大公子殿下との出会い
伯爵家の出来損ないと烙印を押され、奴隷同然の扱いを受けるミレイユ。そんな彼女の元に現れたのは光の精霊王リモーネ。
彼女は眠っていたミレイユの力を覚醒させ、その力である人物を癒して欲しいと頼み、ミレイユはその依頼を引き受ける事にした。
一夜明けた朝、また苛められるかと身構えていたが、誰もミレイユの元へ来ない。それどころか周囲を歩いても伯爵達も使用人達も気付かないのだ。屋敷の者達がミレイユを探す中、彼女は屋敷内の使われていない大きな倉庫の奥に身を隠した。
「ユーリィ、これって貴方の力?」
『はいですっ、私の魔法で認識を阻害してミレイユちゃんに気付けない様にしてるんですっ』
「ありがとうユーリィ、ご飯まで持ってきてくれて」
『どういたしましてですっ、あの人が来るまでミレイユちゃんをお守りします。契約者をお助けするのは精霊として当然ですっ』
精霊王から自分を守るようにと言い付けられた小さな精霊ユーリィ、彼女はその光の力を行使し認識を阻害して、伯爵家の人間がミレイユに気付けない様にしたのだ。
彼女曰く、契約した人間以外は、自分から姿を見せない限り精霊は普通の人にはちゃんと認識できないらしい。その力を応用して、ミレイユを伯爵家の人々から隠しているらしい。
ユーリィは自分を守ってくれるどころか、何処からともなく食事まで用意してくれた。彼女が用意してくれた柔らかな果実や美味しいスープ、そして初めて得た安息に嬉しくて涙が止まらない。二人で過ごしている間にあっという間に日は進み、精霊王が告げた約束の日となった。
約束の日、屋敷の外に出てユーリィと共に物陰からこっそり覗き込めば複数の騎兵に護衛された豪奢な馬車が到着する。
伯爵夫妻や子供達が出迎える中、馬車の中から降りてくる人物、それは二十歳前後の若い青年だった。白を基調とした礼服に身を包む背の高い人だ。
輝くプラチナブロンドの髪が目を引く整った顔立ちに伯爵夫人や娘達は見惚れているが、ミレイユはその人の赤い瞳に寒気を覚える。
光彩の薄い濁ったように見える瞳は血が如く紅く、何よりその奥には恐ろしいほどの暗い感情が渦巻いているのが感じられる。あれだけ綺麗な顔立ちなのにその目が怖くて仕方が無い。
「……あの人を癒す? わ、私なんかが、本当に出来るの……?」
『ミ、ミレイユちゃんにしか出来ないんですっ、あの人を助けないと、た、大変な事になるって精霊王様言ってましたです。私が中庭に誘導して、ミレイユちゃんみたいに認識阻害をかけるので、その間に接触してくださいですっ』
怯えながらも何とか声を振り絞るミレイユ。ただならぬ雰囲気を纏う彼に近づくのすら怖いのに、家族はあの人を前によく平然と居られ……いや、伯爵は何か感じてるのか冷や汗をかいている。
女性陣はあの美貌に目が行ってて気づかないのか、何にせよ近づきたくない、無理だよと首を左右に振って涙目になるミレイユを必死に励まそうとするユーリィ。
なんとか勇気を振り絞り、ユーリィに指定された中庭で息を潜めて待っていると、彼女に誘導されて青年がやってきた。
「……こんな所まで連れてきて何のつもりだ。精霊よ……ん?」
「あ、あの……は、初めまして、私はミレイユと申します。た、大変失礼な事だとは思いますが、そ、その……お手を貸して頂けませんか?」
ユーリィの言葉通り認識が阻害されているらしく、護衛などや伯爵も伴わず一人で中庭を訪れた青年が周囲を見回す中、ユーリィに促され彼の前へと意を決して出ていくミレイユ。
突然何を言い出すのかと青年は首を傾げるが、自分をここへ誘った精霊の目的が、彼女と引き合わせる事なのだとしたらと考え右手を差し出す。
大丈夫だよね、ユーリィに綺麗にしてもらったから手袋汚れないよね、不敬だなんて怒られないよねと、ビクビクしながら彼の手を小さな両手で包むと、目を閉じして彼を癒したいと祈りを捧げる。
「んっ……な、なんだ、これは……」
(身体が軽く感じられる、そして暖かい……なんなんだ、この力は)
ミレイユの手の平が淡く輝き、暖かい力が自分の中に流れ込んでくるのを感じ取る青年。連日の政務の疲れ、そして自分達に向けられる悪意に精神を摩耗させていた彼。
これは光魔法だろうか、頭痛に悩まされた頭がスッキリしていく、心に渦巻いていた黒い感情が薄れていく。こんな心地いい力があったのかと、その暖かい力の心地よさに目を細める。
ずっと祈り続けていたミレイユだったが、身体に生じた疲労感を堪えきれず手を放してしまう。
光が消えた事で閉じていた目を開いた青年。少し名残惜し気に握られていた手を見つめるその瞳は、先程までのような暗い感情に支配されていない光の戻ったものだった。
「す、少しは楽になりましたか?」
「ああ、こんなに頭がスッキリして、身も心も軽く感じられるのは久しぶりだ。君のその力は……」
「わ、私、他人の心身を癒す光魔法が使えるみたいで、貴方を癒してとお願いされて、ユーリィと一緒に待ってました」
「あの精霊か……礼を言おう、こんなに晴れやかな気分はいつ以来だろうか」
(この子の力なら妻を癒せるのでは……いや、精霊が認める程の力だ。きっとできる筈だ)
少し疲れた様子を見せながらも自分を気遣う少女に礼を言う青年。彼女の言葉が本当ならば、それは凄い力だ。そして今彼が何よりも欲している力だろう。
この子の心身を癒す力ならば精神を病み、そして身体も崩し臥せっている妻を救えるかもしれない。何としても彼女の協力を得たいと彼は考える。
彼女の姿を観察すれば、身に纏う衣服はボロボロで髪も碌に手入れもされておらず身体もやせ細っている。彼女がここで冷遇されているのは火を見るよりも明らかだ。
ならば少し条件を提示すれば、容易に彼女を連れだせるかもしれないなと考えていた青年の元へ、側近達や伯爵がやってくる。ユーリィの認識阻害の魔法が切れ、二人の姿に気づいたのだ。
「殿下、何処に行っておられたのかと探しましたよ」
「ああ、ハインツか。すまんな、ここで彼女と話をしていた」
「っ!? お前っ、何故こんな場所に居る!? 今まで何処に隠れていたんだ!?」
殿下と呼んで彼の元へと駆け寄ってくる黒髪の眼鏡をかけた青年。自分の補佐官を務めるハインツへとミレイユを指し示せば、共に来ていた伯爵が顔を引き攣らせ声を発する。
伯爵に睨みつけられた少女はビクリと身を強張らせるが、それを庇う様に青年が動く。
「オルフィア伯爵、この少女は?」
「と、当家の私生児でございます……これはお恥ずかしながら魔法の才が皆無で、殿下への御目通りなど恐れ多く……」
この少女はと問いかけてやれば、伯爵はしどろもどろに答える。つい最近覚醒したのだろう、伯爵はこの子の才能と価値に気付いていない。これは思ったよりも簡単そうだなと笑みを深くする青年。
彼がニヤリと笑みを深く刻み視線を向ければ、伯爵は顔を引き攣らせ僅かに後退る。委縮させる為に必要な演技だとはいえ、酷いじゃないかと青年は心中で苦笑する。
「では、これは伯爵家としては価値のない子か……ならば私が引き取ってもいいかね?」
「は……? この出来損ないをですか?」
「で、殿下!? い、いきなり何を……」
青年から告げられた問いに対し、伯爵は意図が分からず戸惑いの表情を浮かべ、何のつもりだと補佐官も詰め寄ろうとするが黙っていろと視線で制す。
「最近私は魔法研究に凝っていてね。その協力を彼女にしてもらいたいんだ。どうだろうか?無論、それなりに礼は尽くすよ。貴家の長男のノヴァ君だったか、彼を皇室近衛師団へ推薦しようじゃないか」
この青年、この帝国唯一の大公家の令息であるセルヴェン・アーグランド。彼は半年前に初子を生後数日で失い、それ以降怪しげな魔法研究を始め、それは死者蘇生の魔法ではないかと噂されている。
その実験にこの出来損ないを使う気なのか、これは受けるべきか否かと迷っていた伯爵だったが、セルヴェンが提示した金額、そして長子を近衛師団へ推薦するという言葉に目の色を変えた。
伯爵家としては出来損ないの汚点を処分できるうえに大きな収入、そして息子の出世への道が開く。このチャンスを逃す手は無いと伯爵は打算に満ちた笑みを浮かべる。
「分かりました。くれぐれも息子の事をよろしくお願いします!」
「ああ、お互いに良い取引が出来た。感謝するよオルフィア伯爵」
代金は後で持ってこさせると告げた大公子に対し深々とお辞儀する伯爵。それに鷹揚に頷いた彼は何が起きているのか分からないといった表情のミレイユへとニコリと微笑んで手を差し出す。
戸惑っていたものの、おずおずと手を伸ばしその手を握り返した少女と共にセルヴェンは中庭を去っていく。
「殿下、どういうおつもりですか、突然人を買い取るだなんて言いだして」
「お前の目にはこの子がどんな扱いを受けているのか見えてないのか?一刻も早くここからこの子を連れだす。詳しい話は馬車の中でする」
(な、なんだか大変な事になっちゃった……?)
『大丈夫ですミレイユちゃん、これがきっと貴方の幸せにも繋がるって精霊王様言ってたですっ』
廊下を歩きながら何を考えてるんですか貴方、と問いかける補佐官だったが、主の言葉に少女の出で立ちを見て理解する、この子は伯爵の言葉通り出来損ないとして冷遇されていたのだろう。
何を考えているかは分からないが、詳しい話は後ですると告げる主に黙って着いていく。
手を引かれ歩くミレイユは心中で戸惑いの声を漏らすも、姿を隠しながら側を飛ぶユーリィが念話で大丈夫だと告げる。
自分が幸せになれる、少なくともここから、この地獄から連れ出してもらえるのなら良いか、そこからの事はなるようになれだと彼女は覚悟を決めた。
「な、なんで、あの出来損ないがっ!?」
「お兄様、どういう事ですかっ!?」
「そ、そんなの私にも分からないっ! なんでアイツが大公子殿下と……」
エントランスまで戻ってきたセルヴェン達一行、その中に大公子に手を引かれ歩くミレイユの姿を見た伯爵家の家族達は驚愕に顔を引き攣らせている。
「あ、貴方っ、どういう事ですか!? 我が家の優秀な子供達を殿下に紹介するのでは!?」
「落ち着け、殿下はあの出来損ないを買い取ってくださったんだ。金だけじゃない、ノヴァを皇室近衛師団に推薦までしてくださるそうだ!」
今日の訪問は、少し前に伯爵領の産物の取引について打診があり、本来ならばこちらが出向くべきところを大公子であるセルヴェンが詳細な資料も見たいとの事で伯爵家を訪れたのだ。
現皇帝の弟君が当主を務める大公家の影響力は絶大だ。その次期当主である大公子に御目通りして気に入られようと伯爵家の家族達は息巻いていたが、何故あの出来損ないが目に留まり彼に連れていかれるのだ。
どういう事なのですかと詰め寄る夫人に対し、あの出来損ないを売る対価に莫大な収入と見返りがあるのだと笑って伯爵は宥める。
(さようなら、クソみたいな伯爵家。今度こそ私は幸せになってやるんだから)
信じられない、何故お前が、という突き刺さるような視線を伯爵家の人達から向けられながら、正面玄関前に止まっていた馬車の前に立つミレイユ。
チラリと父親だった存在とその家族達を一瞥した彼女は、フルフルと首を振った後に馬車に乗り込もう……としたが、小さな身体では上手く段を登れず恥ずかしそうに俯くと、笑いを堪えている補佐官に抱き抱えられて馬車に乗り込む事になった。
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