第三話。死神とダンス③ー早朝4時30分の招待状ー
皆様、こんにちは。
夕方に一度、夜にもう一度。
二度にわたる死神とのダンスを、見事に乗り切った私。
しかし、死神はどうやら朝型だったようです。
今度は午前4時30分。
……。
お前、営業時間というものを知らんのか!?
いよいよ三部作の最終公演。
果たして私は、三度目にして自分の身体の異常に気づくことができるのでしょうか。
……。
いや、もう気づいてくれよ!!!
人生には、目覚めの良い朝というものがある。
鳥のさえずり。
窓から差し込む朝日。
淹れたてのコーヒーの香り。
実に素晴らしい。
ところが、私の朝は少々違った。
ドカーン!!!
「ウギャアアアア!!!」
……。
…………。
おはようございます。死神です。
午前4時30分。
まだ外も暗い早朝。
私は、猛烈な胸の痛みで目を覚ました。
痛い。
とにかく痛い。
胸が痛い。
肩も痛い。
背中まで痛い。
……。
またか。
そう。
三度目である。
前日の夕方、ミニストップの駐車場で初公演。
その日の夜、自宅の風呂場で第二公演。
そして、翌朝4時30分。
ついに第三公演の幕が上がった。
……。
お前、どんだけ私と踊りたいんだよ!!!
しかも、今回は目覚まし時計の代わりである。
実に迷惑な話だ。
もう少し穏やかな起こし方というものがあるだろう。
「おはようございます♪」
とか。
「朝ですよ♪」
とか。
ところが、この死神には、そんな気遣いなど一切ないらしい。
いきなり全力である。
まったく。
朝っぱらから何してくれてんだよ!!!
さて。
私は布団の中で悶絶していた。
これまでと同じ激痛。
しかし、今回は少々事情が違う。
なぜなら、隣には妻が寝ていたからである。
そうだ。
妻がいる。
助けてもらおう。
私は妻を起こした。
そして、お願いした。
肩を揉んでほしい。
背中を押してほしい。
……。
…………。
またマッサージかよ!!!
そう。
この男、三度目の激痛に襲われてなお、肩こりという可能性を捨てきれていなかったのである。
前日の夕方。
猛烈な胸の痛みを肩こりと判断した。
夜。
息子に肩を揉ませた。
それでも治らず、風呂の温度まで上げた。
そして、翌朝。
今度は妻である。
……。
我が家の家族は、全員マッサージ師なのか!?
いや、違う。
悪いのは家族ではない。
私の頭である。
さて。
妻に肩を揉んでもらった。
背中も押してもらった。
しかし。
まったく効かない。
ひとつも変わらない。
痛い。
相変わらず猛烈に痛い。
……。
おかしい。
非常におかしい。
ここで、ようやく私の頭に一つの疑問が浮かんだ。
「そもそも、肩こりって寝ている間に突然起きるものなのか?」
……。
…………。
いや。
そんなわけがない。
少なくとも、こんな猛烈な痛みで飛び起きるような肩こりを、私は知らない。
そもそも、胸まで痛いのである。
しかも、三回目。
おかしい。
これは、何かがおかしい。
……。
気づくのが遅ええええ!!!
ようやくである。
三度目にして、ついに私の脳が活動を開始した。
実に感動的な瞬間だった。
いや、感動している場合ではない。
危うく、そのままあの世へ旅立つところである。
さて。
ここで私は、あるテレビ番組を思い出した。
以前、ビートたけしが出演していた医療番組である。
病気に関する恐ろしい話を紹介する番組だった。
正式な番組名は、少々記憶が怪しい。
ブラックホスピタル?
そんな名前だっただろうか。
とにかく、病気の怖さを紹介するテレビ番組である。
その中で、以前こんな病気を取り上げていた記憶があった。
心筋梗塞。
……。
…………。
心筋梗塞。
胸の痛み。
肩の痛み。
背中の痛み。
……。
おや?
何だか、似ているではないか。
いや。
似ているどころの話ではない。
もしかして。
ひょっとすると。
いや、まさか。
私は妻に、その話をした。
以前、テレビで見た心筋梗塞の話。
今の症状と似ているのではないか。
すると、妻も同じ考えになった。
「それだ!」
……。
…………。
ついに正解へたどり着いた!!!
素晴らしい。
夫婦そろって、ついに真実へ近づいたのである。
いやぁ、長かった。
夕方の初公演。
夜の第二公演。
そして早朝の第三公演。
苦節三回。
ようやく、肩こりという呪縛から解放されたのだ。
まったく、ここまで来るのに随分と時間がかかったものだ。
……。
ところで。
ここで一つ、重大な問題がある。
もし、本当に心筋梗塞だったらどうするのか。
普通なら、答えは簡単である。
救急車を呼ぶ。
病院へ行く。
一刻も早く診察を受ける。
当たり前の話だ。
しかも、今回は妻もいる。
夫婦で心筋梗塞を疑っている。
もはや、迷う理由など何もない。
……。
ところが。
私は違った。
「とりあえず、痛みが治まるのを待とう」
……。
…………。
お前は何を言っているんだ!?
いや、分かる。
言いたいことは分かる。
心筋梗塞かもしれない。
それは分かっている。
しかし、過去二回の経験から、私はある法則を発見していた。
「30分くらいで治る」
……。
…………。
それは法則じゃねえ!!!
そう。
前日の夕方も、約30分で痛みが消えた。
夜も、約30分で痛みが消えた。
そして今回も、おそらく30分くらいで治まるのではないか。
そんな考えが頭にあった。
もう、ここまで来ると見事である。
人間の思い込みというものは、なかなか修正できないらしい。
肩こりではない。
心筋梗塞かもしれない。
そこまでは理解した。
しかし。
痛みが消えれば、とりあえず大丈夫。
この考えだけは、どうしても捨てられなかったのである。
さて。
私は、三度目となる激痛に耐えた。
胸を押さえながら、ひたすら時間が過ぎるのを待つ。
痛い。
猛烈に痛い。
何度経験しても慣れるものではない。
そもそも、慣れてはいけない。
そして。
発作が始まってから、およそ30分。
またしても。
痛みが消えた。
……。
…………。
おお。
治った。
やはり、30分だった。
見事なまでの再現性である。
……。
だから、それを喜ぶな!!!
三回も同じ激痛に襲われたというのに、私の頭の中では、なぜか30分という数字に妙な信頼感が生まれていた。
実に恐ろしい。
今なら分かる。
痛みが消えたからといって、心臓の危険が去ったわけではない。
それなのに、当時の私は安心してしまった。
さて。
ここからが問題である。
心筋梗塞かもしれない。
三回も発作が起きた。
しかも、毎回猛烈な激痛。
さすがの私も、病院には行った方がいいと思い始めていた。
……。
ようやくかよ!!!
しかし。
ここで、もう一つの問題が頭をよぎった。
仕事である。
……。
…………。
仕事!?
そう。
仕事である。
私は当時、住宅営業の仕事をしていた。
朝になれば出勤する。
仕事がある。
やらなければならないことがある。
もちろん、心筋梗塞かもしれない男が気にするような話ではない。
しかし、当時の私はそう考えていなかった。
病院には行った方がいい。
だが、仕事もある。
さて、どうしたものか。
私は考えた。
そして。
ついに一つの結論に達した。
「午前中だけ出勤しよう」
……。
…………。
はあああああああ!?
いやいやいや。
待て待て待て。
心筋梗塞かもしれないんだぞ?
三回も激痛に襲われたんだぞ?
ようやく病気の正体に気づいたんだぞ?
それなのに。
午前中だけ出勤!?
……。
素晴らしい。
実に素晴らしい判断である。
ここまで来ると、もはや才能ではないだろうか。
死神とのダンスを三回も踊り、それでも出勤を選ぶ男。
会社への忠誠心が高いのか。
単に頭がおかしいのか。
……。
恐らく後者である。
もっとも、当時の私は本気だった。
病院には行こうと思っていた。
ただし、その前に仕事を少し片づけよう。
そんな程度の認識だったのである。
救急車?
……。
そんなもの、まったく考えていなかった。
自分で動ける。
痛みも消えた。
だったら、とりあえず出勤できる。
実に単純明快である。
心筋梗塞かもしれないという疑いと、午前中だけ仕事をするという予定。
この二つが、何の矛盾もなく同居していた。
……。
矛盾だらけだよ!!!
今なら、当時の自分に聞いてみたい。
お前は、一体何を考えていたんだ?
命と仕事。
どちらが大切なんだ?
もし、出勤途中で倒れたらどうするんだ?
……。
しかし、おそらく当時の私はこう答えただろう。
「いや、午前中くらいで切り上げるつもりだったんだけど……」
……。
…………。
そういう問題じゃねえええ!!!
さて。
こうして、三度目の死神とのダンスも終了した。
初回公演は、ミニストップ。
第二公演は、自宅の風呂場。
第三公演は、午前4時30分の寝室。
すべて約30分。
そして、ついに心筋梗塞という可能性に気づいた。
普通なら、ここで物語は病院へ向かうはずである。
しかし、残念ながら、この男は普通ではなかった。
心筋梗塞を疑っている。
妻も同じ考えになっている。
救急車は呼ばない。
そして、出勤するつもりでいる。
……。
誰か、この夫婦に119番を教えてやってくれ!!!
もっとも、今だからこそ、こんなふうに笑い話にできるのである。
当時の判断は、極めて危険だった。
繰り返す激しい胸や背中の痛みは、心筋梗塞をはじめとする重大な病気の可能性がある。
痛みが治まっても、安心できるわけではない。
私のように30分待ったり、仕事を優先したりせず、すぐに119番へ連絡してほしい。
さて。
こうして、死神との三部公演は幕を閉じた。
実に長い公演だった。
夕方。
夜。
そして翌朝。
三回も踊ったのだから、もう十分だろう。
……。
ところが。
本当の騒動は、ここから始まるのである。
何しろ。
心筋梗塞を疑いながら、出勤しようとしている男がいるのだから。
……。
…………。
死神も、さぞ呆れていたことだろう。
「こいつ、まだ会社に行くのかよ……」
いや。
もしかすると、笑っていたのかもしれない。
こうして私は、三度目の死神とのダンスを終えた。
めでたし、めでたし。
……。
だから、全然めでたくねえんだよ!!!
――第3話・完――
次回「第0話 ―死にかけた男が、それでも働く理由―」
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※本作は著者自身の実体験をもとに執筆しております。会話や当時の心理描写は、記憶をもとに再構成した部分があります。
※激しい胸の痛みなど、心筋梗塞が疑われる症状がある場合は、直ちに119番へ連絡してください。著者の行動を真似することは推奨しておりません。
いかがでしたでしょうか。
三度目の激痛で、ようやく心筋梗塞の可能性に気づいた私。
妻も納得。
病名の推理は大正解。
……。
なのに、午前中だけ出勤する男。
もはや、救いようがありません。
死神も、ここまで手応えのない相手は初めてだったのではないでしょうか。
さて、次回はいよいよ出勤です。
心臓は緊急事態。会社は通常営業。
……。
誰か、この男に有給休暇の使い方を教えてやってください!!!




