第8話「単独受注」【バルガ】
探索者ギルド王都本部のギルドマスター室。わしの机の上には昨夜の救出騒ぎの報告書が山になっていた。
新人九名。全員無事。対応したのはローゼズの王都組四名。
「ガハハ。またあいつらか」
報告書をめくりながら笑いが漏れた。
ローゼズ。正式名はナインティナイン・ローゼズ。七人そろえば王都どころか国でも指折りの戦力だ。今は三人が遠征中で王都に残っているのは四人だけ。それでもE級ダンジョンの周りで暴れる獣の群れなど朝飯前だったろう。
あいつらがあそこまで化け物じみて強くなった理由をわしは知っている。ビリーが面白がって持ち込む厄介ごと。ノアが涼しい顔で呼び込む試練の数々。その二つを死に物狂いで乗り越えてきたからだ。ほかの探索者とは潜ってきた死線の数が違う。
扉が叩かれた。
「マスター。ポルテです。入ってもよろしいですか」
「おう、入れ」
受付のポルテが書類を抱えて入ってきた。夜通し窓口に座っていたはずだが背筋はしゃんと伸びている。元はS級の探索者だ。体の作りが違う。
「寝とらんのだろう。少しは休め」
「マスターこそ。報告書の山が昨日より高くなっています」
「ガハハ。これはわしの枕だ」
「昨夜の救出の件で、追加の報告があります」
「新人は全員無事なんだろう? ほかに何かあるのか」
「はい。霧鳴りの洞窟の異常調査の依頼を、ノアが単独で受けたいと申し出ています」
「ノアが一人で?」
わしは思わず身を乗り出した。
「E級のダンジョンに王都最強を一人で放り込むのか。ガハハ! 過剰戦力もいいところだ」
「……そうですね」
ポルテが小さく笑った。笑ってはいた。だがその目がほんの一瞬だけ曇ったのをわしは見逃さなかった。
「どうした。何か気になることでもあるのか」
「いえ。いつものことですから」
ポルテはすぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
「あいつはまた何か思い詰めているのか」
「本人は、仲間に頼らずに成果を出したいと言っています。昨夜、宿の裏庭で少し騒ぎがあったようで」
「裏庭?」
「パーティ内のことです。ノアは追放されると思い込んでいたそうです」
「追放!? ローゼズがノアを!?」
わしは椅子ごとひっくり返りそうになった。
「ガハハハ! 天地がひっくり返ってもありえん! あの三人がノアを手放すくらいなら王都の城壁が先に歩き出すわ!」
「本人は本気でした。荷物までまとめていたそうですから」
「荷物?」
「着替えが三組と研ぎ石と手袋。全部で十二キロだそうです」
「……なぜそこまで知っとる」
「女将さんから聞きました」
ポルテはしれっと答えた。わしは女将の口の軽さとポルテの耳の早さのどちらに感心すべきか迷った。
「……ガハハ。あいつめ、また芝居を打ったな。追放されると思いこんだふりをして三人の顔色を確かめたんだろう」
「ふりではないと思います。新人の頃からずっとそうです」
「お前は甘い。あいつは全部わかっとるよ。わかっとって、とぼけとるんだ」
ポルテは何も言わずに書類を抱え直した。
「そういえばお前は、あいつが新人だった頃の教官だったな」
「基礎を少し教えただけです」
ポルテはそれだけ言って目を伏せた。
少しどころではないことをわしは知っている。
三年前。登録に来たばかりの痩せた少年が初日から大荷物を押しつけられていた。新人いじめの古株どもの仕業だ。ポルテが窓口から出てきたのはあの一度きりだった。
『この子に荷物を持たせたのはどなた?』
あの日に床へ沈んだ古株は三人。今でも誰一人ポルテの窓口には並ばん。
「ガハハ。あの謙虚な芝居だけは何年たっても治らんな。王都の探索者番付で十一か月連続一位の男が、何を証明する必要があるんだか」
「本人はあの番付を、パーティの功績を代表で載せているだけだと思っていますから」
「知っとる。そういうことにしとるのだ、あいつは」
わしは鼻を鳴らした。
「去年など、番付の発表の日に窓口へ苦情を言いに来たぞ。『俺の名前が一番上にあるのは誤植です』とな」
「覚えています。訂正の申請書まで書いてきましたね」
「あの申請書はまだわしの引き出しに入っとる。あれほど手の込んだ謙遜は見たことがない」
わしは許可の判を書類に押した。
「許可だ。報酬は規定通り。ついでに洞窟ごと平らにしてきてもかまわんと伝えておけ」
「洞窟を平らにされたら調査になりません」
「ガハハ! それもそうだ」
ポルテは書類を受け取ると懐から黒い輪を取り出して机の上に置いた。
「それとこれを。昨夜の魔物がつけていた首輪だそうです。ノアが拾ってきました。誰かの飼い魔物かもしれないから持ち主に返してほしいと」
「飼い魔物だと?」
わしは首輪を手に取った。
重い。黒い金属でできている。表面には茨を絡めたような紋章が刻まれていた。
笑いが引っこんだ。
「……ブラックソーン」
「ご存知なのですか」
「三年前に壊滅した秘密結社だ。人の手で魔物を作り変える研究をしておった。王都の地下の下水道に本拠地を構えていてな」
「三年前の下水道……」
ポルテが何かを思い出したように瞬きをした。
「そうだ。あの件だ」
わしは額を押さえた。
三年前。ローゼズのビリーが「迷子猫探しの楽勝依頼」を持ってきた。それを受けたノアが猫を追って下水道に潜った。そして気づいたときには王国が何年も尻尾をつかめなかった結社の本拠地が壊滅していた。
「あのときのノアの報告書を、わしは一字一句覚えとるよ」
「なんと書いてあったのですか」
「迷子の猫は無事保護しました。ついでに下水道の奥にいた怪しい人たちも保護しました。以上だ」
ポルテが口元を押さえて笑いをこらえた。
「あの子らしいですね」
「笑いごとではないぞ。あいつは今でもあの件を、猫が見つかった日だと言い張っとる。結社のことなど知らんという顔でな」
わしは首輪を机に戻した。
「生き残りがいたか。霧鳴りの洞窟に潜り込んで、また妙な研究を始めとるのかもしれん」
「ノアに伝えますか。相手が結社の残党かもしれないと」
わしは少し考えた。それから湯呑みの茶をすすった。
「……いや。ノアが行くなら問題あるまい」
「よろしいのですか」
「どうせあいつはとっくに気づいとる。気づいとって知らん顔で片付けてくる。三年前と同じだ。わしが余計なことを言えば、あいつの芝居の邪魔になるだけだ」
「……あの子は本当に何も知らずに片付けてくるんですけどね」
ポルテは小さくつぶやいた。その横顔が少しだけ寂しそうに見えたのはわしの気のせいだろうか。
「念のため、遠征中のビリーたちにも報せを飛ばしておけ。あいつらが戻るまでに片付いているだろうがな」
「承知しました。……もっとも、ビリーさんならもうカラスから聞いているかもしれませんね」
ポルテが窓のほうへ目をやった。軒先でカラスが一羽こちらを見下ろしていた。
「それとな、ポルテ。ノアが帰ってきたら、いつものように窓口でおかえりと言ってやれ」
「言われなくても、そのつもりです」
ポルテは即答した。わしは少しだけ驚いた。それから笑った。
ポルテは一礼して扉に手をかけた。そこでわしはふと思い出した。
「待て、ポルテ。あの三人は知っとるのか。ノアが一人で行くことを」
「銀牙さんたちですか」
「ああ。あの三人がノアの単独行を黙って見送るとは思えん」
ポルテは振り返ってほんの少しだけ困ったように微笑んだ。
「ノアのことですから、律儀に宿の女将さんへ留守を伝えるはずです。ですから……」
「ですから?」
「女将さん経由で、もう三人の耳に入っている頃かと」
わしは天井を仰いだ。
「……一人で済むはずがないな」
「ご心配なら、マスターが様子を見に行かれますか」
「わしが行ったら机の書類が崩れる」
「それは困ります。崩れたら私が積み直すことになりますから」
ポルテは今度こそ一礼して出ていった。
一人になった部屋でわしはもう一度首輪を手に取った。
人の手で魔物を作り変える研究。三年前の恨み。王都のすぐ近くのE級ダンジョン。
駆け出しが腕試しに潜るだけの洞窟だ。腕の立つ探索者はまず寄りつかん。隠れ家にはうってつけというわけか。
「……狙いはローゼズか」
もし奴らが本気で復讐を考えているならローゼズの一人一人を潰すための研究をしているはずだ。銀牙の剣も、天穹の魔法も、慈雨の癒やしも、すべて調べ上げた上でな。
そこまで考えてわしは湯呑みの茶を飲み干した。
「まあ、ノアがおるなら問題あるまい」
窓の外では朝の鐘が鳴っていた。




