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或る司書の逸話  作者: セドカンナレオ / クローディア
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5月3日『星の導き』

挿絵(By みてみん)

 階下から、箱を運ぶ音が聞こえる。


 都市連合記念日。祝日の今日は午後から休館にし、保管庫の整理作業を行っている。一階には派遣の作業員が入り、古い資料の点検と移動を手伝ってもらっていた。


 私は一人、三階の資料室にいた。祝日とあって鍛冶の槌音も止み、いつもより静かだ。


 棚の奥を探っていると、布に包まれたものが手に触れた。


 取り出す。重さで、わかった。


 布を開くと、焦げた表紙が現れた。古い革装丁。縁が黒く焼け焦げている。


 ああ、これは――。


            ◇


 あの街に長逗留していたのは、隊商護衛の依頼の合間だった。


 その街の外れに、小高い丘があった。木立に囲まれた丘の上には白い屋敷が並び、その一番奥に、彼女の屋敷があった。石畳の小道を登った先、鉄柵に囲まれた広い庭。


 庭で、彼女と出会った。


 木陰に置かれた椅子に腰をかけ、本を読んでいた少女。白い服に、淡い金の髪。陽光を避けるように日傘が傍らに立てかけてあった。私と目が合うと、不思議そうに首を傾げた。


「あなた、剣を持っているのね」


「仕事ですから」


「でも、本も好きでしょ?」


 なぜわかるのか、聞かなかった。彼女の目には、何かが見えているようだった。星の光を映したような、澄んだ瞳。


 それから何度か言葉を交わすうちに、親しくなった。


 裕福な商家のお嬢様。けれど、彼女自身は質素だった。贅沢を好まず、庭で本を読み、夜になると窓辺で星を眺めていた。


「星は嘘をつかない」


 彼女はよくそう言った。星を見上げる時、彼女は小さく手を組み、何か古い言葉を呟いていた。祈りのような、誓いのような。


「人間だけが迷うの。星は、ただ巡っている」


            ◇


 ある日、彼女は私に一冊の本を見せてくれた。


 革装丁の、手作りの本。表紙には手書きの星形の文様が書かれている。


「これは私だけの本。誰にも見せたことがないの」


 開くと、星の図と、細かな文字が並んでいた。古い言葉と、流麗な筆跡。星の動きを記録し、その意味を書き記している。占いの本だった。ページの端には、小さな押し花が挟まれていた。


「自分で作ったのですか」


「ええ。星が教えてくれたことを、少しずつ。……授かった力は、こうして形に残しておかないと」


 授かった、と彼女は言った。自分の力を、自分のものとは思っていないような口ぶりだった。


 彼女は私の手を取った。掌を見つめ、そして夜空を見上げた。


「あなたは、本を守る人になる」


「私は剣しか持てませんよ」


「今はね」


 彼女は微笑んだ。穏やかで、どこか透き通った笑み。


「いつか、この本は必ずあなたの下に届く。星がそう言っている」


「届く? あなたの本でしょう」


「届くの。巡り巡って、きっとあなたの手に」


            ◇


 護衛の依頼が来た。数日で戻る予定だった。


「行ってらっしゃい」


 彼女はいつものように微笑んでいた。白い服の裾が、風に揺れていた。庭の花が、季節の終わりを告げるように咲いていた。


「また会えるわ。星がそう言っている」


 でも、どこか――寂しげだった。


            ◇


 依頼を終えて戻ると、街の空気が違った。


 丘の上の屋敷が襲われたという。野盗か、商売敵の差し金か――理由は定かではない。


 急いで駆けつけたが、屋敷は焼け落ちていた。


 黒い煙の匂いが、まだ空気に残っていた。崩れた白い壁。焦げた木材。庭の花だけが、何事もなかったように咲いていた。


 彼女は、もういない。……私は何も守れなかった。


            ◇


 数年が経った。あの街を離れ、様々な場所を巡った。


 依頼をこなし、剣を振るい、日々を過ごしたある日の事だ。


 立ち寄った街の古書店。薄暗い店内。埃っぽい紙の匂い。店の隅に、廃棄品の箱があった。傷んだ本、売り物にならない本が無造作に積まれていた。


 何気なく覗くと、焦げた本が一冊、紛れていた。


 手に取った瞬間、わかった。……彼女の本だ。


 表紙の半分は黒く焼け焦げていた。ページの縁も炭化している。でも、中身はなんとか読める。彼女の文字。星の図が、あの古い言葉が、そのままに残っていた。押し花だけが、灰になって消えていた。


 どうやってここに辿り着いたのだろう。焼け落ちた屋敷から、誰かが持ち出したのか。流れ流れて、この箱に。そして――。


 『いつか、この本は必ずあなたに届く』。


 彼女の声が蘇った。


 私は本を買い取った。廃棄品だから、ほとんど値はつかなかった。


            ◇


 階下から、作業員たちの笑い声が聞こえる。


 私は本を開いた。焦げたページをめくる。彼女の文字、星の記録。最後のページに、一節がある。


『――すべての偶然は、必然に思える。

 星は巡り、人も巡る。

 星の導きのままに、世界は巡る』


 窓の外は、夕暮れが始まっていた。


 今夜は晴れるだろうか。彼女の星が見えるだろうか。

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