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汝、右の頬を打たれたら。  作者: ハシドイ リラ


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9

「償った…?」


「ええ。貴方だって知ってるでしょう?貴方のお母様がどうなったか。」


「あ、あ…そうだ、殺され…」


「まあ!だから言ってるじゃない!起こしたトラブル以上の罰は与えないわよ?」



え、え!では!


「かあさ、母はまだ生きているのか!」


「そりゃそうでしょう?だってあの人殺人には関わってないもの。」


殺したと思われていた事に憤慨しているかのようだ。


「ただただ、自分勝手にこき使っただけで流石に命で償うなんてさせないわよ。」


「だがな、母さんはお前の母親のせいで脚を折られたんだ。逃げ出せないようにって。」


アヤームが割って入った。

は?脚を折った?そのくらいのことで復讐か?


「さっき、逃げれば良かったのにって言ったろう?…母さんは逃げ出せなかったんだよ。右脚、治療もまともにして貰えなかったからな。今は杖なしで歩けないんだ。」


「ええ。だから貴方のお母様にはちゃんと説明したわ。自分の罪を償ってもらうって。」


右脚、歩けない程度に折らせてもらったわ。そしてその後は死なない程度の治療だけね。

ふふふ、と笑っている。人の脚を折ったという話を!


「か、かあさん!」


いつの間にか母がいた。


「ああ!お前も!父さんも!なんて事を!ひ。ひとさまの命を奪うなんて!」


母は泣いていた。


「で、でも母さんだって!子爵家を継ぐ事になった時喜んでたじゃないか!」


「それはっ!それは貴方のお父さんが!」


驚いた事に母は本当に何も知らなかった。

母は父からずっと言われていたそうだ。


"兄より優秀なお前を後継に、と父が言い出したから冤罪を着せられて家を追い出された"


と。だから子爵家出身にも関わらず平民の中でも中流くらいの生活しかできなかった。それが。


"父を騙して全てを手に入れた罰が当たったんだ、だから急な病で亡くなった"


と聞いて、本来自分のものだったはずの生活を奪ったアヤーム達が憎かった、と。


「だ、だから!逃げ出して責任を取ろうともしないアヤームの母が怪我をしたと聞いて!罰が当たったんだって!治療なんか最低限死ななきゃいい、仕事さえさせられれば!って」


「それがっ!信じていた事が全部嘘だったなんて!」


そう。アヤームの父親が全てを奪ったなんて真っ赤な嘘だ。父は家の金を使い込んで勘当されただけだ。

しかも。しかも。そのまま追い出されたとなれば貧民街に身を寄せるしかなかった俺達一家に家を与え、仕事を与えたのはアヤームの父だ。


「自分の兄を!伯父を!欲のためだけに手をかけるなんて!」


「はっ、知るかよ!母さんだって充分いい生活させて貰っただろう!面倒な家政は人任せ、好きなように金を使って!それを今さら!それに!」


母が涙に濡れた眼でこちらを見ている。この女は!自分だけ助かろうとするなんて!


「それに!もし父さんが子爵家を継ぐ可能性があったら!お前なんかと夫婦になるはずないだろう!根っからの平民の癖に!」


母の涙が止まった。そして地面に頭を擦り付けるようにして謝罪を始めた。


「皆さま方にはお詫びのしようもございません。今の今まで息子もまた強欲な夫の被害者だという気持ちが拭いきれませんでした。でも…」


また涙が止まらなくなっていた母が顔を上げて言った。


「この子は…この子は夫と同じ道を選びました。命乞いをするだけの価値がないと、やっと諦めがつきました。」


な、何を言っているんだ!お前!母親だろう!


「お前っ!母親だろっ!助けろよ!命乞いしろよ!自分が代わりに罰を受けるくらいのこと、言えよっ!」


両脇から支えられ去って行く母はこちらを一度も振り返らなかった。





「では、始めるわね。」


は、始めるって!俺は、俺は殺されるのか!


「いや、俺と同じ目にあってもらうだけだ。」


その時また誰かがやってきた。う、嘘だろう?あいつは…!



「男爵!な、何故お前がっ、お前が生きているんだ!」


「それはな、アヤームが俺の家に駆け込んだからだ。」


「お前のした事の悍ましさについに裏切る決心をしたんだそうだ。……彼の母の保護を願い出てな。」



「そうよ?だからアヤームはまだ生きているの。この人が殴られ、蹴られって散々な目にあった分はもちろん償って貰ったけど。」



助かった…だと?あれだけ散々殴る蹴るして?その後崖に突き落としたのに?


「ああ、何故助かったのか分からないのね。ふふ。まずね、あなたの殴る蹴るはそんなに問題じゃなかったみたいよ。」



「ああ、あの程度なら体を鍛えていればダメージにもならない。まあ血は気合いでは止められないからな、素人には重傷に見えたかもしれないな。」



バカにされている!いつもならカッとなって罵るか殴りかかるかしているのだが。

流石の俺もこの状況でその勇気は出せなかった。



「で、でもあの時お前はっ!怯えて飛び降りる勇気もな…」


ドガッ!一瞬何が起こったか分からなかったが、頬の痛みと共に殴られたと分かった。


「あのなぁ。あの時はさ、殴られて拉致されて気がつけば崖っぷち。しかも拉致犯数人に囲まれてたんだぜ?」


「そんな所で全力で抗ってどうするの?少しは頭を使いなさいな。」


じゃあ、じゃああの時俺は!


「はあ、なんでアヤームを小間使いにしているんだか。それだけでもお前の無能っぷりが分かるというものだ。彼が子爵家を継いでいれば伯爵への陞爵も望めたろうに。」


「は?アヤームが?15歳からまともな教育も受けさせてないのに?」


「そうだな、まともな教育を受けたらしいお前よりも随分と頭が回るぞ。」



「俺…いや俺たち使用人はお前の厚顔無恥な振る舞いにほとほと困っていたんだ。だからあの日も!」


"呼び出して因縁をつけて少し殴る蹴るをすれば治るだろう、男爵家には何か詫び状と品物を送るとして…"


「彼を家に帰してからの諸々の算段をつけていたんだ。そしたらいつもにも増してネチネチ言ってるから、少し血を見せたら満足するだろうと思って」


「指輪のついた手でさっと殴ってくれてね。痛くないのに派手に血が出たからびっくりしたよ。」


満足そうに返す男爵が続ける。


「アヤームの意図、他の使用人も理解していたんだろうな。お前にはバレないよう気をつけながらかなり手加減してたぞ。」


「なのにさ、お前突き落とすんだもん。」



流石のアヤームも真っ青だったんじゃないか?そう言って豪快に笑っているが。


「殴る蹴るがダメージ無かったとしても!なんであの高さから落ちて生きてるんだよ!確実に殺したと思ったのに!」



「まあ、それは自分で確認してみれば?」




背筋に冷たいものが走った。






時系列が曖昧な感じですが、彼が助かったのはまだ雪の降る季節でクッションになる物が多かったのです。

落下で骨折をしてしまったので長距離は動けませんでしたが、捜索隊が出ることに賭けて寒さを凌げる場所で耐えていたのでした。

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