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汝、右の頬を打たれたら。  作者: ハシドイ リラ


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「じゃあもう一度仕切り直すわね。今から貴方には自分の罪を償ってもらいます。」


はっ、気を取られていたが俺はこれから殴られ蹴られて殺され……あれ?


「ちょ、ちょっと待て!お前!生きてるじゃないか!」


「なら!俺が殺されるのはおかしくないか?!」


「あら、何度言えば分かるのかしら?犯した罪以上に罰は与えない、と言っているでしょう?」


だったら!


「だったら!あいつは生きてるんだ!これはやり過ぎって事じゃないか!」


今まで場にそぐわない優しい笑顔だった夫人が真顔になった。


「そうね、貴方を殺しはしないわ。同じように殴って同じように蹴って。」


「同じように突き落とすだけだ。」


そんな!そんな事をしたら!


「突き落とすなんて!それじゃあ死ぬかもしれないじゃないか!」



「そうね。だって貴方さっき言ったじゃない?殺したはずなのに!って」


「だから、俺たちもお前を殺すつもりで突き落とす。ふん、お前にも奇跡が訪れるといいな。」


殴られ、蹴られ。人を甚振りながら笑顔で答える。こいつら狂ってる!

だが多少手加減しているのだろうか、まだ体力は残っている。これならもしかしたら、生き残れるかもしれない。

希望が見えた時、奴がつぶやいた。


「ああそうだ!俺が助かった一番の決め手はアヤームが我が家に駆け込んでくれたからだな。それでもお前の隙を見て出かけるまで…丸一日かかったからな。ほぼ2日。俺は谷底で死にかけていたんだ。」


ふふっ。夫人が嗤う。


「この人には心配して探してくれる人がいたけれど…。貴方も誰か探してくれる人がいたらいいわね。」


探してくれる人?そう…か。絶望的だな。

想像してみる。散々殴られ蹴られ、突き落とされる。

落とされる先は正真正銘谷底だ。

……ここからでは木が生い茂っていて様子がよく見えない。

もしかしたら!あいつは上手く木に引っかかって落ちる衝撃を和らげる事ができたのか?

これだけ木があれば、俺にもその奇跡が与えられるかもしれない。

鬱蒼とした木々をもう一度見る。

先ほどまでは自分の命を飲み込む不穏な緑色だったが。

今は俺の体を優しく受け止めてくれる緑色のマットに見えてきた。

生き残れるかもしれない、という希望が俺に宿ったからか、相変わらず微笑みを絶やさない女が声をかけてきた。


「貴方の場合はね、"死"は償いじゃないのよ。」


だが、その後に続く言葉は微笑みとは凡そ相容れないものだった。


「だから、わたくしもあの人も貴方が生きてても死んでても構わないの。ただ、犯した罪と同じだけの罰を受けてもらいたいだけなの。」


ゾッとする。こんな酷い事を微笑んだまま話せる人間なんて碌なもんじゃない。



「で、どうするの?確か貴方、落とし前をどうやってつけるんだ!なんて散々責めてから突き落としたそうじゃない。それも再現する?」


俺は恥をかかされたからな、そのくらい言ってもいいと思ってたんだ。……何なら今でもそう思っている。貴族のプライドの問題だ、許していいわけがない。

俺に間違いがあったとするなら。……するなら、関わった相手がこんな狂った奴だったって事だ。それ以外悪いところなんて思いもつかない。


生きる術を見出せたからか、活力が戻ってきた。目に力を込めて睨みつける。お前如きが生きて戻れたんだ、俺が死ぬわけないだろう!戻ったらあらゆる手を使って追い詰めてやる!


「ああ、自ら飛び降りてもいいんだぞ。自分のタイミングで落ちた方が受け身は取りやすいかもな。」



俺は自分から飛び降りると決めた。そして崖っぷちギリギリに立った。

いざ立ってみると足が震えて飛び出せない。


「ねえ、まだかしら?」


こ、この女正気か?!


「お、お前狂ってる…!人の命をなんだと思ってるんだ!このっ…人殺し!」


俺がそう叫ぶと、一瞬真顔になり笑い出した。

それに釣られるかのように周りも。

クスクス、ハハハ、プッ…


「なっ、なんなんだお前ら!人を1人殺そうとしてるんだぞ!それも笑いながら!お前らみんなっ…人の心が無いのかっ」


俺がそう叫ぶと笑い声がピタリと止まった。

そうだ!こんな狂った奴らの言いなりになる必要なんかない!


「お前ら!今なら許してやる!解放すれば父を殺したことは黙っておいてやる!」


「ひとつ聞いていい?貴方のこと散々殴って蹴ったわ。そして今ここから落ちろって迫ってる。それってそんなに悪いことかしら?」


な、何を言ってるんだこの女!


「当たり前だろう!人を1人殺すんだぞ!罪悪感は無いのか!」


女が周囲を見回して訊ねる。


「罪悪感、ある人?」


誰も答えない。その代わりに知らない女が一歩前に出た。


「貴方は私の事を覚えていますか?」


「は?お前みたいな小汚い女知るわけないだろう!」


俺は貴族だぞ!


「あんたがそうやってお貴族様だのなんだのって偉そうにし出す前、たった10年かそこらの事よ!」


貴族になる前?そんな昔のこと……


「思い出した?私はねえ、あんたに無理矢理連れて行かれてっ…わたっ私だけなら!まだ我慢できた!でもあの時お腹にいたっ、いた子はっ」


男が慰めるように抱きしめる。


「お前は嫌がるこいつを無理矢理引き摺り込んで、言うことを聞かないからと散々蹴って!腹を守ったコイツの仕草を見てなんて言った?!」


"なんだよ、子がいるから気分が乗らねえってか?"


「ううっ、その後はお腹ばっかり狙って蹴られてっ」


「ねえ、貴方の言う()()()ってなんなのかしら。」


問いかけられるがそんなの知ったこっちゃない。俺が!


「俺が何をしようと俺の勝手だろうが!」


「ふふ。そうね、悪い子は悪い子のままでいいわ。あ、でもね貴方…」


"散々殴って蹴って、ここから飛び降りろ"って


「貴方が先にこの人にやったことよ?今貴方は()()()()に死ねと迫られているってことね。お分かり?」


「ここにいるものは大なり小なりお前の被害者だ。しかもお前がやったみたいな理不尽じゃない。やられた分をやり返しただけだ。いや、未だやり返せていないものまでいるんだ。それが。」


"飛び降りて助かったならその先は手を出さない"


「なんて寛大なんだ!感謝しろよ!」


なんだ!なんなんだ!絶対、絶対!生き残ってお前らに復讐してやる!

そう誓い睨みつけてやった。


「なあ、そろそろ俺も飽きてきたよ。な、実際に見ると足が竦んで飛び出せないだろ?どうする?」


うるさい!俺には俺のタイミングが!突き飛ばされそうになり咄嗟に避けようとした。


「あ、その前に!貴方のことなんて誰も探してくれないと思うの。だから一応我が家から2日後に捜索隊を出してあげる。だからそれまで頑張りなさい!」


軽い調子でそう宣言された後。


トン。


俺は真っ逆さまに落ちていった。










「流石ね、あれで死なないなんて。」

「憎まれっ子世に憚るってやつか?」



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