じてくれているってことだろう。


だが、すかさずまたもや王妃が横やりをいれてくる。

「でも、シェリーヌ様は、『知恵の書』というお宝をお持ちですわ。もしかしたら、そこに書かれていた知識をご利用なされただけかもしれないではありませんか。この国で、『知恵の書』の中身をご存じなのはシェリーヌ様ただお一人。他の誰にも見せてくださらないのですもの」


王妃の言い方がいかにも厭味ったらしくて、ムッとするが、なかなかいいところを突いては来ているのだ。もっとも、知識の出どころは全く違っているが。……で、さすがにこれにまるごと無視は良くなさそうだ。沈黙を肯定と取られかねない。


『でもなぁ、直接の返答は、なんか負けた気がするしなぁ。(何と闘っているんだ私?)あくまでエクトルに向かって……』

「なるほど、あたかも私が神を騙ったかのような邪推をされる方たちがいるということですね。はぁ、人は自分を基準に物事を考えます。心清くない者ほど穿った見方をするわけですね」


「まぁぁ、なんですって!」

『ありゃ、言いすぎたか?』

あまり怒らせすぎてヒステリーを起こされても面倒だ。急ぎ、会話の流れを戻す。

「それで、大神官様には、どうやってご確認なさいますの?」


「神器を使われるそうです」


「神器?」

『何それ?』

首を傾げていると、爺様大神官が鷹揚に会話に参入してきた。

「よろしいですかな?」


「我が太陽神殿には太陽の宝珠、月神殿には銀月のプレートと、各々神器が存在します。姫様がお生まれになり、その瞳に『伝説の姫巫女』としての特徴が認められてすぐ、両神殿にて神器による判定がなされました。その時は、どちらの神器にも同程度の現象が起き、巫女様であることは確認できましたが、どちらの神殿の巫女様であるのかまでは判別できませんでした。そして、此度、更なる上位の神のお告げを受けられたとのこと。ならば、あの時とは違う何かが起きるはずと愚考致しました次第です」


『ええっ? ちょっ、待っ。聞いてないんですけど? てか、神器による判定って何? 定番だと、ピカピカ光りだすとか? この世界ってそういうファンタジー要素あるの?』


狼狽えるな、落ち着け私。ここで取り乱したら疑われる。まずは事実の確認。

「生まれたばかりの時でしょ? 当然覚えておりませんわ。その時はどういう反応がありましたの? 教えていただけません?」


私の問いが彼の何かのスイッチを入れてしまったらしい。大神官は当時の感動を思い出した様子で、どこか遠くを見つめ、陶然とした表情で、体を震わせだした。

「姫様のお手に触れた瞬間に、なんと太陽の宝珠が光ったのでございます。あの神々しい輝き、あの貴重な一瞬を私は生涯忘れません。あのようなことは、それまで一度たりとも起きたことがございませんでした。記録にもございません。まさに奇跡。それこそ姫が神に選ばれし巫女であられる証かと」


『ビンゴだぁ! って、それって私でも大丈夫なの? シェリーヌ姫の魂じゃなかったら反応しないとかない? ……もしかして、やばいかも』


こちらの焦りに気が付くこともなく、エクトルは王妃に視線を移し、宥めるように言った。

「王妃様には、まだご不信おありのご様子ですが、神器による判定により姫様のお力が証明されれば、ご納得いただけるものと」


「そうですわね。それなら充分に納得できますわね」

おそらくシェリーヌ姫の巫女発現を信じていないのだろう。何も起こるわけないと、自信たっぷりに嫌な笑みさえ浮かべている。

「それで、月神殿のマウリツィオ様はまだですの?」


「もうまもなく到着されると思われます。」


タイミングよく、その言葉が終わるとほぼ同時に国王マリユスと月神殿大神官マウリツィオの到着が告げられた。


「これで皆揃っておるか?」

入ってきてすぐにエクトルに確認を取るマリユスは何故か非常に機嫌がいい。なんだろう? シェリーヌ姫が上位神の巫女として改めて確認される喜びなのか? 伝説通り国に繁栄と平安がもたらされることを国王として期待しているのか? いや、この人の場合、単純にシェリーヌ姫が自分を拒否らなくなったのが嬉しいだけかもしれん。


そして、続いて入ってきたマウリツィオは、私に目を止めると穏やかに微笑んでくれた。

『おっ、いい人っぽい。』

好意的な視線にホッとする。ついでにどうしても横から目に入ってくる父親からとは思えない熱い視線は若干鬱陶しいが。


マウリツィオは、紺地に銀の刺繍がされた祭服を身にまとっている。デザイン的には、白地に金の刺繍の太陽神殿と対になっているようだ。年齢は太陽神殿大神官よりずっと若く40歳代前半に見える。痩身で、褐色がかった砂色のまっすぐな長髪にグリーンの瞳の穏やかそうな紳士だ。


万が一神器とやらが反応しなかった時は、この人がなんとかフォローしてくれるんじゃないかなぁという気がする。前もって約束などはしていない勝手な思い込みではあるけど。


マウリツィオは、エクトルに向かい遅参を詫びた後、突然の命令に対する苦情も添えた。

「お待たせして申し訳ありません。突然のお呼び出しに加え、王城とはいえ外部に神器を持ち出せとの異例のご命令に、神殿内にて少々手続きに手間取ったものですから」

どうやら、今回の王城での判定は、太陽神殿側が独断専行したようだ。


だが、太陽神殿の大神官は、マウリツィオの抗議を鼻を鳴らし踏ん反り返って突っぱねた。

「ふんっ。本来ならそなたを待つ必要などなかったのじゃぞ。もはや、長年の争いにも決着がついた。主神と呼ばれる最高神の啓示をお受けになったのなら、当然シェリーヌ姫様には月神殿などよりもはるかに格上の太陽神殿の巫女こそがふさわしいということだ。月神殿の判定など不要じゃ」


『いやいやいや、私昨日言ったよね? 神殿や王宮の奥深くにいては何もできないって。外へ出る自由をくれって。その了解も得ているのに、なんで太陽神殿入りが当然って話になってんの?』

慌ててエクトルの顔を見ると、『同意していない』とわずかに首を横に振った。どうやら、爺様大神官の勝手な主張なだけのようだ。


そこに、大神官の言葉に乗っかって、王妃がまたまたしゃしゃりでてくる。

「パンテリス様のおっしゃる通りですわ」


『このおばさん、マジで鬱陶しいな』

どう見ても太陽神殿とグルだろ。うんざりしながら眺めていると、さっきの意趣返しとばかりに王妃が言い募ってくる。

「もし本当に主神様からの啓示をお受けになったのなら、今度こそ素直に神殿に入られるべきですわ、シェリーヌ様。それが巫女様として当然の義務」

「黙れ、エリシア!」

突然、王妃の言葉を遮るマリユスの怒鳴り声が室内に響いた。


おっと、ちゃんと怒れるんだ。情けない逸話と惚けた表情しか見たことがなかったので、正直驚いたが。それにしても……。

『そっか。太陽神殿の爺様大神官、パンテリスって名前だったのか。ようやくわかった。日記にも書かれてなかったから、話しかける時どうしようかと思ってたので、正直助かったわ』


国王の怒りに室内が一瞬で緊張感に包まれた中、うっかり『それだけは王妃の功績だな』などと呑気なことを考えてしまっていた。


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