大公家の夜会
帝都での社交界シーズンも終盤に差し掛かった頃、大公家のタウンハウスでは皇族も招いて開かれるパーティーの準備が進められていた。
「他の招待客達には悪いが、ミレイユの誕生日を祝うパーティーでもあるという事は伏せて進めるのだ」
「あの子の驚く顔が見てみたいですからね、陛下や兄さん達、ミレイユの親しい友人達には、口止めをした上で伝えましょうか」
補佐官や侍女長達から準備の進捗報告を受けながら言葉を交わす、ハーヴェント大公とセルヴェン大公子。
皇党派を中心に多くの貴族を集め盛大に開かれる予定のパーティーだが、隠されたもう一つの目的がある、それは養女に迎えたミレイユの誕生日を祝う事だ。
本人も正確な日は知らないとの事だった彼女の誕生日、それをオルフィア伯爵家に仕える家令から知る事が出来た大公家は、愛する娘の為に盛大な宴を催す事にした。
「あの子に何をプレゼントしましょうかお義母様」
「迷ってしまうわね。ドレスにしようかしら、それともアクセサリーかしら」
義姉アシェラ大公子妃とメルヴィア大公妃も、愛する家族に何をプレゼントしようと楽しげに話している。
あの子は遠慮しているのか、自分が思い付いた事を実行する時以外、基本的にねだったりする事がない子だ。
彼女は大公家に迎え入れられるまで、虐げられ碌に家族の愛情を受けずに過ごしてきたのだから、ああも無欲になってしまったのだろう。
だからこそ、愛娘に喜んでもらえる物を選ぼうと大公妃と大公子妃は話し合う。
パーティーの日が迫ってくると、タウンハウス内は一層慌ただしくなり、準備を進める使用人達の表情には、忙しさよりも大切な人を喜ばせようとする高揚感のほうが色濃く滲んでいた。
パーティーの準備を楽しそうに進める使用人達の足音は、絨毯の上でさえ軽やかな旋律を奏でていた。
「お嬢様はどんなドレスを着られるのかしら」
「早く見てみたいわね。それにお誕生日の事を知られたらどんなお顔をされるかな」
「皆さん、私語は慎みなさい。お嬢様に聞かれたらどうするんですか」
広間では若いメイドたちが梯子に登り、窓辺に白と金のリボンを結んでいく。彼女達は飾りの位置を直しては、互いに満足そうに頷き合う。
ミレイユがどんなドレスを纏うのか、そう楽しそうに話しているが、お嬢様に聞かれたらどうするのですかと侍女長が窘めるも、彼女の表情も明るく楽しそうだ。
作業を進める者達の誰もが知っていた。これは皇族を迎える大宴であると同時に、あの優しい大公女のための祝いなのだと。
初子の死産で心身を病んでしまったアシェラ大公子妃。彼女を助けようともがくも、何の成果も得られず日々荒れるセルヴェン大公子。
荒れる息子と、起き上がる事も出来なくなった義娘を前に、大公妃の顔からも笑顔が消え、大公も難しい表情を浮かべる事が多くなった。
あの頃はタウンハウスには暗い影が差し続けた、大公家はどうなってしまうだろうかという不安に、使用人達は俯く日々だった。
その影をあの少女が消し去ってくれた。奇跡にも等しき力で癒された大公子妃は、かつてと変わらぬ凛とした佇まいで大公子の隣に立ち、大公一家には笑顔が戻ってきた。
それだけではない、大公女に迎え入れられたミレイユは、貴重な薬草を栽培するきっかけをつくり大公家に富をもたらし、皆が思い付きもしなった新しいパンのレシピなどを考案し、それは一般市民の生活にまで変革をもたらしつつある。彼女の働きによって大公家の名声は高まるばかりだ。
大公家の暗い影をうち払い、幸福をもたらしてくれた心優しい少女に報いたい。その一心で使用人達は準備を進める。
「殿下の為に最高の料理を作るんだ。素晴らしいレシピを頂いたご恩に応える絶好の機会だぞ!」
「ミレイユ様やお客様に満足してもらえるようなパンを作るぞっ」
料理長の呼びかけに厨房に集まった料理人達からも力強い返事が響く。厨房に溢れる香りは、どの料理も普段の晩餐よりも数段贅沢なものばかりだった。
ミレイユによって見習いから職人に格上げされたパン職人の青年リックは、自分で考えた最高に美味しいパンを大公女に食べて貰おうと意気込んでいる。
庭園では老練な庭師が丹精込めて育てた花々を摘み、広間を彩る花飾りを作っている。調度品を磨く若い使用人も、絵画を整えるメイドも皆がそれぞれの役目を果たしながら、心の中でその瞬間を待ち望んでいた。




