第6話「荷物の詰め方は奥義だった」【ピコ】
月光草は夜にしか咲かない。
だから俺たちF級の新人三組は日が暮れてから北東の森に入った。ギルドの採取依頼だ。報酬は安い。でも新人が経験を積むにはちょうどいい仕事だと先輩たちは言っていた。
「ピコ、こっちにも咲いてるぞ」
同期のロッドが小声で呼んだ。
「ほんとだ。リリ、籠を貸して」
「はいはい。ピコってば今日はやけに張り切ってるね」
リリが籠を差し出しながら笑った。
「当たり前だろ。今日はあの万華のノアさんに直接教わった荷物詰めを実践するんだから」
俺は背負い袋を叩いてみせた。重い水筒と予備の食料は背中側の下。軽い包帯や籠は上。ノアさんに教わった詰め方だ。
「荷物の詰め方ってどれも似たようなものでしょ? それって強さと関係あるの?」
「あるに決まってる。王都最強の人がわざわざ教えてくれたんだぞ。きっと奥義の入口なんだ」
「奥義ねえ。ノアさんって番付一位なのに荷物持ちをしてる人でしょ? 変わってるよね」
「変わってるんじゃない。謙虚なんだよ」
「はいはい。ピコはノアさんの話になると止まらないんだから」
ロッドとリリが顔を見合わせて笑った。
「そういえばピコ。昨日ギルドの裏で、自分の二つ名を名乗る練習してたでしょ」
「し、してない!」
「『疾風迅雷のピコ』だっけ」
ロッドがにやにやしながら言った。
「声に出すなよ!」
「受付のお姉さんたちも先輩たちも、すっごく優しい目で見てたよ」
リリが楽しそうに笑う。顔が熱くなった。
「べ、別にいいだろ。B級になったら二つ名なんてみんな持ってるんだぞ。C級だって勢いのある人や強い人は呼ばれてる。今から考えておいて何が悪いんだよ」
「二つ名って周りが呼ぶから二つ名なんだろ。自分で考えるのは新人あるあるだって先輩が笑ってたぞ」
「うっ」
「でもローゼズってすごいよね。七人全員が二つ名持ちなんでしょ?」
「そうなんだよ! 王都でパーティ全員が二つ名で呼ばれてるのはローゼズだけなんだ。吟遊詩人が七人まとめて古い言葉の読みで歌ってるんだぞ」
俺は指を折って数えた。
「万華、銀牙、天穹、慈雨。遠征中の不落、流星、拳聖」
「……全部言えるんだ」
「当たり前だろ」
ロッドとリリがまた顔を見合わせた。さっきより優しい目だった。
そのとき森の奥から霧が流れてきた。白くて冷たい霧だ。月明かりがぼやけていく。
「……なあ。この先って霧鳴りの洞窟だよな」
ロッドの声が少し震えていた。
「E級のダンジョンだろ。F級の俺たちはまだ入れないけど、近づかなきゃ平気だって」
「でも最近あの洞窟の近くで変な音がするって噂だぞ。夜になると鐘みたいな音が鳴るって」
「やめてよロッド。こんなところで怖い話しないで」
「怖い話じゃない。ギルドの掲示板にも注意書きが出てたんだ」
そう答えた直後だった。
霧の中で何かが光った。赤い目が二つ。四つ。数えきれない。
「ま、魔物だ!」
現れたのは狼に似た獣だった。でも狼じゃない。背中から骨のような棘が生えている。足は六本。図鑑で見たどの魔物とも違った。
首には黒い首輪がはまっていた。茨を絡めたような紋章が刻まれている。
「なんだよこいつら……!」
「逃げろ! ほかの組にも知らせろ!」
俺たちは走った。後ろでほかの新人たちの悲鳴が聞こえる。
「こっちだ! 開けた場所に出るぞ!」
「待って、まだ籠が!」
「籠なんか捨てろ!」
「きゃっ!」
リリが木の根につまずいて転んだ。足首を押さえてうずくまる。
「リリ!」
「だ、大丈夫……先に行って……!」
「置いていけるかよ!」
俺はリリを背中に担いだ。背負い袋の上からだ。
重い。でも走れる。
重い荷物を背中側の下に入れておくと体の芯に重さが乗る。だからふらつかない。ノアさんの言った通りだった。
「ピコ、お前……リリを背負ったまま走れるのかよ!」
「荷物の詰め方のおかげだ!」
「うそだろ!?」
走りながら俺は確信した。やっぱりこれは奥義だったんだ。
でも魔物の足は速かった。森の中の開けた場所で俺たちは囲まれた。ほかの組の新人たちも追い込まれてくる。全部で九人。周りには数えきれない赤い目。
「誰か、ギルドに知らせは出したのか!?」
「出したけど間に合わないよ!」
「……ここまでか」
ロッドが剣を構えた。手が震えている。俺も短剣を抜いた。
棘の獣が一斉に身を低くした。
そのとき頭の上を銀色の風が駆け抜けた。
「伏せろ、新人ども!」
銀色の髪。狼の耳と尻尾。銀牙のシルヴィさまだ。剣のひと振りで三匹がまとめて吹き飛んだ。
「怪我人はこちらへ。結界を張ります。動かないでください」
天穹の魔女レゾナさまが杖を掲げた。俺たちの周りに光の壁が立ち上がる。
「大丈夫だよ。すぐ治してあげるからね」
慈雨の聖女ルカさまがリリの足首に手をかざす。腫れがみるみる引いていく。
ローゼズだ。王都最強のパーティが来てくれたんだ。
「ローゼズだ!」
「助かった……銀牙さまだ! 魔女さまと聖女さまも!」
ほかの組の新人たちが泣きながら声を上げた。
最後に大きな荷物を背負った黒髪の人が霧の中から歩いてきた。
「ピコ、よく頑張ったな」
「ノ、ノアさん!」
ノアさんは背中の荷物を下ろさなかった。旅支度のような大荷物を背負ったまま剣を抜いた。
そこから先は正直よく見えなかった。
気づいたときには獣たちが次々と倒れていた。ノアさんが動くたびに霧が裂ける。銀牙さまの剣をかわした獣をノアさんが通りすがりに斬る。魔女さまの結界に爪を立てた獣をノアさんが結界の外から一刀で落とす。
「シルヴィ、右の三匹を頼む!」
「もう片付けた! ノア、左も寄越せ!」
凛とした声だった。さっき俺たちに「伏せろ」と叫んだときと同じ声だ。なのに尻尾だけがぶんぶん振れている。ノアさんに名前を呼ばれた瞬間からずっとだ。
「レゾナ、結界の維持はあと何秒いける?」
「無期限です。兄さんこそ下がってください」
「ルカ、怪我人は何人だ?」
「九人みんな無事! ノアくんこそ怪我しないでよ?」
四人の声が飛び交うたびに魔物の数が減っていく。最後の一匹が倒れるまでに百を数える暇もなかった。
「……ふう。三人ともありがとう。俺一人じゃ絶対に間に合わなかった」
ノアさんは剣を収めて銀牙さまたちに頭を下げた。
三人はなぜか黙ってノアさんを見ていた。倒れている獣の八割はノアさんが斬ったものだ。新人の俺でもそれくらいはわかるのに。
「ノア。また荷物を下ろさずに戦ったな」
「下ろす暇がなかったんだ。ごめん、動きが鈍くて」
「……お前のどこが鈍いのだ」
銀牙さまは眉ひとつ動かさなかった。尻尾だけが不満そうに地面をぱたんと叩いた。それから俺のほうを向いた。
「新人。いい動きだった」
まっすぐ胸に届く声だった。思わず背筋が伸びる。
「は、はい! 銀牙さま!」
ふと見ると聖女さまと魔女さまが銀牙さまの尻尾を見て微笑んでいた。小さな子を見守るような目だった。
「その荷物の詰め方、兄さんが教えたのですか。……合理的です。覚えておいて損はありません」
魔女さまが眼鏡を押し上げた。聖女さまはリリの頭を撫でている。
「ピコくん、リリちゃんを背負って走ったんだって? えらかったね」
「ノアさんの教えのおかげです!」
「ふふ。そうだね。ノアくんの教えはすごいんだよ。本人は全然わかってないけど」
ノアさんは聞いていないらしい。倒れた獣のそばにしゃがみこんで黒い首輪を外している。
「首輪がついてる。誰かの飼い魔物かな」
「飼い魔物? あれがですか?」
「逃げ出したのかもしれない。持ち主が探してるといけないから、ギルドに届けておこう」
ノアさんは首輪を自分の荷物にしまった。
「ピコ。明日から俺にも荷物の詰め方を教えてくれ」
ロッドが真顔で言った。リリも隣でうなずいている。
「いいけど。これは奥義だからな。心して覚えろよ」
「ねえピコ。わたしにも教えてね、その奥義」
「お、おう。リリにも教えてやるよ」
茨の紋章が月明かりに一瞬だけ黒く光った気がした。




