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断頭台に散った悪役令嬢は、現代でプログラマーとなり乙女ゲームに『真の救済エンド』を実装する  作者: あとりえむ


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第17話

「セイクリッド・ブーケ」の狂騒が世界を飲み込む一方で、社内のシステム管理部では、冷徹な追跡作業が進められていた。


大規模な隠しルートの実装。それは、神崎が用意した公式アセットを流用しつつも、裏側では膨大な非公式コードと新規スクリプトが複雑に絡み合う、一種のシステムジャックに近い代物だ。


誰が、いつ、どの端末から、これほどの質量を持つ「異物」をマスターデータに滑り込ませたのか。


サーバーに残されたアクセスログ。深夜のパケット通信記録。そして、暗号化されたコミットログの復元。


すべての線は、一つのIDへと収束していった。



昼休み、喧騒が少しだけ落ち着いたフロアに、場違いなほど整った身なりの女性が現れた。


社長秘書だ。

彼女は迷いのない足取りで、窓際の端にある目立たないデスクへと向かった。


「結城莉奈さん。社長がお呼びです。最上階の第一会議室までお越しください」


その一言で、周囲の空気が凍りついた。


同僚たちの視線が、一斉に莉奈へと突き刺さる。

困惑、不信、そして事態の大きさを察した畏怖。


莉奈は、キーボードを叩く手を止めた。

モニターを消すと、そこには冷徹なほどに落ち着いた自分の顔が映っていた。


「わかりました。すぐに向かいます」


莉奈は静かに席を立った。


デスクの上に残された、使い古されたマグカップ。

私はそれを一瞥することもなく、運命の審判が待つ最上階へと向かうエレベーターに乗り込んだ。


背後で閉まる扉の音が、私の「潜伏期間」の終わりを告げていた。



重厚な扉が開くと、そこには冷房の利きすぎた静寂が待ち構えていた。


円卓を囲むのは、この会社の運命を握る役員たち。その中央で、社長が指先を組み、冷徹な双眸を莉奈に向けている。


「座りなさい、結城さん」


促されるままに椅子を引く。革張りの座面が微かな音を立て、その振動が莉奈の背筋に緊張となって伝わる。


テーブルの中央には、何百枚ものアクセスログをプリントアウトした束が、無言の証拠として置かれていた。


「単刀直入に聞こう。この『Salvation』と名付けられた隠しルート。これに付随する膨大なソースコード、およびアセットの不正な実装。……すべて君一人の仕業か?」


社長の声は、怒鳴るような激しさはないが、それゆえに逃げ場のない重圧を伴っていた。


「はい。すべて、私が独断で行いました」


莉奈は淀みなく、真っ直ぐに答えた。

その言葉に、役員たちの間に微かな動揺が走る。


「君は、自分が何をしたか分かっているのか。これは重大なコンプライアンス違反だ。もし、このコードのせいで致命的な不具合が発生し、プレスのやり直しや回収騒ぎになっていたら……会社が被る損害は、君の人生が何度あっても償いきれないものだった」


コンプライアンス、リスク、ガバナンス。


組織化された企業を象徴する言葉が次々と莉奈に投げつけられる。


「結果として売上が上がったからといって、プロセスを無視した暴走が許されるわけではない。組織において、君のような存在は劇薬だ。成功か破滅か、その二択を会社に強いる権利は君にはないはずだ」


神崎の傲慢さとはまた違う、組織という名の巨大な意志が、莉奈を押し潰そうと迫っていた。


だが、莉奈は俯かなかった。

彼女の瞳の奥には、前世の処刑台でさえ失わなかった、静かな光が宿っていた。


「おっしゃる通り、私は組織のルールを破壊しました」


莉奈は静かに、しかし室内の誰よりも通る声で告げた。


彼女は手元のタブレットを起動し、会議室のメインモニターへとデータを転送する。

映し出されたのは、発売三ヶ月前に行われたクローズドβテストの、未公開の集計結果だった。


「これは、神崎プロデューサーの当初のプロットに基づいたバージョンでの、ユーザー満足度の予測推移です」


モニター上のグラフは、右肩下がりの無残な軌跡を描いている。


「ターゲット層の八割が『展開が退屈』『ヒロインに魅力がない』と回答し、期待値はブランド史上最低を記録していました。そのままリリースしていれば、初週の売上こそブランド力で維持できたでしょうが、二週目以降は中古市場に溢れ、ルミナス・ソフトウェアの名前は『過去の遺物』として刻まれていたはずです」


役員たちが息を呑む。彼らが目にしていたのは、神崎によって「良好」と改ざんされた報告書だけだったのだ。


「私が実装した『Salvation』は、単なる隠し要素ではありません。本編の欠陥を補完し、物語としての整合性を保つための、いわば巨大な修正パッチです」


莉奈の指が画面をスワイプする。

次に表示されたのは、現在のSNSのポジティブ・ネガティブ分析と、実売数、そして今後のダウンロードコンテンツへの波及効果予測だ。


「私がリスクを負って独断で動いたことで、会社は数十億の機会損失を回避し、過去最高益という結果を手に入れました。私は破壊者ではなく、このプロジェクトを、そして会社の資産を救った修復者です」


感情を排した、純粋な利益と損害の対比。

経営陣が最も理解し、かつ抗えない「数字」という名の暴力。


莉奈は淡々と、しかし確実に、役員たちの退路を断っていった。


「規律を乱したことは認めます。ですが、私は『クリエイター』としてではなく、『プログラマー』として、このシステムに発生していた神崎のシナリオという致命的な論理エラーを、正常な状態へ戻したに過ぎません」


静まり返った会議室の中で、莉奈の冷徹なロジックが、組織の規律という名の盾を粉々に粉砕していた。



沈黙が、役員室の重厚な空気を支配した。

数十億の利益をもたらした功労者か、あるいは組織の規律を破壊した反逆者か。


役員たちの天秤が左右に揺れ、社長が口を開こうとしたその瞬間、莉奈は鞄から一通の白い封筒を取り出した。

それを滑らせるようにして、木目調のテーブルの中央へと置く。


『辞職願』という文字が、並み居る権力者たちの視線を釘付けにした。


「審議の必要はありません。本日をもちまして、退職させていただきます」


莉奈の声には、未練も、怒りも、ましてや期待も混ざっていなかった。


驚きに目を見開く役員たちを置き去りにし、彼女は椅子を引いて立ち上がる。


会社という組織にとって、彼女は確かに劇薬だったかもしれない。だが莉奈にとって、この会社はセレスティアを救い出し、神崎をその椅子から引き摺り下ろすための、単なる作業場に過ぎなかった。


目的はすべて果たした。

もう、冷たいコードの海に自分を沈め、誰かの影として生きる必要はない。


部屋を出る際、一度だけ振り返った莉奈の口元には、微かな、しかし明らかな嘲笑が浮かんでいた。


彼女が去った後の会議室には、使い道のなくなったアクセスログと、誰にも制御できない「本物の才能」を失ったという、取り返しのつかない喪失感だけが残された。



「……彼女をもう一度連れてきなさい。今すぐにだ」


重苦しい役員室の空気に、社長の声がさらに重く響き渡った。

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― 新着の感想 ―
確かにコンプライアンス違反したのは事実だから処分は当然だとしても処分するなら 当然違反しなければならない状態に追い込む結果となった神崎プロデューサーも処分しなければおかしいですね。もししてなければ莫…
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