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或る司書の逸話  作者: セドカンナレオ / クローディア
22/33

4月22日『禁書の謎』

挿絵(By みてみん)

「ねえ、知ってる? あの扉を開けると階段があって、その下に禁断の書庫があるって」


「悪霊を召喚する魔術書が封印されてるらしいよ」


「読んだら呪われるって」


 児童コーナーの隅で、三つの影がひそひそと囁き合っている。


 マルクス、リーネ、ゴルト。幼い頃からこの図書館を遊び場にしてきた三人組だ。


「今日こそ確かめようぜ」


 マルクスが目を輝かせる。怖いけれど、それ以上に気になって仕方がない――そんな顔。


「えー……どうせ何もないよ」


 リーネは乗り気ではない。都市伝説なんて信じていない、という態度。


「まあまあ、行こうよ。探検、探検」


 ゴルトはのんびり笑う。禁書の話より、三人で何かするのが楽しいだけなのだろう。


 私はカウンターの向こうから、その様子を眺めていた。


 また始まった。この三人は小さい頃から「冒険ごっこ」を繰り返してきた。


「よし、俺が先な」


 三人は本棚の陰を伝いながら、カウンター奥の扉へ近づいていく。別の利用者が現れて棚の影に隠れたり、足音が大きいと小競り合いしたり。


 棚と棚の間を縫うたびに、三人の影が壁に大きく伸びたり縮んだりするが、本人たちは気づいていない。


 私は静かに書架を離れ、三人の後を追った。


           ◇


 扉を開けると、階段があった。


 下へ続く石段を、古いランプがぼんやり照らしている。その先は闇。


「……暗い」


「やっぱ、やめない?」


 ゴルトが後ずさる。


「どうせ何もないんだから、さっさと確かめればいいでしょ」


 リーネが溜息をつく。


 三人の足音が石壁に反響する。私は音を立てずに後を追う。


 階段を降りきると――扉に突き当たった。古い木の扉。隙間から冷たい空気が漏れている。


「まだあんの……」


「……開けなきゃわかんないだろ」


 マルクスが取っ手に手をかける。ぎい、と軋む音。埃っぽい空気が流れ出てきた。


           ◇


 書庫が広がっていた。低い天井、煤けた梁、蜘蛛の巣の張った古い棚。埃と紙と、湿った土の匂い。ランプの光が届くのは、手を伸ばした先までだ。その向こうは、棚が闇に溶けている。


「なんかお墓みたい」


「やめてよそういうの……」


 壁からランプを外し、三人で固まって奥へ進む。私は扉の陰から見守る。


 リーネが一冊の本を手に取って開く。薄汚れた帳簿。『北通り・三番酒場 帳簿 星暦892年』。


「おい、これ!」


 マルクスが余白の覚書を指差す。


「『南の海に幻の島があって、眠れる宝が隠されているらしい。でも行った者は誰も帰ってこない』――」


「宝の島? でもそれ、禁書の話じゃないよね」


 マルクスは少しがっかりしたが、すぐに興味を取り戻す。


「大昔からこういう話があったんだ……」


 その横で、リーネはページの下に何かを見つけた。古い紙が挟まっている。


 そっと開いて、じっと見つめる。


 二人が他の棚を見ている隙に、リーネはその紙をポケットに滑り込ませる。


           ◇


「おい、これ!」


 マルクスが棚の奥から一冊を引っ張り出した。黒い革装丁。金色の文字。『禁断の森』。


「禁断って書いてある!」


 ゴルトが目を丸くする。マルクスが期待に満ちた顔で表紙を開く。


 最初のページ――可愛らしい動物たちが、森の入口に立っている挿絵。


「……え?」


 『むかしむかし、誰も入ってはいけないと言われている森がありました。勇敢なウサギのピピは――』


「……童話じゃん」


「なんだよ! 禁断って、そういう意味かよ!」


「ほら、言ったでしょ」


 それから三人は書庫を歩き回ったが、見つかるのは古い帳簿ばかり。


「やっぱりないね、魔術書」


「まあ楽しかったよ」


 ゴルトがへらっと笑う。


「帰ろっか」


 リーネが言った。マルクスが頷きかけて――ふと、足を止めた。


 書庫の一番奥。壁際の本棚。他と同じはずなのに、何かが違う。


「あれ」


「どうした?」


「いや、なんか――」


「なかなか熱心ですね」


 三人が振り返った。私は書庫の扉を背にして立っていた。


           ◇


「すみません、勝手に……」


 リーネが頭を下げる。


「ここは職員専用です。知っていたでしょう?」


 三人は俯いて小さくなる。


「悪霊を召喚する本、ありましたか?」


「ないです。酒場の帳簿と……童話だけ」


「ここにあるのは、傷んだ本や整理待ちの寄贈資料です。禁じているのではなく、守っているだけ」


 マルクスが持っている童話を見る。


「その本、昔から子供たちに人気でしたよ。題名が怖そうでしょう? 噂の元は、案外これかもしれませんね」


「じゃあ俺たちも、その子たちの続きなんですね」


「そうかもしれませんね」


           ◇


 三人は階段を上がっていく。


 マルクスとゴルトが扉をくぐったところで、私は小さく声をかけた。


「リーネ」


 リーネが振り返る。二人は気づかずに先へ行った。


「ポケットの中のもの、返してもらえますか」


 観念したように、リーネは古い手紙を取り出した。


「……ごめんなさい」


 受け取って、そっと開く。


 『あなたが好きだと言ったあの詩を、私も読みました。

  意味はよくわからなかったけれど、あなたが好きだと言ったから。

  ――返事は、いりません』


 百年以上前の、誰かの想い。


「――気持ちは、わかりますけれどね」


 リーネは真っ赤な顔で俯いている。


「……二人には」


「言いませんよ」


 リーネは小さく頷いて、階段を駆け上がっていった。


           ◇


 私は手紙を帳簿に戻してから、書庫の奥へ向かった。


 一番奥の本棚の前で、足を止める。


 あの子は気づいていた。この棚が、他と少しだけ違うことに。


 胸元から小さな鍵を取り出し、かざす。木目に淡い光が走り、本棚が音もなく動いた。


「――賑やかな子たちでしたね」


 私は棚を閉じた。


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