覚え書き その12 人の道と獣の道
主な登場人物
・海福ブレイド玲奈
主人公の高校1年生の女子。身長が180㎝あるクルド人との「ハーフ」。学校でレイシストにいじめられるルッキズムの持ち主。現代の生物学で否定されている「群選択説」を信奉し動物集団と人間社会の類似性により自己へのいじめと差別を必要悪とみなし、受忍している。肉食を嫌悪しているが本人はヴィーガンではなくバターはOKなベジタリアンだと思っている。小学生のとき学校で飼育していた豚が死んだ責任を負わされて以来、豚に由来する蔑称をつけられる。
・ジンベイ君
身長が2メートルあるジャマイカ人との「ハーフ」。本名:蘭堂駿平太
男は殴るが女は殴らない差別主義者。中学時代のある出来事により目の前のいじめは恵まれた体格を生かし阻止しようとしている。
警察の連中に追い立てられるように林間学園の敷地を出た。連中は敷地からアタシらを追い出すとさっさと門を閉め車で山を下りていった。
「人間の味を占めたクマがうろついているかもしれないのに高校生だけで帰すのか。信じられない」
思わずアタシは不満を口に出していった。月明かりがあるとはいえクマがいるかもしれない薄暗い林の中を歩くのは危険ではある。どんだけ1時間後の大リーグを視たいのか。呆れるよりも不安が心を掻き回していると、このような事態を引き起こした張本人ジンベイ君がカバンの中からスプレー缶を2本取り出した。
「熊除けスプレーだ。持っておいてくれ」
「ずいぶんと準備がいいですね」
「二人でヤッている最中にクマに覗かれたらいやだろう
下品な冗談なのか真面目に言っているのか暗がりの中ではよくわからない。しかしこれだけでは熊対策は不十分だ。
「音楽も流してクマが寄ってくるのを避けましょう」
アタシたちはクマが寄ってこないようにスマホからロックな音楽を最大限の音量で流しながら林の中の砂利道をLEDライトで照らしながら自転車を押して進んだ。狭い林道で自転車を漕いで、いきなりクマと鉢合わせし向こうを驚かすより安全だろう。そしてようやくアスファルトの広い道に出たところでサドルに跨った。
「すまないな。えらい目に遭わせて」
並んで山を下りながらジンベイ君がいまさら謝ってきた
「別にえらい目に合わされなかったからいいですよ。初デートであんなこと言われるとは思ってもみなかった。しばらく変な気は起こさず接してください。」
あのまま誘いに乗って死体発見現場で処女喪失では洒落にならない。
「まあ、ワンチャンいけるかと思っただけだ。それより一緒に飯を食いに行かないか」
こんな時間では家に帰って作るより外で済ませたほうがいい。アタシはジンベイ君の申し出を承諾した
帰路の途中にある自宅からの最寄り駅を出た後、アタシらは近くにある24時間営業の牛丼屋に入った。肉をあまり食べたくないが食べ物屋で開いているのはここしかないのだ。店内は他に客がないが端っこのテーブル席に座った。ここからでは店員も見えない。
「こんな状態でよく肉が食べられるな」
人間の死体を見たばかりなのに牛丼の特盛と牛皿を頼んでおいしそうに食べるジンベイ君を見て少しひいた。
「これは牛の肉だ。別に変ではないだろう。玲奈も食えよ」
ジンベイ君は牛皿をアタシの目の前に置いた。食欲はあるが、肉を食べているのを観るだけで、口の中から胃へ、あのぐちゃぐちゃした塊が流れ込むのを思うと吐き気がして気分が悪くなった。
アタシは漬物の小皿しか食べられずに牛皿を返した
「せっかくだけど肉は気分が悪くなるから食べられない。蘭堂君が食べてよ」
「そうか」
ジンベイ君は下等生物の肉をつぎつぎと体内に取り込み皿が空になると紙のおしぼりで口を拭った。ジンベイ君が一息ついているのを見計らって先ほどの死体の件について少し話そうと思った
「あの変態教師竹内が自殺するとは思えない」
身体を少し前かがみにして店員に聞かれないように小声で心の中の違和感を述べた。ジンベイ君は痒いのか何か思案しているのか顔をしかめ顎を指で何度かこすったあと笑みを浮かべながら応えた
「日本の警察は優秀だから、警察が自殺と言っているから自殺だろう。考え過ぎだ」
少なくともあの現場に来た警察はとても優秀とは言えないと思う。自殺という判断には大いに疑義がある。
「アタシはどうも腑に堕ちなくて。あいつは性犯罪が示談や執行猶予で済んだのをいいことにうちらの中学に潜り込んで教師を続けていたそうじゃない。しかも懲りずにセクハラをし続けるゲス野郎。あの河合さんへの性加害疑惑でさすがに学校もかばいきれず辞めさせられたけど。そのあと噂じゃ審査の緩いNPOの運営する塾で講師になり、さっきの警察の人の話が本当なら援助交際もしていた。自殺なんてありえない」
ジンベイ君は両肘をつき両手を重ねその上に顎を載せ一息ついた後しゃべりだした
「では、あれは他殺だと?だったら犯人は大喜びしているだろう。一番楽な完全犯罪の条件は警察がやる気がなく無能なことだから。証拠を見落としたり紛失したりするならなおいい。まあ検死する人材が不足していて死体から殺人の可能性が見落とされていることも世の中たくさんあるらしいな。だが僕は彼のやったことを考えると自殺であれ他殺であれ、あいつが死んでクマに食われたのは因果応報だと思っている。いい気味だ」
たしかにそうだが、悪行が法で裁かれず闇の中になるのは問題である
「勝手に自殺して罪に向き合わず、悪行が明らかにされず、法できちんと裁かれないのでは被害者が浮かばれない。それに悪には天からの報いがある因果応報という考えは好きじゃない。同じような災厄が全く何の落ち度もない人にも降り注いでいるのに、悪人と同じような因果によるものと言っているようなものだから。それはどうかと思う。違う?」
ジンベイ君はなにか反論しようと思案していたようだが、ふいに両方の手のひらをこちらに向けた
「降参、降参だ。君にはかなわない」
「べつに論破したくていったわけではないです。そう思うかどうかと聞いたのですが」
ジンベイ君はそれには応えずに視線を逸らすかのように腕時計を眺めた
「今気づいたがもう10時過ぎだ。これだとまた警察に捕まる。とりあえず店を出よう」
これにはアタシも同意して席を立った。会計を済ませて店を出るときジンベイ君は言った
「実は僕も他殺ではないかと思っている」




