神殿派の令息
夜会当日の夜、大公家のタウンハウスには次々と馬車が到着し招待客が会場へと入っていく。
豪華なドレスに身を包んだ貴婦人達は噂話に花を咲かせながら広間に進んでいく。貴族の男性達は、手にワイングラスを持ち政治や経済について語り合っていた。
大公夫妻と大公子夫妻も会場入りし、訪れた招待客達から挨拶を受け談笑している。
「いらっしゃい、リーゼ、ラーナ、ルミア、今日は楽しんでいってね」
「ミレイユ様、今日はお招きいただきありがとうございますわ」
「流石は大公家の夜会、素晴らしい夜になりそうですね」
「こんな素敵な場にお呼び頂き、こ、光栄ですっ」
ミレイユも親しい友人である、リーゼロッテ、ラーナフェルト、ルミアを出迎え彼女達と談笑を始める。
親し気に話す四人を横目でチラチラと確認する、周囲に集まる貴族の子供達。皆親から大公女であるミレイユと親しくなるようにと命じられているのだ。
彼女は大公夫妻に溺愛される存在であり、希少な光魔法の使い手であると同時に、様々な物を思いつき生み出す才能を持っている。
そんな彼女と親しい関係になれば美味しい思いが出来るかもしれない。
そして男子を持つ家の者達はこうも考えている。もし大公女と息子を結婚させる事が出来、その光魔法の才を二人の子供に受け継がせる事が出来たならば、そうした思惑が渦巻いている。
リーゼ達が離れると、一斉に子供達がミレイユの元へと近づこうとするが、それを牽制するように一人の子息が彼女へと近づいていく。
「初めまして、ミレイユ大公女殿下。オクトラド侯爵家のハーロンと申します」
ミレイユより幾らか年上だろうか、銀髪に青い瞳の美しい令息は優雅な動作で一礼する。
オクトラド侯爵家、神殿派閥の筆頭格である家の令息を前に彼女は少し緊張した表情を浮かべた。
ミレイユは軽く息を呑み背筋を伸ばした。幼い頃から虐げられて育った彼女にとって、こうした格式高い挨拶は未だに慣れないものだったが、大公女として恥じぬよう振る舞わねばと心に言い聞かせる。
「ようこそハーロン侯子、大公家の夜会に」
「ようやくご挨拶の機会を頂けましたね。噂には伺っておりましたが、実際にお会いするとその評判以上のお美しさでいらっしゃる」
ハーロンは穏やかな微笑みを浮かべながら一歩ミレイユに近づく。
その動作は自然で、まるで古くからの知り合いであるかのような親しみやすさがあった。しかしその青い瞳の奥には、計算し尽くされた光が静かに揺れている。
「素晴らしい光魔法をお使いになるとか……神殿や僕の友人達の間でもそのお噂でもちきりですよ」
「恐れ入ります。ですがまだ未熟な身ですので、そのようなお言葉は身に余りますわ」
「謙遜なさらなくてもよろしいのですよ。私達オクトラド侯爵家も、殿下のような方と良いご縁を結べればこれ以上の喜びはありません」
その言葉の含みにミレイユはわずかに眉をひそめた。神殿派の筆頭格であるオクトラド侯爵家が、なぜ皇党派の中心である大公家の養女に近づいてくるのか。政治的思惑は彼女にも容易に想像できた。
神殿は自分に偽りの聖痕を刻み、聖女として祭り上げようとした経緯もある、見目麗しい令息である彼を使って自分を懐柔しようとしているのだ。
そう考えると、彼の微笑みもその裏に何を企んでいるのか分からないものに思えてくる。
「嬉しいお言葉ですが私はまだ学ぶべき事が多く、そのような話を頂くには早すぎますわ」
「これは失礼いたしました。私の言葉が過ぎましたね」
完璧な笑みを浮かべ一歩引くハーロンだがその視線はミレイユを値踏みするように絡みつく。まるで珍しい宝石でも眺めるかのように、あるいは手に入れるべき獲物を見定めるかのように。
その視線は不快であり、どうやってこの場を切り抜けようかと考えていたところに、二人へと近づいてくる人物。
「お話し中失礼します、大公女殿下」
「ユージェン侯子、こんばんは。お母様のお身体の具合はいかがですか?」
「お陰様ですっかり良くなりました。これもすべて大公女殿下のお力のお陰です」
近づいてきたのはユージェン・アインウェル侯爵令息だ。その傍らには宰相の令息であるアルバート・クライスト公爵令息も居た。
皇党派の重鎮である貴族令息達の登場に、ハーロンはわずかに表情を硬くし視線を逸らす。これ幸いとミレイユは彼らへと向き直る。
「アルバート公子もようこそ、今日は楽しんでいってくださいね」
「お招きいただきありがとうございます、大公女殿下。先程耳にしましたが、そろそろ陛下やフィル達が来られるそうです。皆で集まり待ちましょうか」
「あら、もうそんな時間ですか。申し訳ありませんハーロン候子、フィル様をお迎えしなければいけないので、これで失礼しますね」
ミレイユはハーロンへと優雅に一礼しアルバートとユージェンと共にその場を去る。その背中にハーロンの視線が突き刺さるが、振り返る事はしなかった。
「ハーロン様、如何でしたか?」
「逃げられちゃったよ。思ったよりガードが堅い上に、皇党派の連中が面倒だな」
神殿派の貴族の令息が集まる場へと戻ってきたハーロンは、思ったよりも手強いなと苦笑する。
自分の見目には自信がある彼としては、初対面で多少なりとも好意を抱かせることに成功するだろうと考えていたが、そう上手くはいかなかったようだ。
「大公女本人はどうでしたか?」
「会うまでは期待してなかったけど、あの見目はいいね。僕好みだ……半平民だなんてと最初は思ったけど、俄然欲しくなってきた」
ハーロンは果実水の入ったグラスを受け取ると会場の喧騒から少し離れた窓際へと歩を進めた。
半平民の養女、されど希少なる光魔法の使い手。神殿は偽りの聖痕を刻み、聖女として祭り上げようとして失敗した。
あの一件以来、神殿派の権威は少なからず揺らぎ、その隙を狙う様に皇党派も門閥派も動き始めている。
だからこそ、政略の道具として彼女を娶りその子に光魔法の才が受け継がれれば、オクトラド侯爵家は神殿派の中でも盤石の地位を築く事が出来る。彼女の奇跡の力によって、皇室を上回る程神殿の勢力が増せば、貴族の代表格に登りつめる事も夢ではない筈だ。
そして大公女は光魔法の才だけでなく、新しいパンのレシピや希少な化粧水など、様々な物を生み出す才能も持っている。彼女を手中に収めれば莫大な富と名誉も約束されるだろう。
しかし先ほどの少女の瞳は彼の計算を見透かすように澄んでいた。虐げられて育ったというのに、あの堂々たる佇まい。
見目の美しさもさることながら、あの気高さが一層魅力を引き立てている。半平民などと侮れば、痛い目を見るのはこちらの方だろう。彼女は大公家の娘として相応しい振る舞いと思慮が出来る人物だ。
先程のように皇党派の子息達の邪魔もあるだろう。彼女を篭絡するのは少々骨が折れるかもしれない。
「まあ、だからこそ面白いのだけれど」
ハーロンは笑みを深くして、グラスを傾け果実水を飲み干す。
手に入らないものほど欲しくなる、それは彼の持って生まれた性分だ。
窓辺から会場内へと視線を戻す少年。その視線の先には友人達の元へと歩く美しい大公女の姿があった。
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