第5話 大丈夫ですよ♪ ー死にかけた男、VIP待遇を受ける。ー
人生には、特別扱いされると嬉しい場面がある。
ホテルの部屋を無料で格上げしてもらったとき。
飛行機で良い席に案内されたとき。
そして、行列を待たずに案内されたとき。
実に素晴らしい。
誰だって、特別扱いされれば少しは嬉しいものである。
しかし。
世の中には、あまり喜んではいけない特別待遇も存在する。
……。
病院での最優先対応である。
皆様、こんにちは。
神威重工代表です。
今回は、いよいよ病院へ到着したときのお話。
私は、この日、なかなか素晴らしい待遇を受けることになった。
予約なし。
昼休み。
突然の訪問。
それなのに、検査は最優先。
……。
何というVIP待遇でしょう。
ただし。
私はまだ知らなかった。
なぜ、そのような待遇を受けていたのかを。
さて。
前回、私は心筋梗塞を疑いながら午前中だけ仕事をした。
クレーム処理。
図面の更新。
契約準備。
そして正午。
店長に突然の報告。
「多分、心筋梗塞です」
「もし当たりだったら、当分来ませんので。あとはよろしくお願いします!」
店長は見事なまでにドン引きしていた。
……。
そりゃそうだろう。
そんな報告を突然されても困る。
そして私は、愛車を自分で運転して病院へ向かった。
救急車?
そんなものは考えていなかった。
本人は至って普通。
身体にも違和感はない。
ただし、またあの猛烈な痛みが来たら嫌だなぁ、とは思っていた。
……。
嫌だなぁ、で済ませる話じゃねえだろ!!!
さて。
しばらく車を走らせると、病院が見えてきた。
おお。
立派な病院ではないか。
私は、まずそんな感想を持った。
大きい。
綺麗。
実に素晴らしい。
「綺麗で大きい病院ですねぇ」
……。
…………。
観光に来たんじゃねえんだぞ!!!
しかし、当時の私はそんな調子だった。
病院に来た目的は、もちろん診察を受けることである。
心筋梗塞かもしれない。
そんな疑いを持っている。
だが、目の前に立派な建物があれば、ついついそちらに目が行く。
何とも平和な患者である。
……。
本人の頭の中だけは。
さて。
病院へ到着した私は、車を降りた。
そして、入口へ向かった。
ただし、走ったりはしない。
ゆっくり。
慎重に。
できるだけ身体に負担をかけないように歩く。
なぜなら、また発作が起きたら嫌だからだ。
昨日から三回。
いずれも約30分。
あの猛烈な激痛は、もう二度と経験したくない。
だから、慎重に歩くのである。
……。
…………。
自分で車を運転してきたくせに!?
そう。
運転はする。
しかし、走らない。
実に見事な危機管理能力である。
慎重になる場所が少々おかしい気もするが、当時の私は大真面目だった。
さて。
ようやく病院の入口へたどり着いた。
ところが。
問題が発生した。
受付がやっていない。
そう。
お昼時なのである。
これは困った。
私が道中ずっと心配していたことが、見事に的中した。
予約をしていない。
しかも、お昼休み。
これは少々、申し訳ないのではないだろうか。
何しろ、病院の方々にも休憩時間がある。
そこへ、予約もしていない男が突然やって来たのである。
……。
お前、そんなことを気にしている場合か!!!
しかし、当時の私は本気で気にしていた。
やはり、お昼休みに来るべきではなかったのだろうか。
予約を取ってから出直した方がいいのだろうか。
そんなことを考えていた。
すると、入口付近に案内係らしき看護師さんがいた。
正確な役職は分からない。
とにかく、病院の入口で対応していた方である。
私は、その方に声をかけた。
「すみません。お昼時に申し訳ないんですけど……」
まずは謝罪である。
実に礼儀正しい。
続いて、事情を説明した。
「予約もしていないんですけど……」
「昨日から、ものすごい痛みが三回もありまして……」
「一回、30分くらい続くんですよ」
……。
すると。
看護師さんが走っていった。
……。
…………。
「…………?」
あれ?
何だ?
私は少々困惑した。
お昼休みなのに、突然話しかけてしまった。
予約もしていない。
しかも、何だか面倒な話をしてしまった。
もしかすると、失礼なことをしたのだろうか。
……。
怒らせてしまったのかもしれない。
いやぁ、申し訳ない。
……。
…………。
違うだろおおおお!!!
今考えれば、私の話を聞いて、急いで対応してくれたのかもしれない。
しかし、当時の私には分からなかった。
看護師さんが、なぜ走っていったのか。
何をしに行ったのか。
まったく理解していなかったのである。
そして、しばらくすると、私は問診室へ呼ばれた。
おお。
診てもらえるらしい。
ありがたい。
お昼時なのに、親切な病院ではないか。
……。
だから、緊急事態かもしれないんだって!!!
さて。
問診室では、看護師さんらしき方が話を聞いてくれた。
私は、これまでの症状を説明した。
昨日から猛烈な痛みが三回。
胸が痛い。
肩も痛い。
背中も痛い。
一回につき、およそ30分。
そして、突然痛みが消える。
そんな話である。
ところが。
私は、問診をしてくれている方の顔を見て、あることに気がついた。
……。
何だか、顔が青い気がする。
「…………?」
どうしたのだろう。
具合でも悪いのだろうか。
随分と疲れているようにも見える。
私は心の中で思った。
「少しは休んだ方がいいぞ……」
……。
…………。
お前が言うなああああ!!!
そう。
昨日から三回も死ぬような激痛に襲われた男が、問診を担当している看護師さんの健康を心配しているのである。
しかも、こちらは心筋梗塞を疑って病院へ来ている。
……。
何ということでしょう。
患者が看護師さんの体調を心配する。
実に心温まる光景ではないか。
……。
いや、温まっている場合じゃねえ!!!
もちろん、その方が実際に体調を崩していたのかどうかは分からない。
顔色が悪く見えたのは、あくまで私の印象である。
ただ、当時の私は本気でそう思っていた。
何しろ、私自身も仕事で疲れ切っていた。
休日もまともに休めない。
長時間労働。
クレーム対応。
仕事は山積み。
そんな生活を送っていたのである。
だから、顔色の悪そうな人を見ると、ついつい心配になる。
……。
仲間か?
同じように、働きすぎているのだろうか。
……。
分かるぞ、その気持ち。
いや、分かっている場合ではない。
自分の心臓を心配しろ。
さて。
問診が終わると、検査をすることになった。
しかも。
お昼休憩中なのに、急遽対応してくれるというのである。
何ということでしょう。
さらに驚いたことに、検査は最優先。
つまり。
横入りである。
……。
…………。
おおお!
まるでVIP待遇ではないか!!!
普通、病院というところは待ち時間が長い。
予約していても、待つことがある。
順番が来るまで、じっと待つ。
それが一般的な病院の印象である。
ところが、今回は違った。
予約なし。
昼休み。
それなのに最優先。
……。
私、何か特別なお客様なのでしょうか。
実にありがたい。
立派な病院だと思っていたが、対応まで素晴らしい。
何とも気分がよいではないか。
……。
喜ぶところじゃねええええ!!!
今となっては、その対応の意味も少しは想像できる。
私の症状から、緊急性を考えてくれたのかもしれない。
ただし、病院側の判断内容を直接聞いたわけではない。
当時の私が考えていたのは、そんな医療上の事情ではなかった。
「いやぁ、親切な病院だなぁ」
それだけである。
さて。
いよいよ検査が始まった。
まずは血液検査である。
採血を担当してくれる方のところへ向かった。
私は、いつもどおり丁寧に挨拶した。
「よろしくお願いします」
……。
実に礼儀正しい。
社会人として、当然のことである。
相手も、通常どおりに対応してくれた。
何とも平和な光景である。
ただし、本人は昨日から三度も死ぬような激痛に襲われている。
……。
採血の挨拶より、心臓の心配をしろよ!!!
いや、挨拶は大切だ。
病院の方々には、丁寧に接するべきである。
ただ、今思えば、私はあまりにも普段どおりだった。
本人は落ち着いている。
普通に会話する。
丁寧に挨拶する。
しかし、身体の中で何が起きているのかは、まだ分からない。
何とも不思議な状況だった。
さて。
血液検査が終わると、次はレントゲン検査。
そしてCT検査。
さらに心電図。
次々と検査が進んでいった。
しかも、優先して案内してもらえる。
……。
VIP待遇、絶賛継続中である。
実に素晴らしい。
ところが。
このあたりで、私はあることに気がついた。
付き添ってくれている看護師さんである。
どうにも、顔色が気になる。
最初から少し青い気がしていた。
しかし、検査が進むにつれて、さらに青くなっているように見えるのだ。
……。
…………。
この人、大丈夫なのか?
私は、少々心配になった。
病院という職場は、さぞ大変なのだろう。
お昼休みなのに、突然患者が来る。
しかも、予約なし。
その患者に付き添って、次々と検査を進めなければならない。
休憩時間だというのに、仕事が増えてしまったわけである。
……。
なるほど。
そういうことか。
私は、勝手に納得した。
「この病院もブラック企業なのか……」
……。
…………。
違うかもしれねえだろ!!!
もちろん、病院の労働環境など、私には分からない。
単に私がそう感じただけである。
しかし、当時の私は、自分の職場と重ね合わせていた。
休日に仕事が入る。
休憩時間にも仕事が発生する。
予定外の対応に追われる。
……。
分かる。
分かるぞ。
その気持ち。
私も同じだ。
仲間だな……。
……。
…………。
仲間意識を持つ相手が違うだろ!!!
そう。
看護師さんが疲れているのではないかと心配する患者。
その患者を優先して検査に案内する看護師さん。
そして、検査が進むにつれて、顔色がますます青くなっているように見える。
……。
今になって考えると、実に奇妙な光景である。
もしかすると、私の症状や検査の進行を気にかけてくれていたのかもしれない。
しかし、そんなことは当時の私には分からない。
私はただ、こう思っていた。
「少し休ませてあげればいいのに……」
……。
お前の心臓も休ませてやれええええ!!!
さて。
そうこうしているうちに、検査も終盤となった。
心電図である。
私は、検査を担当している看護師さんに話しかけた。
昨日から、猛烈な胸の痛みがあること。
それが三回も起きていること。
そして。
心筋梗塞かもしれないと思っていること。
……。
ここまで来て、ようやく病院で自分の症状について話をしている。
いや、問診でも話していたのだが。
とにかく、私は改めて事情を伝えた。
すると。
看護師さんは、にっこりと笑った。
そして。
こう言った。
「大丈夫ですよ♪」
……。
…………。
おおおお!
大丈夫なのか!!!
何ということでしょう。
昨日から三回も死ぬような痛みに襲われていた。
肩も背中も痛かった。
胸を握りしめて悶絶した。
風呂の温度まで上げた。
そして、ついには心筋梗塞を疑うようになった。
ところが。
「大丈夫ですよ♪」
……。
素晴らしい。
やはり、病院というところは頼りになる。
医療関係者から大丈夫と言われると、実に安心するものだ。
私は、すっかり気が楽になった。
よかった。
どうやら大丈夫らしい。
……。
それにしても。
昨日から三度も死神とダンスを踊った。
妻と二人で心筋梗塞を疑った。
午前中だけ出勤して仕事をした。
店長に、当分来ないかもしれないと伝えた。
予約もせず、お昼休みの病院へやって来た。
すると、なぜかVIP待遇。
付き添ってくれている看護師さんは、どんどん顔色が悪くなるように見えた。
そして最後に。
「大丈夫ですよ♪」
……。
何だ。
大丈夫なのか。
いやぁ、よかった。
ここまで来た甲斐があったというものだ。
……。
ところで。
今振り返れば、少々不思議なことがある。
あのとき、看護師さんは何について「大丈夫」と言ったのだろう。
検査についてだろうか。
私を安心させようとしてくれたのだろうか。
それとも、単なる励ましだったのだろうか。
そこまでは、分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
私は、その言葉を「心臓は大丈夫」という意味で受け取っていた。
……。
…………。
都合のいい解釈だけは天下一品である。
さて。
こうして、私の病院初日は、なかなか順調に進んでいた。
綺麗で大きな病院。
丁寧な対応。
優先的な検査。
そして、看護師さんの優しい笑顔。
……。
大丈夫ですよ♪
何とも心強い。
私は、すっかり安心していた。
ただし。
まだ医師から、検査結果についての説明を受けたわけではない。
本当に大丈夫なのかどうか。
それは、まだ分からない。
……。
しかし、本人は安心している。
何しろ。
大丈夫と言われたのだから。
……。
…………。
実に平和な話である。
少なくとも、私の頭の中では。
――第5話・完――
次回「第6話 ―大丈夫の理由が判明―」
さて。
次回。
いよいよ医師から、検査結果が告げられる。
そこで私は、初めて自分の置かれている状況を知ることになる。
そして。
看護師さんの優しい笑顔と、医師の説明との間に、あまりにも大きな落差があることを思い知るのである。
……。
そんなことなど、まだ何も知らない私は、ただ安心していた。
「いやぁ、よかった。大丈夫らしい」
……。
…………。
本当に、大丈夫なんでしょうねぇ?




