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第6話。ー大丈夫の理由が判明ー

人生には、人を安心させる魔法の言葉がある。


「心配ありません」


「問題ありません」


そして。


「大丈夫ですよ♪」


実に素晴らしい。


たった一言で、不安な気持ちが和らぐ。


特に病院で、看護師さんから笑顔で言われる「大丈夫」には、なかなかの説得力がある。


……。


ただし。


一つだけ、注意しなければならない。


何が大丈夫なのか、確認した方がいい。


私は、この日、その重要性を身をもって知ることになる。


しかも、なかなか強烈な方法で。

前回、私はようやく病院へたどり着いた。


昨日から三度も猛烈な胸の痛みに襲われ、心筋梗塞を疑いながら午前中だけ出勤。


店長には、


「多分、心筋梗塞です。当たりだったら当分来ませんので、後はよろしく!」


と報告してきた。


そして、愛車を自分で運転して病院へ。


予約なし。


しかも昼休み。


それなのに、検査は最優先。


何とも素晴らしいVIP待遇である。


……。


だから喜んでいる場合じゃねえんだよ!!!


検査が進むにつれて、付き添ってくれている看護師さんの顔がどんどん青くなっているように見えた。


私は心配した。


この病院もブラック企業なのだろうか。


お昼休みなのに、休憩も取れずに働いている。


……。


仲間だな。分かるぞ。


そんなことを考えていたのである。


そして、いよいよ心電図の検査。


私は看護師さんに尋ねた。


「私の具合って、どうですか?」


すると、看護師さんは笑顔で答えた。


「大丈夫ですよ♪」


……。


おお!


大丈夫なのか!


いやぁ、よかった。


私は、すっかり安心してしまった。


何しろ、医療関係者からのお墨付きである。


昨日からの騒動も、これで一件落着。


めでたし、めでたし。


……。


となるはずだった。


さて。


看護師さんは、さらに言葉を続けた。


「今、先生が来ますからね。大丈夫ですよ♪」


……。


なるほど。


先生が来るらしい。


しかも、大丈夫だという。


素晴らしい。


実に心強い。


私は、改めて安心した。


心電図の検査も受けている。


先生も来てくれる。


看護師さんも笑顔である。


何とも順調ではないか。


……。


ところが。


その直後だった。


バン!!!


勢いよく、男性が入ってきた。


「…………?」


何だ?


随分と慌ただしい。


私は、少々驚いた。


どうやら、医師らしい。


なるほど。


先ほど看護師さんが言っていた先生というのは、この方のことなのだろう。


……。


それにしても、随分と勢いのある登場である。


普通、医師というものは、もう少し落ち着いて登場するものではないだろうか。


……。


いや。


私が勝手にそう思っていただけかもしれない。


とにかく、医師がやって来た。


そして、私に向かって話し始めた。


「〇〇さん。このままだと死にます」


……。


…………。


は?


今、何と?


死にます?


誰が?


……。


私が!?


…………。


大丈夫じゃねええええええ!!!


いやいやいや。


ちょっと待っていただきたい。


ほんの数秒前まで、私は安心していたのである。


看護師さんは笑顔だった。


「大丈夫ですよ♪」


と言っていた。


しかも、二回も。


大丈夫。


大丈夫。


そして先生が登場。


「このままだと死にます」


……。


…………。


話が違うじゃねえかああああ!!!


いや、待て。


看護師さんが嘘をついたわけではない。


私は、このとき、ようやく気がつき始めた。


もしかすると。


あの「大丈夫」は、私の心臓が大丈夫という意味ではなかったのではないか。


……。


先生が来るから大丈夫。


先生が対応してくれるから大丈夫。


そういう意味だったのではないか。


……。


…………。


だったら、そう言ってくれええええ!!!


いや。


言っていた。


「今、先生が来ますからね」


と。


……。


ちゃんと言ってるじゃねえか!!!


そう。


看護師さんは、何もおかしなことを言っていなかったのである。


私が勝手に、


「心臓は大丈夫」


という意味に受け取っていただけだった。


何ということでしょう。


都合のいい解釈にも、ほどがある。


もっとも、看護師さんが実際にどのような意図で声をかけてくれたのかは分からない。


ただ、私にはこの瞬間、その言葉の意味がまったく違って聞こえ始めたのである。


さて。


医師の話は、まだ終わっていなかった。


「今から緊急手術をします。一刻を争います」


……。


…………。


緊急手術!?


いやいやいや。


ちょっと待って。


私は、まだ心の準備ができていない。


そもそも、今日は診察を受けに来ただけなのである。


予約もしていない。


昼休みに来てしまった。


それなのに、なぜかVIP待遇で検査を受けた。


そして、看護師さんから大丈夫と言われた。


……。


そこから、いきなり緊急手術である。


展開が早すぎるだろ!!!


しかも、一刻を争うという。


一刻?


そんなに急ぐのか?


……。


死ぬって言われてるんだから、そりゃ急ぐだろ!!!


当たり前である。


しかし、人間というものは、突然想像もしていなかったことを告げられると、なかなか理解が追いつかないらしい。


少なくとも、私はそうだった。


昨日まで普通に生活していた。


いや、正確には、死ぬような痛みを三回も経験していた。


しかし、痛みが消えると普通に動けた。


今だって、身体に特に違和感はない。


そんな状態だったのである。


それなのに。


「このままだと死にます」


……。


何とも不思議な話ではないか。


自分では普通だと思っている。


しかし、医師は死ぬと言っている。


一体、どちらが正しいのだろう。


……。


そりゃ医師だろ!!!


さて。


医師は、さらに続けた。


「家族に連絡してください」


……。


…………。


「お、おう……」


これまでの私は、随分と落ち着いていた。


いや、落ち着きすぎていた。


心筋梗塞を疑いながら、午前中だけ会社で仕事をしていた男である。


店長にも、当たりだったら当分来ないと伝えてきた。


そして、自分で運転して病院へ来た。


なるようにしかならない。


そんな気持ちだった。


しかし。


さすがに、ここまでハッキリ言われると話は別である。


死にます。


緊急手術です。


家族に連絡してください。


……。


…………。


もう少し段階というものはないのでしょうか!!!


もちろん、医師としては、そんな悠長なことを言っている場合ではなかったのだろう。


しかし、こちらの感情は大忙しである。


看護師さんの笑顔で安心。


先生が来ると聞いて、さらに安心。


先生が登場。


死亡宣告。


緊急手術。


家族へ連絡。


……。


感情のジェットコースターである。


しかも、安全バーが付いていない。


いや、付いていたとしても、そんなものではどうにもならない。


私は、完全に振り回されていた。


……。


ところで。


医師からの説明は、まだ続いていた。


「この後も検査を行いますが、一歩も歩いてはいけません」


……。


…………。


一歩も!?


「車いすで移動してください」


「ベッドが用意できたら、ベッドでの移動になります」


……。


…………。


ちょっと待て。


つい先ほどまで、普通に歩いていたのである。


いや、それどころではない。


今朝は普通に会社へ行った。


仕事もした。


昼には愛車を運転してきた。


病院の駐車場から入口までは、発作が起きないように、ゆっくり歩いた。


そして、今。


「一歩も歩いてはいけません」


……。


だったら、私がここまで歩いてきたのは何だったんだよ!!!


いや。


歩いてはいけないほど危険な状態だった、ということなのだろう。


しかし、その事実を知ったのは、たった今である。


何とも恐ろしい。


今まで何気なく行っていた動作が、突然禁止されてしまった。


歩くな。


車いすを使え。


ベッドが来たら、ベッドで移動しろ。


……。


まるで、私が何かの危険物になったようではないか。


取扱注意。移動禁止。衝撃厳禁。


……。


…………。


私は精密機械かよ!!!


いや、心臓という精密な臓器に問題が起きているのだから、あながち間違いでもないのかもしれない。


さて。


ここで、私の頭の中を整理してみよう。


ほんの少し前。


看護師さん。


「大丈夫ですよ♪」


私は安心する。


続いて。


「今、先生が来ますからね。大丈夫ですよ♪」


さらに安心する。


そして、先生が登場。


「このままだと死にます」


……。


…………。


大丈夫とは一体何だったのか。


まるで、天国から地獄へ急降下したような気分である。


いや。


今の状況で天国などという言葉を使うのは、少々縁起が悪い。


下手をすれば、本当に行くところだったのだから。


……。


冗談にならねえええ!!!


さて。


そんなことが一気に起きたものだから、私の頭の中は真っ白になっていた。


考えがまとまらない。


何をどうすればいいのか分からない。


つい先ほどまで安心していたのに、突然、死ぬと言われたのである。


そりゃ、混乱もする。


しかし。


ここで、私は思い出した。


私はプロの営業マンである。


……。


…………。


今、それ関係ある!?


ある。


いや、少なくとも当時の私にとっては重要だった。


営業という仕事では、予想外の事態が起きる。


突然のクレーム。


厳しい交渉。


思いがけない問題。


そんなとき、慌ててはいけない。


常に冷静に。


落ち着いて対応する。


相手に不安を与えない。


……。


そう。


私は、これまで何度となく、そんな場面を経験してきた。


だからこそ。


この状況でも、冷静さを失ってはいけない。


私は、そう考えた。


そして。


とりあえず、余裕のある表情を浮かべた。


……。


…………。


何やってんだよ!!!


いや、しかし。


ここで取り乱しても仕方がない。


医師は緊急手術が必要だと言っている。


一刻を争うとも言っている。


家族への連絡も必要らしい。


そして、一歩も歩いてはいけない。


状況は理解した。


……。


いや。


本当に理解できていたのかどうかは、怪しい。


何しろ、頭の中は真っ白だったのだから。


それでも、私は余裕のある表情を作ろうとした。


プロの営業マンとして。


常に冷静に。


どんな状況でも落ち着いて。


……。


ただし。


本当に余裕のある顔だったのかは、知らん。


もしかすると、見事なまでに引きつっていたのかもしれない。


本人としては、涼しい顔をしているつもり。


しかし、医師から見れば、どうだったのだろう。


青ざめた顔で、無理やり余裕を装っている男。


……。


…………。


それ、全然余裕じゃねえだろ!!!


残念ながら、自分の顔を見る余裕まではなかった。


鏡でもあれば、確認できたのかもしれない。


いや。


そんなものを確認している場合ではない。


何しろ。


死ぬと言われたばかりなのだから。


さて。


ここまで来て、ようやく私は、自分が置かれている状況を理解し始めた。


昨日から三回も猛烈な胸の痛みに襲われた。


心筋梗塞かもしれないと思った。


それでも午前中だけ会社へ行った。


自分で運転して病院へ来た。


予約なしだったのに、最優先で検査をしてもらった。


付き添ってくれていた看護師さんの顔が、どんどん青くなっているように見えた。


そして、心電図の検査中。


医師が勢いよく登場した。


……。


なるほど。


そういうことだったのか。


いや。


全部を理解できたわけではない。


しかし、一つだけは分かった。


私は、相当まずい状態らしい。


……。


…………。


気づくのが遅ええええ!!!


さて。


医師から告げられた言葉を、改めて思い出す。


「このままだと死にます」


「今から緊急手術をします」


「一刻を争います」


「家族に連絡してください」


「一歩も歩いてはいけません」


……。


何ということでしょう。


つい先ほどまで、私は看護師さんの「大丈夫ですよ♪」に安心していたのである。


しかし、今では歩くことさえ禁止されている。


……。


一体、何が大丈夫だったんだよ!!!


いや。


今なら、何となく分かる。


あの看護師さんは、先生が来るから大丈夫だと、私を安心させようとしてくれていたのだろう。


そして、先生は確かに来た。


来たのだが。


来た途端に、死ぬと言われた。


……。


…………。


先生、もう少し優しく登場できませんでしたか!!!


いや、無理だったのだろう。


何しろ、一刻を争う状況だったのだから。


さて。


こうして、私の病院生活は、思いがけない形で始まることになった。


診察を受けて帰るつもりだった。


少なくとも、緊急手術になるとは考えていなかった。


それなのに、現実は違った。


歩行禁止。


車いす。


ベッド移動。


家族への連絡。


そして、緊急手術。


……。


随分と話が大きくなったものだ。


いや。


最初から大きな話だったのである。


本人だけが、それを理解していなかった。


まったく。


何とも恐ろしい。


そして。


何とも間抜けな男である。


――第6話・完――


次回「第7話 ―緊急手術が始まらない。―」

最後に、今回の出来事を振り返ってみよう。


私は看護師さんに尋ねた。


「私の具合って、どうですか?」


看護師さんは答えた。


「大丈夫ですよ♪」


そして続けた。


「今、先生が来ますからね。大丈夫ですよ♪」


私は安心した。


先生が来た。


そして、こう言われた。


「このままだと死にます」


……。


…………。


大丈夫の意味が違ったあああああ!!!


いやぁ。


言葉というものは、本当に難しい。


何を言われたかだけでなく、何について言われたのか。


そこまで理解しなければならない。


私は、この日、そのことを身をもって学んだ。


もっとも。


学習するには、少々高すぎる授業料だった気もするが。


……。


何しろ。


命がかかっていたのである。


こうして、私は緊急手術を受けることになった。


そして、このあと。


さらに信じがたい出来事が待っている。


何しろ、緊急手術だというのに……。


……。


…………。


なかなか始まらないのである。


……。


一刻を争うんじゃなかったのかよ!!!


しかし、それはまた次回のお話。

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