第7話「一人でやれることを」【ノア】
夜明けの街道を新人たちと一緒に王都へ戻った。
九人全員が無事だった。それだけは本当によかったと思う。
「ノアさん! 本当にありがとうございました!」
王都の門の前でピコたちが深々と頭を下げた。
「礼なら三人に言ってくれ。俺は後から追いかけただけだから」
「えっ。でもノアさんが一番……」
「シルヴィが道を切り開いて、レゾナが結界を張って、ルカが怪我を治した。俺は残りを片付けただけだよ」
ピコは何か言いたそうに口を開けて閉じた。きっと気を遣ってくれたのだろう。
「あの、ノアさん。荷物の詰め方、ありがとうございました! あれがなかったらリリを背負って走れませんでした」
「詰め方? ああ、重いものを下にってやつか。役に立ったならよかった」
「奥義ですね!」
「奥義?」
「なんでもありません!」
「ノアさん。あの魔物、図鑑にも載ってませんでした」
ロッドが青い顔で言った。
「霧鳴りの洞窟の方から来たみたいだったな。あそこはE級だ。力をつけだした新人が潜るような洞窟に、あんなのがいるなんて聞いたことがない」
「ギルドが調べてくれるといいんですけど」
「たぶんすぐに依頼が出るよ。当分あの森に近づかないほうがいい」
「はい! 気をつけます」
新人たちを見送ってから俺たちは四人でギルドへ向かった。
三人とも口数が少なかった。
「……ノア。今日はもう休め」
シルヴィが前を向いたまま言った。人前なのでいつもの剣士の声だ。
「え? でもまだ報告が」
「兄さんは報告だけしてください。あとのことは私たちがやります」
レゾナが手帳から顔も上げずに続けた。
「ノアくん、無理しちゃだめだよ? 昨日からずっと動きっぱなしなんだから」
ルカが心配そうに俺の顔をのぞき込む。
「わかった。……ありがとう」
そう答えると三人は少し前を歩き始めた。顔を寄せ合って何か話している。
「……次は確実にいく」
「同意します。次は外しません」
「うん。次こそわたしの番だからね」
風に乗って切れ切れに聞こえた言葉に胸が冷えた。
次は確実に。次は外さない。
昨夜は俺が先に頭を下げたから言い出せなかった。だから次こそ確実に言い渡す。そういう相談だろう。
休んで。報告だけでいい。無理しちゃだめ。
三人とも優しい。優しいからはっきりとは言わない。
もう前に出なくていい。そういう意味だろう。
昨夜の裏庭で追放は保留になった。でも保留は保留だ。猶予をもらっただけで何かが変わったわけじゃない。今日もまた俺は三人に助けられた。
このままでは次はない。
ギルドの扉をくぐると掲示板の前に人だかりができていた。新しい依頼書が貼り出されたばかりらしい。
「霧鳴りの洞窟(E級)、異常調査。未確認の魔物の出現を確認。原因の調査を求む。推奨等級B以上」
昨夜の獣のことだ。
掲示板の前の探索者たちがひそひそと話している。
「E級の洞窟の調査に推奨B以上? なんだそりゃ」
「聞いたか。新人が九人、北東の森で襲われたらしい」
「ローゼズが助けたんだろ。万華がいなきゃ全滅だったって話だ」
「さすが王都最強のパーティだよな」
「なあ、万華って荷物持ちなんだろ?」
「馬鹿。あれは荷物持ちの格好をしてるだけだ。番付一位だぞ」
「十一か月連続だっけ」
ローゼズがいなきゃ全滅だった。その通りだ。シルヴィとレゾナとルカがいなければ俺一人では間に合わなかった。
「万華がいなきゃ」という声も聞こえた気がする。万華は王都の人たちが俺につけた二つ名だ。万華鏡がきれいなのは筒の中の色とりどりの欠片で、筒そのものはただの入れ物にすぎない。きらきらした三人を運ぶ荷物持ちにはぴったりの皮肉だと思う。
俺は依頼書を見上げたまま動けなくなった。
三人に頼らずにこれを片付けられたら。一人でもちゃんと役に立てると示せたら。追放の話は本当に消えるかもしれない。
「ノア? どうした。ぼうっとして」
シルヴィに肩を叩かれて我に返った。
「いや、なんでもない。俺、報告してくるよ。三人は先に宿で休んでてくれ」
「……わかった。お前もちゃんと休め。約束だぞ」
三人が宿へ戻っていくのを見送ってから俺はいつもの一番右の窓口に並んだ。
「おかえり、ノア」
ポルテが顔を上げて微笑んだ。夜通し救出の手配をしてくれていたはずなのに疲れた顔一つ見せない。
「ただいま、ポルテ。新人は九人とも無事だよ。それと、これ」
俺は荷物から黒い首輪を取り出して窓口に置いた。
「昨夜の魔物がつけてたんだ。誰かの飼い魔物かもしれないから、持ち主が探してたら返してあげてくれ」
ポルテは首輪を手に取った。茨の紋章を見た瞬間にほんの少しだけ眉が寄った気がした。
「……預かっておくわ。マスターにも見せておく」
「頼む。それと」
俺は掲示板の方を振り返ってから声を落とした。
「霧鳴りの洞窟の調査依頼。俺一人で受けたいんだ」
「一人で?」
「ああ。三人に頼らずに、ちゃんと自分で成果を出したいんだ」
ポルテはしばらく黙って俺を見ていた。
「……昨夜の裏庭の話ね」
「追放は保留にしてもらった。でも保留は保留だ。今度こそ、ちゃんと役に立てるところを見せないと」
「ノア。何度も言うけれど、あなたは強いのよ」
「身内の欲目だよ。ポルテはいつもそう言ってくれるけどさ」
ポルテは小さくため息をついた。それから困ったように笑った。
「……わかったわ。あなたならよっぽどのことがない限り大丈夫だとは思うけど、単独での受注はマスターの許可がいるから、通しておくわね。でも約束して。無理はしないこと」
「うん」
「それと、ちゃんと帰ってきて。おかえりを言わせて」
「……ああ。必ず」
「ああ、そうだ。朝ごはんは食べた?」
「まだだけど」
「これ、余ってたから。ちゃんと食べてから休みなさい」
ポルテは包み紙にくるんだ焼き菓子を窓口に置いた。まだ温かい。余り物にしては焼きたてだった。
「ポルテ、これ焼きたてじゃないか?」
「余り物よ」
「でも温かい」
「……余り物なの。早く食べなさい」
ポルテはそっぽを向いて書類をめくり始めた。耳の先が少し赤い。夜通し働いて疲れているのだろう。
ポルテは新人の頃からずっと俺の面倒を見てくれた。彼女にだけは心配をかけたくない。
宿に戻ると帳場の女将が湯気の立つ茶を差し出してくれた。
「万華さん、昨夜はお疲れさま。新人さんたちを助けたんですってね。下町はその話で持ちきりですよ」
「助けたのは三人ですよ。俺は荷物を運んでただけで」
「あらまあ。またそんなことを言って」
「そうだ女将さん。俺、明日の朝からしばらく一人で調査に出ます。部屋はそのままにしておいてください」
「お一人で? 銀牙さんたちは?」
「三人には休んでいてもらいます。今回は俺一人の仕事なんで」
女将は首をかしげていた。けれどそれ以上は何も聞かなかった。
部屋に戻って剣を研いだ。研ぎ石の音だけが部屋に響く。
ビリーがいたら「面白そうじゃん」と笑ってついてきただろう。あいつはいつもそうだ。精霊使いのくせに精霊から聞いた話の中で一番厄介なものを選んで持ってくる。三年前も「楽勝の依頼だ」と言って迷子猫探しを持ってきた。猫を追って下水道に潜ったら奥に怪しい人たちが大勢いて大騒ぎになった。結局猫は見つかったけど、あれは何だったのか今でもわからない。下水道でパーティでもしていたんだろうか?
『ノア、迷子の猫探しだ。楽勝だろ?』
あのときのビリーの顔を思い出して少しだけ笑った。
でも今回はビリーには頼れない。誰にも頼らずにやらなきゃ意味がない。
机の上には姉さんからの便箋十枚の手紙がまだ置いてある。
一枚目だけもう一度読み返した。
『ノアへ。ちゃんと食べていますか。ちゃんと寝ていますか。三人に迷惑をかけていませんか。もし誰かにいじめられたらすぐに言いなさい。姉さんが迷宮ごと殴りに行きます』
二枚目から十枚目まで同じことが書いてある。
「……迷宮ごとは困るな」
便箋をそろえて机に戻した。
「姉さん。俺、一人でやってみるよ」
返事の代わりにそうつぶやいた。
明日の朝。俺は一人で霧鳴りの洞窟へ向かう。
これが置いていかれないための最後のチャンスだ。




