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「それで?お前は誰だ?」
「はい、私はドゥーイー子爵子息の侍従をしております。」
「子爵家の侍従?どんな用事だ?」
「……」
「おい、取次げというなら用事を言え。」
「ポダロッサ・マルシュ男爵の件について、です。」
守衛の顔色が変わった。1人が慌てて中に伝えに行った。
程なくして戻って来た守衛が言う。
「今、男爵夫人の他にお父上も来られている。中に入るようにとのことだ、ついて来い。」
「君は…ドゥーイー子爵家の侍従と聞いたが、ポダロッサの件で情報があるのか?」
半信半疑でお父上、ゲイル・アグバージェ侯爵が尋ねた。
お可哀想に、ご夫人であるタルティーヌ様は行方不明からこっち、ずっと泣き暮らしているらしくげっそりとしている。
「はい…誠に申し訳ありません。我がドゥーイー子爵家の嫡男タッキィミによる拉致でございます。わたくしも拉致に関わってしまいました。」
「ら!拉致?!なにゆえに?ドゥーイー子爵家とは何の繋がりも無いはずだ!」
あまりの事に侯爵が取り乱した。
そして、そして俺はあのあまりにも凄惨な現場を思い出し、今更ながら震えてしまった。
な、なんと酷い事に関わってしまったのか。
「も、申し訳ありません!私は…私はっ!あんな恐ろしいことを考えていたとは思わず、仕返しをする程度だとばかり思ってっ…!」
足元に身を投げ出して謝罪する。
「ご、ご子息はもう…」
夫人がふらつくのが視界の端に見えた。
「な!何が原因で!そんな事に!」
話していいものか、躊躇してしまう。だって、だって…。
「お願いがございますっ!ここから先のお話は侯爵様だけにお伝えいたします!いたしますので人払いを!」
夫人はどちらにしても限界だったようだ。侍女に連れられて退室した。
他の使用人もほとんどが出ていき…
「可能な限りの人払いはしたが、護衛だけは外せない。良いか?」
「はい、大丈夫でございます。……夫人にはあまりに酷な話をする事になりますので、人払いをお願いしたのです。…あの、一つお約束いただきたいことがございます。」
侯爵が見極めるように俺を見る。
「私もちゃんと裁きを受けます。でもそれは、タッキィミ子爵令息にちゃんと罰を与えてからにしたいのです。ですので、彼がした事に対してしっかりと処罰を受けるまで…」
保護を申し出た。
「恐らく私がこの件を漏らしたと知られれば口封じされるでしょう。そうなれば証拠は何ひとつないのです。ですので…!どうかお願いいたします。」
「分かった。恐らく君を許すと言う選択はできないと思う。だが、主犯をきっちり追い込むまでは私の保護下にいてもらおう。」
「ありがとうございますっ!」
そして俺は話し始めた。
※※※※※※
「良い女じゃないか。奥で少し相手をしてくれないか。」
良い女を見つけると俺は全く自制が効かなくなる。
今日もそうだ。子爵子息という身分もあって、俺が声をかけたら百発百中、相手は頷いてついてくるのだ。
「いえ、申し訳ございません。本日は主人と参加しておりまして、もう間も無く戻ってくるのです。」
は?俺の誘いを断るだと?知らず知らず声が低くなる。
「は?お前の夫とやらは俺よりも偉いのか?」
「お待たせ、タルティーヌ!…あれ?この方はお知り合い?」
「なんだ!お前は!」
「私はポダロッサ・マルシュ男爵です。貴方は?」
はっ、男爵か。男爵風情の妻がお高く止まりやがって!
「俺はドゥーイー子爵令息だ。なあ、お前の妻を今夜貸してくれないか?」
「なっ!そんな!認められるわけないじゃないですか!」
「は?男爵風情が何を言ってるんだ。こういう時は喜んで差し出すもんだろう?だから未だに男爵から抜け出せないんだ。」
だが、馬鹿にしても脅しても決して妻を差し出さなかった。酔いも手伝って気が短くなっていた俺はカッとなり、掴みかかろうとしてー
サッと避けられた挙句転んでしまった。
その途端周囲から漏れる失笑。
「これで懲りてくださると良いのだけれど。」
どこからともなく聞こえたご婦人の声。羞恥のあまりすぐその場から立ち去ったが、時間を追う毎に苛立ちが募る。
「公衆の面前で男爵風情に恥をかかされた!ちゃんと落とし前を付けさせなければ!」
「はあ、しかしこのまま関わらない方が宜しいのでは?あの場ではたくさんの方が見ていらっしゃいました。これで男爵様にお怪我でもさせたら誰がやったか一目瞭然というものです。」
ガッ!俺に意見した侍従を殴ってやった。
「お前のような人に使われるしか脳のない人間には貴族の矜持というものが分からんのだ。それに…誰がやったかなんてバレない方法はちゃんとあるしな。」
ニヤリと笑って下働きの人間を2〜3人集めるように指示した。
※※※※※※
「そんな理由で?」
「はい。言い出したら聞かない性分の方なので1〜2発殴るつもりなんだとばかり思って拉致を手伝ってしまいました。でも…」
でも、まさか!
「まさか…殺すつもりだったなんて…」
そしてあの日の出来事。
散々に殴り、蹴り、甚振って。
挙げ句の果てに崖から突き落とした事。
使用人には…
「ポダロッサ様が、誠意を見せるために自ら飛び降りた、と。」
しばらく愕然としていた侯爵が、俺に向かって言った。
「……ポダロッサを。ポダロッサを見つけてやりたい。」
その後俺の話を元に捜索したところ、ポダロッサ様は発見された。
「侯爵、男爵夫人。本当に申し訳ありませんでした。私に止める勇気がなかったばかりに…」
泣いても悔やんでももう今更だ。
「そう思うのならばわたくしに力を貸しなさい。わたくしはわたくしの方法で、罰を与えてみせるわ。」
「ああそれとな、君の事は調べさせてもらった。アヤーム君。君のお父上は…」
「侯爵閣下、昔の話です。何卒ご容赦を。そして厚かましいながらもひとつお願いがございます。」
「恐らくその望みは…もう扉の向こうにあるぞ。」
ハッと扉の方を向くとガチャリと開き
「アヤーム!」
「母上っ!」
「もし君が我々を裏切るとしたら、母君を人質に取られた時くらいだろうと思ってな。先にその芽を潰しておいた。」
「侯爵閣下、あ、あ、ありがとうございます!」
俺の父親は、前ドゥーイー子爵だ。タッキィミの父、現子爵はその弟だが彼が子爵を継ぐに至った経緯は未だに疑問が残っている。
あれだけ健康であった父がある日を境にどんどん衰弱し、帰らぬ人となったのだ。
そして、本来なら俺が継ぐはずだった子爵位はいつの間にか父の弟であるタッキィミの父親のものとなっていた。
「君は母君を彼らの手から守るために、侍従としてこき使われていたんだな。」
タッキィミは父親そっくりだ。……そう。人に対して躊躇なく暴力を振るうし、悪事を働く事についてのハードルがとても低い。
私たち親子は父が亡くなって継承が済むまでの間、寝込んでいた事になっている。
だが実際は違う。子爵領の一室に閉じ込められていたのだ。
父の死因は流行病とされ、感染した母と俺も生死の境を彷徨っている、と。
その間に自分たちの都合良いように話は進められ、親戚も皆爵位継承を認めてしまった。
親戚はその後確認しなかったのか、って?
俺も母もな、病の後遺症で見られたものではない容姿になってしまい誰とも会いたくないと言っていたそうだ。
それに。唯一疑問を口にし、調べ始めた親戚が。領地に向かう途中の山の中で物盗りに遭って殺されたんだ。そうなるともう誰も疑問を口にしなくなった。
俺も母も、忸怩たる思いはあるがこれ以上死人を増やしたくない。どうにか逃げ出して2人で生きていこうと策を練っている最中だった。
殺されなかったのは。俺と母がいなければ、あいつらでは子爵家を回していくことができなかったからだ。経営はもちろん夫人に至っては平民の出だ、貴族家の家政なんて取り仕切れるわけがない。
陰に隠れて彼らの仕事をする、それだけの為に生かされていた。




