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或る司書の逸話  作者: セドカンナレオ / クローディア
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4月8日『午後四時十七分』

挿絵(By みてみん)

 午後二時。


 工房街の炉がいちばん熱い時間だ。窓の外では鍛冶の音が重なり合い、空気が陽炎のように揺れている。


 一人の女性が、図書館の扉を開けた。


 深緑の上着。左胸に八角形の銀バッジ。八ツ目商会の制服だ。


 私はカウンターから、その姿を見ていた。


 彼女は館内を見回している。指先が、無意識に太腿を叩いていた。とん、とん、とん。体の内側で何かが絶えず流れていて、それを外に逃がさないと落ち着かない。そういう気質の人なのだろう。


 視線は書架を追いながら、足はすでに階段へ向かっている。


 待てない人なのだ。


 私は、その背中を見送った。


 三年前。まだ少女だった頃の彼女を、私は覚えている。三階の窓際、今と同じ午後の光が差す席だった。あの頃から、じっとしていられない子だった。足を揺すり、指で机を叩きながら、本を読んでいた。同じ年頃の少年と、肩を並べて。


 あの少年は対照的だった。微動だにせず、本に向かっていた。周囲の空気が、わずかに重くなるほどに。まるで、彼のいる場所だけが静止しているかのように。


 少年は、今でも来ている。月に一度、朝から夕方まで、一冊の技術書を読み通していく。


           ◇


 三階。技術書の棚が並ぶ一角。午後の光が書架の間を斜めに横切って、埃が金色に泳いでいた。


 彼女の手が、一冊の背表紙に伸びた。同時に、別の手が伸びる。


 周囲の空気が、わずかに重くなった。その場所だけ、密度が違う。


「え、エルト?」


「ミリア」


 二人の手が触れている。『時計技術の精髄』。


 私は、三階の入口からその光景を見ていた。流れ続ける者と、留まり続ける者。三年ぶりに、二人の時間が重なった瞬間だった。


           ◇


 二人は、閲覧席に座った。


 彼女の指が、机を叩いている。とん、とん、とん。


「変わんないね、ここ。棚の並びも、窓の感じも」


「お前も変わってない」


「どこが」


「落ち着きがない」


「うっさい」


 彼女は笑った。指が止まる。ほんの一瞬だけ。


「ねえ、月イチでここ来てるって本当?」


「ああ」


「三年も? なんで」


 彼は、答えなかった。


 彼女の視線が、ふとテーブルの隅に向けられた。彼の傍らに、銀色の懐中時計が置かれている。蓋には歯車の彫刻。窓からの光を受けて、銀の表面に午後の影が落ちている。いつからそこにあったのか。


「ねえ、それ」


「ああ」


「止まってんじゃん。直さないの? あんたなら直せるでしょ」


「直せる」


「じゃあ、なんで」


 彼は、答えなかった。


 その沈黙には、意味がある。私には、それが分かった。


           ◇


 私は、一冊の本を手に、二人のもとへ向かった。


「失礼いたします。こちらの本に、お二人の栞と付箋がまだ残っておりました」


 本を開いて、二人の前に置く。第七章。二百三ページ。


 小さな歯車の栞。真鍮製。店の刻印が入っている。


 そして、色褪せた付箋。『明日は一緒に』。


「……この時計、お前が街を出た日に止めた。見送った時刻だ」


 彼女は、テーブルの上の懐中時計を見た。針は、午後四時十七分を指したまま動かない。


 彼女の指が、止まっていた。


「故障じゃないんだ」


「ああ」


 彼は「直さない」のではない。「止めている」のだ。あの日を、あの時刻を、三年もの間。


 私は、静かに下がった。これ以上は、私の立ち入る場所ではない。


           ◇


 夕方。


 図書館の扉が開いた。


 二人が、並んで出ていく。彼女の指は、もう動いていない。彼の周囲の空気は、少しだけ軽くなったように見えた。


「またね」


「ああ」


 二人は、違う方向へ歩き出した。工房街の夕暮れ。煙突の煙が、午後の風に傾いている。鍛冶の音は遠くなり始めている。私は、窓からその姿を見送った。


 『時計技術の精髄』は、書架に戻った。第七章、二百三ページ。


 栞も付箋も、もうない。


 春の風が、窓を揺らした。遠くで、鐘が鳴っている。

制作メモ:この稿から、種族、能力、職業、地位、性別、年齢を包括的に管理し、キャラクターの性格と話し方に反映させるデータベースが完成している。

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