4月26日『嵐のあと』
日曜日の朝。開館前。
今日は教育ギルド初等部の図書研修の日だ。扉の向こうから、もう声が聞こえている。
「静かにしなさい」
「えー」
「えー、じゃありません」
羽ばたく音。甲高い笑い声。「降りてきなさい!」という叫び。
私は深呼吸をして、カウンターの後ろに立った。……嵐の前の静けさ。
◇
九時半。扉が開いた。
「わあ!」
「ご本がいっぱい!」
「走らない!」
「すごいすごい!」
約五十人の子供たちが一斉に入ってくる。様々な姿。ふさふさの毛に覆われた子、長い耳の子、鱗が光る子、色とりどりの羽根を持つ子。引率の先生たちが懸命に声をかけているが、波に飲まれている。
◇
「ようこそ、フリア王立図書館へ」
私は笑顔を作る。頬が引きつる。
図書館の歴史を説明する。子供たちは半分聞いて、半分は周りをきょろきょろしている。
――ばさっばさばさ。
色鮮やかな羽根の子供が、本棚の上に飛び乗った。
「降りてください」
「やだー」
「本棚が壊れます」
「壊れないよー」
「お菓子をあげますから」
翼を広げて滑空してきた。私の頭をかすめて着地する。
◇
「質問はありますか」
手がたくさん上がる。
「トイレどこですか!」
「右奥です」
長い耳の子供が走っていく。いや、跳んでいく。一歩で三メートルほど跳ねている。
「おなかすいた!」
「お昼までがまんしてくださいね」
「むり!」
「がまんです」
我慢……。
◇
十時。児童書架。
「これ読みたい!」
「私が先に見つけた!」
「嘘だ! 僕んだ!」
同じ本を二人で引っ張り合っている。小柄で毛並みのいい子と、筋肉質で鼻の大きい子。意外と力が釣り合っている。
「二人とも、離しなさい」
私が近づいた瞬間、大きい方の子が引っ張った。本が手から離れ、表紙がびりっと破れる。
大きい子の目に涙が溜まる。興奮したのか、額の辺りが少し硬く隆起している。
「わざとじゃ……わざとじゃないもん……」
「わかっています。大丈夫、直せますから」
◇
――がさがさ。
視界の端で何かが動いた。鱗の光る子供が、絵本を咥えて天井近くの棚に張り付いている。
「降りてきてください」
「なんで」
「お菓子が――」
「いらない」
……効かない子もいる。
◇
十時半。三階の技術書区画。
「この本、何が書いてあるの?」
ふさふさの毛に覆われた子供が聞いてくる。利口そうな目。尻尾が勢いよく揺れている。
「蒸気機関の設計図です」
「蒸気機関って何?」
「水を沸かして動力にする機械です」
「なんで水を沸かすと動くの?」
「湯気が膨らむからです」
「なんで膨らむの?」
「……」
「なんで?」
◇
十一時。事件発生。
「イージュがいません!」
先生の一人が青ざめている。
図書館中を探す。一階、二階、三階――いない。子供たちも一緒に探し始める。走り回る子、跳ね回る子、飛び回る子、壁を這い回る子。……余計に混乱する。
鼻をひくひくさせている子供が、階段の方を指差した。
「イージュの匂い、あっち」
四階への階段を見る。「立入禁止」の札が少しずれている。
上がってみる。秘蔵書庫の扉の前に、小さな男の子が座っていた。
「何をしているの」
「探検だよ」
「下に戻りましょう」
「やだ」
「……」
今日だけでお菓子を何個使っただろう。
◇
十二時。昼休み。
子供たちは中庭で弁当を食べている。歓声と笑い声。時々、羽ばたきの音。泣き声。
若い先生の一人が言った。
「すみません、お騒がせして。毎年こうなんですか」
「毎年です」
窓の外で、子供たちが走り回っている。跳ね回っている。飛び回っている。転んだ子がいる。泣くかと思ったら、笑って立ち上がった。
◇
十三時。自由研修の時間。
「先生! リタがノートに絵描いてる!」
見に行くと、小柄で毛並みのいい女の子がノートを隠した。
「見せてもらえますか」
開いてみる。図書館の絵だった。本棚と、窓と、その隙間にたぶん私。表情が少し疲れている。
「これは、私ですか」
「うん」
「上手です」
「ほんと?」
女の子が笑う。
◇
十五時。
午後三時を過ぎると、子供たちが静かになってきた。疲れたのだろう。
飛び回っていた子が本棚の上で眠っている。
壁に張り付いていた子は、床で図鑑を広げたまま寝息を立てる。
長い耳が呼吸に合わせて動いている子もいる。
起こさないように、私はそっと歩く。
◇
十六時。帰り支度。
「ありがとうございました!」
五十人の声が重なる。
「また来てもいい?」
「いつでもどうぞ」
「明日来る!」
「明日は……お休みです」
「えー!」
◇
走る子、跳ねる子、飛ぶ子。先生たちが頭を下げる。
「お騒がせしました」
「いえ。楽しかったですよ」
「本当ですか」
「……半分くらいは」
◇
閉館間際。
私は木箱から、小さな植木鉢を取り出した。扉が開き、黒い服の女性が入ってきた。
五日前、この鉢を預けていった人。昨日、私が連絡を入れた。明日は子供たちが来ます、と。
隠しておいた植木鉢を窓際に戻した。土から伸びた芽が、夕陽を浴びている。
「騒がしかったでしょう」
「そうですね」
女性が小さく笑った。
「聞こえていたかしら」
「ええ。きっと」




