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「いたたたた!おい!もっと丁寧に扱えよ!」
無言のまま両脇を抱える守衛に無理矢理門の外まで運び出された。
結局、アイツらを訴えるのは諦めた。
「タルティーヌ夫人は侯爵家の姫君だぞ。それを知らんと言うだけでも驚愕なのに、あんな卑猥な言葉を投げかけるとは…。」
その場で無礼討ちされても仕方のない失態だったが、爵位の低さ故に見逃されたそうだ。
「それを逆恨みしてあれだけのことをしておいて無礼討ちを騙るとは…。」
王弟の息子とやらにはため息混じりに言われた。
「お前は許されたのではない。」
"羽虫が騒いでいる"
「くらいどうでも良い存在なんだ。だからな。」
"あまりにも五月蝿いなら潰してちょうだい"
「そう言われないように、ひっそり生きていけ。」
そうは言われてもこの先どうすればいいのか。
聞けばドゥーイー子爵家は正当な後継者アヤームが継いでしまったから俺はただの平民だ。
母の行方は分からない。
この辺りに止まられては困るから、と言う理由で与えられた小銭で隣街まで行くように指示されている。
その後は…
「あれ?お前って確か…」
隣街でもあてもなくウロウロしていたら声をかけられた。
「お前は!」
まだ子爵家を乗っ取る前、平民だった頃につるんでいた仲間の一人だった。
誘われて飯を奢ってもらう事になり…
事情を説明した。
「ええっ、それじゃあ冤罪みたいなものじゃないか!」
「ああ、それでも従兄弟に子爵位を掻っ攫われ平民なった今どうしようもなくてな。」
多少、自分に都合良く脚色した事は許してくれ。アヤームもそれくらいは目を瞑ってくれる筈だ。
「そうか…じゃあお前、困ってるって事だな。」
「そうなんだ。何か仕事を斡旋してもらえないか。」
背に腹は変えられない。コイツを頼る事にした。
暫し考え込んでいたが、にっこり笑って告げた。
「なあ、お前ひとりが暮らせれば良いんだよな?それなら家族がいなくてこまめに連絡を取り合ったりしなくて良い人間を探してる人がいるんだ。」
「連絡を取りあったりしなくて良い?」
「ああ、何というか…あ!住み込みで時間も不規則だから連絡が取りにくいだろう、ってことな。」
まあこまめに連絡を取ることはないか、と深く考えるまでもなく引き受けた。だって!俺のような訳アリ元貴族が提示されるオファーでこれより良いものはおそらくない、というくらいの好条件だったのだ。
詳しい話は雇い主に聞いてくれ、と言われ町外れの屋敷に連れて行かれた。
「じゃあここでお別れだ。聞いた話だとそんなに体力を使う仕事じゃないらしいし、貴族としての振る舞いも求められているそうじゃないか!こんなにピッタリな仕事なんてそうないだろうから、頑張れよ!」
そう言われ奴が帰って行った。思いの外立派な屋敷に気を取られていて気が付かなかった。
「お前みたいに人を踏みつけにする人間にピッタリな仕事だよ。」
彼がそう呟いた事に。
雇い主はこの屋敷の主人らしい。
「俺の義母の話し相手を探していたんだが、義母は子爵令嬢だったんだ。もう平民に嫁いで久しいのに未だ貴族のように振る舞いたいらしい。」
なるほど、住み込みで働ける元貴族なんてお誂え向きと言う事だな。
「まあ義母の話し相手だから肉体労働ではないんだが…完治していない足ではそれも辛いだろう。完治してから会わせる事にするよ。」
その後は暫く治療に専念させて貰った。金はあるようだが調度は全く足りていないな。まあ平民の家だと思えば合格点といったところか。
母の相手と言っていたな。あの男の母親ならば60代といったところか。まあ適当に貴族らしい扱いをしてチヤホヤしてやれば納得するだろう。
俺の虜にしてしまえばこの家を牛耳ったも同然。その後は平民の癖に妙に偉そうなアイツを操って良い暮らしをさせてもらうとするか。
「お前は満足にお茶も淹れられないの!?」
バシャッ、今淹れたばかりのお茶を浴びせかけられる。
"元子爵令嬢"という名の化け物に今日も振り回される。
最初に挨拶した時、30代に入るか入らないかの若い女が現れてびっくりしていたら事情を説明された。
あの男の実母ではなく、8年ほど前に嫁いで来た父親の後妻なのだと。
どうやら奔放にお育ちになったご令嬢らしく、貴族の家には嫁げなかったらしい。
そこで目を付けられたのがこの家だ。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの商会、身分はないが金は唸るほどある。
当初はこの男の嫁にと捩じ込まれそうになったが、父親の後妻として娶る事で回避したと。
「あれは毒だ。しかも猛毒だ。嫡男の妻として立たせたら、大きくしてきたこの商会があっという間に傾く。今までの苦労が水の泡だ。俺の後妻に迎えるからお前は予定通り婚約者と結婚しなさい。……家督はさっさと譲ってあれを公の場に出さないで済むように調整しよう。」
かくして後妻となったが、貴族の家に嫁げなかったような女だ。裕福とはいえ平民に嫁いで上機嫌な筈がない。
"平民にわたくしの身の回りの世話が出来るはずないでしょう!きちんとした貴族出身の者をよこしなさい!"
貴族社会から弾き出されたお前に誰が仕えるんだ?とは誰も指摘できず持て余していたが…。
「まあ、子爵子息だったのならひとまずは合格ね。細々した事はこれから覚えていきなさい。」
このひと言で、この女の社交界での立ち位置が分かった。あれだけの問題を起こした俺を知らないのだ。
「奥様は、恐らく貴族とのお付き合いは長年なさっていらっしゃらないようです。」
主人に報告をする。俺が望まれたのは身の回りの世話だけではない。貴族の目から見たこの女の価値を測ることも含まれている。
「あれだけ貴族だなんだと言っていたのに全く付き合いがないと?」
「ええ。……雇っていただく時点でお調べになっていらっしゃると思いますが、おれ…私の事を全くご存知なかったのです。」
「ふむ…ということは最低でもここ1年は貴族としての付き合いはなかったと言う事だな。」
正確にはあの年頃ならば。3〜4年前にはもう既に近寄ってはいけない男として警戒され始めていたはずだ。
「恐らくですが、最低でも3年、下手をすれば4〜5年は交流がないはずです。」
「なるほどな。よく分かった。気分屋の相手は大変だろうがもう少し頑張ってくれ。」
その後はひとつ追加の仕事ができた。それは…
「ねえ、タッキイミ。わたくしたちのことは本当にバレていないのかしら。」
そう、籠絡しろという命を受けた。
どうやらこの捩じ込まれて断れなかった縁談を先方の不貞を理由に解消したいらしい。
だからバレるも何も最初から主人の掌の上なのだが、その事は知らせるつもりはない。
「ああ。大丈夫だ。使用人も何人か抱き込んでいるから安心してくれ。あ!そうだ、今度は街にでも行かないか?俺が従者として付いていきますといえば通るだろう?」
そうして外出の度に俺が付き従っていると、だんだんと大胆になってきたようだった。
小さな部屋を借りて、買い物と言っては屋敷を出て外での逢瀬を楽しむようになったのだ。
……勿論全て俺が報告しているがな。
「お前が相手をしてくれるようになって一年か。」
「はい、もう一年経ちました。」
「良くやってくれたよ、本当に感謝している。」
いえいえ、と謙遜しようとした時に気付いた。
いつもはいない、先代がいることに。
いつもはいない、屈強な男が後ろに控えていることに。
「これが最期の仕事だ。しっかりやり遂げてくれよ。」
あっという間に縛られ、抱えられて馬車に積み込まれる。
……中には同じように転がされている女がいて悟った。
※※※※※※
「行方不明?」
「ああ。仕えていた屋敷の奥方と共にいなくなったそうだ。随分と前から男女の仲らしい、という噂はあったようだぞ。」
「まあ、じゃあ駆け落ちということかしら。」
夫は何か言いたげだったけど。
わたくしもちょっと思うところはあったけど。
「わたくしたちの復讐は果たされていますからね。彼は彼で幸せを見つけたのならそれで良いわ。」
「そうだな。彼の動向を伺っていたメンバーは呼び戻す事にしようか。……もう、追う意味もないだろう。」
彼の幸せをほんの少しだけ祈る事にしたわ。
来世ではもう少しマシな人生を、って。
これにて完結です。
最後までお読みいただきましたありがとうございました!
次回はもっと明るい話を書きたいなあ…




