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アシェラ妃殿下の治療

 精霊王リモーネの依頼どおり、伯爵邸に現れた青年に癒しの魔法を行使したミレイユ。

 彼女の類まれなる癒しの力は、悪意に晒され続け摩耗していた青年、セルヴェン・アーグランド大公子の心身を癒した。

 その奇跡ともいうべき力を目の当たりにしたセルヴェンは、心身を病み眠り続けている妻アシェラを救う為に彼女の力を欲する。

 オルフィア伯爵との取引で彼女の身柄を引き取った彼は、急ぎ大公邸へ向かおうとしていた。

 


 「妃殿下を助けられるっ!? 本当ですか!?」

 「ああ、この子には希少な光魔法、それも他人の心身を癒す力があるんだ」

 「そんなものが……俄かには信じ難いですね」

 「私がこの身で体験した、この力ならば妻を、アシェラを救える筈だ……何せ彼女の力は、精霊も認める程だからな」


 馬車に乗り込んだミレイユ達。セルヴェンから告げられた内容に思わず身を乗り出すハインツ補佐官。

 大公子妃であるアシェラ・アーグランドは半年前に難産の末に生まれた娘は死んでしまい、そのショックで心身を病んで塞ぎ込んでしまった。

 子もまともに産めぬ女など大公子妃に相応しくないと貴族達に陰口を叩かれ、中にはセルヴェンに対し離縁するなり側室を迎えるべきだと提案する者すら居る有様だ。

 

 そんな悪意に晒された大公子夫妻、心を病み一日の殆どをベッドで過ごしどんどんやせ細っていき、最近は原因不明の病で目を開ける事すら殆どない大公子妃、激務の傍らに彼女を救おうと必死に手立てを考えるも何も進展がなく、日増しに荒んでいく大公子。

 見ていてこちらが辛い程の有様だった主人が、今は希望と活力に満ちた表情を浮かべ、この子の力ならばきっと上手くいくはずだと熱く語る姿に、長年側役を務めるハインツも信じたい気持ちが強まっていく。

 

 「せ、精霊が認めるなんて……本当ですか?」

 「ああ、そもそも私と彼女を引き合わせたのは小さな精霊だ。居るんだろう? 姿を見せてほしい」

 「ユーリィ、出てきて欲しいって」

 『分かりましたです。は、初めまして、光の中級精霊ユーリィと申しますです』

 「ほ、本当に精霊だ!」


 その言葉に半信半疑なハインツ。だがセルヴェンが姿を見せるように言うとミレイユの肩に乗った小さな精霊が姿を現しペコリとお辞儀したものだから度肝を抜かれてしまう。

 精霊は人前には滅多に姿を現す事が無い。ましてや言葉を交わすなど本当に稀有な事だ。そんな存在と行動を共にする少女、ミレイユの正体が一体なんなのかとハインツは唖然とし、そんな彼の横でセルヴェンが喉を鳴らして笑う。


 『わ、私は光の精霊王様からミレイユちゃんと大公子殿下を会わせるようにって、ご指示をうけてたのですっ』

 「精霊王は私や妻の状況を認識し、その解決策が彼女だと提示してくれたのか……何の意図があるかは分からないが、私としては藁にも縋る思いだ。お願いだミレイユ嬢、妻を……私の大切なアシェラをどうか救ってほしい、この通りだ」

 「ひっ!? あ、頭を上げてください! そんなことしちゃだめですっ! た、確かにその、ち、力はあるみたいですけど、わ、私に出来るかどうか……で、でも、私なんかでよければ、出来る限りのことは……!」


 深々と頭を下げる大公子に、ミレイユは文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。一国の王子同然の方がこんな小娘に頭を下げるなど、本来あってはならないことだ。彼女は慌てふためき、小さな手をパタパタと振る。

 

 「ありがとう……! 大公邸に戻ったらまずは身なりを整えようか、ハインツ」

 「今屋敷の方に連絡しております。戻り次第すぐに出来るよう準備させておきますよ」

 (大公子妃殿下の治療……私なんかに出来るかどうか分からないけど、精一杯やってみよう)


 二人のやり取りを見ながら心中で呟きを漏らすミレイユ。きっと精霊王が癒して欲しかったのは大公子妃の方だったのだろう。

 上手くいくかは分からないけど、精一杯やってみるだけだ。自分が幸せを掴むためにもこれは避けては通れない。

 大公家の邸宅に到着した馬車を出迎える多くの使用人。その人数と城かと思う程大きく立派な大公邸に思わず馬車の中に引っ込みそうになるが、大公子が笑って頭を撫でる。


 「大丈夫だ、ここには君を苛めるような者は存在しないし、居ても私が絶対に許さない、安心してくれ。マーサ、この子の身なりを整えてやって欲しい」

 「畏まりました若様。さぁお嬢さん、こちらへどうぞ」


 マーサという年老いたメイドに連れられ、ミレイユはまず湯浴みをさせられる。前世でもこんな広い風呂に入ったことなどない。大きな浴槽に張られた湯の温かさに、彼女は思わず深いため息をついた。

 傷を見られたらどうしようなんて一瞬思ったが、リモーネが治癒してくれたお陰で今の自分の身体には傷一つない綺麗な状態だった。

 彼女の身体を洗い清めるメイド達は、汚い筈のミレイユを嫌な顔一つせず甲斐甲斐しく世話をして、その心地よさにミレイユは目を細める。

 

 「まあ、なんて可愛らしいのでしょう。髪もきちんと整えればこんなに綺麗な銀色に」

 「本当ですね、まるで絹糸みたいに柔らかく艶やかですわ。菫色の瞳も御綺麗です」

 「あ、ありがとう、ございます」


 鏡に映る自分の姿に、ミレイユは戸惑いを隠せなかった。ぼさぼさで灰色にくすんで見えた髪は、実は柔らかな銀色だったのだと初めて知る。身体を洗い髪を整え清潔な服を身に纏った自分は、まるで別人のように見えた。メイド達の賛辞に彼女はどう答えていいか分からず、小さく謝辞を述べて恥ずかしそうに俯く。


 「さ、身支度がが整いましたよ。若様がお待ちです」

 「……はい」

 (大丈夫、私ならできる。精霊王様がそう言ってたんだから)


 マーサに案内されミレイユは大公子妃アシェラの寝室へと向かう。心臓が早鐘を打ち、手の平にはじっとりと汗が滲む。

 大丈夫、きっと大丈夫、自分にそう言い聞かせながら、彼女は深く息を吸い込んだ。

 寝室の扉が開かれる。室内はカーテンが閉め切られ、昼間だというのに薄暗い。大きな天蓋付きのベッドに、一人の女性が横たわっている。セルヴェンがその傍らに座り、ミレイユの到着を待っていた。


 「来てくれたか、ミレイユ嬢。彼女が私の妻アシェラだ」


 ミレイユはベッドに近づきアシェラの姿を見て息を呑んだ。彼女は驚くほどに痩せ細り頬はこけ、血色の悪い肌は蝋のように青白い。かつてはさぞ美しかったであろう藍色の髪も今は艶を失い、枕の上に無造作に広がっている。閉じられた目は落ちくぼみ、かすかな呼吸を繰り返すその姿は、まるで生ける屍のようだった。


 「私が、この方を……」

 「ああ、頼む……私の妻をどうか救ってほしい」


 セルヴェンの声には祈るような切実さが込められている。ミレイユは小さく頷き、そっとアシェラの細く冷たい手を両手で包み込んだ。まるで枯れ枝のようだ、と思った。


 (大公子妃殿下の心と身体が、どうか癒されますように……どうかこの方と、大公子殿下を苦しみから救ってくださいっ!)


 彼女は目を閉じ、ただひたすらに祈る。中庭でセルヴェンにそうしたように、自分の内側から暖かな力が溢れ出し、手の平を通じてアシェラへと流れ込んでいくのをイメージする。

 やがてミレイユの手が淡く光り始める。その光は、中庭でセルヴェンを癒した時よりもずっと強く、そして温かく輝いていた。光は水の波紋のように広がり、アシェラの全身を優しく包み込んでいく。傍らで見守るセルヴェンとハインツは、息を殺してその光景を見つめていた。

 もっと力を注がなきゃ、そう考えるもだんだん苦しくなってくる。やがて限界に達したミレイユは両手を離し、フラフラとよろめきマーサに抱き支えられる。

 

 「お嬢さん、大丈夫ですか!?」

 「だ、大丈夫、です……そ、それよりも、大公子妃殿下は……?」

 

 全身に広がる倦怠感に意識を手放しそうになるも、必死に踏み止まり彼女の様子はと問いかけるミレイユ。

 皆が視線を向けた先に眠る大公子妃だったが、未だ目を覚ましていない。彼女が目を覚ましていない事にミレイユは愕然とする。


 「あ、あぁぁっ……ご、ごめっ、ごめんなさいっ……わ、私の力じゃやっぱり……」

 「そんな事はないぞ、よく見るんだミレイユ嬢」

 「え……?」


 ダメだった、自分の力じゃ足りないんだと嘆くミレイユだったが、両手で顔を覆って嘆く彼女の肩を掴むセルヴェンの声は喜びに弾んでいる。

 何故自分を叱責しないのか、戸惑いながらもノロノロと顔を上げた彼女が見た先には、先程までより随分血色が良くなり、規則的な呼吸を繰り返す大公子妃の姿があった。

 寝顔も辛そうに歪んでいたはずが穏やかなものに変わっている。まだ眠り続けているものの、間違いなく彼女の状態は好転している。ミレイユの力がちゃんと効果を示しているのだ。


 「信じられない。さっきまでとは大違いです、凄いですよミレイユ嬢っ!」

 「これほどとは……ミレイユ嬢、本当にありがとう……感謝してもしきれないくらいだ」

 「これほど穏やかなお顔の若奥様を見れるなんて……お嬢様、ありがとうございます!」


 大公子妃の変わりようにハインツも興奮気味に声を上げる。そしてセルヴェンはミレイユの両手をしっかりと握り締め、感極まったように深く頭を下げた。

 こんな奇跡が起こるなんて信じられない、と何度も呟きながら彼は顔を上げ、初めて出会った時の暗い影などどこにもない、希望に満ちた表情でミレイユを見つめた。

 大公子妃付きの侍女と共に彼女の身の回りの世話をしていたマーサも涙ぐみながら感謝の言葉をミレイユに送る。

 

 「素晴らしい力だミレイユ嬢。君が居てくれるなら、妻はきっと元気になる筈だ」

 『一回だけじゃなくて、何回も癒せば、大公子妃様はきっと良くなる筈です、ミレイユちゃん!』

 「しょ、正直なところ、私自身も何が起きてるのかは全然分からないんですけど……大公子妃殿下がお元気になれるよう、私、頑張りますっ」

 

 諦めないで、何回もやればきっと良くなるはずだとユーリィも彼女の側で飛びながら必死に励ます。

 皆の言うとおりだ、何度もやってみよう。私はこの人を助けたい、ミレイユは決意に満ちた表情で大公子妃を見つめる。

 翌朝になるとアシェラの容態はさらに改善していた。まだ目覚めはしなかったが、呼吸はより安定し、顔色は明らかに明るくなっていた。医師も首を傾げる程の急激な回復ぶりだった。

 それからミレイユは毎日のようにアシェラの元を訪れ、その手を取って祈りを捧げ光魔法を使う。日に日にアシェラの肌は健康的な色を取り戻し、硬く結ばれていた眉間の皺も和らいでいった。

 大公家での生活は夢の様なものだった。マーサを筆頭とした使用人たちは甲斐甲斐しくミレイユの世話をしてくれ、着心地の良い綺麗な衣服や美味しくて栄養のある食事が出される。


 「す、すいません、今日もいっぱい食べちゃって……」

 「何を仰いますかお嬢様、遠慮なく沢山お召し上がりくださいな」

 「ミレイユ嬢のお身体も健康になればなる程、より力を使う時間も長くできるようになってますしね。美味しい物を沢山召し上がって、ご自身のお身体も元気にするのは、妃殿下の治療にも繋がるんですよ」


 今日もいっぱい食べちゃったと恥ずかしく、そして少し申し訳なさそうに言うミレイユに対し、マーサとハインツがいっぱい召し上がって宜しいんですよと笑顔で語りかける。

 ミレイユの年齢が九才だと知った時二人は酷く驚き狼狽した。満足に食事も与えられなかった彼女の身体はやせ細り成長も同年代の子供より大幅に遅れていたから、五、六才だと二人は思っていたのだ。

 気にしなくていいと優しく語りかけてくれる二人に胸が熱くなる。この優しい人達の役に立ちたいとミレイユはギュッと手を握り締めた。

 アシェラ大公妃の治療以外の時間に、ミレイユは大公家が手配した教師達から学ぶ機会を与えられ、前世である美咲の頃から勉強好きで努力家だった彼女は真綿が水を吸う様に知識を得ていった。


 最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

 次回からは短編では書かなかった新しいエピソードを投稿していきます。


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