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或る司書の逸話  作者: セドカンナレオ / クローディア
26/27

4月26日『嵐のあと』

挿絵(By みてみん)

 日曜日の朝。開館前。


 今日は教育ギルド初等部の図書研修の日だ。扉の向こうから、もう声が聞こえている。


「静かにしなさい」


「えー」


「えー、じゃありません」


 羽ばたく音。甲高い笑い声。「降りてきなさい!」という叫び。


 私は深呼吸をして、カウンターの後ろに立った。……嵐の前の静けさ。


           ◇


 九時半。扉が開いた。


「わあ!」

「ご本がいっぱい!」

「走らない!」

「すごいすごい!」


 約五十人の子供たちが一斉に入ってくる。様々な姿。ふさふさの毛に覆われた子、長い耳の子、鱗が光る子、色とりどりの羽根を持つ子。引率の先生たちが懸命に声をかけているが、波に飲まれている。


           ◇


「ようこそ、フリア王立図書館へ」


 私は笑顔を作る。頬が引きつる。


 図書館の歴史を説明する。子供たちは半分聞いて、半分は周りをきょろきょろしている。


 ――ばさっばさばさ。


 色鮮やかな羽根の子供が、本棚の上に飛び乗った。


「降りてください」


「やだー」


「本棚が壊れます」


「壊れないよー」


「お菓子をあげますから」


 翼を広げて滑空してきた。私の頭をかすめて着地する。


           ◇


「質問はありますか」


 手がたくさん上がる。


「トイレどこですか!」


「右奥です」


 長い耳の子供が走っていく。いや、跳んでいく。一歩で三メートルほど跳ねている。


「おなかすいた!」


「お昼までがまんしてくださいね」


「むり!」


「がまんです」


 我慢……。

           ◇


 十時。児童書架。


「これ読みたい!」

「私が先に見つけた!」

「嘘だ! 僕んだ!」


 同じ本を二人で引っ張り合っている。小柄で毛並みのいい子と、筋肉質で鼻の大きい子。意外と力が釣り合っている。


「二人とも、離しなさい」


 私が近づいた瞬間、大きい方の子が引っ張った。本が手から離れ、表紙がびりっと破れる。


 大きい子の目に涙が溜まる。興奮したのか、額の辺りが少し硬く隆起している。


「わざとじゃ……わざとじゃないもん……」


「わかっています。大丈夫、直せますから」


           ◇


 ――がさがさ。


 視界の端で何かが動いた。鱗の光る子供が、絵本を咥えて天井近くの棚に張り付いている。


「降りてきてください」


「なんで」


「お菓子が――」


「いらない」


 ……効かない子もいる。


           ◇


 十時半。三階の技術書区画。


「この本、何が書いてあるの?」


 ふさふさの毛に覆われた子供が聞いてくる。利口そうな目。尻尾が勢いよく揺れている。


「蒸気機関の設計図です」


「蒸気機関って何?」


「水を沸かして動力にする機械です」


「なんで水を沸かすと動くの?」


「湯気が膨らむからです」


「なんで膨らむの?」


「……」


「なんで?」


           ◇


 十一時。事件発生。


「イージュがいません!」


 先生の一人が青ざめている。


 図書館中を探す。一階、二階、三階――いない。子供たちも一緒に探し始める。走り回る子、跳ね回る子、飛び回る子、壁を這い回る子。……余計に混乱する。


 鼻をひくひくさせている子供が、階段の方を指差した。


「イージュの匂い、あっち」


 四階への階段を見る。「立入禁止」の札が少しずれている。


 上がってみる。秘蔵書庫の扉の前に、小さな男の子が座っていた。


「何をしているの」


「探検だよ」


「下に戻りましょう」


「やだ」


「……」


 今日だけでお菓子を何個使っただろう。


           ◇


 十二時。昼休み。


 子供たちは中庭で弁当を食べている。歓声と笑い声。時々、羽ばたきの音。泣き声。


 若い先生の一人が言った。


「すみません、お騒がせして。毎年こうなんですか」


「毎年です」


 窓の外で、子供たちが走り回っている。跳ね回っている。飛び回っている。転んだ子がいる。泣くかと思ったら、笑って立ち上がった。


           ◇


 十三時。自由研修の時間。


「先生! リタがノートに絵描いてる!」


 見に行くと、小柄で毛並みのいい女の子がノートを隠した。


「見せてもらえますか」


 開いてみる。図書館の絵だった。本棚と、窓と、その隙間にたぶん私。表情が少し疲れている。


「これは、私ですか」


「うん」


「上手です」


「ほんと?」


 女の子が笑う。


           ◇


 十五時。


 午後三時を過ぎると、子供たちが静かになってきた。疲れたのだろう。


 飛び回っていた子が本棚の上で眠っている。


 壁に張り付いていた子は、床で図鑑を広げたまま寝息を立てる。


 長い耳が呼吸に合わせて動いている子もいる。


 起こさないように、私はそっと歩く。


           ◇


 十六時。帰り支度。


「ありがとうございました!」


 五十人の声が重なる。


「また来てもいい?」


「いつでもどうぞ」


「明日来る!」


「明日は……お休みです」


「えー!」


           ◇


 走る子、跳ねる子、飛ぶ子。先生たちが頭を下げる。


「お騒がせしました」


「いえ。楽しかったですよ」


「本当ですか」


「……半分くらいは」


           ◇


 閉館間際。


 私は木箱から、小さな植木鉢を取り出した。扉が開き、黒い服の女性が入ってきた。


 五日前、この鉢を預けていった人。昨日、私が連絡を入れた。明日は子供たちが来ます、と。


 隠しておいた植木鉢を窓際に戻した。土から伸びた芽が、夕陽を浴びている。


「騒がしかったでしょう」


「そうですね」


 女性が小さく笑った。


「聞こえていたかしら」


「ええ。きっと」

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