第0話 死神と踊る前の男 ―会社は通常営業。私は閉店準備中。
皆様、こんにちは。
神威重工代表です。
今回は少し時間を巻き戻し、死神と出会う前のお話です。
心筋梗塞は、ある日突然やって来ました。
しかし、私の身体はそのずっと前から、なかなか愉快な状態になっていたようです。
階段14段で呼吸困難。
慢性的な疲労。
痛風との果てしない戦い。
そして、休めない仕事。
……。
お前、よくそれで営業してたな!!!
今回は、そんな男の健康管理をご紹介します。
なお、健康法の参考には一切なりません。
むしろ、反面教師としてお楽しみください。
人生には、健康よりも大切なものがある。
仕事。
お金。
家族。
趣味。
そして、美味しい食事と酒。
……。
いや、ちょっと待て。
健康より大切なものが、そんなにたくさんあっていいのだろうか。
そもそも、健康でなければ何もできないではないか。
そんな当たり前のことに、私は心筋梗塞で死にかけてから気がついた。
……。
遅ええええ!!!
皆様、こんにちは。
神威重工代表です。
今回は、死神とダンスを踊る前のお話。
つまり、私が心筋梗塞を起こす以前、どのような生活を送っていたのかをご紹介したい。
ちなみに、先に申し上げておく。
健康的な生活を期待している方は、今すぐお帰りいただきたい。
この男、健康という言葉とは、まったく縁のない生活を送っていたのである。
さて。
当時、私は住宅営業の仕事をしていた。
お客様と打ち合わせをする。
図面を作る。
契約をする。
現場の対応をする。
そして、クレームを処理する。
実に充実した毎日だった。
……。
充実しすぎだろ!!!
何しろ、仕事が終わらない。
やってもやっても終わらない。
一つ片づけると、次の仕事が待っている。
その仕事を片づけると、さらに別の仕事が現れる。
まるで無限に湧いてくる敵を倒し続けるゲームである。
ただし、このゲームには重大な欠陥がある。
クリアという概念が存在しない。
……。
…………。
誰だよ、こんなゲームを作ったのは!!!
さて。
会社の休日は、水曜日と木曜日だった。
週休二日。
素晴らしい。
実に健康的な勤務体系ではないか。
……。
もちろん、予定どおり休めればの話である。
住宅営業という仕事には、上棟という行事がある。
家の骨組みを組み上げていく、建築工事の大きな節目だ。
当然、お客様にとっても重要な日である。
そして、その上棟が休日に入ることがある。
いや、結構な頻度で入る。
水曜日。
上棟。
休日消滅。
木曜日。
休めるはずだった。
しかし、今度は仕事が終わらない。
ここで丸一日休んでしまうと、後が大変なことになりそうだ。
仕方がない。
半日くらい出社するか。
……。
…………。
休みとは一体何なのか。教えてほしい。
週休二日。年間休日120日。
実態は、一日が仕事で潰れ、もう一日も半分は仕事。
何とも素晴らしい。
会社のカレンダーには、確かに休日が存在している。
しかし、私の生活には、あまり存在していなかった。
……。
カレンダーの休日は観賞用ですか!?
さて。
そんな生活を続けていれば、身体も疲れる。
当然である。
私も、いつも疲れていた。
朝から疲れている。
仕事をしても疲れる。
家に帰っても疲れている。
翌朝になっても疲れている。
……。
いつ回復するんだよ!!!
疲労というものは、本来、休息によって回復するものらしい。
ところが、休息する時間が足りない。
ならば、どうするか。
答えは簡単。
疲れたまま働くのである。
……。
…………。
解決してねええええ!!!
そして、そんな日常が続く中、私の身体には明らかな異常が現れていた。
それも、少々どころではない。
今回は、その中でも特に印象深いものをご紹介しよう。
階段である。
……。
階段?
そう。
階段である。
当時の私にとって、階段はなかなか恐ろしい存在だった。
ただし、百段も二百段もある階段ではない。
登山でもない。
高層ビルでもない。
たったの十四段。
14段である。
普通の家にある、二階へ上がる階段だ。
私は、その階段を上がる。
一段。
二段。
三段。
そして、二階へ到着。
……。
すると、どうなるのか。
息ができない。
いや、正確には、猛烈に息が切れる。
呼吸を整えるのに必死で、まともに会話ができなくなるのだ。
しかも、少し息が上がる程度ではない。
およそ二分間、会話ができない。
……。
…………。
たった14段で!?
そう。
14段である。
これが百四十段なら、まだ分かる。
山道を全力疾走したのなら、理解できる。
しかし、普通の階段だ。
たった14段。
それなのに、二階へ到着すると、しばらくまともに話せないのである。
……。
お前、何の生き物なんだよ!!!
もちろん、毎回ではなかった。
しかし、かなりの頻度で起きていた。
しかも、これが厄介なのは、住宅営業という仕事である。
お客様と話をする。
説明をする。
打ち合わせをする。
そのためには、当然、会話が必要になる。
ところが、私は二階へ上がっただけで会話ができない。
……。
…………。
営業マンとして致命的じゃねえか!!!
仕方がない。
まずは呼吸を整える。
お客様の前に出て、まともに会話ができる状態になるまで待つ。
そして。
呼吸が落ち着いたところで。
ニッコリ♪
「さて、それでは……」
営業開始である。
……。
…………。
その笑顔の裏で何が起きてるんだよ!!!
実に見事な営業技術だ。
お客様の前では笑顔。
その直前までは、呼吸を整えるので精いっぱい。
まさにプロフェッショナル。
……。
プロフェッショナルって、そういう意味じゃねえだろ!!!
ところで。
ここまで読んで、こう思った方もいるだろう。
「本人は異常だと思わなかったのか?」
安心してほしい。
異常だと思っていた。
……。
…………。
思ってたのかよ!!!
当たり前である。
たった14段の階段を上がっただけで、二分間も会話できない。
どう考えても普通ではない。
私自身、十分に理解していた。
これはおかしい。
明らかに身体がおかしい。
……。
では、病院へ行ったのか。
行っていない。
……。
…………。
お前は本当に何を考えているんだ!?
この状態は、おそらく一年くらい続いていたと思う。
一年である。
一週間ではない。
一か月でもない。
一年近く、そんな状態で生活していたのだ。
そして、その間、病院で詳しく調べてもらうことはなかった。
今思えば、実に恐ろしい。
ただし、当時の私は、胸に違和感があったわけではない。
胸が苦しいとか、締めつけられるとか、そういう自覚はなかった。
だからなのか。
あるいは、単に面倒だったのか。
私は、日常生活を変えなかった。
そして、階段以外にも問題はあった。
肩と背中である。
これがまた、ひどかった。
普通の肩こりとは、少々違う。
とにかく異常なほど凝っていた。
肩。
背中。
いつも調子が悪い。
身体が重い。
疲れが取れない。
それでも、仕事は続く。
……。
まったく。
よく働いていたものだ。
いや。
よく生きていたものだ。
さて。
さらにもう一つ、私の身体には強烈な問題があった。
痛風である。
皆様、痛風という病気をご存じだろうか。
名前だけ聞くと、何となく風流である。
痛い風。
……。
ちっとも風流ではない。
実際には、とんでもなく痛い。
そして、私の場合はかなりひどかった。
一年のうち、およそ三分の一。
四か月ほど、痛風と戦っていたのである。
……。
…………。
お前、一年の三分の一は故障中なのか!?
そう。
足を引きずりながら生活していた。
歩くのがつらい。
足が痛い。
それでも仕事はある。
営業である。
お客様のところへ行かなければならない。
何とも素晴らしい。
階段を上がれば呼吸困難。
肩も背中も異常に凝っている。
疲労感は常にある。
おまけに、足は痛風で故障中。
……。
…………。
健康な部品は残っているのか!?
まるで整備不良の中古車である。
しかも、走行距離は不明。
警告灯は点灯しっぱなし。
足回りは故障中。
エンジンにも異常がありそうだ。
普通なら、即座に整備工場へ持っていくだろう。
しかし、この車の所有者は違った。
「まだ走るから大丈夫♪」
……。
…………。
車検に通るわけねえだろ!!!
さて。
そんな私でも、病院へ行くことはあった。
痛風である。
あれは痛い。
さすがに無視するわけにはいかない。
そして、医師からは、こんなことも言われていた。
「運動しなさい」
「糖尿病ですよ」
……。
…………。
糖尿病!?
そう。
医師から、そう言われていたのである。
普通なら、ここで生活習慣を見直すだろう。
食事を改善する。
酒を控える。
身体を動かす。
医師の指示を守る。
実に当たり前の話だ。
しかし、私は違った。
無視。
……。
…………。
お前、病院に何しに行ってるんだよ!!!
いや、医師の話を聞いていなかったわけではない。
言われたことは分かっていた。
運動した方がいい。
生活習慣を改めた方がいい。
糖尿病と言われている。
全部、理解はしていた。
ただし。
生活を変えるつもりがなかったのである。
……。
素晴らしいですねぇ。
健康管理という概念が、見事なまでに欠落している。
さて。
ここで、皆様は疑問に思うかもしれない。
なぜ、そこまでして生活を改めなかったのか。
実は、理由はそれほど複雑ではない。
食べることと酒が好きだったのである。
しかも、少々好きという程度ではない。
暴飲暴食。
酒も飲み放題。
健康?
そんなものは気にしていない。
仕事で疲れる。
ストレスがたまる。
そして、食べる。
飲む。
また食べる。
また飲む。
……。
実に分かりやすいストレス発散方法である。
ただし、一つだけ問題がある。
健康に良いとは、とても思えない。
いや。
むしろ、悪い。
分かっている。
分かってはいるのだが、やめない。
なぜなら、これが私にとってのストレス発散だったからだ。
仕事で疲れる。
酒を飲む。
美味しいものを食べる。
気分が良くなる。
そして、翌日も仕事へ行く。
……。
…………。
お前、身体を壊しながらストレス発散してないか!?
しかも、仕事は減らない。
休日もまともに休めない。
疲労は蓄積する。
食生活も変わらない。
そして、また仕事へ行く。
見事なまでの悪循環である。
ただし、当時の私は、それほど深刻に考えていなかった。
何とかなる。
問題ない。
そう思っていた。
……。
問題だらけだよ!!!
さて。
ここまで読んで、私の身体も相当おかしかったことが、お分かりいただけただろう。
しかし、話はまだ終わらない。
実は、会社にも相談していたのである。
産業医との面談。
皆様も聞いたことがあるだろう。
働く人の健康状態を確認し、必要に応じて助言や対応につなげる制度である。
何とも素晴らしい。
健康を守るための仕組みが、ちゃんと用意されているのだ。
私は、その面談で事情を伝えた。
休日が十分に取れないこと。
長時間労働になっていること。
身体の調子もおかしいこと。
全部伝えた。
……。
さて。
どうなったのか。
仕事量が減ったのだろうか。
休日が取れるようになったのだろうか。
健康状態を考慮した勤務に変わったのだろうか。
……。
…………。
何も変わらなかった。
……。
素晴らしいですねぇ。
実に素晴らしい。
面談は行われた。
私は問題を伝えた。
そして、面談は終了した。
以上。
……。
何のための面談なんだよ!!!
もちろん、産業医が実際にどこまで会社へ伝えたのか。
会社の中で、どのような判断があったのか。
そんな内部事情までは、私には分からない。
しかし、少なくとも私が実感できる職場環境の改善はなかった。
仕事は相変わらず。
休日も相変わらず。
身体の調子も相変わらず。
何とも見事な現状維持である。
……。
現状維持していい状況じゃねえだろ!!!
私は、このときの経験から、産業医面談という制度に対して強い疑問を持っている。
問題を申告する。
それを受け取る。
そして、現実が変わらない。
それでは、一体何のために実施しているのだろうか。
制度を作る側にも言いたいことはある。
しかし、それ以上に、現場の問題を知りながら改善につながらない会社のあり方には、今でも腹が立つ。
……。
面談の実施記録では、私の心臓は修理できないんですけど!!!
もっとも。
ここで、私自身の問題にも触れなければならない。
会社の労働環境が過酷だったこと。
産業医面談で訴えても、状況が変わらなかったこと。
それらは、私が経験した事実である。
しかし。
暴飲暴食をしていたのは誰か。
酒を好きなだけ飲んでいたのは誰か。
医師から糖尿病だと言われても、生活を改めなかったのは誰か。
14段の階段で呼吸困難になりながら、病院へ行かなかったのは誰か。
……。
…………。
全部、私である。
……。
お前も相当悪いじゃねえか!!!
そう。
ここは、きちんと認めなければならない。
会社に問題があったとしても、自分自身の健康管理が適切だったことにはならない。
そして、私の不摂生が、どこまで心筋梗塞に関係していたのか。
当時の労働環境が、医学的にどの程度影響していたのか。
その因果関係を、私が勝手に決めることはできない。
ただ、これだけは確かである。
当時の私の生活は、どう考えても健康的ではなかった。
さて。
ここで、少し冷静に考えてみよう。
一年近く続く、異常な息切れ。
慢性的な疲労。
ひどい肩と背中のこり。
一年の三分の一を占める痛風との戦い。
医師からの糖尿病の指摘。
休日も十分に休めない労働環境。
そして、暴飲暴食と飲酒。
……。
…………。
お前、どうして普通に生きてるつもりだったんだ!?
今となっては、不思議で仕方がない。
しかし、当時の私は、これが日常だったのである。
身体の調子が悪い。
そんなことは、いつものこと。
疲れている。
それも、いつものこと。
足が痛い。
また痛風か。
階段で息が切れる。
少し待てば会話できる。
……。
こうして、一つひとつの異常が、いつの間にか日常になっていた。
ここが一番恐ろしい。
異常な状態に慣れてしまうと、異常だと分かっていても、行動しなくなるのである。
いや、少なくとも私はそうだった。
そして、その日常を続けていたある日。
私は、双子の子供たちと焼肉を食べに行くことになる。
ホルモンをたっぷり食べた。
美味しかった。
実に平和な時間だった。
……。
その帰り道。
私の胸に、突然猛烈な痛みが走る。
ドカーン!!!
……。
ここから先は、第1話でお話ししたとおりである。
死神との初公演。
ミニストップの駐車場。
ソフトクリームを食べる双子。
悶絶する父親。
そして、完全に溶けた私のソフトクリーム。
……。
何なんでしょうね、この人生は。
ただし。
今回、当時の身体の状態を振り返ってみて、改めて思うことがある。
突然の激痛に襲われたことは、確かに予想外だった。
しかし、その前から私の身体には、無視してはいけない異常がいくつもあった。
それらが心筋梗塞と直接関係していたかどうかは、ここでは断定できない。
だが、あの状態で詳しい検査を受けず、生活を続けていたことは、明らかに間違いだったと思う。
……。
さて。
会社には問題を伝えた。
医師からも注意された。
自分でも異常だと思っていた。
そして、何も変えなかった。
会社も変わらなかった。
私も変わらなかった。
唯一、変わり続けていたのは、私の身体の調子だったのかもしれない。
……。
何とも素晴らしい話である。
いや。
素晴らしくねええええ!!!
皆様。
もし、私と同じように、ほんの少しの階段で会話もできないほど息が切れることがあるなら、絶対に放置しないでほしい。
心臓や肺などの重大な病気が隠れている場合もある。
症状が続くなら医療機関で診てもらい、突然の激しい胸痛や強い呼吸困難があれば、ためらわず119番へ連絡してほしい。
私のように、慣れで片づけるべきではない。
さて。
最後に、当時の私へ一言だけ言っておこう。
お前な。
仕事をするのは結構。
お客様を大切にするのも結構。
美味しいものを食べるのも結構。
酒を楽しむのも結構。
だがな。
その全部を楽しむためには、生きていなければならないんだぞ!!!
……。
…………。
まあ、そんな当たり前のことも分からなかったからこそ、こうして入院伝説を書いているわけだが。
それにしても。
会社は通常営業。
仕事は山積み。
休日はほぼ消滅。
私は満身創痍。
そして、心臓は……。
閉店準備中。
……。
…………。
誰か、シャッターが下りる前に止めてくれええええ!!!
こうして、死神がやって来る前の私の日常は、何事もないかのように続いていた。
いや。
何事もなかったわけではない。
何事もなかったことにしていただけである。
そして、いよいよ死神がやって来る。
……。
「お待たせしました♪」
……。
…………。
呼んでねええええ!!!
――第0話・完――
続く「第1話 死神とダンス① ―初回公演―」
いかがでしたでしょうか。
身体は絶不調。
医師からは生活改善を指示される。
産業医面談でも問題を訴える。
しかし、会社も私も変わらない。
……。
お前ら、全員やる気あるのか!!!
今になって思えば、あの頃の私は、壊れかけた車に乗って高速道路を走っているようなものでした。
しかも、警告灯を無視してアクセル全開。
……。
そりゃ故障するだろ!!!
もちろん、心筋梗塞の原因を一つに決めつけることはできません。
ただ、身体の異常を放置していたのは間違いでした。
さて。
そんな男の前に、いよいよ死神が登場します。
舞台は焼肉帰りのミニストップ。
主演は私。
共演はソフトクリームを食べる双子。
……。
何なんだよ、この配役は!!!




