↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/8

第5話 大丈夫ですよ♪ ー死にかけた男、VIP待遇を受ける。ー

人生には、特別扱いされると嬉しい場面がある。


ホテルの部屋を無料で格上げしてもらったとき。


飛行機で良い席に案内されたとき。


そして、行列を待たずに案内されたとき。


実に素晴らしい。


誰だって、特別扱いされれば少しは嬉しいものである。


しかし。


世の中には、あまり喜んではいけない特別待遇も存在する。


……。


病院での最優先対応である。


皆様、こんにちは。


神威重工代表です。


今回は、いよいよ病院へ到着したときのお話。


私は、この日、なかなか素晴らしい待遇を受けることになった。


予約なし。


昼休み。


突然の訪問。


それなのに、検査は最優先。


……。


何というVIP待遇でしょう。


ただし。


私はまだ知らなかった。


なぜ、そのような待遇を受けていたのかを。

さて。


前回、私は心筋梗塞を疑いながら午前中だけ仕事をした。


クレーム処理。


図面の更新。


契約準備。


そして正午。


店長に突然の報告。


「多分、心筋梗塞です」


「もし当たりだったら、当分来ませんので。あとはよろしくお願いします!」


店長は見事なまでにドン引きしていた。


……。


そりゃそうだろう。


そんな報告を突然されても困る。


そして私は、愛車を自分で運転して病院へ向かった。


救急車?


そんなものは考えていなかった。


本人は至って普通。


身体にも違和感はない。


ただし、またあの猛烈な痛みが来たら嫌だなぁ、とは思っていた。


……。


嫌だなぁ、で済ませる話じゃねえだろ!!!


さて。


しばらく車を走らせると、病院が見えてきた。


おお。


立派な病院ではないか。


私は、まずそんな感想を持った。


大きい。


綺麗。


実に素晴らしい。


「綺麗で大きい病院ですねぇ」


……。


…………。


観光に来たんじゃねえんだぞ!!!


しかし、当時の私はそんな調子だった。


病院に来た目的は、もちろん診察を受けることである。


心筋梗塞かもしれない。


そんな疑いを持っている。


だが、目の前に立派な建物があれば、ついついそちらに目が行く。


何とも平和な患者である。


……。


本人の頭の中だけは。


さて。


病院へ到着した私は、車を降りた。


そして、入口へ向かった。


ただし、走ったりはしない。


ゆっくり。


慎重に。


できるだけ身体に負担をかけないように歩く。


なぜなら、また発作が起きたら嫌だからだ。


昨日から三回。


いずれも約30分。


あの猛烈な激痛は、もう二度と経験したくない。


だから、慎重に歩くのである。


……。


…………。


自分で車を運転してきたくせに!?


そう。


運転はする。


しかし、走らない。


実に見事な危機管理能力である。


慎重になる場所が少々おかしい気もするが、当時の私は大真面目だった。


さて。


ようやく病院の入口へたどり着いた。


ところが。


問題が発生した。


受付がやっていない。


そう。


お昼時なのである。


これは困った。


私が道中ずっと心配していたことが、見事に的中した。


予約をしていない。


しかも、お昼休み。


これは少々、申し訳ないのではないだろうか。


何しろ、病院の方々にも休憩時間がある。


そこへ、予約もしていない男が突然やって来たのである。


……。


お前、そんなことを気にしている場合か!!!


しかし、当時の私は本気で気にしていた。


やはり、お昼休みに来るべきではなかったのだろうか。


予約を取ってから出直した方がいいのだろうか。


そんなことを考えていた。


すると、入口付近に案内係らしき看護師さんがいた。


正確な役職は分からない。


とにかく、病院の入口で対応していた方である。


私は、その方に声をかけた。


「すみません。お昼時に申し訳ないんですけど……」


まずは謝罪である。


実に礼儀正しい。


続いて、事情を説明した。


「予約もしていないんですけど……」


「昨日から、ものすごい痛みが三回もありまして……」


「一回、30分くらい続くんですよ」


……。


すると。


看護師さんが走っていった。


……。


…………。


「…………?」


あれ?


何だ?


私は少々困惑した。


お昼休みなのに、突然話しかけてしまった。


予約もしていない。


しかも、何だか面倒な話をしてしまった。


もしかすると、失礼なことをしたのだろうか。


……。


怒らせてしまったのかもしれない。


いやぁ、申し訳ない。


……。


…………。


違うだろおおおお!!!


今考えれば、私の話を聞いて、急いで対応してくれたのかもしれない。


しかし、当時の私には分からなかった。


看護師さんが、なぜ走っていったのか。


何をしに行ったのか。


まったく理解していなかったのである。


そして、しばらくすると、私は問診室へ呼ばれた。


おお。


診てもらえるらしい。


ありがたい。


お昼時なのに、親切な病院ではないか。


……。


だから、緊急事態かもしれないんだって!!!


さて。


問診室では、看護師さんらしき方が話を聞いてくれた。


私は、これまでの症状を説明した。


昨日から猛烈な痛みが三回。


胸が痛い。


肩も痛い。


背中も痛い。


一回につき、およそ30分。


そして、突然痛みが消える。


そんな話である。


ところが。


私は、問診をしてくれている方の顔を見て、あることに気がついた。


……。


何だか、顔が青い気がする。


「…………?」


どうしたのだろう。


具合でも悪いのだろうか。


随分と疲れているようにも見える。


私は心の中で思った。


「少しは休んだ方がいいぞ……」


……。


…………。


お前が言うなああああ!!!


そう。


昨日から三回も死ぬような激痛に襲われた男が、問診を担当している看護師さんの健康を心配しているのである。


しかも、こちらは心筋梗塞を疑って病院へ来ている。


……。


何ということでしょう。


患者が看護師さんの体調を心配する。


実に心温まる光景ではないか。


……。


いや、温まっている場合じゃねえ!!!


もちろん、その方が実際に体調を崩していたのかどうかは分からない。


顔色が悪く見えたのは、あくまで私の印象である。


ただ、当時の私は本気でそう思っていた。


何しろ、私自身も仕事で疲れ切っていた。


休日もまともに休めない。


長時間労働。


クレーム対応。


仕事は山積み。


そんな生活を送っていたのである。


だから、顔色の悪そうな人を見ると、ついつい心配になる。


……。


仲間か?


同じように、働きすぎているのだろうか。


……。


分かるぞ、その気持ち。


いや、分かっている場合ではない。


自分の心臓を心配しろ。


さて。


問診が終わると、検査をすることになった。


しかも。


お昼休憩中なのに、急遽対応してくれるというのである。


何ということでしょう。


さらに驚いたことに、検査は最優先。


つまり。


横入りである。


……。


…………。


おおお!


まるでVIP待遇ではないか!!!


普通、病院というところは待ち時間が長い。


予約していても、待つことがある。


順番が来るまで、じっと待つ。


それが一般的な病院の印象である。


ところが、今回は違った。


予約なし。


昼休み。


それなのに最優先。


……。


私、何か特別なお客様なのでしょうか。


実にありがたい。


立派な病院だと思っていたが、対応まで素晴らしい。


何とも気分がよいではないか。


……。


喜ぶところじゃねええええ!!!


今となっては、その対応の意味も少しは想像できる。


私の症状から、緊急性を考えてくれたのかもしれない。


ただし、病院側の判断内容を直接聞いたわけではない。


当時の私が考えていたのは、そんな医療上の事情ではなかった。


「いやぁ、親切な病院だなぁ」


それだけである。


さて。


いよいよ検査が始まった。


まずは血液検査である。


採血を担当してくれる方のところへ向かった。


私は、いつもどおり丁寧に挨拶した。


「よろしくお願いします」


……。


実に礼儀正しい。


社会人として、当然のことである。


相手も、通常どおりに対応してくれた。


何とも平和な光景である。


ただし、本人は昨日から三度も死ぬような激痛に襲われている。


……。


採血の挨拶より、心臓の心配をしろよ!!!


いや、挨拶は大切だ。


病院の方々には、丁寧に接するべきである。


ただ、今思えば、私はあまりにも普段どおりだった。


本人は落ち着いている。


普通に会話する。


丁寧に挨拶する。


しかし、身体の中で何が起きているのかは、まだ分からない。


何とも不思議な状況だった。


さて。


血液検査が終わると、次はレントゲン検査。


そしてCT検査。


さらに心電図。


次々と検査が進んでいった。


しかも、優先して案内してもらえる。


……。


VIP待遇、絶賛継続中である。


実に素晴らしい。


ところが。


このあたりで、私はあることに気がついた。


付き添ってくれている看護師さんである。


どうにも、顔色が気になる。


最初から少し青い気がしていた。


しかし、検査が進むにつれて、さらに青くなっているように見えるのだ。


……。


…………。


この人、大丈夫なのか?


私は、少々心配になった。


病院という職場は、さぞ大変なのだろう。


お昼休みなのに、突然患者が来る。


しかも、予約なし。


その患者に付き添って、次々と検査を進めなければならない。


休憩時間だというのに、仕事が増えてしまったわけである。


……。


なるほど。


そういうことか。


私は、勝手に納得した。


「この病院もブラック企業なのか……」


……。


…………。


違うかもしれねえだろ!!!


もちろん、病院の労働環境など、私には分からない。


単に私がそう感じただけである。


しかし、当時の私は、自分の職場と重ね合わせていた。


休日に仕事が入る。


休憩時間にも仕事が発生する。


予定外の対応に追われる。


……。


分かる。


分かるぞ。


その気持ち。


私も同じだ。


仲間だな……。


……。


…………。


仲間意識を持つ相手が違うだろ!!!


そう。


看護師さんが疲れているのではないかと心配する患者。


その患者を優先して検査に案内する看護師さん。


そして、検査が進むにつれて、顔色がますます青くなっているように見える。


……。


今になって考えると、実に奇妙な光景である。


もしかすると、私の症状や検査の進行を気にかけてくれていたのかもしれない。


しかし、そんなことは当時の私には分からない。


私はただ、こう思っていた。


「少し休ませてあげればいいのに……」


……。


お前の心臓も休ませてやれええええ!!!


さて。


そうこうしているうちに、検査も終盤となった。


心電図である。


私は、検査を担当している看護師さんに話しかけた。


昨日から、猛烈な胸の痛みがあること。


それが三回も起きていること。


そして。


心筋梗塞かもしれないと思っていること。


……。


ここまで来て、ようやく病院で自分の症状について話をしている。


いや、問診でも話していたのだが。


とにかく、私は改めて事情を伝えた。


すると。


看護師さんは、にっこりと笑った。


そして。


こう言った。


「大丈夫ですよ♪」


……。


…………。


おおおお!


大丈夫なのか!!!


何ということでしょう。


昨日から三回も死ぬような痛みに襲われていた。


肩も背中も痛かった。


胸を握りしめて悶絶した。


風呂の温度まで上げた。


そして、ついには心筋梗塞を疑うようになった。


ところが。


「大丈夫ですよ♪」


……。


素晴らしい。


やはり、病院というところは頼りになる。


医療関係者から大丈夫と言われると、実に安心するものだ。


私は、すっかり気が楽になった。


よかった。


どうやら大丈夫らしい。


……。


それにしても。


昨日から三度も死神とダンスを踊った。


妻と二人で心筋梗塞を疑った。


午前中だけ出勤して仕事をした。


店長に、当分来ないかもしれないと伝えた。


予約もせず、お昼休みの病院へやって来た。


すると、なぜかVIP待遇。


付き添ってくれている看護師さんは、どんどん顔色が悪くなるように見えた。


そして最後に。


「大丈夫ですよ♪」


……。


何だ。


大丈夫なのか。


いやぁ、よかった。


ここまで来た甲斐があったというものだ。


……。


ところで。


今振り返れば、少々不思議なことがある。


あのとき、看護師さんは何について「大丈夫」と言ったのだろう。


検査についてだろうか。


私を安心させようとしてくれたのだろうか。


それとも、単なる励ましだったのだろうか。


そこまでは、分からない。


ただ、一つだけ確かなことがある。


私は、その言葉を「心臓は大丈夫」という意味で受け取っていた。


……。


…………。


都合のいい解釈だけは天下一品である。


さて。


こうして、私の病院初日は、なかなか順調に進んでいた。


綺麗で大きな病院。


丁寧な対応。


優先的な検査。


そして、看護師さんの優しい笑顔。


……。


大丈夫ですよ♪


何とも心強い。


私は、すっかり安心していた。


ただし。


まだ医師から、検査結果についての説明を受けたわけではない。


本当に大丈夫なのかどうか。


それは、まだ分からない。


……。


しかし、本人は安心している。


何しろ。


大丈夫と言われたのだから。


……。


…………。


実に平和な話である。


少なくとも、私の頭の中では。


――第5話・完――


次回「第6話 ―大丈夫の理由が判明―」

さて。


次回。


いよいよ医師から、検査結果が告げられる。


そこで私は、初めて自分の置かれている状況を知ることになる。


そして。


看護師さんの優しい笑顔と、医師の説明との間に、あまりにも大きな落差があることを思い知るのである。


……。


そんなことなど、まだ何も知らない私は、ただ安心していた。


「いやぁ、よかった。大丈夫らしい」


……。


…………。


本当に、大丈夫なんでしょうねぇ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。