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或る司書の逸話  作者: セドカンナレオ / クローディア
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5月5日『宝探し』

挿絵(By みてみん)

 久しぶりの街だった。


 今日は討伐任務の休息日。街の成長祈願日らしく、通りには子供の姿が目立つ。


 歩くうちに、気がつくと図書館の前に立っていた。


 十年前の春を思い出す。三ヶ月だけ滞在した、退屈なはずの春だった。


            ◇


 扉を開けると、紙とインクの匂いが鼻をくすぐった。


 一階の閲覧室。大きな窓から午後の光が差し込んでいる。あの頃と全然変わらない。テーブルの配置も、椅子の軋む音も。


 奥の棚に足を向けた。児童書の並ぶ一角。色褪せた背表紙の冒険譚。――『勇者と七つの試練』。まだあった。何度も読んだ。キールと取り合いになって、司書によく怒られたものだ。


 階段を上がる。


 二階は専門書の区画。天井が高く、埃っぽい。俺は窓際の席が好きだった。キールは暑いから嫌だと言っていた。


 奥の閲覧席に、子供が三人座っていた。声を潜めているつもりらしいが、静かな館内では筒抜けだった。


「――だからさ、絶対あるんだって。宝」


「どこに」


「わかんないから探すんだろ。成長祭の日だけ謎が現れるって」


「それお母さんが言ってたのと違うよ。なんか、なぞなぞを解いたら宝が見つかるって――」


「同じだよ。とにかく図書館のどっかに鍵があるの」


「なぞなぞでしょ」


「鍵だよ」


「なぞなぞ」


「どっちでもいいよ!」


 俺は足を止めた。


 ――その話、知ってる。いや、知っているどころじゃない。


 その遊びは、俺たちが始めたんだ。


            ◇


 十年前。


 宿の隣の部屋に、俺たちと同じ行商人の一行が泊まっていた。その中の同い年の男の子。それがキールだった。


「暇だな」


「ああ、暇だ」


 それが最初の会話だった。翌日からはずっと一緒だった。


 図書館を見つけたのは三日目だ。雨宿りのつもりで飛び込んで、そのまま入り浸った。


「なあ、『宝探し』、やらないか」


 ある日、キールが言った。それは、『勇者と七つの試練』を読み終わった直後の事だった。


「宝探し?」


「俺が宝を隠す。で、お前が探す。見つけたら交代」


「宝って何だよ」


「なんでもいい。大事なもの。ヒントをいくつか作って、隠した場所まで導くんだ。最初のヒントだけ教えるから、あとは自分で――」


 面白そうだった。


「負けたらどうなる」


「どうもならない。ただ、勝ったほうが偉いんだ」


「なんだよそれ」


「なあ。やるのか、やらないのか」


「やるよ、もちろん」


            ◇


 最初に隠したのは俺だった。


 宝は、河原で拾った綺麗な石ころ。隠し場所は、一階の窓際の棚の裏だった。


 ヒントは三つ。自信があった。しかし、キールは二日で見つけた。


「簡単すぎ」


「嘘だろ、どこでわかった」


「二番目。『光が届く場所』って、この方角の窓際しかないじゃん」


 悔しかった。


 次はキールの番だ。


 宝は、キールがずっと持ち歩いていたガラス玉だった。青くて、光に透かすと綺麗で、よく自慢していた。ヒントは四つ。俺は一週間もかかった。


「遅いよ」


「ずるいよ。『音の届く場所』って。音なんかどこでも届くじゃん」


「あの本のあのページ。あそこの場面のセリフ。音が届くってあったじゃん」


「分かるかよ……」


 俺たちは交互に続けた。隠し場所はだんだんと巧妙に、ヒントはより難解になった。


 二人とも本気だった。


            ◇


 三人組が席を立った。一階に降りるらしい。「児童書のとこ調べてない」という声が聞こえた。


 俺は郷土資料の棚に向かった。


 ――『市街区画変遷記録 第七巻』。


 手に取り、ページを探る。七十二ページ。角が折られている。十年前のままだ。



「――どの本にするか決めようぜ」


 滞在も終わりに近づいた頃、キールが言った。


「誰も読まない本がいい」


「じゃあこれで。誰が読むんだろ、こんなの」


「お前も読まないだろ――」



 パラパラとあの日の記憶を辿る。冒頭の目次の部分に、薄い下線が引かれた項目を見つけた。


「……**金属鍛造 技法と図解**……」


 ――金工図鑑か。


            ◇


 技術書の棚。『金工図鑑』全八巻。


 一巻ずつ開く。表紙の裏側、一番最初のページの端に、薄い鉛筆書きの数字を見つけた。



「――お前、字が汚い」


 宝探しの途中、俺はよくそう文句を言った。


「お前に読めればいいんだよ。他のやつにわかんないほうがいい」


 キールの字は汚かった。でも、確かに俺には読めた。


「それに、この方が宝の地図って感じでいいんだよ。暗号っぽくて――」



 数字の順に並べ替える。背表紙の副題を読む。


 ――「中庭 噴水」。


            ◇


 中庭に出た。噴水。水音。新緑の匂い。


 台座の裏側にしゃがみ込み、その裏側を手でなぞる。苔に半ば隠れて、刻まれた刻印があった。


 『N 七』



「――見つかったらどうしようか」


 最後の夜、キールが言った。


「俺以外の誰かに?」


「うん」


「見つかんないだろ。お前のヒント、すごく意地悪だし」


「でも、もしいつか誰かが見つけたら――」


 キールは少し考えて、笑った。


「そうだな。その時は、そいつの勝ちでいいよ」


            ◇


 北に七歩。子供の歩幅を意識して進む。


 花壇の隅。目立たないレンガの縁石だ。手をかけると、わずかに動いた。倒した縁石の下に、小さな穴がある。よく見ると、木箱が埋まっている。手のひらに乗るくらいの大きさ。


 土を払い、蓋を開けた。――息が止まった。


 平たい石。その表面に刻まれた二文字。


 『K+K』。


 キールと、クルト。おれたちの頭文字だ。


 思い出した。キールが河原で拾って、毎晩削っていた石だ。そして、その隣に、青いガラス玉。俺が見つけたあとに、キールに返した最初の宝だ。


            ◇


 革袋の中に、小さな宝石がある。先月の依頼で手に入れた報酬だ。換金するつもりで持ち歩いていた。


 冒険者になって五年。初めて手にした、まともな宝石だ。


 俺はそれを石とガラス玉の隣に並べて置いた。三つの宝が、小さな箱に収まった。


 蓋を閉じ、穴に戻す。縁石を元に戻しておく。


 ヒントはそのままにした。


 ページの折り目も、図鑑の数字も、台座の刻印も。すべて元のままだ。


            ◇


 中庭を出る時に、さっきの三人組とすれ違った。


 まだ諦めていないらしい。花壇の反対側でベンチの下を覗いたり、木の根元を掘ったりしている。


「絶対あるって」


「さっきからずっとそれ言ってる」


「あるんだよ、お父さんの友達も見つけたって――」


「嘘でしょそれ」


「嘘じゃない! ……たぶん」


 夕日が中庭を染め始めていた。門を出て、振り返る。


 ――今度は、俺の番だ。


 新緑の風が、頬を撫でた。

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