君の生まれた日に祝福を
大公家のパーティー会場で踊るミレイユとフィルンハルト皇子、そして彼らの友人達。
やがて音楽が終わると会場からは大きな拍手が沸き起こり、共に踊っていた友人達が礼をする中、ミレイユとフィルンハルトも互いに礼をして別れる。
皇子と別れたミレイユへとダンスを申し込もうと動く令息が居たが、大公夫妻が彼女の元へと近づいてきた事で動きを止める。
「皆、今日は我がアーグランド大公家の主催する夜会に参加してくれた事に深く感謝する。そして今日はこの大公家に喜ばしい事が一つある。愛する我が娘ミレイユの誕生日だ」
大公からの言葉に会場の皆の視線がミレイユに集まり、彼女は驚いた表情を浮かべた。
自分の誕生日なんて彼女自身知らないのに、なぜ両親は知っているのだろうか。
戸惑いの表情を浮かべているミレイユの元へと、兄であるセルヴェンが歩み寄る。
「オルフィア伯爵家の家令、彼は君の母君から誕生日を聞いていたのだ。こうして君を祝える事に感謝しているよ」
「あ、あの人が……」
生家であるオルフィア伯爵家で奴隷同然の扱いを受け虐げられていた日々、その中で家令のオットーだけは隠れて食事を持ってきてくれたり、傷の手当てをしてくれた事があった。
彼女の脳裏に、庇う事が出来ずすまないと申し訳なさそうに告げる彼の顔が浮かぶ。
「ミレイユ、八歳の誕生日おめでとう」
「貴方が生まれてきてくれたこの日を祝わせて頂戴。おめでとうミレイユ」
大公夫妻からの祝福の言葉に目頭が熱くなるのを感じる。
前世では妹や弟が生まれてからはないがしろにされ誕生日をろくに祝われた事もなかった。そしてミレイユになってからは自分の誕生日すら知らなかった。
そんな自分が今こうして、家族として受け入れてくれた優しい人達や友人に祝福してもらっている。
「ありがとうございます、お義父様、お義母様……とても嬉しいですっ」
ミレイユの頬を一筋の涙が伝い落ちる。それは悲しみではなく、言葉に尽くせぬ感謝と幸福の証だった。彼女は慌てて指先でそれを拭うが、次から次へと溢れてくる。
「あらあら、泣かないでミレイユ。今日は貴方の為のお祝いの日なのよ」
「お義母様の言う通りよ。貴方には笑顔でいて欲しいわ」
メルヴィア大公妃とアシェラ大公子妃が左右から優しくミレイユを抱きしめる。
義母と義姉の温もりが彼女の心に沁み渡り、涙はさらに止まらなくなる。けれどその顔には、確かに笑みが浮かんでいた。
「ほら、皆も貴方を祝いたくて仕方ないのよ。見てごらんなさい」
メルヴィアが優しくミレイユの背中を押すと、彼女の視界に広がるのは広間中から自分に向けられる祝福の眼差しだった。
使用人達は勿論の事、招待客達も皆が笑顔で拍手を送っている。その最前列にはフィルンハルト達大切な友人達の姿があった。友人達は皆、ミレイユ以上の笑顔を浮かべている。
「ミレイユ殿下、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございます、ミレイユ様!」
「おめでとうございます、大公女殿下!」
次々と掛けられる祝福の言葉に、ミレイユは何度も何度も頭を下げて応えた。その一つ一つが胸に沁みていく。
前世で誰にも祝ってもらえなかった日々。誕生日すら知らされず、ただ黙々と働かされていた伯爵家での辛い日々、それが音と共に砕けていくような感覚を彼女は感じる。やがて拍手が収まると、大公が再び口を開いた。
「さあ、皆今夜は存分に楽しんでくれたまえ。そしてミレイユ、私達夫婦からのプレゼントを受け取ってくれ」
補佐官から箱を受け取った大公夫妻はミレイユの前でそれを開く、それはパープルダイヤを散りばめたティアラだ。
「貴方のその菫色の瞳に似合うと思ったの、つけさせてもらうわねミレイユ」
「とても素敵……本当にありがとうございます、大切にしますねっ」
メルヴィア大公妃がそのティアラをミレイユの頭にそっと載せる。侍従が持つ大きな鏡に映る自分を見て嬉しそうに微笑むミレイユ。
その宝石が彼女の瞳と同じ深い紫の輝きを放ち、会場の皆からまた拍手が沸き起こる中、セルヴェンとアシェラ夫妻も彼女の元へと近づく。二人から手渡されたのは、美しい細工の施されたペンダントだった。
「これは私達からのプレゼントだ。魔除けの効果が付与されているから肌身離さず付けておいて欲しい」
「セルヴェン兄様、アシェラ姉様……ありがとうございます」
ペンダントを受け取り、胸の前で大切に握りしめるミレイユ。涙で潤んだ瞳で礼を述べる義妹を優しく抱きしめるアシェラ大公子妃。
「お誕生日おめでとうミレイユ、貴方と家族になれて良かったわ」
「私もです、姉様」
そんな義姉妹の様子を微笑ましく見守るセルヴェンと大公夫妻、そして会場の誰もが温かな空気に包まれている中、ミレイユは胸元のペンダントをそっと握った。
その小さな重みは、単なる贈り物以上の意味を持っているように感じられた。家族が自分の無事を願ってくれるという確かな証。
虐げられていた幼い日々には想像もできなかった感覚が、今ここにある。涙がまた一つ頬を伝ったが、それは決して悲しみの涙ではなかった。
「さあ諸君、我が大公家の宝であるミレイユの誕生日を共に祝ってくれ」
「「「「おめでとうございます! 大公女殿下!!」」」」
大公の宣言と共に会場には再び割れんばかりの拍手が湧き起こり、皆がミレイユの誕生日を祝う声が響き渡る。その中でミレイユと家族達は共に笑顔を交わし合う。
拍手が収まり歓談がまた始まると、フィルンハルト達ミレイユの友人が彼女の元へとプレゼントを手に歩いて行く。
「気に入らないなぁ、皇党派だけで情報を共有してたんだな」
本やアクセサリー、ペンといったプレゼントを友人達から受け取り、幸せそうに微笑むミレイユ。その姿を遠目に見ているハーロンは不愉快だと吐き捨てる。
本人の反応や大公子の発言からして、彼女を驚かせる為に密かに進めていたのだろうが、皇党派に属する彼女の友人達にだけは大公家は彼女の誕生日を伝えていたのだ。
彼女に近づこうとする自分の様な神殿派の貴族や、門閥派の子息は皆同じような表情を浮かべている。それも当然だろう、ただでさえリードされているというのに出鼻を挫かれたのだから。
「まぁ、この程度のリードは許してやろうじゃないか。障害が多い程、獲物を手にした時の達成感は大きいからね」
父から大公女と親しい関係を築けと命じられた時は、何故自分が半平民などと不満を抱いたりもしたが、実物を見て気が変わった。
彼女は極上の宝石の様な存在だ。彼女の伴侶になれば神殿、いや帝国を牛耳るような地位に就く事も夢じゃない。
「貴方を必ず僕のものにしてみせますよ、ミレイユ大公女殿下」
友人達に囲まれ微笑むミレイユ。彼女を見つめつつ、口の端を吊り上げ深く笑みを刻むハーロンの瞳には野心と欲望が渦巻いていた。
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