愛しき君と
会場から離れた中庭で年上の令嬢達に囲まれ詰め寄られていたルミア。だが彼女は理不尽な態度を取る令嬢達を前に毅然とした態度を取った。
引っ込み思案気味だった友人の成長を目の当たりにしたミレイユ達友人は、令嬢達に屈しなかった彼女を褒め称えていた。
「さて、そろそろ戻ろうか。僕らがあまり長い間会場を離れているとマズいからね」
「そうですね、行きましょうか」
フィルンハルトの提案に頷き、再びホールへと戻るミレイユ達。そこでは音楽隊による演奏が始まっており、ダンスに興じる招待客達の姿があった。
会場へと戻ったミレイユに数人の令息達が近づこうとするが、それを牽制するようにフィルンハルトが声を掛ける。
「ミレイユ、一緒に踊ってもらえるかい?」
「ええ、喜んで」
優雅に差し出された皇子の手を取りホールの中央へと歩いていくミレイユ。彼女の側に立っていたユージェンは、先を越されてしまった事にうぅ、と小さく声を漏らす。
「あらユージェン、貴方もミレイユ様と踊りたかったの?」
「いや、俺はその……不躾な輩から大公女殿下をお守りする為に……」
「ふふふ、そういう事にしておきましょうか。私は殿下でもユージェンでも応援しますわよ。相応しい殿方かどうかはしっかり見定めさせてもらいますけど」
「な、なんで君が見定めるんだよリーゼ……」
「もちろんミレイユ様を敬愛する友人としてですわ」
微笑むリーゼロッテの言葉に顔を赤くするユージェン。そのやり取りを見ていたアルバートが肩を竦め、レイシェルとルミアはくすくすと笑う。皆の表情は明るく、先ほどの中庭での出来事などまるでなかったかのようだ。
流れるようなワルツに乗って、ミレイユとフィルンハルトがホールの中央で踊り始める。互いに呼吸を合わせ軽やかにステップを踏む二人。
美しい皇子と大公女のダンスを前に目を細めていたリーゼロッテは、ルミアの方へと振り返る。
「ルミア、あの時の貴方凄く立派でしたわ。尊敬いたします」
「うん、あの令嬢達、いつも気に入らない子を陰でイジメてるって有名なんだよ。あいつらの鼻を明かしてやれて清々したさ」
「貴方の毅然とした態度、カッコ良かったわよ」
「リーゼさん、レイ様、ラーナさん……あ、ありがとうございます」
リーゼロッテに続き、レイシェルにラーナフェルトもルミアに敬意を表する。友人達から称賛の言葉を掛けられ、照れたように微笑むルミアだった。
「さて、僕らも踊ろうか……ルミア嬢、一曲お相手願えるかな?」
「ええ、こちらこそお願いしますアル様」
アルバートが差し出した手をルミアは迷わず取る。微笑み合った二人もホールの中央へと歩いていく。その後姿を微笑ましく見送ったリーゼロッテはユージェンとレイシェルの方を向く。
「さ、貴方達も私達の相手をなさいな。あそこで獲物を狙う目をしているご令嬢方の相手をしたくなければね」
「獲物を狙うって、リーゼ……それは言い過ぎじゃないかな?」
「いいえレイ。貴方達に相手が居ないとなれば、すぐにも群がって来るのが目に見えていますわよ」
リーゼロッテの言葉に周りを見回せば、遠巻きに何人もの令嬢達が集まってきている事にうへぇと声を漏らすレイシェル。あの集団の中に放り込まれるのは御免だとユージェンも顔を顰める。
「じゃあリーゼ、一曲お相手願えるかな?」
「ええ勿論、ミレイユ様と踊るに相応しいか採点してあげますわ」
「なんでそんな上から目線なんだよまったく……」
「あら、大公女殿下に相応しい男になりたいのならば、このリーゼロッテ・エーデヴァルトが認める程の男にならなきゃ話になりませんわよ。さ、観念して私を楽しませなさいな」
ニコリと不敵な微笑みを浮かべ、ユージェンの手を取って歩いていくリーゼロッテに、なんでこう勝ち気なのかと呆れながらも優しく握り返すユージェン。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていたラーナフェルトにレイシェルも手を差し出す。
「ラーナ、僕は下手だけど、お相手をお願いできますか?」
「ええ喜んで、私もあまり上手ではありませんからお互い様ですわ」
「はは、そうだね。じゃあ一緒に練習と行こうか」
レイシェルの誘いを受けたラーナフェルトは、柔らかく微笑み手を取る。笑顔の二人はホールへと歩き出しそのまま華やかな音楽の中へ溶けていった。
優雅なワルツの調べの中、ミレイユとフィルンハルトは息を合わせてステップを踏んでいた。
軽やかなターンの度に、ミレイユのドレスの裾が微かに翻り、シャンデリアの灯りを受けて虹色の波紋を広げる。まるで夜空に咲く大輪の花のようだとフィルンハルトは思った。
(ああ、やっぱり君といると心が安らぐな)
自分の手を握るミレイユの手から感じる温もり。そして無意識に使っているだろう暖かな癒しの力に目を細めるフィルンハルト。
他者の心を読む事が出来る彼は普段はその力を抑えるよう努めているが、悪意などを伴ったものはどうしても聞こえてしまう。特に人の多い場所ではそれが顕著に出てしまい、時に他人の負の感情に晒されて辛くなる事もある。
だけど彼女の心だけは何も聞こえない。そして彼女の持つ力が負の感情を溜め込んでいる自分の心を癒してくれるのだ。今もこうしてミレイユと踊っているだけで心が軽くなっていく。彼女の手を離したくない、その思いが強くなり彼は握る手の力を少し強める。
愛しい彼女と踊る事に夢中だった彼だが、その視界の端にある一団を見つける。ハーロン候子を中心とした神殿派の貴族達だ。
アルバートから報告を受けたが、自分達が来る前にハーロン候子がミレイユに接触し、彼女を懐柔しようとしていたらしい。
目障りな連中だと一瞬思うも、こんな楽しい一時にする思考じゃないなと彼は苦笑する。
「……フィル様、どうかなさいましたか?」
「ううん、なんでもないよ。さ、続きを踊ろうか」
不意にフィルンハルトが動きを止めた事に首を傾げるミレイユ。彼女がフィルンハルトに問い掛けると、彼は首を振って答え、再びダンスの続きを促す。
ホールの中央で踊るミレイユとフィルンハルト、彼らの姿を少し離れたテーブル席から見つめる者が居た。皇帝レイグランデ・アークトゥルスである。
弟ハーヴェント大公や皇太子エルランドと談笑しながらも、その視線は二人に注がれている。彼の横顔はいつもの威厳に満ちた表情ではなく、視線の先で踊る孫達を微笑ましげに見ていた。
フィルンハルトは昔から人前では仮面を被り完璧な笑顔を振り撒くが、本当は人嫌いで気を許した相手以外近づけたがらない性格だった。
そんな孫が今、あんなに幸せそうに笑っている。あの子の閉ざしていた心を開いてくれたミレイユには感謝しかない。
「兄上、どうされました?」
「ああ、あの二人が随分と楽しそうだったのでな。少し見惚れていた……似合いの二人だとは思わんかハーヴ」
「それは認めます……しかしあの子には婿を取らせたいのですがね私達夫婦は」
弟からの問いにフィルンハルトとミレイユの幸せそうな姿を見つめながら応える皇帝。
まだ兄はミレイユを孫の伴侶、次代の皇后にする事を諦めていないのかと顔を顰めつつ、ミレイユには婿を取らせ自分達の側に置きたいと大公は口にする。愛する娘を手放したくはないのだ。
「まあ、まだ先の話だ、何も今焦る必要は無い。今はあの二人を見守ろうじゃないか」
「……ええ、そうですね」
皇帝の言葉にハーヴェント大公は頷き、共に踊るミレイユとフィルンハルトを見つめる。複雑な心境はありながらも今はただ、二人の幸せそうな姿を微笑ましく見守りたい、そう思うのだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
地の文が長いかと思い分割するようしました、読みやすくなったかお聞きしたいところです。
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