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結局俺は助かった。あの高さから落ちたと言うのに脚と肋骨を数本折った、それだけだった。
俺の予測した通り、枝がクッションとなり何度もバウンドしながら落ちたらしい。
お陰で打ち身と骨折だけ。命に関わるような怪我は全くなかった。
約束通り2日経った頃に捜索が入り俺は回収され、折れた骨が完治するまであと1〜2ヶ月は動かない方が良いとの診断が出た。
そして今日まで清潔な部屋で治療を受けていたのだが。
「あとは骨折が治癒すれば五体満足に戻れるそうよ。おめでとう!」
それなのにあの女が満面の笑みで送り出そうとしている。まだ杖を使って歩けるかどうかなんだぞ!
完治には程遠いというのに、あれだけのことをしておいて面倒を見ないなんて鬼畜の所業だ。
だがあの女だけではなく、屈強な男たちが後ろに控えていたことで抵抗する術もなく追い出されてしまった。
「クソッ!クソッ!お前ら覚えておけよっ!」
その時はまだ状況が把握できていなかった。
だから巻き返せると思っていたんだ。
だってアヤームの父親を殺したのは父さんだし、俺は多少暴力を振るったが、結局殺してなかったんだ。
それなのに!あんな凄惨な暴力を受けた上に崖から突き落とされた!
国に訴え出てたんまり金を取ってやるか。それとも街のごろつきを使ってあいつらに報復するか。
アイツらの悔しがる様を想像して鬱憤を晴らしていた。
※※※※※※
「同害報復…?」
「ええ、ですので貴方が受けたと仰っている被害については罪に問えないのです。」
な、な、な…
「なんでだよ!俺は拉致監禁されて暴力を受けた上に殺されかけたんだぞ!どこに罪がないと!」
「いえ、ですから。貴方が被害を受けたと訴えているポダロッサ・マルシュ男爵がですね、隣国のベルサリテ侯爵家のご出身でして。」
「それがなんだって言うんだ!」
隣国だろうと関係ない!やった事の落とし前は付けてもらうからな!
「はあ、あなた仮にも貴族なんですよね?隣国出身と聞いても理解できないんですか?そもそも」
"貴方がやった事がそのまま返ってきただけでしょう"
そう言われて思わずカッとなった。
俺のやった事についてはちゃんと根拠がある!男爵如きが俺に恥をかかせたんだからな、当然の権利だ。格下の人間が不敬を働いた場合、報復は"無礼討ち"と見做され罪には問われ無いはずだ。
だが!だがアイツらは!隣国の法律なんぞ知らんが、この国で!子爵子息に対して男爵風情が殺人未遂を犯しているんだぞ!
「だって可笑しいじゃないか!俺は身分差を弁えなかった相手に正当な制裁を行っただけだぞ!」
「ええい!お前のような平民の役人では話にならん!貴族家出身の役人を呼べ!」
「先ほどから五月蝿い平民が騒いでいると聞いたがお前か?」
いかにも高位貴族という男が現れた。この男なら無礼討ちも理解できるんじゃないか!?そう思ったのに、俺を一目見て平民だと抜かしやがった!
「はあ?何が平民だ!俺はドゥーイー子爵家の嫡男だ!」
「ドゥーイー子爵家?あそこは確かアヤーム殿が子爵になったのではないか?まさかその年頃でアヤーム殿のご子息ではあるまい。」
え。
「な、なにを?アヤームは前子爵の息子で…今の子爵は俺の父…先日亡くなった俺の父だ!」
「ではお前がタッキィミか。怪我の治療中だと聞いておったが。」
「先日病院を追い出された!だからこの暴力沙汰の被害を訴えに!」
はあ。心底嫌そうにため息をついた男が先ほどの平民の役人に言った。
「こういう輩が来た時は遠慮なく上司を呼びなさい。」
「や、輩?!」
「話は別室で聞く。ついて来い。」
※※※※※※
別室というから応接室かと思ったが…
「なんだここは…?まるで」
まるで取調室ではないか。
「そうだ、ここは取調室だ。…記録係、準備は良いか?」
記録係が頷くと男が告げた。
「これよりタッキィミ・ドゥーイー元子爵子息の殺人未遂容疑について取り調べを行う。」
は?
「さ、殺人未遂?」
「そうだ。ポダロッサ・マルシュ男爵へのな。」
何を言っているんだ、あれはどう考えても非礼を働いた者への報復だろう。
「無礼討ちを罪に問われることは無いはずだ!」
眉を顰めて男が問う。
「無礼討ち?お前は無礼討ちの成立要件を理解しているか?」
「もちろん!目下の者が目上の者の尊厳を傷つけるようなことをした場合は殺すことも認められているはずだ!」
「どんな尊厳だ?」
「夜会で!大勢の前で恥をかかされたんだ!十分要件は満たしている!」
秘書が書類を一枚渡す。
「恥をかかされた、か。当日目撃した者の証言を見る限り…」
「かかされたというよりも、自らがかきに行ったようだがな。」
「はあっ!?あんな舐められたマネ、許していたら貴族のプライドが!」
「まあどうしても無礼討ちに対する逆恨みって事にしたいなら被害届の受理はするけどね。」
すぐに出す、と言おうとした俺を手で制し男が続ける。
「すでに打診があってね。お前が無礼討ちを主張するならこちらは正当な手続きを経て無礼討ちをさせてもらう、と。」
……は?無礼討ちのなんたるかも知らないのか?そんな脅しが通用すると思われている事が腹立たしい。
「いやいや、お前は一時期とはいえ子爵子息だったんだろう?何故そこで怒れるのだ?普通の貴族なら」
続きを放り出したまま、はあ。とため息をつかれた。
「なんだ?普通の貴族ならなんなんだ!」
俺がため息の後黙り込んだ男に怒鳴ると、ギロっと睨まれた。秘書が耳打ちすると男はそれもそうか、と呟いた。
「そもそもお前、俺にその口の聞き方だものな。貴族としての教養なんぞ期待してはいかんかったな。」
怒りなのか羞恥なのか。顔に血が集まる。
何か言わねば、と思った時秘書が言った。
「この方は、王弟閣下のご子息です。……お顔をご存じない貴族、いえ元貴族でしたか。存在するなど驚きです。」
「まあ良いわ、俺の事は。だがな、王弟の一人息子を知らんのだよ、お前は。それがどういう事か分かるか?」
貴族の常識を何も知らんという事だよ。
「な、な、な…。あっ、でも!でも!それと今回の無礼討ちは関係ないじゃないですか!」
「すまん、頭が痛くなってきた。代わりに説明してやってくれ。」
そう言って王弟の息子とやらが席を外し、代わりに秘書が座った。
俺はその時真っ青だったと思う。
「まず、貴方が男爵風情と呼んでいるポダロッサ殿ですが。この方に対しての不敬は見逃される公算が大きいでしょう。隣国の侯爵家出身とはいえ、国内では男爵を名乗っていますからね。子爵家、しかも10代後半で突然成り上がった貴方なら知らなくても仕方ない、と弁明もできるでしょう。」
だがね、と秘書が続ける。
「奥方のタルティーヌ夫人が問題なのですよ。彼女は現在マルシュ男爵夫人を名乗っていますが、元は侯爵家のひとり娘。男爵夫人は侯爵家を継承するまでの間の仮初の爵位だ。」
ここで一区切りをした秘書が少し体を乗り出した。
「貴方は……ああ貴方に倣ってみましょうか。子爵子息風情が、侯爵家の直系の姫君に卑猥な言葉を使って強引に迫ったのですよ。」
少し離れた所で茶を飲んでいた王弟の息子がティーカップを持ったままこちらに戻ってきて告げた。
「お前こそ、その場で無礼討ちされても仕方なかったんだぞ。だがな、あの家はみんな鷹揚でな。」
"確かお父様が子爵位を継がれて間がない方でしょう?上位貴族の顔と名前まで覚えているなんて期待しちゃいけないわよ。"
「その自分の寛容さを無碍にされたからこその苛烈さだろうね。」
「なっ、でも!あの時点では俺は何も間違ってない!相手は男爵と男爵夫人と名乗ったんだ!」
「だからこそお前はまだ生きてるんだ。」
「なのにタルティーヌ夫人の慈悲を無駄にしたのですよ、貴方は。」




