小さな勇気
大公家で開かれている夜会、友人達と談笑していたミレイユだったが、友人の一人であるルミア子爵令嬢が戻らぬ事を怪訝に思い、友人達と共に探しに出た。
中庭に出て友人を探す彼女達が見たのは、数人の令嬢達に取り囲まれるルミアの姿だった。
「ルミア嬢、あなたね、少し分をわきまえなさいな」
ルミアに向けて言い放たれる少女の声が、夜の静けさにやけに尖って響いた。ミレイユは足を止め、アルバートの表情が硬くなるのを横目に見た。
「子爵令嬢の身で、あの輪の中に居るだけでもおかしいと思わないの? おまけにアルバート様に馴れ馴れしくして……図々しいにも程があるわ」
中庭の片隅、植え込みに囲まれた小さな広場で、自分達より少し年上の三人の令嬢がルミアを囲んでいた。
いずれも華やかなドレスを纏い、髪を手の込んだ結い方にしている。その表情には嫉妬や侮蔑の感情が露になっている。一番背の高い令嬢、おそらくグループのリーダーだろう。
彼女がアルバートの名を口にした瞬間、ルミアの肩が僅かに震えた。
「わ、私はただ、皆様にお友達として良くしていただいているだけで……」
「友達? 笑わせないで、子爵令嬢があの方々と友達ですって?」
「そうよ、身の程を弁えなさい」
「子爵令嬢ふぜいが、皇党派の重鎮たるあの方達に近づいて何を企んでいるのよ!」
三人の令嬢達に詰め寄られているルミア、彼女は一瞬息を呑み俯きかけた。
けれどその唇は、次の瞬間にはきゅっと結ばれる。縮こまり震えていた肩が、ゆっくりと元の位置に戻っていく。やがて意を決したように彼女は顔を上げた。
「身の程を、弁えなさい……ですか」
令嬢達を見返して発された声は、彼女自身でも意外に思うほど落ち着いていた。取り囲む三人の令嬢がわずかに目を見張った。
「確かに私は歴史の浅い子爵家の娘です。お三方のように代々続くお家柄でもなければ、爵位も低いです」
ルミアは一歩前に進んだ。植え込みの影が、中庭を照らす照明の揺らぎに合わせて彼女の足元で揺れる。彼女から発される静かな圧力に令嬢達は思わず半歩後ずさった。
「けれど、誰と友達になるかは爵位で決めることではございませんわ。アルバート様が私と本の話をして下さるのは……私達が同じもの、様々な本を、知識を愛しておられるからです」
「な、何を偉そうに……!」
「偉そうになどしておりません。ただ事実を申し上げただけです」
リーダー格の令嬢がかっと頬を染めて詰め寄る。けれどルミアは一歩も引かなかった。
彼女の脳裏には、アルバートから借りたある本の頁が浮かんでいた。
主人公が不当な非難に晒されながらも、最後には己の言葉で己の道を選び取る場面。
読んだ時は、自分はこんなに風に強くはなれないと思った。それでも今、彼女を支えているのは確かにあの物語だった。
書物が彼女に教えてくれたのは、知識だけではなかったのだ。
あの引っ込み思案な筈のルミアの毅然とした態度にミレイユは驚き、傍らに立つアルバートはこっそりと口元を緩めた、凛とした様子で令嬢達を見返すルミアの表情を誇らしげに見ている。
「こ、このっ……! 生意気なのよ!」
「ここで何をなさっているのですか、皆さん」
まさかここまで言い返されるとは思わなかった、苛立った令嬢が肩を震わせ、扇子を手にした手に力を込める。
振りかぶったそれをルミアめがけて振り下ろそうとするが、その前にミレイユが歩み出る。
思わず動きを止め、バッと振り向く令嬢達。ミレイユだけではない、フィルンハルトにアルバート、他の友人達もその後に続く。その姿に令嬢達はあからさまに狼狽した。
「大公女殿下、それに皇子殿下まで……ど、どうしてこちらに」
「どうして、はこちらの台詞です。友人がなかなか戻らないから探していたのですよ」
「それで中庭に居るのを見つけてね。まさかこんな馬鹿げた真似をしているとは思わなかったよ。大叔父様の主催する夜会で騒ぎを起こそうとするなんて、なかなかの度胸だね」
ミレイユとフィルンハルトの冷ややかな声に令嬢達の顔から血の気が引く。フィルンハルトの言う馬鹿げた真似とは彼女達の所業を指しているのは明白だ。
「ですが殿下……この子爵令嬢が馴れ馴れしくアルバート様に」
「アルもルミア嬢も、僕やミレイユ嬢の大切な友人だ。そんな二人が親しい事の何処が悪いのか僕には分からないけど、そもそも他人の交友関係に口を出すなんて不愉快極まりない行為だね」
「そ、そんな、私達は善意から……」
「善意ですか。爵位だけで友情を判断し、他者の気持ちを考えず暴力まで振るおうとする、それが貴女方の善意なのですね。私にはとてもそうは思えないのですが?」
ミレイユが静かに放った言葉に令嬢達の表情が固まる。悪意を持ってルミアを貶めようとしたのは明らかなのに、よくも善意などと言うものだと、呆れながらも言葉を続ける。
その声には怒気も侮蔑もなかった。ただ事実を淡々と指摘するだけの、けれど抗いようのない静かな圧が籠っている。
「貴女方が何を言おうと、私の考えは変わりません。ルミアは私達の大切な友人です。そして友人を貶めるような言動を、私達は許しません」
ミレイユの背後でラーナフェルトが静かに頷いた。リーゼロッテも、レイシェンもユージェンも、口を挟まずともその場に立つことそのものが彼女達の意思表示だった。
「そして、貴方達の発言は私にとって不快極まりないものです。私の義姉であるアシェラ大公子妃も、子爵家の出身なんですよ? 貴方達の発言は姉様を侮辱するものと受け取ります」
「あっ……そ、それは、その……」
「はぁ……今の発言を姉様と兄様が知ればどんな顔をされるのやら」
不愉快そうに放たれたミレイユの言葉にビクリと身を震わせる三人の令嬢。彼女の指摘通り、大公子妃アシェラも子爵家の出身なのだ。
彼女達の失礼極まりない発言が大公子妃夫妻の耳に入ればどうなるか、ミレイユの言葉にカタカタと震えだす令嬢。
「そして夜会で騒ぎを起こそうとした事、大公家の娘として見過ごせません。この事はお義父様達に報告させて頂きます」
「そんなっ、どうかご容赦下さい! 私達はただ……!」
「どうかそれだけはお許しを、大公女殿下!」
大公へ報告する、その一言でサッと顔を青褪めさせた令嬢達が必死に謝罪を繰り返す。その顔には焦りと恐怖が浮かんでいる。大公の耳に入るという事は、共に居るであろう皇帝や皇太子にまで自分達の醜態が伝わってしまうという事なのだ。
それは自分達だけで済む話ではない、家の面子にも関わってくる。そうなれば自分達は社交界で爪弾きにされてしまうだろう。必死の謝罪にミレイユは溜息を吐く。
「二度とこの様な真似をしないと誓うなら、この場ではこれ以上追及しないでおきましょう。ただし、次はありませんよ?」
「は、はい……」
「お、お約束いたします……か、寛大な御心に感謝します大公女殿下」
三人の令嬢達は項垂れながら後ずさると、そのまま逃げるように中庭から去っていく。その背中が角の向こうに消えていくと、ようやく張り詰めていた空気が緩んだ。
ミレイユ達は安堵の息を吐き、そして皆でルミアを見た。彼女はまだ少し強張った顔のまま、けれどしっかりと背筋を伸ばして立っていた。
「す、すみません、皆さん……ご迷惑を掛けてしまって」
「どうして貴方が謝るの、悪いのはあの人達でしょう?」
「そうだよルミア嬢、君は堂々としていればいいんだ。君は僕達の大事な友人なんだから」
ミレイユとアルバートの言葉にルミアは小さく笑みを浮かべた。その笑顔に今までの彼女には無かった芯の強さが見えた。
ミレイユは彼女のその変化が嬉しかった。小さな勇気がもたらした大きな一歩だ。きっと彼女はこれからもっと強くなっていくのだろう。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
この話を気に入って頂けたら、評価やブックマーク、ご感想を頂けましたら執筆の励みになりますので是非お願いします。




