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大公家の娘として

 スキンクア草を使った特別な化粧品を献上する為に母や姉と共に皇宮へ赴いたミレイユ。

 そこで出会った第一皇子妃アレクサンドラは、半分平民の血が流れているミレイユを露骨に蔑み、理不尽な要求をしてきたが、その最中に皇后セフィリアや大公子妃メルヴィア達が現場へと訪れた。

 

 皇后セフィリアは彼女とミレイユの間に立ち塞がるようにして歩み出る。

  その顔にはいつもの穏やかな微笑はなく冷たい怒りが滲んでいる。ミレイユの側まで来たメルヴィア大公妃も怒りを隠さず第一皇子妃に軽蔑の視線を向けている。


 「アレクサンドラ妃。貴方は何をしようとしていたのかしら?」

 「こ、皇后陛下! これは誤解です。私はただ、ミレイユ大公女に礼儀作法を指導していただけでして……」


 アレクサンドラは扇子を持ったまま両手を胸元で忙しなく動かし、目を泳がせ額には汗が滲んでいる。

 取り巻きの貴族女性たちも、青ざめた顔で立ち尽くしている。セフィリアは静かに首を振った。


 「指導ですって? それが半平民などという暴言を吐きながら、皇宮内で大公家の娘を脅すことなのかしら」

 「それは、その……!」

 「貴方は皇子妃という立場にあるのよ。下の者にどう接するかで、その心が計られる。もう少し己の振る舞いを考えてはどうかしら」


 皇后の指摘にアレクサンドラは何も言い返せず、唇を震わせたまま目線を落としている。その様子にセフィリアが小さく息を吐いた。


 「ミレイユは私やマリアーナ妃との約束があるの。貴方の相手をしている暇はないのよ」


 アレクサンドラは唇を噛みしめると軽く一礼してその場を去っていく。その足音は早く、後ろ姿からも怒りと屈辱がにじみ出ていた。取り巻きの女性たちも慌てて彼女を追いかけていく。


 「ミレイユ、大丈夫だった?」

 「マリアーナ様、ご心配ありがとうございます。私は大丈夫です」


 心配そうに声をかけてくれたマリアーナ皇太子妃に、ミレイユは笑顔を向ける。その笑顔はいつも通り穏やかで、先ほどのやり取りをものともしていないように見えた。


 だがメルヴィアには分かっていた。この子は決して気にしていないふりをしているだけだと。その証拠にギュッと握りしめられた両手が震えている。メルヴィアはそっとミレイユの頭を撫でた。温かく、ゆっくりと。


 「よく堪えたわ、ミレイユ。貴方は本当に立派よ」

 「お義母様……」

 「アーグランド大公家の娘として、堂々としていたわ。私の誇りよ」


 その言葉にミレイユの目が一瞬揺れた。それでも彼女はすぐに微笑みを返してきた。母の心遣いが嬉しい。でも、心配をかけたくないという思いもあってその微笑みはどこか無理をしていた。


 メルヴィアはそれ以上何も言わず、ただミレイユの肩に手を置いて優しく抱き寄せた。その暖かさに堪えようとしていた涙腺が緩んでしまい、少女は養母にギュッと抱き着いて涙を零し始める。メルヴィアは彼女が落ち着くまでその背を優しく摩り続けるのだった。


 

 「す、すみません皆様……お、お恥ずかしい所をお見せしました」

 「気にしないで良いのよミレイユ。むしろ謝るのは私達の方だわ、アレクサンドラ妃があんな直接的に出てくるとは想定してなかったわ」

 「ああも愚かな行動に出るなんて……それ程焦っているという事かしら、義娘が大変失礼な事をしたわね。ごめんなさいミレイユ」


 メルヴィアに抱き着き涙を零してしまったミレイユ。皇后宮の東屋に移動したところで、自分が皆の前でみっともない姿を見せてしまったと恥ずかしそうに俯いている。

 その背中をメルヴィアが優しく摩り、皇太子妃マリアーナが気にする必要は無いと告げている。

 ミレイユの正面の席に座る皇后セフィリアは頭を下げ、自分の不在中に皇宮内で起きた暴挙を詫びた。


 「こ、皇后陛下! 顔をお上げ下さいっ! 私は気にしておりませんし、むしろ私の方こそこんな騒ぎを起こしてしまって申し訳ございません……」

 「貴方が謝る必要はどこにもないのよミレイユ。謝るべきは全てアレクサンドラ妃なのだから」


 慌ててセフィリアに顔を上げるよう頼むミレイユだったが、彼女が己の責任だと頑なに譲らない事に困り果ててしまう。そこにマリアーナが優しく声をかけミレイユを庇ってくれた。

 アレクサンドラの暴言による動揺も消え去り、ミレイユが普段の笑顔を取り戻した事で話し合いが再開される。話題は先程のアレクサンドラの事に移る。


 「あの子には私から化粧品は与えているのに、足りないだなんて要求するなんて」

 「大方高値で売りつけ資金を稼ごうという魂胆でしょう。まったく愚かな事ですわ。私とセフィリア義姉様との協定に横入りしようだなんて、いい度胸じゃありませんか」

 「それだけではありませんわ。おそらくはスキンクア草の化粧品を門閥派の貴族達に与え、『自分は皇后からも特別に下賜される程の寵を受けている』と吹聴するつもりだったのでしょう。そうなればアレクサンドラ殿下の派閥への求心力も高まりますもの」


 自分が与えているというのにと溜息を漏らすセフィリアに、大方私腹を肥やす気なのかもしれないと不機嫌そうに言い放つメルヴィア大公妃。

 アシェラが冷静に分析を付け加えるとセフィリアは深く息を吐いた。長年の政争の中で、こうした浅はかな策略は幾度となく見てきた。だが、浅はかであるがゆえに厄介でもある。愚か者は何をしでかすか読めないからだ。

 

 「実は大公城でも温室内で栽培されているあれを盗もうという輩が現れたのです。もっとも、侵入した段階で突然足を滑らせ壁で頭を強打し、気絶した状態で発見されたのですが」

 (多分温室にいるあの子達がやったんだな。泥棒だと判断して撃退してくれたんだ)


 温室内に入室権限のある者が買収され、収穫間近のスキンクア草を根こそぎ盗もうと侵入したらしいが、あの温室内に遊びに来ている精霊達が撃退したのだろうとミレイユは考えた。

 

 「スキンクア草の栽培については、大公城に戻ってからお義父様と相談してみます。専用の棟を建ててしっかり管理しつつ増産を試みるべきかと考えています」

 「専用の棟を建てて、ですか。それは良い考えね。ただ大公領での増産は時間がかかるでしょうから、当面は現状の量でやりくりするしかないわね」


 メルヴィアがそう言って顎に手を当てると、セフィリアも頷いた。


 「ええ、だからこそ下賜する相手は厳選しなければならないわ。アレクサンドラ妃にはもう渡さないようにしましょう。あの子は何をしでかすか分からないもの」

 「同感ですが、完全に切ってしまうと余計に荒れ狂う可能性もあります。表面上は穏便に、しかし実質は制限する形が宜しいかと」


 アシェラの進言にセフィリアは感心したように目を細めた。やはりこの娘は政治の勘が良い。メルヴィアの教育の賜物だろう。


 「アシェラの言う通りね。では、次回の下賜はアレクサンドラ妃には量を減らし、それも『特別に』という形で渡しましょう。そして実際の配分は他の皇党派の貴族達に厚くするのよ」

 「承知いたしました。大公領に戻りましたら、そのように手配いたします」

 

 そうして方針が決まると会談は終わり、ミレイユは母や姉と共に馬車に乗って皇宮を後にする。

 ようやく家族だけになれた事に安堵し息を漏らすミレイユ、その表情には疲労の色が濃かった。

 義母はそんなミレイユによく頑張ったわねと声をかけ、義姉も優しく微笑んでいた。その温かさにミレイユは少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。


 「帰ったら、ユーリィと一緒に庭園でお茶にしましょう。今日は貴方の好きな菓子を用意させておくわ」

 「お義母様……はい、ありがとうございます」


 大公家のタウンハウスへと続く道を馬車が走る。車窓から見える夕焼け空を見上げながら、ミレイユは今日の出来事を思い返していた。

 悔しく、そして怖い思いもしたが、それ以上に自分を守ってくれる人々の存在が心強く感じられた。

 母や姉だけではない、皇后や皇太子妃からの気遣いや優しさに救われた日だったと彼女は目を細めた。

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