未来の分岐点
大公家付きの魔法学者のミンディアから魔法を指導を受ける事になったミレイユ。
彼女の指導と用意された資料のお陰でミレイユは植物の成長を促す魔法と治癒魔法を習得した。
その後も練習を重ねるごとに彼女は潜在的な魔力を開花させ、大公子妃の治療の際にも長い間癒しの魔法を使えるようになった。
「あの、大公子様、なんで大公子妃殿下の具合が良くなっている事を内緒にしてるんですか?」
「君には話しておこうか……実はアシェラは毒を盛られた疑惑があるんだ」
「ええっ!? ど、毒ですか……?」
「ああ、病で倒れたと思われた彼女だったが、最近主治医が再調査した結果、特殊な毒を盛られたのかもしれないと教えてくれた」
治療を開始してから七日目の夜、政務を終え治療に立ち会っていたセルヴェンに疑問に思っていた事を尋ねたミレイユ。
アシェラ大公子妃の容態は日に日に回復しており、主治医ももうすぐ目を覚ます筈だと太鼓判を押す程だというのに、その情報は伏せられこの部屋には限られた者しか入れないよう厳重に警備が敷かれている事に疑問に思ったのだ。
犯人は見つかっていない、彼女が回復しつつあると知れば、また仕掛けてくる可能性が高いと考えている為、彼女の状況が良くなっている事を伏せているとセルヴェンは語る。
「君も何か不審な動きをしている者を見つけたら知らせて欲しい」
「わ、分かりましたっ、気を付けて見ておきます」
『ミレイユちゃん、私が姿を隠して見張ってますですっ!』
「うん、お願いねユーリィ」
その日から、ミレイユはアシェラ大公子妃の治療を続けながら、周囲に注意を払うようになった。ユーリィは姿のを隠したままで怪しい人物がいないか見張ってくれている。
アシェラの治療を始めてから十日経ったある日、ミレイユとセルヴェンは大公領の視察から戻ってきた大公夫妻と朝食を共にしていた。
「ミレイユ君、義娘が世話になっているようだな。私からも礼を言わせてくれ」
「戻ってすぐアシェラさんのお見舞いに行ったのだけど、見違える程穏やかな顔で眠ってらしたわ、貴方のお陰なのね。本当にありがとう」
「お、お褒めに預かり光栄です。大公殿下、妃殿下」
アーグランド大公夫妻は気さくな人物だった。現皇帝の弟君であり、皇室の血統に受け継がれるプラチナブロンドの髪をオールバックにしたハーヴェント大公。長い銀髪を結った美しい容貌のメルヴィア大公妃。
共に朝食を取りながら、二人は頻りにミレイユの事を褒め、その惜しみない賞賛に恐縮してしまう一方だ。
本当に優しい方々だ。こんな優しい人達が家族だったらどんなに幸せだろうか、そんな考えが過ったところで、そんな事は恐れ多い事だと考えを振り払う様にフルフルと首を左右に振る少女。
俄かに部屋の外が慌ただしくなった事に気づき、食事の手を止めていた大公の元へとハインツが来たと伝える執事長。大公が鷹揚に頷き入室の許可を出すと、飛び込む様にハインツが部屋に駆け込んでくる。
「ご朝食中に失礼いたします! アシェラ様がお目覚めになりました!」
「なんだとっ!? それは本当か!?」
「はいっ、先程マーサさんが入られた際にお目覚めになったとの事です」
ハインツの報告に驚愕し、そして歓喜に染まった表情で席を立ち、走るようにしてアシェラの寝室へと向かう大公一家。
大公子妃の部屋に入ると、感極まったように涙ぐんでいるマーサと大公子妃の侍女、そして主治医から診察を受けている大公子妃の姿があった。
「アシェラっ……本当に目が覚めたんだな。良かった……あのまま君を失ってしまっていたら私は……」
「貴方……それに義父様に義母様……ご心配を、おかけしました」
「そんな事は気にしなくていい、君が目覚めてくれて本当に良かった」
「ああ、神よ。感謝しますわ……可愛い義娘がこうして目覚めてくれた事に」
たった今起きたばかりのアシェラの前へと駆け寄る三人。セルヴェンが妻の手を握り締め、大公夫妻も目に涙を浮かべて、嬉しそうにアシェラの顔を覗き込んでいた。
「ミレイユ嬢、こちらに来てくれ」
「え……わ、私も、ですか?」
「ああ、来なさい。アシェラ、この子が君を救ってくれたミレイユ嬢だ。彼女は素晴らしい癒しの力を持っていて、その力で君を癒してくれたんだ」
「っ!? で、殿下、そ、そんな事まで……」
突然呼ばれ戸惑いながらも、そっと近づくミレイユ。そんな彼女をセルヴェンは妻の前に立たせると、何をしたのかを説明する。その内容に慌てるミレイユだったが、アシェラは穏やかな笑みを浮かべて彼女の手を握る。
「ああ、貴方が私を救ってくれたのね。ありがとう、ミレイユさん」
「め、滅相もございません……私、私は大公子殿下に引き取って頂き、大公家の皆様に優しくして頂いて……その恩返しとして、精一杯やらせて頂いただけです」
「それでもよ。ありがとう。貴方は私にとって恩人なの」
「アシェラさんの言う通りよ、本当にありがとうミレイユさん」
ミレイユの小さな身体を抱きしめ、義娘を救ってくれて本当にありがとうと涙を零す大公妃。
太公やセルヴェン、そしてマーサや侍女も彼女へと涙を流しながら感謝の言葉を送る。大公子妃の治療を担当していた医者も、目の前で起きた奇跡に感極まって泣いている。
諦めずに頑張り続けて良かった、この優しい人達の力になれて良かったとミレイユも嬉しさから泣き始めた。
その日の夜、眠っているミレイユの側へと光と共に現れるリモーネ。ミレイユと一緒に眠っていたユーリィはその気配に気づき身を起こす。
『お疲れ様ユーリィ、そしてありがとうミレイユ。これで、鮮血大公セルヴェンが誕生する未来は回避されたわ』
『精霊王様、これでこの世界は平和になるんですか?』
『ええ、少なくとも鮮血大公となったセルヴェンが引き起こす、厄災とでもいうべき戦争や混乱は起きないわ』
鮮血大公、それは『スターライト・ロンド』の後編でこの帝国を揺るがす事態を引き起こすセルヴェンに着けられた二つ名だ。
生まれたばかりの娘に続き最愛の妻アシェラまで失ったセルヴェンは狂気に染まり、地獄の悪魔と契約して闇魔法の力を得て、妻と娘を蘇らせる為に非人道的な実験や生贄を求め始める。
そして息子がやっている事に気付き止めようとした大公夫妻を密かに殺害し、大公の座を継承すると帝国の実権を掌握しようと皇室と対立する。
悪魔に唆されるままに彼は人々の心を闇魔法で支配し、妻子を蘇らせる為に血を、生贄を求め帝国と他国との戦争すら引き起こし大陸中に災禍を振りまいていく。
最終的に帝国を掌握する為に反乱を起こし、国を二つに割る内乱の果てにヒロインや攻略対象達に、顕現した地獄の悪魔と共に討たれ死ぬ、それが彼に定められた未来だった。
物語はラスボスである彼らを倒して平和を取り戻すというハッピーエンドだが、そこに至るまでには数え切れない程の人々の命が失われ、悪魔の策略によって多くの精霊達も傷つけられ精霊王達もこの世界への影響力を大きく失い、この世界はゆっくりと衰退していく運命なのだ。
その未来を知ってしまった精霊王達はそれをなんとか回避しようと、セルヴェンを殺す事すら考えたが、自分達がそれ程の干渉をすれば、神に与えられた権能を失う恐れもある過激な行動の為踏み出せずにいた。
そんな時リモーネが感じ取ったのが、この世界に転生したミレイユ、そして彼女の中に生まれた光魔法と強い癒しの力だった。
この力なら大公子妃を助ける事が出来る。自分達が直接手を下さず彼女やセルヴェンに最低限の干渉をして出会うよう誘導し、大公妃を癒す事が出来れば災厄の未来は回避されるだろう、それがリモーネが出した答えだ。そして彼女は賭けに勝った、ミレイユは己の目論見通り大公子妃を癒し、セルヴェンはもう闇堕ちし悪魔と契約を結ぶ事もないだろう。
これはリモーネも知らなかった事だが、ミレイユとセルヴェンは本来なら数週間後に同じように伯爵家で出会い、彼に引き取られる運命だった。
だがその頃には大公子妃は亡くなり、闇堕ちし狂気に支配された彼は、悪魔との契約の為の生贄としてミレイユを引き取った。
彼女は『スターライト・ロンド』の物語におけるセルヴェンの最初の犠牲者として、設定上存在するモブキャラだったのだ。
だが彼女に美咲が転生し、希少な光魔法の癒しの力を宿した事、そして未来を変えようと精霊達が動いた結果、この世界の運命は変わったのだ。
『ユーリィ、貴方は今後もこの子と一緒に居て欲しいの。この子の力を悪用しようとする人間から守りなさい』
『分かりましたですっ、ミレイユちゃんは私がお守りしまっす!』
『ええ、頼んだわ……本当にありがとうミレイユ。貴方のお陰でこの世界の未来は変わったわ。貴方もこの世界で幸せになってね。それが私の願いよ』
この子の力は世界にたった一人しか持っていない希少な力だ。そして前世を異世界で生きた彼女の記憶や知識はこの世界に変化をもたらす事だろう。それを狙う輩から守るように告げれば、ユーリィは元気よく片手をあげて私がお守りしますと意気込む。
小さいながらも頼もしい己の眷属の頭を撫でると、リモーネは幸せそうな表情で眠るミレイユへと語りかけ、その額にキスを落とす。
『じゃあねミレイユ、貴方が幸せになっていくのを、精霊界から見守るわ』
最後にもう一度ミレイユを撫でると、リモーネは再び光となって消えていく。それを見送ったユーリィは、これからもずっと一緒ですとミレイユに微笑んで、ベッドの側の机に用意された自分用の小さな布団に横になった。
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